龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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一章 龍王は王配と出会う

2.王弟殿下は異国へ嫁ぐ

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 青い外套を身に纏って、国に一大事があれば魔術騎士団を率いて出向くのが日常だった。
 ラバン王国の国王の第二子としてヨシュアは生まれた。
 兄のマシューが王太子として国を継ぐことは決まっていたので、ヨシュアは兄のために魔術騎士となり魔術騎士団の団長となって魔術騎士たちを率いた。
 どの国よりも優れた軍備を誇る国、それがラバン王国だった。

 戦力はあるのだが、ラバン王国はそれほど富んだ国ではない。特に年々大地は渇き、荒野となっていっていた。
 志龍王国から龍王の伴侶として王族を求められたときに、最初は順当に国王の娘であるレイチェルが行くことが決まった。
 しかし、レイチェルは魔力が低く、龍王の伴侶として相応しいかと言われれば疑問が残る有り様だった。
 魔力は低くても王弟であるヨシュアはレイチェルのことが可愛かったし、志龍王国が求めているのは魔力の高い伴侶であることは確かだったので、魔力の低いレイチェルではその役目は果たせないとヨシュアは心配していた。

 そのときに追加で出された条件が、男女を問わない、というものだった。
 聞けば志龍王国の龍王は幼いときに病で子種をなくしている。そのため誰も褥に呼ぶことはなく、結婚した相手とも褥は共にしないということだった。

 そうであれば、志龍王国が求める伴侶は自分の方なのかもしれない。

「兄上、おれでよければ行こう」
「ヨシュア、お前は独身だが……いいのか?」

 国王であり兄であるマシューの言葉の中に、弟の身を案ずるような響きがあって、ヨシュアは苦笑してしまった。

「おれも王族だ。いつかは政略結婚の駒にならなければいけなかった。それよりいいのか、兄上。この国は優秀な魔術騎士団長を失うぞ?」
「それは困る。困るが、お前以上の適任者もいないだろう。魔術騎士団から魔術騎士を一個隊分連れて行くといい」
「いいのか、兄上?」
「いいも何も、あちらのお望みはそれだろう」

 軍備が整っているが国土が豊かではないラバン王国と、国土は豊かだがそれゆえに広がり続ける広大な国土のために国の守りが盤石ではない志龍王国。
 ラバン王国が魔術騎士団長であるヨシュアを差し出すことによって、志龍王国の恵みの恩寵を受けられるのならば、それはまたとない良縁だった。

 ただし、一つだけ大きな問題がある。

「ヨシュア、お前が王家に生まれたというのは、それだけ王族の血が凝っている証拠ともいえる。今までお前に結婚相手も見つけてやれずにすまなかった」
「ここで志龍王国に行くのがおれの運命だったのだと思うよ」

 王族にしか身に着けることを許されない鮮やかな青い長衣を着て、ヨシュアは魔術騎士団から選りすぐりの魔術騎士二十人を引き連れて志龍王国の王都に入った。
 王都までは移転の魔術で一瞬だった。

 魔術騎士団が重宝されるのは、魔術騎士全員が移転の魔術を使えることだ。高度な魔術である移転の魔術は、遠く離れた場所へと一瞬で移動できる。それだけの高度な魔術を操る集団が二十名以上一気に志龍王国に所属するようになるのだ。
 その価値は計り知れない。

 顔合わせの席で、龍王が何か血迷ったことを口走っていたが、ヨシュアはそれに手痛い一言を浴びせかけて黙らせ、結婚式を挙げた後には魔術騎士団を率いて国中を遠征することを許された。

 ラバン王国にいたときと同じ、青い長衣を志龍王国風に作らせて、青い下衣も作らせて、それを身に纏う。
 従える忠実な魔術騎士たちは全員紺色の志龍王国風の長衣と下衣を身に着けて、共に行動した。

 国土のどんな遠い場所でも一瞬で魔術で転移して現れる王配の魔術騎士団は、志龍王国の国民にも受け入れられた。
 魔術騎士団の仕事とは別に、ヨシュアには王配としての仕事もあったが、それはほとんど免除されていた。

