龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

文字の大きさ
70 / 150
三章 甥の誕生と六年目まで

10.ジャックとドラゴン

しおりを挟む
 ドラゴンの卵は厩舎の馬房の一つに置かれていた。
 ヨシュアと龍王は毎日そこを訪れるようになっていた。
 ヨシュアが卵に触れると、「ぴぃ」とか「きゅぅ」とか小さな鳴き声が聞こえる。もうすぐ生まれてくるのかもしれない。
 龍王が卵に触れても反応はないから、やはり、龍族のそばにいればドラゴンは健全に育つという名目で、妖精のヨシュアが卵の面倒を見られるようにラバン国王マシューは龍王にこの卵を贈ったのだろう。
 珍しい龍の卵ということで、そろそろ生まれるならそばにいて付き添ってやりたい気持ちはあったが、ヨシュアにはもう一つ問題があった。
 ヨシュアが名付けた獣人の子ども、ジャックである。
 ジャックと名付けてしまった後に、子睿の養父母がジャックの体を洗ってやると、ジャックの性別が女だということが分かった。髪も短かったし、幼かったのでヨシュアはジャックの性別を見間違えてしまったのだ。
 そうなっても後の祭りで、ジャックは自分がもらった名前を変えるつもりはない様子だった。

 ジャックは毎日子睿の養父母のいる離れを抜け出してヨシュアを探しているという。
 まだ十歳くらいの子どもなのでヨシュアを父親のように慕っても仕方がないのかもしれないが、政務のときにひょっこりと現れて、他の官吏が止めようとするのを猫科の俊敏な動きですり抜けてヨシュアの膝の上に納まってしまうのはどう考えてもよくない。
 ヨシュアは龍王という伴侶がいるのだし、ジャックは幼いが女性なのでヨシュアの膝の上で寛がれると非常に居心地が悪い。
 だからといって無理やり引き離すと、泣いて嫌がって膝の上に戻ろうとするのだ。

 結界が張られた青陵殿には入ることができないので、青陵殿で息をついているとヨシュアの膝の上に龍王が乗ってくる。

「ヨシュアの膝はわたしのものなのに」
「星宇、子どもだ。気にすることはない」

 それに猫科の本能に従ってジャックは膝の上に乗ってくるのだろう。しっかりと教育を受ければこんなこともしなくなると龍王に説明するのだが、龍王は面白くない様子だった。
 玉座の間では威厳を示すためにヨシュアの膝からジャックに降りるように命じるだけで、自分が膝の上に乗ってくるようなことはできないが、青陵殿で二人きりになると龍王はヨシュアの膝を独り占めするようにごろごろと懐いていた。

「ドラゴンの卵がそろそろ孵りそうなので、明日はついていてやりたいんだが、構わないか?」
「ドラゴンにジャック……わたしはヨシュアを取られているような気がします」
「おれは星宇だけのものだよ」

 口付けて龍王を宥めると、拗ねていた龍王も唇を追いかけて何度か口付けをして、満足した様子だった。

「ドラゴンの育成はラバン王国から頼まれたもの。仕方がありませんね。でも、ジャックに関しては、もう少し分別というものを学ばせなければいけません」
「それは王宮の教育係に任せるよ」
「ヨシュアもびしっと言っていいのですよ?」
「泣かせるのは心が痛むんだよな」

 膝から降りるように命じても下りないジャックに、官吏が無理やりに引きずり下ろすと泣き叫んで嫌がる。最初にヨシュアが優しくして名前も付けたのでジャックは完全にヨシュアに懐いてしまっていた。

「ヨシュアが甘いから、ジャックが膝の上に乗ってくるのではないですか?」
「そうだな。玉座の間にはジャックは入れないように結界を張るわけにもいかないし」

 玉座の間は龍王が民の言葉を傾聴する場でもあった。どんなものも許しがあれば入ることができて、龍王は全ての民から話を聞くということになっている。龍王は会わなければいけないものには誰とでも会うことが決められていた。

 結界を張ってしまえばジャックだけを弾くわけにはいかず、他のものまで巻き込まれる可能性がある。龍王の政務に関わるので玉座の間は常に開かれた場所である必要があった。

「一度真剣にジャックと話してくる必要があるかな」
「わたしも同席します」
「いや、おれ一人で行かせてくれないか? ジャックと二人きりで話し合いたい」

 二人きりというのに龍王が警戒しているのは、ジャックの血のこともあるだろう。
 獣人の血がどんな作用を及ぼすかなどヨシュアも知らなかったが、ジャックの血には媚薬のような作用がある。そのためにジャックはこれまで搾取され続けていたのだろう、手には小さな傷がいくつもあった。
 志龍王国の王宮に来て搾取されることもなくなって、その傷も治ってきているが、獣人の国がどういう意図でジャックを贈ったのかはっきりしてくると、煩わしさしかない。
 龍王とヨシュアが媚薬のような作用で高まってお互いを求めあうようにしたかったのかもしれないが、そんなものは必要ないくらい龍王とヨシュアの関係は良好だった。毎晩のように愛し合っているし、媚薬のような作用があるようなものは必要としていない。

