龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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三章 甥の誕生と六年目まで

24.龍王の迷い

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 男性が子どもを産めるようになる魔術薬は、一時期ラバン王国に広まっていた。女性だけに妊娠、出産を背負わせるわけにはいかないという思いと、男性同士の夫夫にも子どもをという思いが生み出した魔術薬だったが、弊害はあった。
 男性は大抵が女性よりも痛みに弱く、出血にも耐えられない。定期的に血を失う女性の方が男性よりも出血に強いという研究結果が出ていた。男性なので産み落とす場所がないので、腹を切って出産するしかない。出産には危険なので麻酔は最小限でしかできない。
 そうなると男性が出産するのは非常に困難で、魔術薬が開発されて男性が妊娠することはできても、無事出産にまで至るのは二割程度だった。
 そうなるとラバン王国もそんな危険な魔術薬を野放しにするわけにはいかなくなる。
 結局男性が妊娠できる魔術薬は禁忌とされて、製造を許されなくなった。

 今でもどうしても子どもが欲しい男性同士の夫夫や、男性に子どもを産ませて死んでも構わないので子どもを売ろうとする人身売買組織などには、その魔術薬が闇で取引されているようだが、正規に流通していたころよりも粗悪品になっていて、ますます死亡率は上がっているという。
 どうにかして死亡率を下げて男性が妊娠、出産できる魔術薬を開発しようということにはラバン王国内でも研究が進んでいるのだが、今はまだ危険すぎて禁忌を解くことができないというのが現状だった。

「ヨシュア……わたしは……」
「星宇、妙なことを考えないでほしい。おれは梓晴殿下のお子が龍王位を継ぐことに賛成している。星宇に負担をかけるようなことは絶対にしたくない」

 ヨシュアとの子どもを持つように言われて龍王が揺れているのはヨシュアにも分かっていた。愛し合っているのだから、お互いの血を引く子どもが生まれればいいと思わないわけがない。
 しかし、それにはいくつかの問題があった。

「男性を妊娠可能にする魔術薬で男性が無事に出産までできたのは二割程度で、非常に危ない薬なんだ。そんなものを星宇に飲ませられない」
「二割は出産できるのですか?」
「星宇、酷ければ子どもを失うだけでなく、星宇の命まで危うくなるのだよ」
「それでも、ヨシュアとの子どもが……」
「それに、生まれてくるのは妖精ではなく、普通の龍族の子どもか、魔術師だろう。そうだったら、おれたちはその子に置いて行かれる可能性がある」

 妖精のヨシュアと玉を捧げて妖精と同じ寿命になった龍王が、子どもを作ったところで、その子どもの方が先に死んでしまう可能性の方が大きいのだ。そのことに気付いた龍王はやっと正気に返ったようだった。

「そうでしたね。動揺してしまってすみません」
「しっかりしてくれ、星宇。龍王が妊娠、出産で命を落とすなんて愚かなことは考えないでほしい」
「すみません、冷静ではなかったかもしれません」

 そのまま交流している部屋に連れて帰るのは心配だったので、別室で龍王を膝の上に乗せて語り掛けていたヨシュアは、龍王が冷静になったようで安心した。

「おれたちには既に梓晴殿下のお子の俊宇殿下がいる。梓晴殿下もお若いし、これからもお子は産まれるだろう。何も心配しなくていい」
「ヨシュア、馬鹿なことを考えてしまってヨシュアに心配をかけました。わたしはもう馬鹿なことは考えません」

 くるりと体の向きを変えて、ヨシュアの膝に跨るようにして抱き着いてくる龍王の背中をヨシュアは優しく撫でる。背骨がはっきりと分かる背中を撫で下ろしていると、龍王がヨシュアの首筋に顔を埋めた。

「もしも、その魔術薬が安全なものだったら……」
「それでも、子どもは望めないよ。おれは妖精で、生殖能力が非常に低い。その上、生殖行動自体ほとんどできない、ほぼ男性としては不能だ」
「え!?」

 龍王との交わりで何度か精を吐き出したことはあるが、ヨシュアは基本的に前に触られても反応をしない。妖精という種族が非常に生殖力が低くて、数年に一度くらいしか欲望も覚えないくらいなので、男性としてヨシュアは機能しているとはいえなかった。

「でも、ヨシュアは子種があるのでしょう? わたしとの交わりで達していたこともあったじゃないですか」
「それは後ろの刺激で達していただけだ。前だけだと多分無理だ」

 正直に話せば、龍王ががばっと顔を上げた。

「な、なんだか、ヨシュアがわたしに抱かれなければ快感を得られないと言っているようで嬉しいのですが」
「その通りだが?」
「嬉しい……こんなことを考えてはいけないのかもしれないけれど、ヨシュアを独り占めできているようで、嬉しいです」

 先ほどまでは思案していたのに、表情が明るくなった龍王にヨシュアは苦笑してその頬に唇を押し当てる。頬では足りなかったのか、龍王は唇をずらしてヨシュアの唇を食らうように口付けてきた。
 舌を絡めて深い口付けを重ねていると、交流している部屋に戻れなくなりそうで、ヨシュアは龍王の背中を軽く叩いて、口付けをやめさせた。

