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十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約
34.まーちゃんの宣言
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貴族社会は恐ろしい場所である。
少しでも陥れる隙があれば、そこに付け込んで蹴り落として自分たちの地位を上げようとする心根のよくないものが多いのだ。
エクムント様のお誕生日のパーティーにシュタール家は当然招待されていた。
嫌疑も晴れて、国王陛下からもユリアーナ殿下の特別講師の任を解くなどという知らせは全くなかった。
それでもエクムント様のお誕生日の昼食会で聞こえてくるのはシュタール家の偽りの醜聞に関することばかりだった。
「シュタール家は王家に取り入って、ユリアーナ殿下に近付き、ユリアーナ殿下を暗殺しようと企んでいたとか」
「辺境伯は若くていらっしゃるから、シュタール家の支えなしに辺境伯領を治められないのでしょう。シュタール家の言いなりになってしまったのではないでしょうか」
「シュタール家の奥方が亡くなられてから、息子を王都に忍び込ませて、入念に計画していたようですからね」
「シュタール家が次期当主を軍人にしなかったのは、そういう企みがあったからなのですね」
聞こえよがしに話される根も葉もないことに、わたくしは憤っていた。
オリヴァー殿は王家に取り入ろうとなどしていない。そもそも、王家とオリヴァー殿との繋がりを持たせたのはわたくしなのだ。
それがいいように解釈されて、ユリアーナ殿下の暗殺をオリヴァー殿が学園に入学するときから考えていたようなことを言われているのはシュタール家にとってもものすごい侮辱だろう。
周囲の貴族が辺境伯領の士官学校に通って軍人になる中、王都の学園に通うことを決めたオリヴァー殿は、お父様と揉めたこともあると言っていた。それを乗り越えて、自分には軍人としての才覚よりも文官としての才覚の方があると理解して、王都の学園に入学を決めたオリヴァー殿。
辺境伯領の貴族の中ではその当時から浮いていたのかもしれない。学園の中でも優秀な成績は修めていたが、孤独だったのかもしれない。
それを王家に反乱するために学園に入ったなどと言われては、心外だっただろう。
昼食会が終わってお茶会の席でも、シュタール家への陰口は止まなかった。
「王家に取り入って、ユリアーナ殿下を暗殺しようとしていただなんて信じられない」
「シュタール家は代々軍人の家系だった。それが王都の学園に後継者を入れた時点で何かおかしいと思っていたのです」
「辺境伯家も、よくシュタール家を許してそばに置いていること」
陰口を叩く者たちに、エクムント様が咳払いをするとさっとひとが離れて行った。
エクムント様はわたくしの手を取って招きつつ、オリヴァー殿に歩み寄って行っていた。
「オリヴァー殿、お茶を一緒にしませんか?」
「ありがとうございます、エクムント様。喜んでご一緒させていただきます」
声をかけられて明らかに安堵しているオリヴァー殿は昼食会でもお茶会でも孤立していたようだ。
シュタール家を蹴落としてその場所にのし上がろうとする貴族のなんと多いことだろう。辺境伯領がこんな状態だから、エクムント様も信頼できるヒューゲル家やシュタール家をより大切にしようと思うのだろう。
「この度は大変でしたね」
「父も今回のことはユリアーナの特別講師となったオリヴァー殿を妬んでのことと理解しています」
「ありがとうございます、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下」
辺境伯領に来られていたハインリヒ殿下もノルベルト殿下もオリヴァー殿に理解を示していた。この様子を見れば少しは周囲の貴族の態度も変わるかと思ったのだが、逆効果だったようだ。
「やはり、王族に取り入ろうとしている」
「ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も騙されているのです」
この貴族たちを黙らせる方法がないものか。
わたくしが考えていると、まーちゃんが両親を連れてオリヴァー殿のところにやってきていた。
「オリヴァーどの……いえ、わたくし、ちゃんと大人のように喋ります。オリヴァー殿に提案があって参りました」
「どうなさいましたか、マリア様?」
「シュタール家にかけられた、根も葉もない嫌疑、わたくしは許せません!」
