一番星を抱いて

秋月真鳥

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1.出会い

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 店内にはアルコールの匂いが漂っている。
 店のドアを開けるときには、美星みほしはかなり躊躇った。
 これから自分がすることを考えればそうなるのも仕方がない。
 美星には金が必要だった。早急に。
 大学の入学金の支払いは明後日に迫っている。
 これが支払えなければ美星は大学に入学することもできない。

 奨学金を借りて大学に進学するつもりではあったのだが、美星の父がそれを許さなかった。

「借金をしてまで大学に行かせたなど、うちの顔が立たない」

 金は出さないくせに進学には口出ししてくる父親。
 母は幼いころに亡くなっていて、父しか身寄りがなかったので仕方がないのだが、美星は何としてでも大学に進みたかった。

 大学の教授として海外から美星の憧れる建築デザイナーが招かれているのだ。

 美星にとっては自分の望んだ家を建てることは夢だった。
 母は美星が小さいころに亡くなっていて、父は母が亡くなった後にさっさと再婚して再婚相手との間に子どもがいる。美星は生まれてきた異母弟を弟と思えなかったし、義母も家族とは思えなかった。
 自分の家族を持って、自分の建てた最高の家で暮らしたい。
 それが小さいころからの美星の夢だった。
 美星の家には美星の居場所がない。幼いころから居場所を求めて来た結果がこれだ。

 父親は二人いる異母弟にお金を出すために、美星には最低限のお金しか出してくれなかった。食費も小遣いも与えられた覚えがない。
 夜中に電気釜に残っているご飯をおにぎりにして食べて、なんとか食いつないだにしては、美星は背が高くて体付きもがっしりとしていた。
 身長は百八十センチを優に超え、顔立ちも厳つい。

 これで本当に金が稼げるのか疑問だが、世の中には厳つい男に暴力を振るうことで満足する嗜虐趣味の人間もいることだし、何とかなるだろうと思って勇気を振り絞って来たバーで、美星はカウンター席に座ろうとして、ふわりと鼻先をかすめたいい香りに気を取られた。

 甘すぎない爽やかな香りで、嗅いでいるだけで心拍数が上がってドキドキしてくる気がする。

 ちらりと香りの源を探ると、銀髪で長身の男性が、薄茶色の髪で同じく長身の男性と話をしていた。

「仕事の方はどうなんだ?」
「まぁ、ぼちぼちってところだな。日本でもうまくやれそうだよ」

 低い声が聞こえて来て、美星は落ち着かない気分になる。
 日本では美星はかなり体格のいい方だが、その二人は外国の出身のようで、美星よりも一回り以上体が大きかった。

 煌めく銀色の髪、酷薄にも見える薄水色の目、染み一つない白い肌、がっしりとした体格。
 初めての相手は好きなひとがいいと贅沢にも思っていたことがあるが、これだけ好みならばいいのではないだろうか。
 上質な彼のために誂えた三つ揃いのスーツを着ている銀髪の男性に、美星はそっと近寄ってみた。

「ここ、いいですか?」
「……遠慮してくれるか」

 媚を売るように話しかけても、拒まれてしまう。ぐっと言葉に詰まった美星に、薄茶色の髪の男性が銀髪の男性に言う。

「アドリアン、いいじゃないか。かわいい人間の子だ」

 あ、人間じゃない。

 そのときになって美星は気付いた。

 この世界は人間と人外が共に暮らしている。
 合衆国は様々な人外が暮らしているが、イギリスは九割以上が鬼、ヨーロッパ諸国は吸血鬼、アジア諸国とアフリカ諸国は様々な獣人が暮らしている。その中でも日本は鎖国だった時期が長いせいもあってか、人口の九割以上が人間だった。

「子どもに手を出す趣味はない」
「子どもって、彼、日本では大きい方だよ?」
「体格の問題じゃない。年齢だ。君はいくつだ?」

 体を売ろうと思っているのだ。こういう問いかけが来るとは思っていた。

「二十歳です」
「嘘だな」
「いえ、本当です」
「嘘をつく相手とは同席できない」

 灰色にも見える薄い水色の目が赤く光った気がして、美星はこくりと喉を鳴らす。喉がカラカラで声がかすれる。

「本当は、十八です」
「やはり、子どもじゃないか」
「あの、話だけでも聞いてください。お願いします」

 アドリアンと呼ばれた男性に縋り付けば、薄茶色の髪の男性が手を上げてウェイターを呼んだ。ノンアルコールの飲み物を注文すると、薄茶色の髪の男性が美星を椅子に促す。

「困ってるみたいじゃないか。困ってる子どもを突き放すようなことはしないだろう?」
「今度は子どもというのをうまく使って……。おれは、アドリアン。君は?」
高槻たかつき美星です」
「わたしはレミだよ。よろしくね」

