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三章 甥の誕生と六年目まで
1.前王妃の死
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龍族の王族は寿命が長いせいか、血が濃くなりすぎているせいか、子どもがなかなか生まれないことが多かった。
結婚後まもなくして妊娠が発覚した梓晴は思わぬ早い妊娠に喜びを隠せない様子だった。
梓晴の子どもの中で優秀なものが次の龍王になると決まっていたので、龍王も梓晴が初めての子どもを産むことに関しては非常に関心を持っていた。
冬に妊娠が発覚した梓晴は、夏に無事に男の子を生んだ。
小さな赤い顔の男の子は、俊宇と名付けられ、王族が一人増えたことで国は非常に盛り上がった。
次代龍王になるかもしれない俊宇の誕生に際して、大陸の各国からお祝いが送られて、龍王はそれをヨシュアと共に受け取った。
白虎の毛皮、様々な宝石、幼子の身を守る魔術具、産後の梓晴を労わる栄養価の高い品々など、送られてきたものは全て梓晴と浩然の元に龍王もヨシュアも送っていた。
龍王と俊宇が正式に顔を合わせたのは、冬のヨシュアの誕生日だった。
それまでは梓晴と俊宇は赤栄殿でゆっくりと休まされていて、龍王もその邪魔をしようとは思わなかった。
産後三か月以上経って、俊宇は思ったよりもしっかりとした体付きと顔付きになっていた。
「兄上、抱っこしてあげてください」
「こんな小さい子を抱っこするのは少し怖いな」
龍王が躊躇っていると、梓晴はヨシュアに俊宇を預けてきた。姪たちで慣れているヨシュアは俊宇の頭を肘の上に乗せて安定して抱っこしている。
俊宇はヨシュアに抱っこされて不思議そうに黒い目を瞬かせていたが、ヨシュアの胸に顔をこすりつけて安心して眠ってしまった。
「兄上も、ぜひ抱っこしてあげてください」
「眠ってしまったのに抱っこするのはなんだか悪い気がする。抱っこは今度にする」
「兄上、怖くないですから」
「よく寝ているのだから起こしたら可哀そうだ」
固辞する龍王に梓晴も浩然も笑っていた。
初孫の誕生に前王妃は喜びに満ちていた。
「孫を抱けるだなんて思わなかったです。もう思い残すことはないですね」
「母上、そんなことを仰らないでください。俊宇はこれから大きくなりますし、孫も増えるかもしれません」
「前龍王陛下が亡くなられてもう八年になろうとしています。わたくしはよく生きたと思うのです。正直、前龍王陛下が病に倒れて亡くなられたときに、わたくしも後を追おうかと思いました。しかし、わたくしには龍王陛下と梓晴が遺されていた。二人が結婚して幸せな姿を見せてくれただけで、もうわたくしの仕事は終わりました」
マンドラゴラの葉っぱを煎じた薬湯で何とか声明を永らえているが、前王妃の体調は緩やかに衰えつつあった。若く美しかった姿も、少しずつ老いを感じさせるようになってきた。
龍族の王族は二百年から五百年生きる。王族の中でも血の薄い前王妃はそろそろ寿命なのかもしれない。
分かっていても、母親ということで龍王はどうしても前王妃のことを諦めきれなかった。妹の梓晴も同じ思いだろう。
「母上、もっと長生きして、わたしたちと共にいてください」
「龍王陛下の命令でも、こればかりはどうにもなりません。わたくしに与えられた命が尽きようとしているのです」
赤栄殿で俊宇と会った後で、龍王は青陵殿に戻ってヨシュアと二人きりになってヨシュアに気持ちを吐き出した。
「母はああ言っているが、わたしは母に長く生きてほしいのです。父が急に亡くなってしまった分、母には孝行したいのです」
「置いて行かれるのはつらいよな。義母上が少しでも命を繋げるように医者にも手を尽くしてもらうし、マンドラゴラの手も借りよう」
「母が逝ってしまったら、わたしは悲しみでしばらく落ち込むと思います」
「いつかは来るんだろうけど、その日が遠ければいいとおれも思うよ」