「マリア様にそのように言っていただけるだけでも安心します」
「わたくし、公爵家の娘としても、辺境伯の将来の妻の妹としても見過ごせません!」
「そんなに私に心を傾けてくださるのですね」
両足を踏ん張ってオリヴァー殿を見上げて立っているまーちゃんに、オリヴァー殿は純粋に感動しているようだ。
この後に続く言葉も知らずに。
「わたくし、オリヴァー殿と婚約いたします!」
「はぁ……え!? はぁ!?」
宣言したまーちゃんにオリヴァー殿は驚いて言葉も出ない様子だ。
まーちゃんはくるりと両親の方を振り返った。
「オリヴァー殿は、わたくしの世界を広げてくれました。わたくしが理解できない詩を教えてくれて、わたくしは前よりもお兄様が好きになりました。オリヴァー殿にこの感謝をお伝えしたいのです」
「ま、マリア、オリヴァー殿と婚約するつもりなのかい?」
「はい! オリヴァー殿には婚約者はいないと聞きました。オリヴァー殿が……いいえ、シュタール家が王家に反乱の意志がないと示すために、王家と関わりの深いディッペル家の娘であるわたくしと婚約するのが一番だと思うのです」
お見事。
正直、わたくしはまーちゃんにここまでのことが言えるとは思っていなかった。
公爵家から圧力をかけて、適齢期になる侯爵家の跡継ぎのオリヴァー殿の結婚を遅らせるなどということは、できれば避けたかった。最終的にはどうにもならなければディッペル家からシュタール家に資金援助をするとかいう名目で、札束でどうにかしようとまで考えていたのだが、そこまでは至らずに済んだようだ。
まーちゃんが銀色の光沢のある黒い目でオリヴァー殿を見上げる。
「マリア様はまだお小さい。婚約をしても、成長する間に気持ちが変わるかもしれません」
「わたくしの気持ちは変わりません。オリヴァー殿はわたくしに新しい世界を見せてくれた方です」
「マリア様と私だけで決められることでもありません」
オリヴァー殿が困惑して言うのに、オリヴァー殿のお父様がやってきて両親に話をする。
「話しは全部聞かせていただきました。ディッペル公爵家とご縁が持てるのでしたら、シュタール家としても光栄です」
「マリアはオリヴァー殿よりも十歳も年が下です。十年も結婚を待たせてしまうことになるかもしれません」
「それも構いません。成長に伴って、マリア様のお気持ちが変わってしまったら、婚約は白紙としてもいいでしょう」
「そこまで言ってくださるのでしたら、マリアとオリヴァー殿の婚約のこと、国王陛下に許可をいただきましょう」
「マリアをよろしくお願いします」
両親もオリヴァー殿のお父様の言葉に納得したようだ。
まーちゃんはこれでオリヴァー殿との婚約が決まったようなものだった。
「エリザベートお姉様は八歳で婚約をしました。お兄様は六歳で婚約をしました。わたくしが五歳で婚約をしていけないわけがありません」
ノエル殿下も言っていた。
王族や貴族の中には生まれたときから婚約が決まっている者もいるのだと。そういうものがいるのだとすれば、まーちゃんの五歳での婚約も決しておかしくはなかった。
「マリア様、本当に私でいいのですか?」
「オリヴァー様をお慕いしております」
まーちゃんが「殿」ではなく「様」と言っていることに誰も訂正はしない。まーちゃんはまだ五歳なのだし、心の中だけで「様」と呼んでいるのが時々出てしまっても仕方がないのかもしれない。
「マリア様が大きくなって、気持ちが変わったら、この婚約をいつでも白紙に戻せるようにしましょう」
「気持ちは変わりません! わたくしが大きくなるまで待っていてくださいね!」
「今はマリア様のことは恋愛感情を持って見られませんが、成人した暁には、きっと恋愛感情を持って見られるようになるでしょう」
「わたくしも、その日まで待っております」
背伸びしてオリヴァー殿の手を握っているまーちゃんの目に銀色の光沢があると気付いたのはオリヴァー殿だった。オリヴァー殿はまーちゃんのことを最初から真っすぐに見つめていた。
この二人が婚約するというのはディッペル家にとってもいい話であるし、辺境伯領を支えるシュタール家にまーちゃんが嫁いでくれるというのはわたくしにとってもとても心強い話である。
「ディッペル家がどれだけ辺境伯領を思ってくださっているのか、マリア嬢の言葉と、ディッペル公爵夫妻の決断でよく分かりました」
「マリアのためにもシュタール家のことは、どうか頼みます、エクムント殿」
「わたくしたちは、国王陛下に婚約の許可を得ます」
「ディッペル公爵夫妻、こちらこそ、国王陛下への許可の件、よろしくお願いします」
