可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

3.ジュエリーデザインといえばこのひと

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 茉優ちゃんがジュエリーデザイナーになりたいという話を聞いて、私は一人心当たりのあるひとがいた。
 劇団の舞台で使うアクセサリー類は基本的に役者たちが自分で手作りをしなければいけない。既製品に手を加えたり、それらしく見えるように作ったり、以前に作ったものをアレンジして他の公演に使ったりしているのだが、私は奏歌くんに出会うまで電子レンジも炊飯器も洗濯機も使えなかった。そんな私がアクセサリーを手作りなどできるはずがなく、役者になった当初にとても苦しんでいたら、劇団の衣装デザインや装飾デザインを一手に引き受けてくれているマダム・ローズが私の分を特別価格で作ってくれるようになったのだ。
 アレンジも全部マダム・ローズに頼んでいた私。マダム・ローズは私のファンクラブにも入っていて、私が劇団に入った頃からずっと私を応援してくれていた。

「茉優ちゃんがイギリスから帰ってきたら、マダム・ローズに会ってもらうのはどうかな?」

 稽古場からマンションに帰って奏歌くんに相談すると、奏歌くんは課題から顔を上げてぱっと明るい顔になる。

「いいと思うよ。マダムにお願いしないと」

 私も奏歌くんの卒業式に着ていったスーツを長く着ているので新しいものを誂えたかったし、その日はマダム・ローズのお店、「ユンヌ・ローズ」に行くことにした。稽古は早く終わっていたので、おやつの時間くらいまでにはタクシーで「ユンヌ・ローズ」に辿り着く。店内のショーケースの中には、たくさんのアクセサリーが並んでいて、トルソーにはスーツが着せられている。
 奥のスペースに招かれると、小太りのマダム・ローズが私を歓迎してくれた。

「お久しぶりね、海瑠さん。今回の演目ではわたくしの出番はなかったようですわね」

 今回の演目は『細川ガラシャ』という戦国時代に生きた日本の女性の物語なので、洋風のデザインや装飾を得意とするマダム・ローズの出番はなかった。最後のデュエットダンスでドレスに着替えた百合とタキシードを着た私で踊るときには、多少はマダム・ローズのデザインは入ってくるが、それ以外は別の時代考証と着付けの先生が劇団に着てくれていた。

「私のアクセサリー、ありますか?」
「ちゃんと保管してありますわ」

 自分で管理する自信がなかったので、アクセサリーは全部マダム・ローズの管理下に置いている。ビロードの箱に置いて出してきてくれたアクセサリーを見て奏歌くんが声を上げる。

「これはアーサー王伝説のときのだね。こっちはドラァグクィーンをやったときので、こっちがファリネッリだね」
「さすが、すぐに分かりますのね。海瑠さんは女性役や女装役をやることも多いので、女役の役者さんと同じようにアクセサリーが必要なのよ」

 これまでにやった演目のアクセサリーを見せてもらって奏歌くんはとても喜んでいた。

「茉優ちゃんもこれを見たらすごく勉強になると思う」
「そうよね。誘った方がいいわよね」
「茉優さんという方がおられるの?」

 マダム・ローズに問いかけられて、私はマダム・ローズに説明する。

「来年の春にイギリスに渡る子がいて……奏歌くんのお姉さんのような存在なんですけど、その子がジュエリーデザインをやりたいと言っているんです」
「ジュエリーデザインを。イギリスなら、わたくし、知り合いがいましてよ」

 マダム・ローズの言葉に私は身を乗り出した。奏歌くんもハニーブラウンの目をキラキラと輝かせている。
 私たち二人の前にマダム・ローズが持ってきたのは、茉優ちゃんが持っていたのと同じ宝飾品の雑誌だった。その中に掲載されているブランドの一つをマダム・ローズは示す。

「このブランドのデザインを若い頃にやっていたことがありますわ。それ以後、このブランドとは長いお付き合いをさせていただいています」
「もしかして、茉優ちゃんが暮らしたい街にそのブランドの工房があったりしないかな?」
「あるかもしれない」