 唇を離すと龍王を抱き上げて交流の行われている部屋に戻って行く。

 部屋では子どもたちが双六をしていた。筒をよく振って、その中に入っている棒を小さな穴から出して、そこに書かれている数字の分進めるという、簡単な仕組みのものだ。
 ジェレミーの番で、一番大きな数字の八が出て大喜びで駒を進めている。

「俊宇殿下、この筒を振るのです」
「あい」
「棒が出てきましたね。俊宇殿下は二です」
「いーち、にー」

 数えながら駒を進める俊宇に続いてレベッカが棒を引いている。
 棒は全部出てしまうと、また入れ直して、八本揃って使うという形になっている。

「わたくし、五です」

 双六に熱中している子どもたちを見ながら、ラバン王国国王のマシューと王妃のハンナは、梓晴と浩然と一緒にお茶を飲んでいた。

「この前、俊宇が兄上と義兄上にドラゴンを見せていただいたのです。獣人のジャックとも触れ合って、とても楽しかったようです」
「ドラゴンは順調に育っていますか?」
「あのドラゴンはラバン王国から来たのですね。俊宇がとても可愛かったと教えてくれました」
「そのドラゴンはラバン王国の最後の一匹でした。ドラゴンは一匹だと自分の分身となる卵を死ぬ前に産みます。それがあのドラゴンの親でした」
「分身なのですか?」
「はい。長じれば人間の言葉を解するようになるドラゴンですが、分身は産んだ親の記憶を受け継いでいると言われています」

 ドラゴンの話をしている梓晴とマシューと浩然に、ハンナが龍王を抱えて戻ってきたヨシュアに気付いて、視線を向ける。
 抱えられているのが恥ずかしくなったのか、龍王はヨシュアの腕から降りて歩いて部屋に入った。

「ヨーおじうえ、シンおじうえをだっこしてた!」
「おれもだっこ!」
「俊宇殿下、ジェレミー、真剣勝負の最中よ!」
「そうだった!」
「おれ、まけないよ!」

 一瞬龍王とヨシュアに気を取られた俊宇とジェレミーだったが、レベッカに促されてすぐに双六に意識を戻していた。
 かしゃかしゃと筒を鳴らしてジェレミーが棒を引き出す。

「えー、いちかー」
「一でもいいじゃない。ジェレミーはさっき、八を引いたんだから」

 がっくりと肩を落とすジェレミーにレベッカが励ましつつ、筒を次の俊宇に渡している。

「双六が終わったら、ドラゴンを見に行くか?」
「ヨシュア、青陵殿にひとを招くのですか?」
「星宇は嫌か?」
「青陵殿はわたしとあなただけの宮殿です」

 正確には龍王と伴侶と妃の宮殿なのだが、龍王はヨシュア以外に妃を迎えることはないので二人だけの宮殿になっていた。庭に住んでいる子睿の養父母とジャックは含めないらしい。

「それなら、ジャックにドラゴンを連れて来させよう」
「いいですね。ジャックも遊びに加わるかもしれません」

 それには龍王も賛成してくれた。
 青陵殿の庭の小屋と厩舎から、ジャックとドラゴンが呼ばれて、緑葉殿までやってくる。
 白い猫の耳に長い白い尻尾、水色と金の目のジャックは、突然国際交流の場に呼ばれて驚いているようだった。ジャックに連れられたドラゴンはヨシュアの姿を見て「ぴいぴい」と鳴きながら小さな羽根をぱたぱたさせて駆けてくる。

「ジャック! ドラゴン!」

 ジャックとドラゴンの姿に気付いた俊宇が双六で負けたのなど忘れたように駆け寄ってきた。

「ジャックっていうのか? おれはジェレミー」
「わたくしはレベッカです」
「ドラゴン様のお世話をさせていただいております、ジャックと申します」

 挨拶をされてジャックは恐縮しながら頭を下げる。頭を下げたところでジェレミーに耳を触られて「ぴゃっ!?」と飛びのいていた。

「ジェレミー、ひとに無断で触ってはいけないよ」
「そうだった! ごめん、ジャック」
「いいのです。少し驚きました。わたくしの耳に触りたかったのですね」

 飛びのいた後で戻ってきてジャックがしゃがむとジェレミーは「さわっていいか?」と聞いてからジャックの耳と尻尾に触らせてもらっていた。
 俊宇がジェレミーに教えている。

「おめめ、おくち、ダメ! おしりとおちんちんもダメ! ドラゴンにさわるときは、じぶんがさわられていやなところは、さわっちゃダメ」
「わかった、ジュンユーでんか」
「きれいな羽。触ってもいいかしら?」
「はねは、だいじだから、そっとさわるの」

 ドラゴンに対しては先に俊宇が説明していたので、ジェレミーも暴走することなく、優しく触れていた。レベッカも優しくドラゴンを撫でている。みんなに構ってもらってドラゴンは嬉しそうだった。

「もう仔馬ほどの大きさになっていますね。やはり、龍族と妖精とは相性がいいのでしょう」

 ラバン王国ではドラゴンは最後の一匹だったので、正常に育てられるか分からないということで、種が近い龍族である龍王とヨシュアに預けられたのだが、ドラゴンが順調に育っていることにマシューも安心したようだった。
 初めてドラゴンを見る梓晴も浩然も興味深そうに近寄ってきて手で触れている。たくさん撫でられてドラゴンは満足そうにお腹を見せていた。
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