龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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四章 結婚十年目

25.移動中の会話

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 翌朝、豪華な客間で目を覚まし、龍王とヨシュアは水の加護の祈りを捧げた。波紋が広がるように水の加護が広がっていくのが分かる。
 祈った後には部屋に朝餉が用意されて、龍王とヨシュアはそれを食べた。新鮮な海鮮の出汁のお粥には解した魚の身や貝柱が入っている。美味しくいただいて、領主に見送られて馬車に乗る。高い階段を上がるときにはヨシュアが自然に手を貸してくれた。

「龍王陛下、王配陛下、これで我が領地も今年は昨年以上に豊かな実りを期待できます。本当にありがとうございました」
「食事も花火も楽しませてもらった。また来ることがあればそのときは迎え入れてほしい」
「喜んでお待ちしております」

 膝を突いて深く頭を下げる領主に、龍王は馬車の中から手を振った。
 馬車が動き出すと龍王は楽な格好になってヨシュアの足の間に納まる。ヨシュアも楽な格好に着替えていた。
 煌びやかな衣装をヨシュアが来る前は何の疑問もなく着ていた。ヨシュアが来てから、それが酷く重く動きにくいことに気付いた。ヨシュアは王配殿下だったころには、青い長衣と下衣を着て、軽やかに魔術騎士団と行動を共にしていた。
 宝石で飾られた、細かな刺繍の施された豪奢な服は、龍王の威厳のために身に着けなければいけないのだと分かっているが、宝石も刺繍もない服の楽さを知ってしまった後では、重く鬱陶しいとしか思えなかった。

 公の場に出るときにはヨシュアも我慢して煌びやかな衣装を着ているので龍王も我慢するが、それ以外のときにはすっかり宝石も刺繍もない衣装を着るのが普通になってしまった。

「ヨシュア、果物と蜂蜜が入った葡萄酒は美味しかったですね」
「あれは青陵殿でも作らせてもいいな」
「花火もきれいでした」
「俊宇の誕生日に花火を上げてやるか? きっと喜ぶ」

 これから先の予定を考えると龍王は楽しくなってくる。
 ヨシュアが来る前は巡行も義務として行っていたし、立ち寄った町でも暗殺や毒を恐れて出歩かなかったし、食事もほとんど口にしなかった。眠るのも安心できず、ほとんど眠らぬままに朝を迎えていた。
 そんな五年間があるからこそ、ヨシュアとの十一年がより素晴らしく思える。

「ヨシュアが来る前の巡行では、食事も警戒していたし、夜もほとんど眠れなかったし、わたしは正直巡行が好きではありませんでした」
「今はどうなんだ?」
「今はヨシュアが一緒にいてくれて、とても楽しいです」

 背中から抱き締めてくれるヨシュアの腕に甘えるように頬をこすり付け、龍王はうっとりと目を閉じる。

「次の町に着くころには結婚記念日になっています。特別なお祝いはできないでしょうが、領主に伝えたら、ご馳走は出してくれるでしょう」
「結婚記念日ではなくてもご馳走は出しそうだがな」
「お祝いの桃饅頭くらいつくかもしれません」
「星宇は桃饅頭が好きなのか?」
「はい、好きです。あれはめでたいときに出すものですし」

 楽しく話していると、ネイサンが冷やした茶を出してくれる。果物の香りのする茶は薄い緑色で飲むとさっぱりして美味しい。

「ギデオンの誕生日が来るな。何か土産は決まったか?」
「次の町で探してみようと思います」
「それでは、次の町に着いてから湯あみの時間まではネイサンの自由時間にしようか」
「ありがとうございます」

 乳兄弟で幼馴染のヨシュアとネイサンはいつも仲良く話している。
 その様子に嫉妬しないわけではないが、ヨシュアは龍王だけを愛しているし、ネイサンにはデボラがいるので龍王は少しだけ寛容になれた。

「今日は馬車の中で夜を過ごしていただきます。わたくしもおりますし、他の侍従もおります。魔術騎士団と近衛兵は警護につきます」

 ネイサンの説明に、龍王はヨシュアに説明を付け足す。

「国道は龍王巡行のときには封鎖されます。龍王の一行以外が通ることは許されません。なので、警備もしやすくなっているはずです」
「封鎖されていたのか。それで他の馬車を見なかったんだな」