こういうことをこれから何度龍王とヨシュアは経験するのだろう。
玉を捧げてヨシュアと魂を結び付けてから、龍王もヨシュアも千年を超える年月を生きるようになってしまった。もしかすると何千年も生きるのかもしれない。ヨシュアの先祖返りの妖精としての血がどれほど濃いのかによるが、龍王もヨシュアも親しい者たちよりもずっと長い寿命を生き抜かなければいけないのは決まっていた。
玉を捧げたことを後悔したことはないが、龍王は親しいものを失うたびに自分が引き千切られるように悲しむ気しかしていなかった。
玉を捧げなければヨシュア一人がその悲しみを背負って生きなければいけなくなる。ヨシュアが龍王を看取った後で誰か他の相手を探すのか、それとも一人で静かに姿を消すのか、どちらにせよそんな様子を想像したくもなかったので、龍王はヨシュアに玉を捧げる決意をした。
それが間違っていたなんて思いたくもない。
「母が体調を崩してから、貴族の中から妙な申し出をされているのです」
「おれがいないときにか?」
「はい。わたしが一人のときを見計らって、貴族が母に自分の玉を捧げようかと言って来るのです」
玉を捧げれば前王妃はその貴族の寿命まで生きることができる。そうなれば、今後しばらくは龍王が安心することは確かである。
ただ、その貴族はその代わりに自分を重用するようにと言って来るのだ。
「義母上の命と政治を秤にかけるようなことはよくないな」
「わたしもそう思います。断ってはいるのですが、そのものはしつこくて」
前王妃の命が失われるくらいなら、その取り引きに乗った方がいいのかもしれないと頭を過ることもある。前王妃は龍王のかけがえのない母親なのだ。
しかし、そんなことをしてはいけないということくらい分かっている。
「おれの両親はおれが生まれた後に兄に王位を譲って二人で旅に出ているが、今生きているのか、死んでいるのかも分からない。そういうのだったら星宇も楽なのにな」
「母を失いたくないのです。それに付け込まれてはいけないと分かっているのですが、母を失いたくない気持ちが強くて、わたしはどうすればいいのか分からなくなってしまう」
ため息をつき両手で顔を覆った龍王の肩をヨシュアが抱き締める。抱き寄せられて龍王はヨシュアの胸に納まった。ヨシュアに抱き締められていると安心してくる。
「馬鹿なことを考えるより、これから義母上に何ができるかを考えよう。義母上が悔いなく最後の日まで暮らせるように手を尽くそう」
「そうですね。母に毎日会いに行きます。母と過ごす時間を増やしたいと思います。ヨシュアも来てくれますよね」
「もちろんだよ」
残された年月がどれくらいなのかは分からない。
医者も手を尽くしてくれているし、ヨシュアのマンドラゴラも葉っぱが減るくらいまで協力してくれている。少しでも長く前王妃が生きることを龍王は願うしかなかった。
春の龍王の誕生日には前王妃も一緒に赤栄殿で食事をした。
めきめきと大きくなっていた俊宇を前王妃はもう抱っこすることができなかったけれど、座ったまま膝の上に乗せて可愛がっていた。
もう首も据わっていたので、龍王も俊宇を抱っこすることができた。
ずっしりと重たい俊宇は乳をよく飲んでいるようで、ふくふくとしていた。
春の龍王とヨシュアの三度目の結婚記念日のころには、前王妃はほとんどものを食べられなくなっていた。
それでも何とか薬湯と薬で命は繋いでいた。
真っ黒で艶々としていた髪は半分以上白髪になって、死の直前まで最盛期の姿で生きる龍族の老いが深まっていた。
春から前王妃は床に寝付くようになって、真夏の暑い日にその生涯を閉じた。
俊宇の一歳の誕生日の直前だった。
前王妃の部屋には遺言書が遺されていて、「自分が死んでも喪に服すことはありません。わたくしは既に前龍王陛下が亡くなったときに死んでいたのと同じなのです。俊宇の誕生日は盛大に祝ってあげてください」と書かれていた。