エクムント様もまーちゃんとオリヴァー殿の婚約には賛成のようで、まーちゃんの声がお茶会の会場に響いた瞬間から、陰口も消え去っていた。
少しでも陥れる隙があれば、そこに付け込んで蹴り落として自分たちの地位を上げようとする心根のよくないものが多いのだ。
エクムント様のお誕生日のパーティーにシュタール家は当然招待されていた。
嫌疑も晴れて、国王陛下からもユリアーナ殿下の特別講師の任を解くなどという知らせは全くなかった。
それでもエクムント様のお誕生日の昼食会で聞こえてくるのはシュタール家の偽りの醜聞に関することばかりだった。
「シュタール家は王家に取り入って、ユリアーナ殿下に近付き、ユリアーナ殿下を暗殺しようと企んでいたとか」
「辺境伯は若くていらっしゃるから、シュタール家の支えなしに辺境伯領を治められないのでしょう。シュタール家の言いなりになってしまったのではないでしょうか」
「シュタール家の奥方が亡くなられてから、息子を王都に忍び込ませて、入念に計画していたようですからね」
「シュタール家が次期当主を軍人にしなかったのは、そういう企みがあったからなのですね」
聞こえよがしに話される根も葉もないことに、わたくしは憤っていた。
オリヴァー殿は王家に取り入ろうとなどしていない。そもそも、王家とオリヴァー殿との繋がりを持たせたのはわたくしなのだ。
それがいいように解釈されて、ユリアーナ殿下の暗殺をオリヴァー殿が学園に入学するときから考えていたようなことを言われているのはシュタール家にとってもものすごい侮辱だろう。
周囲の貴族が辺境伯領の士官学校に通って軍人になる中、王都の学園に通うことを決めたオリヴァー殿は、お父様と揉めたこともあると言っていた。それを乗り越えて、自分には軍人としての才覚よりも文官としての才覚の方があると理解して、王都の学園に入学を決めたオリヴァー殿。
辺境伯領の貴族の中ではその当時から浮いていたのかもしれない。学園の中でも優秀な成績は修めていたが、孤独だったのかもしれない。
それを王家に反乱するために学園に入ったなどと言われては、心外だっただろう。
昼食会が終わってお茶会の席でも、シュタール家への陰口は止まなかった。
「王家に取り入って、ユリアーナ殿下を暗殺しようとしていただなんて信じられない」
「シュタール家は代々軍人の家系だった。それが王都の学園に後継者を入れた時点で何かおかしいと思っていたのです」
「辺境伯家も、よくシュタール家を許してそばに置いていること」
陰口を叩く者たちに、エクムント様が咳払いをするとさっとひとが離れて行った。
エクムント様はわたくしの手を取って招きつつ、オリヴァー殿に歩み寄って行っていた。
「オリヴァー殿、お茶を一緒にしませんか?」
「ありがとうございます、エクムント様。喜んでご一緒させていただきます」
声をかけられて明らかに安堵しているオリヴァー殿は昼食会でもお茶会でも孤立していたようだ。
シュタール家を蹴落としてその場所にのし上がろうとする貴族のなんと多いことだろう。辺境伯領がこんな状態だから、エクムント様も信頼できるヒューゲル家やシュタール家をより大切にしようと思うのだろう。
「この度は大変でしたね」
「父も今回のことはユリアーナの特別講師となったオリヴァー殿を妬んでのことと理解しています」
「ありがとうございます、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下」
辺境伯領に来られていたハインリヒ殿下もノルベルト殿下もオリヴァー殿に理解を示していた。この様子を見れば少しは周囲の貴族の態度も変わるかと思ったのだが、逆効果だったようだ。
「やはり、王族に取り入ろうとしている」
「ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も騙されているのです」
この貴族たちを黙らせる方法がないものか。
わたくしが考えていると、まーちゃんが両親を連れてオリヴァー殿のところにやってきていた。
「オリヴァーどの……いえ、わたくし、ちゃんと大人のように喋ります。オリヴァー殿に提案があって参りました」
「どうなさいましたか、マリア様?」
「シュタール家にかけられた、根も葉もない嫌疑、わたくしは許せません!」
「マリア様にそのように言っていただけるだけでも安心します」
「わたくし、公爵家の娘としても、辺境伯の将来の妻の妹としても見過ごせません!」
「そんなに私に心を傾けてくださるのですね」
