龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

文字の大きさ
113 / 150
四章 結婚十年目

23.ギデオンの嬉しい知らせ

しおりを挟む
 巡行に出かける龍王の荷物は大量で、馬車何台にも積まれている。
 龍王と王配の馬車も大型で馬十頭に引かせるものになっている。馬車の中には広くはないが寝台があり、椅子と卓があり、寛げるようになっていた。

 龍王とヨシュアは巡行にネイサンを連れて行くか最後まで迷っていた。
 ネイサンの息子のギデオンは龍王とヨシュアの結婚記念日に生まれているから、巡行の間に五歳になる。息子の五歳の誕生日に父親を奪っていいのか。ネイサン以外にヨシュアが肌を見せられる相手がいないので、湯殿の世話はネイサンに頼りきりになっているし、普段からヨシュアと龍王の部屋を取り仕切っているのはネイサンである。それを考えるとどうしてもネイサンにいてもらわねばならないのだが、残されたギデオンとデボラのことを考えると申し訳なくもなる。

「ネイサン、ギデオンの誕生日があるのに、本当にわたしたちについてきていいのか?」
「命令されても残る気はありません。龍王陛下と王配陛下のお世話をできるのはわたくしだけと自負しております」
「けれどネイサン……」
「ギデオンの誕生日にはお土産を買って帰ればいいだけのことです。ギデオンもデボラと一緒に待っていてくれるでしょう」

 命じても残るつもりはない。
 そこまで言われてしまったら龍王もネイサンの同行を許すしかない。
 ヨシュアの乳兄弟として育ったネイサンはヨシュアの秘密を知る数少ない人間の一人である。
 ヨシュアには自由に生きてほしいが、そのためには背中に薄翅の模様のある妖精であることは隠さねばならなかった。

 出かける前に龍王とヨシュアはデボラとギデオンに挨拶に行った。
 デボラは乳母の部屋で落ち着いて暮らしていて、ギデオンは元気いっぱいだった。

「りゅうおうへいか、おうはいへいか、わたしは、あにになります!」
「ギデオン、弟妹が生まれるのか?」
「はい! おかあさまがそういっていました。うまれたときには、おうはいへいかにおなまえをかんがえていただくのだと」
「ギデオン、気が早いですよ。まだまだ生まれるのは先です」

 デボラは恥ずかしそうに頬を染めているが、龍王としては存分に祝いたかった。

「いつ頃生まれるのだ? 大事な時期にネイサンを借りて済まない」
「ネイサンは龍王陛下と王配陛下にお仕えできて幸せです。生まれるのは秋ごろでしょうか。ギデオンに話したら喜んでしまって、せっかくの巡行の前なのに失礼を致しました」
「失礼などではない。喜ばしいことだ」

 龍王とヨシュアで言えばデボラも幸せそうに目を細めている。

「おれが結婚するまで結婚はしないと言っていたネイサンが結婚できるとは思わなかったし、子どもにも恵まれるとは思わなかった。これはとてもめでたいことだ。おれたちからもお祝いをしたい」
「無事に生まれたらお祝いをしてくださいませ。出産とは生まれるまでは分からないものですからね」

 その通りだとは龍王も思う。
 出産とはどれだけ医学が進もうとも、魔術で助けようとも、結局は女性が命がけで産むしかない。出産とは生まれてみるまで何も分からないものなのだ。

 祝いたい気持ちのヨシュアを止めるデボラの落ち着いた様子に龍王もヨシュアも安心した。

 今度の巡行は王都から西に向かう。
 西の海に面した町を巡る旅になるのだ。
 海産物は龍王も好きだし、ヨシュアもよく食べている。何より、海で隔たれた小島との貿易が盛んで、様々な異国情緒あふれたものが輸入されていると聞く。
 時間があればヨシュアと共に町に出てみるのも龍王は楽しみであった。

 ヨシュアと結婚するまでは、龍王はどこに行っても町に出るなんてことはなかった。王都ですら歩き回ることは危険で、出してもらえなかった。
 魔術にも武芸にも通じたヨシュアがいてくれて、魔術騎士団の魔術騎士が護衛についてくれれば少人数で動くことができる。見かけも魔術で変えることができるし、服も質素なものに着替えれば、貴族の青年が護衛を付けて町歩きをしているくらいにしかみられなくなる。
 龍王に自由を教えたのはヨシュアだった。ヨシュアがいてくれれば龍王は安心して町歩きもできる。

