龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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二章 龍王と王配の二年目

1.ヨシュアの過去

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 龍王とラバン王国の王弟は婚約期間を設けずにすぐに結婚した。
 それはラバン王国と志龍ジーロン王国の繋がりを強くすることが性急に必要だったからだ。
 志龍王国は軍備が整っていなくて、他国が豊かな領土に侵略してきたり、一度は志龍王国に捧げた領土を取り返そうとしたりして、諍いが絶えなかった。ラバン王国は魔術師の集団なので大陸一の軍備を誇っていたが、土地は年々荒廃し、飢えるものも増えてきた。
 ラバン王国には志龍王国の食糧支援が必要だったし、志龍王国にはラバン王国の軍備の支援が必要だった。

 どちらにも利益があるとして結ばれた龍王とラバン王国王弟の結婚式は、即座に執り行われて王配となったヨシュアは魔術騎士団を引き連れて国を平定していった。
 ラバン王国の王弟を王配とした龍王は、王配の住まう青陵せいりょう殿に足しげく通い、王配としか食事をしないくらい王配を寵愛した。王配もそれを受け入れ、龍王は王配の部屋で眠るようになったし、新婚旅行の後には王配に、龍族が生まれたときに握っているという魂の一部であるぎょくを捧げた。
 玉を捧げられた時点で王配は龍王と同じ水の加護の力を持ち、陛下と呼ばれるようになって、龍王と同等に扱われるようになった。玉を捧げられた王配は龍王が生きている期間は同じように生き、龍王の死に伴って命を落とす。
 生死も共にする誓いを挙げた龍王と王配に、国中が沸いていた。

 それもそのはず、玉を譲るという儀式自体が三千年以上の歴史を誇る志龍王国においてまだ三例目で、位としては皇后陛下になるのだが、男性なので呼び名が定まっておらず王配陛下とされたが、龍王と同じ力を持つようになる配偶者はこの王国始まって三人目だった。

 玉を捧げられてからは、龍王は王配に、王配は龍王に魂の一部が混じって体質も変化するので、十日間の安静を言い渡されて、休みが設けられていたが、その期間中国民はお祭り騒ぎだった。

 実質的に玉を捧げられた王配が龍王の水の加護の能力を得れば、志龍王国は龍王を二人冠しているような状態になる。
 水の加護もますます増えて、志龍王国の恵みは安泰となるのが決まったようなものだ。

 青陵殿で休みながらも、国民の喜びの声を伝え聞いていた龍王は、これまで以上に龍王としての自覚を持って政務に当たることを心に決めたようだった。

「ヨシュア、わたしはこれまで以上に龍王として勤めたいと思っています。わたしの隣りにずっといてほしいのです」
「魔術騎士団の仕事はどうすれば?」
「他の魔術騎士に譲ってください。もしくは、遠征するときにはわたしも共に行きます」

 それが不可能ではないことはヨシュアも分かっているだろう。
 まだ使い始めたばかりだが、龍王にもヨシュアの魔力が使えるようになっていて、ヨシュアと同じく転移の魔術で移動することも可能となっていた。

星宇シンユーが来てくれるのが手っ取り早いのは確かなのですが、政務は大丈夫ですか?」
フー家を四大臣家に昇格させます。わたしが不在の間は、宰相と四大臣家が政務に当たってくれるはずです」
「星宇も魔術を使えるようになったのですが、まだ使いこなせるようにはなっていないので油断はしないでくださいね」
「魔術もですが、わたしは水の加護が使えます。わたしがそばにいればヨシュアも水の加護が使えるはずです。行く先々を豊かにさせながらの遠征は龍王と王配の名をこの国の隅々まで知らしめます」

 それに狙われるならばヨシュアの方ではないかと龍王は思っていた。
 たった一人龍王の寵愛を受ける王配。
 王配を妬んでいるものは少なからずいるに違いない。王配も今は龍王と魂で結ばれて、生も死も共にするので手を出すことはできないが、王配に取り入ろうとするものがいないわけでもないだろう。

 子種がないと分かっている龍王にすら、いまだ妃を送り込もうとする動きが絶えないのだ。
 子種があって健康なヨシュアともなれば、龍王の代わりとして妾を差し出して取り入ろうとする者がいてもおかしくはない。

「ヨシュアこそ気を付けてくださいね。あなたが媚薬でも盛られて、女性と二人きりにさせられたらと思うと、わたしは落ち着きません」
「媚薬は感知できるのでご心配なく。それに、わたしは女性を抱きたいとは思いません」

 一貫してヨシュアは女性を抱きたいと思わないと言って来るがそれは本当なのだろうか。
 龍王に関しては、ヨシュアに出会うまでは愛を知らなかったし、ヨシュアを初めて愛したので、男女関係なくヨシュアだけを思い続けているのだが、ヨシュアの方が頑なに女性を抱かないと決めていることが少し不思議だった。