 志龍王国にヨシュアが嫁いできて十一年になるが、まだ知らないことはたくさんある。龍王がヨシュアに伝えきれていないことがあるのだ。
 龍王にとっては当然のことでもヨシュアは知らないこともあった。

「巡行は水の加護を行き渡らせるための慈善事業ではありますが、どの地域も龍王に訪問してほしがるので、費用は王宮ではなく地方の領地側から出ています。それだけの費用を払っても、龍王が来て水の加護の祈りを捧げた方が、その後の数年の実りが増えて龍王の歓待費用をはるかに超す収入があるのです」
「巡行の費用は王宮持ちなのかと思っていた」
「どの地域も龍王の訪問を待ちわびていますからね。喜んで費用は出しますよ」

 龍王が来ただけで水の加護が強くなり、その後数年の豊作は保証されるとなれば、どの地方も自分で費用を出してでも龍王を呼び寄せたがっている。王宮はそれに応じて、実りが少ない場所や長く訪問していない場所を優先して巡行の日程を組む。

 費用についてもヨシュアには正しく伝わっていなかったようなので説明すると、ヨシュアは驚いていた。

 冷たい茶を飲んで、干した果物を齧っていると、冠を外した龍王の解けた髪をヨシュアが結っている。高く結い直してくれたヨシュアに、邪魔だったので龍王は礼を言った。

「ありがとうございます。口に入りそうで邪魔でした」
「降ろしているのもいいけど、結んだのもよく似合う」
「ヨシュアは一部だけ三つ編みにして、残りを降ろしているのがよく似合いますよ。金色の髪がとても豪奢に見えます」
「髪の色と派手な顔だけは目立つからな」
「ヨシュアは本当に美しいと思います。わたしの自慢の伴侶です」

 例えヨシュアがこの外見でなくても、ヨシュアの心根に惚れたのだが、美しい顔立ちと見事な金髪に目を引かれなかったわけではない。

「あなたとわたしの出会いは最悪だったのですが、わたしは怖かったのです」
「おれが?」
「ヨシュアに一目で目を奪われて、心まで奪われてしまうのが」

 一目惚れをしそうになったからこそ、「あなたを愛するつもりはない」などと酷いことを口にしてしまった。今になって思うと、ヨシュアにあのときから引かれていたのだと気付く。

「顔だけで惚れられても、あの後は同じだったと思うよ」
「反発していたけれど、あなたに惹かれていたのです。それが、一緒に食事を摂るようになってますます惹かれて、同じ部屋で眠るようになって想いが溢れました」
「おれが星宇を愛するなんて思わなかったけどな」
「わたしは愛を知らなくて、あなたを愛してしまいそうで必死に逃げようとして、結局あなたに溺れたんです」

 熱烈な愛の言葉を口にするとヨシュアが龍王のつむじに口付けを落としてくる。口付けがしたくて体を回転させてヨシュアの膝に跨るようにすると、ヨシュアは龍王の腰を支えてくれる。
 口付けて舌でヨシュアの唇を舐めると、ヨシュアが口を開いて龍王の舌を受け入れてくれる。
 ヨシュアの口腔内を舐め、舌を絡めて口付けていると、下半身に熱がこもってくる。
 これ以上はいけないと唇を離すと、ヨシュアが龍王の背中を撫でる。宥めるようなしぐさなのに、それだけで背筋にぞくぞくと快感が走るからどうしようもない。

「ヨシュア……」
「星宇、ダメだ。馬車の中でするわけにはいかない」
「分かってますけど」
「今日は馬車泊だ。湯を潤沢に使えるわけでもない」
「分かってます」

 体を戻してヨシュアの足の間に納まると、ヨシュアが後ろから龍王の頬に啄むように口付けてくる。落ち着かせようとしているのかもしれないが逆効果だ。

「ヨシュア、余計にあなたが欲しくなります」
「巡行の間は我慢してくれ」
「帰るまで我慢できるか分かりません」
「我慢してくれないと困る。領主の屋敷でするわけにはいかないだろう」
「巡行で泊った龍王夫夫ふうふが睦み合った寝台とか言われて保存されたらどうしましょう」
「嫌だなぁ」

 苦笑するヨシュアに龍王は真面目な顔で悩んでいた。
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