 巨大な馬車に乗るとき、ヨシュアが手を貸してくれた。急な階段で馬車に上っていくと、中は広く、寝台も卓も椅子もある。遅れてヨシュアも登ってきて、長椅子に座った。
 長椅子は龍王とヨシュアが二人で座っても十分なくらいに広い。
 長椅子のヨシュアの横に座ると、ヨシュアは持って来ていた本を広げて読み始めた。
 印刷技術があるので、本はそれなりに民衆にも出回っているが、ヨシュアが読んでいるのは王宮の書庫から持ち出した古い本のようだ。印刷技術がまだ行き渡っていなかった時代のもので、分厚く大きな本は卓に置かないと読みにくい。
 ラバン王国出身のヨシュアだが、筆を使うのは当初苦手だったが、志龍王国の文字を読むのは最初からできた。王弟として教育されてきたのだろう。最近は筆の使い方も上手になっているし、志龍王国の文字を読み書きするのは全く違和感がなくなっている。

 龍王も大陸の共通語やラバン王国の言葉は覚えているのだが、読み書きが完璧にできるかといえばそれは怪しい。大陸の共通語はともかく、ラバン王国やバリエンダール共和国、ハタッカ王国、獣人の国などの文字は読めるがあまり書くのが得意ではないものも多い。
 龍王として教育は受けてきたのだが、会話を一番に教えられて、その次が読み書きだったので、早くに即位した龍王は教育が足りていないところがあるのだろう。
 急に志龍王国に嫁ぐことが決まったヨシュアは、準備期間などほとんど与えられなかったから、元から教養として志龍王国の言葉は覚えていたのかもしれない。
 そういう意味では龍王はヨシュアを尊敬していた。

「何の本を読んでいるのですか?」
「薬草の本だよ。俊宇が龍熱病にかかったときに、治療薬となる薬草を原初の森に取りに行ったよな。あの薬草が他の病にも効くのではないかと思っているんだ」
「あの薬草が載っていますか?」
「俊宇を診ていた医師がこの本から情報を得たと教えてくれたんだ」

 まだ青陵殿の庭に植えられた薬草の項目までは辿り着いていないようだが、ヨシュアは丁寧に一頁一頁捲って読んでいる。薬草の名前と効能と葉の絵が描かれたそれを、龍王も覗いて読んでいると、ヨシュアの足の間に抱き寄せられる。
 馬車で揺れるので足の間に座っては邪魔かもしれないと遠慮していたが、龍王がヨシュアの足の間に座ると落ち着くように、ヨシュアも龍王が足の間に座ると落ち着く様子だった。
 馬車が揺れるとヨシュアの柔らかな胸に龍王の背中が当たって心地よい。ヨシュアの体は筋肉に覆われているが、筋肉は力を抜いているときは柔らかいので、どこもかしこも柔らかくて、それでいて頼りなさは全くなくて龍王の心を穏やかにさせるのだ。
 一部だけ三つ編みにしている金色の髪が龍王の肩にかかるのも心地よい。洗髪剤の匂いが特に甘く感じられる。

「ヨシュア、少し休んで茶を飲みませんか?」
「疲れたか、星宇?」
「疲れていませんが、ヨシュアと寛ぎたくなりました」

 龍王が囁くとヨシュアは本に栞を挟んで閉じ、卓の端に置く。気を利かせたネイサンがすぐに茶の用意をしてくれていた。
 今日はヨシュアの故郷のラバン王国でよく飲まれている香茶だった。牛乳と蜂蜜が入った龍王のものと、そのままのヨシュアのもので、好みもしっかりとネイサンは覚えている。
 牛乳のおかげでそれほど熱くない香茶を飲んでいると、ヨシュアが香茶を吹き冷まして飲んでいる。
 お茶請けには小さな黒い塊が出された。

「これは?」
「チョコレートだな。ラバン王国ではよく食べられている」
「ちょこれーと。食べてみます」

 小さな黒い塊を一口齧ってみると、ほろ苦く濃い甘さが口に広がる。香茶と合わせると美味しい。溶けてしまって指についたのをどうしようと龍王が考えていると、ネイサンが手巾を濡らして差し出してくれる。

「星宇、冷やしておくと溶けないから、指に氷の魔術をかけておくといいよ」
「魔術をかける……思い付きませんでした。やってみます」

 生まれつきの魔術師ではない龍王は、ヨシュアに玉を捧げた際に魔術師の力も得ているのだが、使い方がよく分からなかったり、どういうときに使えばいいのか分からなかったりして、魔術はあまり得意ではない。
 襲われたときなどは躊躇いなく攻撃の魔術を使えるのだろうが、それ以外の日常で魔術を使うなんてあまり考えられなかった。

「星宇、魔術の使い方も覚えていこうな」
「はい」

 ヨシュアが教えてくれるのならば安心だ。
 龍王はヨシュアの胸に背中を預けて寛いでいた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

処理中です...