「ヨシュアは男性が好きなのですか?」
「いいえ、そういうわけではありません」
「それでは、どうして女性を抱かないと決めているのですか?」

 疑問に思って口に出してみると、ヨシュアの顔が珍しく苦いものを食べたかのようになってしまった。言いにくそうにヨシュアが口を開ける。

「わたしが十五で魔術騎士団の魔術騎士になったとき、団長は女性でした。その女性は魔術騎士団の男性を誘惑して、自分のものにするのが好きで、わたしも何度も誘われました」
「美しい女性だったのですか?」
「多分、美しい女性だったのだと思います。思い出したくもないので顔も覚えていませんが」
「思い出したくないようなことをされた、と?」
「わたしに魅了の力があると魔術騎士団に入ったときの極秘資料で知っていて、まだ十五だったわたしを押さえ付けて、耳飾りピアスを奪ったのです」

 それからどうなったのか、ヨシュアはなかなか話せなかった。龍王も無理に話させるつもりはない。

「ヨシュア、つらいことなら、話す必要はないです」
「わたしは、周囲に魔術騎士がいる中で押し倒されて服を脱がされかけて、混乱と嫌悪に魔力を暴発させてしまいました。まだ幼かったのです。彼女は傷の残る怪我を負い、魔術騎士団を去りました」

 脱がされてしまえばヨシュアが必死に秘密にしている先祖返りの妖精であることは発覚してしまう。
 それを恐れてまだ幼かったヨシュアは魔力を暴走させてしまった。

 龍王はヨシュアの手を握り、頬にすり寄せる。

「つらい話をさせてしまいましたね」
「わたしはそれ以来女性に対して欲望を持つことができなくなったのです」

 そんな過去があったのならばヨシュアが女性との結婚をしないままずっと生きてきたのも理由が分かる。魅了の力を無理やり発揮させられたのも、押し倒されたのも、脱がされかけたのも、十五の少年にとってはつらいできごとだっただろう。

「わたしがヨシュアの嫌がることをしたら、蹴り倒して構いません。わたしも欲望が暴走してヨシュアに襲い掛かってしまうかもしれない」
「そのときには、遠慮なく寝台から蹴り落とさせてもらいます」

 ふっとヨシュアが笑ったのを見て、龍王は胸を撫で下ろした。
 四十六年間健全な男性として生きてきて、誰とも体を交わしたことがないというヨシュアには、先祖返りの妖精で背中に光でできた薄翅うすはねがあるので裸を見せられないという理由はあったが、それ以外にも女性との性交を阻むような過去があった。

 魔術騎士団長だったという女性も、いつかは団長を降りなければいけなくて、ラバン王国の王弟と関係を持てていたらそれなりに取り立ててもらえるかもしれないという下心があったのかもしれない。
 それにしても、まだ十五だったヨシュアを傷付けた女性が龍王には許せなかった。

「星宇、性急に魔力のかかった耳飾りを作らせます。寝ているときも付けられるように、できるだけシンプルなものを」
「これではいけないのですか?」

 玉を捧げて魂が結ばれたので、ヨシュアと同じく魅了の力を持つ目を持つようになった龍王に、ヨシュアは急いで自分の耳飾りの片方を貸してくれた。それがヨシュアとお揃いのようで龍王は嬉しかったのだが、ヨシュアは新しく作りたいようだ。

「片方だけでは何かのはずみで外れたときに危険です。両方付けておいた方がいいでしょう」
「それならば、新しいものはわたしからヨシュアに贈らせてもらって、今ヨシュアが付けているものをわたしにもらえませんか?」

 ヨシュアの身に着けていたものが欲しい。
 小さな青い石が付いている耳飾りは、ヨシュアの目の色のようで、龍王も気に入っていた。

「構いませんが、わたしの使っていたものでいいのですか?」
「これがいいのです」

 ヨシュアの左耳に触れながら、ふと龍王はその形に気付いた。

「ヨシュアは耳が尖っている?」
「妖精ですからね。普段は目くらましの魔術で隠していますが、触れれば形が分かります」

 触れた感覚と見ているものが違って、龍王はすりすりと指先で何度もヨシュアの耳に触れる。尖った耳と背中に光の薄翅を持った妖精であることがはっきりと分かる。

「わたしの耳も尖ってくるのでしょうか?」
「星宇は龍族だから尖らないと思います。薄翅もないでしょう? わたしが龍の姿になれないように、星宇もわたしの妖精の姿にはなれないのだと思います」

 魂が結ばれて互いの特性を分け合うようにしても、姿形までは完全には変わらないようだ。

「いつか、ヨシュアの薄翅と耳を見せてください」

 妖精であるヨシュアをしっかりと目に映しておきたい。
 龍王の願いに、ヨシュアは躊躇いがちに小さく頷いた。
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