龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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一章 龍王は王配と出会う

4.ヨシュアの提案

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 青陵殿は代々龍王の妃が暮らすための宮殿だった。
 広い庭を見渡せば、大きな池があって、その上に橋が架かっている。
 龍王の妃は複数に及ぶこともあったので、青陵殿はとても広く、庭も広い。
 その中で気に入った庭に面した一室をヨシュアは自室として使わせてもらっていた。

 窓に硝子をはめておらず、板を押し開けるようにしているのもラバン王国とは違う。庭が直に見られるようでヨシュアは青陵殿での暮らしはそれなりに気に入っていた。

 志龍王国は板の間に敷物を敷いて座ることが多いが、ヨシュアの要望でヨシュアの部屋はラバン王国にいたころと同じように卓と椅子を用意させている。
 志龍王国では墨に筆で書き物をするのだが、それには慣れなければいけないようだ。携帯用には墨で濡らした筆を竹筒に入れて持ち歩くというのだ。
 魔術で作られた万年筆や減ることのないインクを使いたい気持ちはあるが、それではラバン王国にいたころと同じになってしまう。王族の嗜みとして志龍王国の文字の読み書きはできるようになっていたのは幸いだった。

 木版印刷の技術があるようで、志龍王国にも本がそれなりの値段で手に入るようになっている。
 いくつかの本を取り寄せて、目を通しつつ、紙に筆で文字を書く練習をするのが遠征がないときのヨシュアの日課になっていた。

 志龍王国に嫁いですぐのころは頻繁に遠征に行かなければ国土は水の加護で豊かであるものの、争いは絶えないようで内政が安定していなかった。
 それもヨシュアが遠征を続けて三か月、落ち着いてきていた。

 広がった国土を見回り、異国との諍いを治め、土地の領民が搾取されているとあれば龍王と共に出向く。
 そんな生活をしていれば、結婚から三か月はあっという間に過ぎてしまった。

 最初の宣言通りに龍王が青陵殿に渡ってくることはなかったし、ヨシュアと褥を共にすることもなかった。

 ヨシュアとしては魔術騎士としての仕事ができていれば充実しているし、青陵殿に閉じ込められているわけでもないので何の不自由なく暮らしていた。

 ヨシュアの部屋には一抱えほどの箱が設置してある。それは移転の箱と呼ばれていて、ラバン王国の兄である国王のマシューや姪のレイチェルたちにものや手紙を送るときや、逆にものや手紙を受け取るときに使っていた。

 その日は特に遠征の予定もなく、午後のお茶をして庭でも歩こうかと思っていたヨシュアに、ラバン王国から連れて来た侍従がそっと告げた。

「龍王陛下がお越しになるそうです」
「なんで!?」

 愛するつもりはない、褥も共にしない、そんな当然のことを口にしたのであざ笑った一件から、ヨシュアは龍王には嫌われているのではないかと思っていた。一緒に行動すると龍王の視線がヨシュアの方に向くことがよくあるのだが、それは自分の派手な顔立ちのせいだとも自覚があった。

 まっすぐで癖がないが豪奢に光る金色の髪、鮮やかな青い目を縁取る長い睫毛。冠を被るのが男性の正装だと知っていても、冠よりも自分の髪色の方が志龍王国では目立つことをヨシュアは実感していた。
 ラバン王国は黒髪から栗色、茶色、赤毛、金髪と様々な色合いの髪と目をしたものがいたが、志龍王国は基本的に黒髪に黒い目の民族なのだ。ラバン王国でもこんなに豪奢な金髪はほとんどいないのに、色とりどりの髪の魔術騎士の中にいても、ヨシュアの髪色と目の色はものすごく目立ってしまう。

 お忍びで町になど出られない容姿だが、お忍びではなく魔術騎士を連れて堂々と町に出るヨシュアを誰も止めないのは、ヨシュアほどの魔術師がこの国には存在しないからかもしれない。

「とにかく準備をなさってください」

 侍従に促されて、動きやすい部屋着から正式な場に出るときの青い長衣と下衣に着替えて、金色の冠を付けて龍王を待っていると、少しして侍従と共に龍王が現れた。
 立ち上がって礼をするヨシュアに、龍王は座るように手で示す。

 卓に向かい合わせに椅子に座って、ヨシュアは龍王に問いかけていた。

「どこかで内乱でも起きましたか? 出陣した方がいいでしょうか」
「内乱は起きていない。わたしは、あなたに話があってきた」

 真剣な面持ちの龍王は黒地に赤の刺繍と珊瑚が散りばめられた長衣と下衣を纏っていた。
 毎回思うのだが、服に宝石など付けて重くないのだろうか。
 動きやすさ重視のヨシュアにとっては信じられない装いだった。