王族が亡くなったときに火葬される王宮の敷地内の火葬場から立ち上る煙を見上げて、龍王はヨシュアの手を握った。汗ばんだヨシュアの手は大きく、龍王の手をしっかりと包み込んでくれていた。
結婚後まもなくして妊娠が発覚した梓晴は思わぬ早い妊娠に喜びを隠せない様子だった。
梓晴の子どもの中で優秀なものが次の龍王になると決まっていたので、龍王も梓晴が初めての子どもを産むことに関しては非常に関心を持っていた。
冬に妊娠が発覚した梓晴は、夏に無事に男の子を生んだ。
小さな赤い顔の男の子は、俊宇と名付けられ、王族が一人増えたことで国は非常に盛り上がった。
次代龍王になるかもしれない俊宇の誕生に際して、大陸の各国からお祝いが送られて、龍王はそれをヨシュアと共に受け取った。
白虎の毛皮、様々な宝石、幼子の身を守る魔術具、産後の梓晴を労わる栄養価の高い品々など、送られてきたものは全て梓晴と浩然の元に龍王もヨシュアも送っていた。
龍王と俊宇が正式に顔を合わせたのは、冬のヨシュアの誕生日だった。
それまでは梓晴と俊宇は赤栄殿でゆっくりと休まされていて、龍王もその邪魔をしようとは思わなかった。
産後三か月以上経って、俊宇は思ったよりもしっかりとした体付きと顔付きになっていた。
「兄上、抱っこしてあげてください」
「こんな小さい子を抱っこするのは少し怖いな」
龍王が躊躇っていると、梓晴はヨシュアに俊宇を預けてきた。姪たちで慣れているヨシュアは俊宇の頭を肘の上に乗せて安定して抱っこしている。
俊宇はヨシュアに抱っこされて不思議そうに黒い目を瞬かせていたが、ヨシュアの胸に顔をこすりつけて安心して眠ってしまった。
「兄上も、ぜひ抱っこしてあげてください」
「眠ってしまったのに抱っこするのはなんだか悪い気がする。抱っこは今度にする」
「兄上、怖くないですから」
「よく寝ているのだから起こしたら可哀そうだ」
固辞する龍王に梓晴も浩然も笑っていた。
初孫の誕生に前王妃は喜びに満ちていた。
「孫を抱けるだなんて思わなかったです。もう思い残すことはないですね」
「母上、そんなことを仰らないでください。俊宇はこれから大きくなりますし、孫も増えるかもしれません」
「前龍王陛下が亡くなられてもう八年になろうとしています。わたくしはよく生きたと思うのです。正直、前龍王陛下が病に倒れて亡くなられたときに、わたくしも後を追おうかと思いました。しかし、わたくしには龍王陛下と梓晴が遺されていた。二人が結婚して幸せな姿を見せてくれただけで、もうわたくしの仕事は終わりました」
マンドラゴラの葉っぱを煎じた薬湯で何とか声明を永らえているが、前王妃の体調は緩やかに衰えつつあった。若く美しかった姿も、少しずつ老いを感じさせるようになってきた。
龍族の王族は二百年から五百年生きる。王族の中でも血の薄い前王妃はそろそろ寿命なのかもしれない。
分かっていても、母親ということで龍王はどうしても前王妃のことを諦めきれなかった。妹の梓晴も同じ思いだろう。
「母上、もっと長生きして、わたしたちと共にいてください」
「龍王陛下の命令でも、こればかりはどうにもなりません。わたくしに与えられた命が尽きようとしているのです」
赤栄殿で俊宇と会った後で、龍王は青陵殿に戻ってヨシュアと二人きりになってヨシュアに気持ちを吐き出した。
「母はああ言っているが、わたしは母に長く生きてほしいのです。父が急に亡くなってしまった分、母には孝行したいのです」
「置いて行かれるのはつらいよな。義母上が少しでも命を繋げるように医者にも手を尽くしてもらうし、マンドラゴラの手も借りよう」
「母が逝ってしまったら、わたしは悲しみでしばらく落ち込むと思います」
「いつかは来るんだろうけど、その日が遠ければいいとおれも思うよ」
こういうことをこれから何度龍王とヨシュアは経験するのだろう。
玉を捧げてヨシュアと魂を結び付けてから、龍王もヨシュアも千年を超える年月を生きるようになってしまった。もしかすると何千年も生きるのかもしれない。ヨシュアの先祖返りの妖精としての血がどれほど濃いのかによるが、龍王もヨシュアも親しい者たちよりもずっと長い寿命を生き抜かなければいけないのは決まっていた。