両足を踏ん張ってオリヴァー殿を見上げて立っているまーちゃんに、オリヴァー殿は純粋に感動しているようだ。
この後に続く言葉も知らずに。
「わたくし、オリヴァー殿と婚約いたします!」
「はぁ……え!? はぁ!?」
宣言したまーちゃんにオリヴァー殿は驚いて言葉も出ない様子だ。
まーちゃんはくるりと両親の方を振り返った。
「オリヴァー殿は、わたくしの世界を広げてくれました。わたくしが理解できない詩を教えてくれて、わたくしは前よりもお兄様が好きになりました。オリヴァー殿にこの感謝をお伝えしたいのです」
「ま、マリア、オリヴァー殿と婚約するつもりなのかい?」
「はい! オリヴァー殿には婚約者はいないと聞きました。オリヴァー殿が……いいえ、シュタール家が王家に反乱の意志がないと示すために、王家と関わりの深いディッペル家の娘であるわたくしと婚約するのが一番だと思うのです」
お見事。
正直、わたくしはまーちゃんにここまでのことが言えるとは思っていなかった。
公爵家から圧力をかけて、適齢期になる侯爵家の跡継ぎのオリヴァー殿の結婚を遅らせるなどということは、できれば避けたかった。最終的にはどうにもならなければディッペル家からシュタール家に資金援助をするとかいう名目で、札束でどうにかしようとまで考えていたのだが、そこまでは至らずに済んだようだ。
まーちゃんが銀色の光沢のある黒い目でオリヴァー殿を見上げる。
「マリア様はまだお小さい。婚約をしても、成長する間に気持ちが変わるかもしれません」
「わたくしの気持ちは変わりません。オリヴァー殿はわたくしに新しい世界を見せてくれた方です」
「マリア様と私だけで決められることでもありません」
オリヴァー殿が困惑して言うのに、オリヴァー殿のお父様がやってきて両親に話をする。
「話しは全部聞かせていただきました。ディッペル公爵家とご縁が持てるのでしたら、シュタール家としても光栄です」
「マリアはオリヴァー殿よりも十歳も年が下です。十年も結婚を待たせてしまうことになるかもしれません」
「それも構いません。成長に伴って、マリア様のお気持ちが変わってしまったら、婚約は白紙としてもいいでしょう」
「そこまで言ってくださるのでしたら、マリアとオリヴァー殿の婚約のこと、国王陛下に許可をいただきましょう」
「マリアをよろしくお願いします」
両親もオリヴァー殿のお父様の言葉に納得したようだ。
まーちゃんはこれでオリヴァー殿との婚約が決まったようなものだった。
「エリザベートお姉様は八歳で婚約をしました。お兄様は六歳で婚約をしました。わたくしが五歳で婚約をしていけないわけがありません」
ノエル殿下も言っていた。
王族や貴族の中には生まれたときから婚約が決まっている者もいるのだと。そういうものがいるのだとすれば、まーちゃんの五歳での婚約も決しておかしくはなかった。
「マリア様、本当に私でいいのですか?」
「オリヴァー様をお慕いしております」
まーちゃんが「殿」ではなく「様」と言っていることに誰も訂正はしない。まーちゃんはまだ五歳なのだし、心の中だけで「様」と呼んでいるのが時々出てしまっても仕方がないのかもしれない。
「マリア様が大きくなって、気持ちが変わったら、この婚約をいつでも白紙に戻せるようにしましょう」
「気持ちは変わりません! わたくしが大きくなるまで待っていてくださいね!」
「今はマリア様のことは恋愛感情を持って見られませんが、成人した暁には、きっと恋愛感情を持って見られるようになるでしょう」
「わたくしも、その日まで待っております」
背伸びしてオリヴァー殿の手を握っているまーちゃんの目に銀色の光沢があると気付いたのはオリヴァー殿だった。オリヴァー殿はまーちゃんのことを最初から真っすぐに見つめていた。
この二人が婚約するというのはディッペル家にとってもいい話であるし、辺境伯領を支えるシュタール家にまーちゃんが嫁いでくれるというのはわたくしにとってもとても心強い話である。
「ディッペル家がどれだけ辺境伯領を思ってくださっているのか、マリア嬢の言葉と、ディッペル公爵夫妻の決断でよく分かりました」
「マリアのためにもシュタール家のことは、どうか頼みます、エクムント殿」
「わたくしたちは、国王陛下に婚約の許可を得ます」
「ディッペル公爵夫妻、こちらこそ、国王陛下への許可の件、よろしくお願いします」
エクムント様もまーちゃんとオリヴァー殿の婚約には賛成のようで、まーちゃんの声がお茶会の会場に響いた瞬間から、陰口も消え去っていた。
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