 銀髪のアドリアンと薄茶色の髪のレミの名前を覚えつつ、美星は椅子に座った。
 レミが美星に尋ねる。

「君は、健康状態はよさそうだね。性病は持ってないよね?」
「せ、性病……!? な、ないと思います」

 単刀直入にそんなことを聞かれるとは思わなくて、美星は椅子から飛び上がりそうになった。でも、これからすることを考えれば、大事な話なのだろう。
 美星は恋愛に縁がなかったし、性行為もしたことがないので、性病の心配はないだろう。

「アドリアンが困っていてね。まぁ、彼の自業自得なのだろうけれど」
「話さなくていい」
「獲物が自分から飛び込んできてくれたんだ。話してもいいだろう?」

 獲物、という言葉にどきりとする。
 美星はこれからこの二人に抱かれるのだろうか。
 抱かれるか、暴力を振るわれるつもりでこのバーに来たのだが、二人相手で、しかも美星よりも体格のいい外国の人外ということは考えていなかった。
 恐怖に震えないように拳をぎゅっと握ると、アドリアンがため息をつく。

「脅してやるな、こんな子どもを。怖いことはしない。少し血を分けてほしいんだ」
「血を?」
「おれもレミも吸血鬼なんだが、おれはちょっとした拘りがあって、普通の相手からは血が飲めないんだ」
「ちょっとしたぁ? ちょっとじゃないよね?」
「ちょっとだよ」

 アドリアンとレミが言い合うのを美星は呆然と聞いていた。
 血を分ける。
 それくらいならばできそうだ。
 抱かれるのを覚悟していただけに、少し拍子抜けした。

「女性や小柄な男性だと、すぐに貧血にさせてしまう」
「かといって、何人もの相手からは飲みたくないっていう、我が儘だよ」
「我が儘じゃない。普通のことだ」
「アドリアンはロマンチストだからな。運命を信じているんだろう?」

 話しているアドリアンの方からふわふわといい香りが漂ってくる。頭の芯が痺れるような香りにうっとりとしていると、レミがそれに気付いたようだ。

「アドリアン、君、この子を誘ってるんじゃないか?」
「はぁ? こんな子どもは誘わない」
「でも、この子、顔が赤いし、君の方に頭が傾いてる」

 知らず知らずのうちにアドリアンの方に体が傾いていることに気付いて、美星は急いで姿勢を正す。アドリアンの香りをもっと吸い込みたくてたまらない。

「君は危険だな……。この話はなかったことにしよう」
「ダメなんですか? 血を買ってもらえないんですか?」

 アドリアンが美星を拒絶しようとするのに、美星は絶望していた。
 今日一日で入学金を全額稼げるとは思っていなかった。それでも、高校の間バイトした金もあったし、あと少しで入学金が支払えるのだ。授業料は父に内緒で奨学金を借りて何とか支払っていけばいい。
 そのときには、父から家から追い出されるだろうが、それも仕方がないと思っていた。

「ぼく、明後日までにどうしてもお金が必要で……」
「どれくらい? 何のお金かな?」
「大学の入学金です……。それを支払えても、授業料があるし、授業料を奨学金で借りるとなれば、父はぼくを家から追い出すだろうし……」

 もう耐えられなくなって全部話してしまうと、ほろりと涙が一粒美星の黒い目から零れた。それを見てレミが美星に手を差し伸べる。

「アドリアンが引き受けないなら、わたしがもらってもいいよね? 君、わたしのところに来る?」
「レミ!」
「アドリアンは関係ないよ。彼は困っているんだ。大学で勉強したいから金が欲しいなんて、素晴らしい目的じゃないか。わたしは応援するよ」
「この子どもを君のハーレムに加えるつもりなのか?」
「ハーレムだなんて人聞きが悪い。血を少しずつもらっているだけだよ」

 差し出されたレミの手を取るか迷っていると、アドリアンが美星の手を掴んで、立ち上がった。
 そのまま美星はバーの出口まで引きずられる。
 日本人としては体格がいいのでこんなことされたことがないが、アドリアンは美星よりも更に長身で体格がよく、美星など軽々と引きずっていけた。

「坊や、帰るんだ」
「い、嫌です」
「自分の身を売って、勉強しようなんて考えるものじゃない」
「あなたは、恵まれているからそんなこと考えなくていいんでしょう? ぼくにとっては一生の問題なんです。ぼくは、ハーレムの一員でも構わない。そもそも、あなたたちじゃなくても、ぼくを買いたいというひとはいるかもしれないし……」

 アドリアンの手を振り払おうとしたが、強く掴まれていて振り払うことができない。

「レミ、支払いは任せた」
「はーい、任されたー!」

 アドリアンが苦々しく言って美星の手を握ったままバーのドアから出て行くのに、美星はそのまま連れて行かれていた。
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