 どうしても免除できなかったのは、龍王の視察に同行することだった。
 移転の魔術で行けば一瞬で済むものを、馬車の龍王の隣りの席に座って、揺られながら視察地まで行かなければいけない。
 道は石で舗装されているが、馬車は揺れるし、座り心地もあまりよろしくない。
 尻に地面の形を刻まれるような気分で揺られていると、道の脇に国民が出てきて開け放した馬車の窓から龍王と王配を一目見ようと待ち構えている。

「龍王陛下万歳!」
「王配殿下万歳!」

 今のところ龍王のたった一人の伴侶であるし、ラバン王国から望まれて嫁いできたので、ヨシュアの身分は王配となっているが、他に寵愛を受ける伴侶が現れれば、その伴侶が正妃になるかもしれないし、第二、第三の王配、王妃ができるかもしれない。

 王族の結婚とは国同士の一大事業であるし、そこに愛情を求めるほどヨシュアは幼くも愚かでもない。
 長命な魔術師の中でも特に長命な王族である上に、まだ四十年と少ししか生きていないヨシュアだが、長命な龍族の中でも特に長命な王族である龍王が二十五歳なので、それよりは世界を知っていると思っていた。

 ラバン王国の中を火種があればどこにでも消しに行ったし、他国との交渉の場にもついたことがある。
 龍王はヨシュアにしてみれば少し潔癖なところがあるし、幼いのではないかとも思っていた。

 金色の髪を三つ編みにして冠を乗せているが、着ている衣装はいつもの青いものにさせてもらっている。これはラバン王国の王族の証であるし、嫁いだとしてもその色は変えたくなかった。

 龍王はヨシュアの着るものに興味はなさそうだが、本人は宝石をちりばめたような長衣と下衣を着て、布でできていて靴底が木でできたくつを履いている。ヨシュアはできればラバン王国で着ていたようなフロックコートにブーツを身に付けたかったのだが、形だけは長衣と下衣を着て、革のブーツを合わせていた。
 長衣にも下衣にも宝石もガラスビーズも縫い付けるようなことはさせなかったが、龍王の着ている長衣には宝石が縫い込まれており、刺繍もびっしりとされているし、下衣にも沓にも宝石や刺繍が施されているので、ついヨシュアの口をついて言葉が出ていた。

「それ、重くないんですか?」

 国民に向かって手を振っていた龍王の笑顔が固まる。

「考えたこともなかった……」

 こういう衣装を着せられるのが普通過ぎて考えたこともなかったのだろう。
 魔術騎士団は戦闘を伴うことが多いので、身軽な服装でなければいけない。今回の護衛の中にもいる魔術騎士たちはみな、身軽な服装をして、腰に魔術のかかった剣を下げている。

 ヨシュアも帯剣したかったのだが、龍王のいる場では飾り剣を侍従に持たせるのは構わないのだが、自分が持つことは許されていなかったので、我慢していた。

「あなたは、妙なことを言う」
「気になったもので」

 笑顔を崩さずに国民に手を振りつつ、馬車の中の空気はぎこちないものになっている。
 これを修正しようという気はヨシュアには全くなかった。

「この視察が終わったら、また遠征に行かせていただきます」
「無事に終わればな」

 龍王が言った瞬間、馬車の前に走り出てきた人影に、馬車が急停止して、護衛たちが走り出てきた人物を取り押さえる。

 急停止した馬車の中で、転げそうになった龍王をヨシュアは軽々と抱き留めていた。

「さ、触るな!」
「失礼しました」

 手を払われて、馬車の端に逃げる龍王に構わず、ヨシュアは護衛の魔術騎士に声を掛ける。

「何者だ?」
「この近くの農民のようです」

 魔術騎士の答えを聞くと、取り押さえられた人物が呻く。

「龍王陛下に、お目通りを。この先の村は領主により、搾取を受けております。龍王陛下は必要な税以外取っていないと聞いております。どうか、領主を罰してください」
「発言を許したつもりはない!」
「どうか!」

 腕を捩じり上げられて取り押さえられた人物が悲鳴を上げるのを、ヨシュアは聞きながら龍王に目をやった。

「そなたの訴えは聞いた。我が目で確かめに行くところだ」

 そのための視察だと、龍王は答え、取り押さえられた人物を連れて行くように命じていた。
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