玉を捧げたことを後悔したことはないが、龍王は親しいものを失うたびに自分が引き千切られるように悲しむ気しかしていなかった。
玉を捧げなければヨシュア一人がその悲しみを背負って生きなければいけなくなる。ヨシュアが龍王を看取った後で誰か他の相手を探すのか、それとも一人で静かに姿を消すのか、どちらにせよそんな様子を想像したくもなかったので、龍王はヨシュアに玉を捧げる決意をした。
それが間違っていたなんて思いたくもない。
「母が体調を崩してから、貴族の中から妙な申し出をされているのです」
「おれがいないときにか?」
「はい。わたしが一人のときを見計らって、貴族が母に自分の玉を捧げようかと言って来るのです」
玉を捧げれば前王妃はその貴族の寿命まで生きることができる。そうなれば、今後しばらくは龍王が安心することは確かである。
ただ、その貴族はその代わりに自分を重用するようにと言って来るのだ。
「義母上の命と政治を秤にかけるようなことはよくないな」
「わたしもそう思います。断ってはいるのですが、そのものはしつこくて」
前王妃の命が失われるくらいなら、その取り引きに乗った方がいいのかもしれないと頭を過ることもある。前王妃は龍王のかけがえのない母親なのだ。
しかし、そんなことをしてはいけないということくらい分かっている。
「おれの両親はおれが生まれた後に兄に王位を譲って二人で旅に出ているが、今生きているのか、死んでいるのかも分からない。そういうのだったら星宇も楽なのにな」
「母を失いたくないのです。それに付け込まれてはいけないと分かっているのですが、母を失いたくない気持ちが強くて、わたしはどうすればいいのか分からなくなってしまう」
ため息をつき両手で顔を覆った龍王の肩をヨシュアが抱き締める。抱き寄せられて龍王はヨシュアの胸に納まった。ヨシュアに抱き締められていると安心してくる。
「馬鹿なことを考えるより、これから義母上に何ができるかを考えよう。義母上が悔いなく最後の日まで暮らせるように手を尽くそう」
「そうですね。母に毎日会いに行きます。母と過ごす時間を増やしたいと思います。ヨシュアも来てくれますよね」
「もちろんだよ」
残された年月がどれくらいなのかは分からない。
医者も手を尽くしてくれているし、ヨシュアのマンドラゴラも葉っぱが減るくらいまで協力してくれている。少しでも長く前王妃が生きることを龍王は願うしかなかった。
春の龍王の誕生日には前王妃も一緒に赤栄殿で食事をした。
めきめきと大きくなっていた俊宇を前王妃はもう抱っこすることができなかったけれど、座ったまま膝の上に乗せて可愛がっていた。
もう首も据わっていたので、龍王も俊宇を抱っこすることができた。
ずっしりと重たい俊宇は乳をよく飲んでいるようで、ふくふくとしていた。
春の龍王とヨシュアの三度目の結婚記念日のころには、前王妃はほとんどものを食べられなくなっていた。
それでも何とか薬湯と薬で命は繋いでいた。
真っ黒で艶々としていた髪は半分以上白髪になって、死の直前まで最盛期の姿で生きる龍族の老いが深まっていた。
春から前王妃は床に寝付くようになって、真夏の暑い日にその生涯を閉じた。
俊宇の一歳の誕生日の直前だった。
前王妃の部屋には遺言書が遺されていて、「自分が死んでも喪に服すことはありません。わたくしは既に前龍王陛下が亡くなったときに死んでいたのと同じなのです。俊宇の誕生日は盛大に祝ってあげてください」と書かれていた。
王族が亡くなったときに火葬される王宮の敷地内の火葬場から立ち上る煙を見上げて、龍王はヨシュアの手を握った。汗ばんだヨシュアの手は大きく、龍王の手をしっかりと包み込んでくれていた。
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