 興奮して話す私と奏歌くんにマダム・ローズが微笑んでくれる。

「一度、その茉優さんをこちらに連れて来てください。お話を伺って、お力になれるならイギリスの工房を紹介いたしましょう」
「本当ですか!?」
「ありがとうございます!」

 自ら申し出てくれたマダム・ローズに、私は手を取ってお礼を言っていた。
 話が終わると本題に入る。

「私のスーツも十年近く着て来たので、そろそろ新しいものをと考えているのですが、誂えてもらえますか?」
「新しいお衣装を作るのはいいことですわ。海瑠さんは劇団の顔なのですから、常に美しいものを身につけていないと」

 マダム・ローズは乗り気で私を試着室に案内した。採寸をして、スーツのデザインを話し合う。

「海瑠さんは薄紫のイメージですが、それ以外に挑戦してみてもいいと思います」
「海瑠さん、どんな色が似合いますか?」
「ピーコックグリーンなんてどうでしょう?」

 鮮やかなピーコックグリーンの布を持ち出されて、私は目を見張る。これを私が着こなすことができるだろうか。

「こちらの布は光沢が入っているのでとても派手に見えますが、海瑠さんのために光沢の入っていない生地を仕入れます。そちらで作れば、海瑠さんに似合う落ち着いたスーツが出来上がると思いますわ」

 デザインに関してはマダム・ローズの感覚を信じ切っている私にとっては、マダム・ローズが似合うというのならばそうなのだろうと思うしかない。想像はつかなかったがピーコックグリーンのスーツを私は作ることになった。

「本当は貝のボタンを使いたいのですが、クリーニングの度に外すようなことは無理ですわよね」
「ボタンを外す?」
「ボタンを解いて外して、また付け直すのです」

 簡単なことのようにマダム・ローズは言うが、私は実のところ縫物というものをしたことがない。ボタンが取れても自分で付けることができずに、ずっと誰かを頼ってきた気がする。服がほつれたらもうその服は着ないようにしているくらいなのだ。

「海瑠さん、ボタン付け苦手?」
「やったことがないの。縫物は全然したことがなくて」

 そのせいで着れなくなった服がクローゼットに大量に眠っているという話を奏歌くんにすると、奏歌くんが胸を張った。

「僕、少しはできるから教えてあげるよ」
「本当?」
「でも、貝ボタンは海瑠さんには手芸が上達しないと難しいかな」

 ボタン付けができるようになっても、私には貝ボタンは難しいということで話は纏まった。
 マダム・ローズに貝ボタンではない普通のボタンでスーツをお願いして私はマンションに帰る。
 マンションに帰ると晩ご飯までの時間、奏歌くんがボタン付けを教えてくれた。

「まず、針に糸を通します」
「針に糸を……通らないんだけど」

 携帯用のソーイングセットを取り出した奏歌くんに借りたが、針に糸が通らず苦戦する私に、奏歌くんが針を取り換えてくれた。

「これだと糸を通さなくていい針だから、きっと大丈夫」
「どうするの?」
「上に小さな切れ込みがあるから、糸を押さえ付けるようにして押し込むんだ」

 さっきの針とは違うものを渡されて、上から糸を引っ張って押し込むと無事に針に糸が通せた。糸の通った針をボタンの外れたシャツに縫い付ける。ボタンの穴に糸を潜らせて、糸の輪の中に通すことによってボタンが落ちずに縫えることを奏歌くんは教えてくれた。
 ボタンの穴を通すように縫って行って、最後にボタンの根元で糸をぐるぐると巻いて、裏側に糸を出して玉止めをする。玉止めが難しくてなかなかできなかったが、なんとかこなすと、奏歌くんは拍手をして私の頑張りを讃えてくれた。

「今度ソーイングセットを買いに行こう。他にも裾がほつれたのとかも、ちゃんと教えるからね」

 これからも奏歌くんは私に縫物を教えてくれると言っている。
 私はこの日、ボタン付けもできる女に成長したのだった。
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