龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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四章 結婚十年目

23.ギデオンの嬉しい知らせ

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 巡行に出かける龍王の荷物は大量で、馬車何台にも積まれている。
 龍王と王配の馬車も大型で馬十頭に引かせるものになっている。馬車の中には広くはないが寝台があり、椅子と卓があり、寛げるようになっていた。

 龍王とヨシュアは巡行にネイサンを連れて行くか最後まで迷っていた。
 ネイサンの息子のギデオンは龍王とヨシュアの結婚記念日に生まれているから、巡行の間に五歳になる。息子の五歳の誕生日に父親を奪っていいのか。ネイサン以外にヨシュアが肌を見せられる相手がいないので、湯殿の世話はネイサンに頼りきりになっているし、普段からヨシュアと龍王の部屋を取り仕切っているのはネイサンである。それを考えるとどうしてもネイサンにいてもらわねばならないのだが、残されたギデオンとデボラのことを考えると申し訳なくもなる。

「ネイサン、ギデオンの誕生日があるのに、本当にわたしたちについてきていいのか?」
「命令されても残る気はありません。龍王陛下と王配陛下のお世話をできるのはわたくしだけと自負しております」
「けれどネイサン……」
「ギデオンの誕生日にはお土産を買って帰ればいいだけのことです。ギデオンもデボラと一緒に待っていてくれるでしょう」

 命じても残るつもりはない。
 そこまで言われてしまったら龍王もネイサンの同行を許すしかない。
 ヨシュアの乳兄弟として育ったネイサンはヨシュアの秘密を知る数少ない人間の一人である。
 ヨシュアには自由に生きてほしいが、そのためには背中に薄翅の模様のある妖精であることは隠さねばならなかった。

 出かける前に龍王とヨシュアはデボラとギデオンに挨拶に行った。
 デボラは乳母の部屋で落ち着いて暮らしていて、ギデオンは元気いっぱいだった。

「りゅうおうへいか、おうはいへいか、わたしは、あにになります!」
「ギデオン、弟妹が生まれるのか?」
「はい! おかあさまがそういっていました。うまれたときには、おうはいへいかにおなまえをかんがえていただくのだと」
「ギデオン、気が早いですよ。まだまだ生まれるのは先です」

 デボラは恥ずかしそうに頬を染めているが、龍王としては存分に祝いたかった。

「いつ頃生まれるのだ? 大事な時期にネイサンを借りて済まない」
「ネイサンは龍王陛下と王配陛下にお仕えできて幸せです。生まれるのは秋ごろでしょうか。ギデオンに話したら喜んでしまって、せっかくの巡行の前なのに失礼を致しました」
「失礼などではない。喜ばしいことだ」

 龍王とヨシュアで言えばデボラも幸せそうに目を細めている。

「おれが結婚するまで結婚はしないと言っていたネイサンが結婚できるとは思わなかったし、子どもにも恵まれるとは思わなかった。これはとてもめでたいことだ。おれたちからもお祝いをしたい」
「無事に生まれたらお祝いをしてくださいませ。出産とは生まれるまでは分からないものですからね」

 その通りだとは龍王も思う。
 出産とはどれだけ医学が進もうとも、魔術で助けようとも、結局は女性が命がけで産むしかない。出産とは生まれてみるまで何も分からないものなのだ。

 祝いたい気持ちのヨシュアを止めるデボラの落ち着いた様子に龍王もヨシュアも安心した。

 今度の巡行は王都から西に向かう。
 西の海に面した町を巡る旅になるのだ。
 海産物は龍王も好きだし、ヨシュアもよく食べている。何より、海で隔たれた小島との貿易が盛んで、様々な異国情緒あふれたものが輸入されていると聞く。
 時間があればヨシュアと共に町に出てみるのも龍王は楽しみであった。

 ヨシュアと結婚するまでは、龍王はどこに行っても町に出るなんてことはなかった。王都ですら歩き回ることは危険で、出してもらえなかった。
 魔術にも武芸にも通じたヨシュアがいてくれて、魔術騎士団の魔術騎士が護衛についてくれれば少人数で動くことができる。見かけも魔術で変えることができるし、服も質素なものに着替えれば、貴族の青年が護衛を付けて町歩きをしているくらいにしかみられなくなる。
 龍王に自由を教えたのはヨシュアだった。ヨシュアがいてくれれば龍王は安心して町歩きもできる。