「まずはお茶の用意をさせましょう。お好きなお茶はありますか?」
「茶は苦いから苦手だ……」

 子どもっぽいことを言う龍王が長命なのに反してまだ二十五歳という若さだということに気付き、ヨシュアは侍従に手配させる。

香茶こうちゃに蜂蜜と牛乳を入れて差し上げろ」
「茶に蜂蜜と牛乳を入れるのか!?」
「ラバン王国の茶はそのようにして飲みます」

 すぐに用意されてきた赤い水色すいしょくの香茶に牛乳と蜂蜜が入ったものを、龍王が恐る恐る口を付ける。
 ヨシュアは何も入れない香茶の薄い白い器に手を翳して温度を下げる魔術を使って飲んでいた。

「苦くない……これなら飲めそうだ」
「志龍王国は水が澄んでおりますから、特に茶が美味しく感じられます」

 普通の会話をしていたヨシュアだが、龍王が黙り込むのに対して、何か声を掛けるべきか迷ったが、気遣いは十分したと思ったのでそれ以上は何もしなかった。
 しばらく沈黙を守っていた龍王が、口を開く。

「申し訳なかったと、思っている」
「何がですか?」
「初日の顔合わせのときに、わたしはあなたに失礼なことを言った」
「あぁ、気にしていません」
「しかし、あなたはこの国のために命を懸けて戦ってくれている。王として礼儀を欠いた振る舞いだったと反省している」

 その通りなのだが、これをヨシュアに伝えたところで龍王の自己満足としか思えない。
 謝ったところでヨシュアは今後志龍王国で魔術騎士として生きていくだけだし、何かが変わるわけでもない。

「謝罪は受け取りました。わざわざありがとうございます」

 会話を終わらせようと、龍王に帰ってもらうように遠回しに言ったつもりだが、龍王は席を立つ気配がない。
 お茶菓子の饅頭が運ばれてきて、蒸し立ての饅頭を半分に割って、ヨシュアは遠慮なく食べているが、龍王は手を出そうとしない。

 そういえば龍王の顔色はあまりよくないように見える。
 そこそこに整っている顔立ちなのだが、どこか陰気で目の下には隈がある。

「食事を摂っていますか? ちゃんと寝ていますか?」

 どちらかといえば年齢的には龍王は姪に近いのだと気付いたらつい、世話を焼くような言葉が出ていた。
 それに対して龍王がため息をつく。

「八歳のときに叔父夫婦に毒を盛られた。高熱を出して命が危うかったらしい。それ以降、わたしの食事は厳重に管理されて、毒見も何回もされて、冷え切ってわたしの元に出される。食欲などあったものではない」
「毒を盛られたのはお気の毒だと思いますが、一国の王ともあろうお方なら、それだけの警戒は普通では?」
「夜も警護のものがそばを離れない。ひとの気配がするとよく眠れない」

 もしかして、このひとは王族に向いていないのではないだろうか。
 真剣にヨシュアは考えていた。

 ヨシュアは魔術を使えるので、食べ物に毒が入っていないかはすぐに調べられる。だが、冷めたものを食べられないなど、贅沢なことを思ったことはない。魔術騎士として遠征に出て数日野営するようなことがあれば、干し肉を齧ることもあるし、現地調達で木の実や果物を食べることもある。
 その上、ひとの気配がすると眠れないなどということはない。魔術騎士団で野営をするときにはできる限りひとのそばにいなければいけないし、危険がないように互いに見張り合うのが普通だ。

 龍王の言葉はヨシュアにとっては、龍王が王になるのに向いていないのようにしか感じられなかった。

 それでも、恥を忍んで龍王が打ち明けたのならば、ヨシュアなりに譲歩はするつもりだった。

「安眠できる香と茶をラバン王国から取り寄せましょう。食事はわたしと共にしますか? それならば、わたしは毒物を感知できるので、毒見は必要なくなります」

 どうしてこんな親切にヨシュアは手を貸してやっているのか。
 そうは思うのだが、龍王が水の加護を国土全体に行き渡らせていることは事実だし、龍王が亡くなれば、後継者のいないこの国は広がりすぎた国土をどうすることもできずに他国から侵略されるだろう。
 王族にとっては生きることもまた義務であった。
 それを怠るようなことをしている龍王に「難儀なお方だ」という印象を感じないわけではなかったが、表面上には出さずにヨシュアは龍王に提案した。

「あなたが嫌でないなら、食事を共にしてもいい」

 目を伏せて答える龍王に情けをかけすぎたかとは思うが、龍王の生命を維持することが国の一大事となるとヨシュアもそうせずにはいられなかった。
 正直、龍王は王に向いていない難儀なお方だ、と思わなくはなかったが。
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