「獣人の国には抗議をしておきます。ですが、ジャックをそのまま返しても、他の場所に贈られるだけだと思うので、教育さえできれば、この国で平穏に暮らさせるのも悪くはないと思っています」

 ヨシュアの膝に乗ってくることに関しては許しがたいと思っている龍王だが、ジャックが龍王に贈られたという事実がある限り、ジャックも龍王の守るべき民の一人になっているので、その点に関しては寛大だった。
 ジャックを送り返して、その血を利用させるわけにはいかない。あんな小さな痩せた子どもが、血を奪われるだなんて許されない。
 ヨシュアも龍王と同じ気持ちだった。

「血に媚薬のような作用があるということは、ジャックには魔力があるということだと思う。特殊な例かもしれないが、ジャックにドラゴンの面倒を見させるのはどうだろう?」

 ドラゴンが生まれてくれば誰かがつきっきりで面倒を見なければいけなくなる。ヨシュアがそれをしてやりたいが、ヨシュアにも魔術騎士としての仕事があるし、王配としての仕事もある。
 魔力を持つ獣人であるジャックはもしかするとドラゴンとも相性がいいかもしれない。

「獣人が魔力を持つだなんて聞いたことがありませんからね。ドラゴンの世話ができれば、ジャックの精神も安定してくるかもしれませんね」

 そばにいつもいて愛おしむものがいればジャックもヨシュアを闇雲に求めなくなるかもしれない。ドラゴンの世話をしてヨシュアに褒められていれば、ジャックの精神も安定してくる可能性もある。
 ヨシュアの申し出に龍王も賛成してくれたようだった。

「それなら、星宇、厩舎の隣りにジャックの住む小屋を立てさせて、ジャックは青陵殿の庭ならば自由に生活しても構わないとしていいか?」
「まだジャックは小さいから、子睿の養父母にも手伝ってもらいましょう。一家で青陵殿の庭に移ってきてもらいましょうか」

 青陵殿の庭には土地が余っているところもあるし、必要ならば菜園を作ることもできるだろう。
 龍王の言葉にヨシュアは頷き、まずはジャックを呼んだ。

 青陵殿の厩舎に呼ばれてきたジャックは、尖った耳を動かして厩舎にいる青毛の馬と、鹿毛の馬、それにドラゴンの卵を興味深そうに見つめていた。

「ジャック、君に仕事をあげよう」
「わたしの血をお求めですか?」
「いや、もっと難しいことだ。これからドラゴンが生まれてくる。生まれてきたドラゴンの世話をジャックに任せたい」
「ドラゴン!? お話でしか聞いたことがありません」
「ドラゴンの成長には近くで世話をする者の魔力が必要になる。ジャックは血を与えるのではなく、ドラゴンに自分の魔力を与えられるように練習してくれ」
「わたしに魔力があるのですか?」
「血にそれだけの効果があるのだ。魔力もきっとある」

 真剣に話を聞いていたジャックは手を伸ばしてドラゴンの卵に触れる。するとドラゴンの卵にひびが入った。

「もうすぐ生まれてくる。生まれてきて初めに見たものを親として慕うから、君はドラゴンの世話係にならなくてはいけない」
「わたしがドラゴンの世話係……ドラゴンは可愛いでしょうか?」
「それは見てみないと分からないね」

 話している間にもぴしぴしと殻にひびが入って、卵が割れる。
 卵から出てきたのは真珠色の鱗と爪に赤い目の美しいドラゴンの幼体だった。大きさは大型犬くらいだろうか。
 体を丸めてきゅうきゅうと鳴いている。

「体を拭いてやってくれ」
「は、はい!」

 水の入った桶と布を用意させると、すぐにジャックがそれを絞ってドラゴンの体を拭く。赤い目をきょろきょろとさせていたドラゴンはジャックに気付いて顔をすり寄せてくる。

「か、可愛いです。わたしはドラゴンのお母さんですか?」
「ドラゴンはそう思っているかもしれない。これから君が責任をもってドラゴンを育てるんだ。血は与えるんじゃないよ。与えるのは魔力だ。そのやり方はこれから習って行けばいい。分からないことは教育係に聞けばいいし、おれも毎日ここに来るから、そのときに相談してくれ」
「は、はい! 頑張ります!」

 ドラゴンに一目で心奪われた様子のジャックはきっと寂しかったのだろう。
 厩舎の隣りには立派な小屋が立てられて、そこにはジャックの育ての親になる子睿の養父母が移り住んでいた。

「子睿殿のご両親にも、ドラゴンの世話を手伝ってくれるようにお願いします」
「ドラゴン様をどうすればいいのか分かりませんが、やってみます」
「ジャック様と一緒に大事に育てます」

 子睿の養父母の言葉に、この二人は本当に害のない優しい人物なのだとヨシュアは改めて感じる。
 獣人の子ども、ジャックはドラゴンの世話係としての任務に就くこととなった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

処理中です...