 巨大な馬車に乗るとき、ヨシュアが手を貸してくれた。急な階段で馬車に上っていくと、中は広く、寝台も卓も椅子もある。遅れてヨシュアも登ってきて、長椅子に座った。
 長椅子は龍王とヨシュアが二人で座っても十分なくらいに広い。
 長椅子のヨシュアの横に座ると、ヨシュアは持って来ていた本を広げて読み始めた。
 印刷技術があるので、本はそれなりに民衆にも出回っているが、ヨシュアが読んでいるのは王宮の書庫から持ち出した古い本のようだ。印刷技術がまだ行き渡っていなかった時代のもので、分厚く大きな本は卓に置かないと読みにくい。
 ラバン王国出身のヨシュアだが、筆を使うのは当初苦手だったが、志龍王国の文字を読むのは最初からできた。王弟として教育されてきたのだろう。最近は筆の使い方も上手になっているし、志龍王国の文字を読み書きするのは全く違和感がなくなっている。

 龍王も大陸の共通語やラバン王国の言葉は覚えているのだが、読み書きが完璧にできるかといえばそれは怪しい。大陸の共通語はともかく、ラバン王国やバリエンダール共和国、ハタッカ王国、獣人の国などの文字は読めるがあまり書くのが得意ではないものも多い。
 龍王として教育は受けてきたのだが、会話を一番に教えられて、その次が読み書きだったので、早くに即位した龍王は教育が足りていないところがあるのだろう。
 急に志龍王国に嫁ぐことが決まったヨシュアは、準備期間などほとんど与えられなかったから、元から教養として志龍王国の言葉は覚えていたのかもしれない。
 そういう意味では龍王はヨシュアを尊敬していた。

「何の本を読んでいるのですか?」
「薬草の本だよ。俊宇が龍熱病にかかったときに、治療薬となる薬草を原初の森に取りに行ったよな。あの薬草が他の病にも効くのではないかと思っているんだ」
「あの薬草が載っていますか?」
「俊宇を診ていた医師がこの本から情報を得たと教えてくれたんだ」

 まだ青陵殿の庭に植えられた薬草の項目までは辿り着いていないようだが、ヨシュアは丁寧に一頁一頁捲って読んでいる。薬草の名前と効能と葉の絵が描かれたそれを、龍王も覗いて読んでいると、ヨシュアの足の間に抱き寄せられる。
 馬車で揺れるので足の間に座っては邪魔かもしれないと遠慮していたが、龍王がヨシュアの足の間に座ると落ち着くように、ヨシュアも龍王が足の間に座ると落ち着く様子だった。
 馬車が揺れるとヨシュアの柔らかな胸に龍王の背中が当たって心地よい。ヨシュアの体は筋肉に覆われているが、筋肉は力を抜いているときは柔らかいので、どこもかしこも柔らかくて、それでいて頼りなさは全くなくて龍王の心を穏やかにさせるのだ。
 一部だけ三つ編みにしている金色の髪が龍王の肩にかかるのも心地よい。洗髪剤の匂いが特に甘く感じられる。

「ヨシュア、少し休んで茶を飲みませんか?」
「疲れたか、星宇?」
「疲れていませんが、ヨシュアと寛ぎたくなりました」

 龍王が囁くとヨシュアは本に栞を挟んで閉じ、卓の端に置く。気を利かせたネイサンがすぐに茶の用意をしてくれていた。
 今日はヨシュアの故郷のラバン王国でよく飲まれている香茶だった。牛乳と蜂蜜が入った龍王のものと、そのままのヨシュアのもので、好みもしっかりとネイサンは覚えている。
 牛乳のおかげでそれほど熱くない香茶を飲んでいると、ヨシュアが香茶を吹き冷まして飲んでいる。
 お茶請けには小さな黒い塊が出された。

「これは?」
「チョコレートだな。ラバン王国ではよく食べられている」
「ちょこれーと。食べてみます」

 小さな黒い塊を一口齧ってみると、ほろ苦く濃い甘さが口に広がる。香茶と合わせると美味しい。溶けてしまって指についたのをどうしようと龍王が考えていると、ネイサンが手巾を濡らして差し出してくれる。

「星宇、冷やしておくと溶けないから、指に氷の魔術をかけておくといいよ」
「魔術をかける……思い付きませんでした。やってみます」

 生まれつきの魔術師ではない龍王は、ヨシュアに玉を捧げた際に魔術師の力も得ているのだが、使い方がよく分からなかったり、どういうときに使えばいいのか分からなかったりして、魔術はあまり得意ではない。
 襲われたときなどは躊躇いなく攻撃の魔術を使えるのだろうが、それ以外の日常で魔術を使うなんてあまり考えられなかった。

「星宇、魔術の使い方も覚えていこうな」
「はい」

 ヨシュアが教えてくれるのならば安心だ。
 龍王はヨシュアの胸に背中を預けて寛いでいた。
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