龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

文字の大きさ
149 / 150
五章 在位百周年

29.バザロフ王国とラーピン王国のその後

しおりを挟む
 夏が過ぎ去り、秋も過ぎて冬が来る。
 青陵殿の庭は雪が降り積もっていた。青陵殿の部屋の中はヨシュアが魔術で温めていてくれるが、それでも早朝はきんとした寒さがあって、水の加護のために布団から出るのを躊躇わさせる。
 水の加護の祈りのために龍王とヨシュアが夜明け前の早朝に目覚めるので、ギデオンもゴライアスも火鉢に火を用意してくれていた。手を翳して温めて、ヨシュアと龍王は二人、椅子に座って水の加護の祈りを捧げる。
 二人の椅子は横並びでも座れるようになっているが、向かい合っても座れるように正面にも椅子が置かれていた。
 普段はヨシュアの脚の間に龍王が座るのだが、水の加護の祈りを捧げるときには横並びに座る。
 長方形の卓の前に座って、目を閉じて国内全土に水の加護が行き渡るように祈る。

 今のところはヨシュアの祈りでラバン王国にも水の加護が届くようになっているし、前までは獣人の国にも水の加護を届けていた。獣人の国は長らく水の加護を得て、国が立て直ったので今は水の加護を送ってはいない。水の加護の祈りが届かなくなるとまた少しずつ国土が衰退していくかもしれないので、獣人の国から要請があれば水の加護の祈りを届けることを考えてもよいと龍王は思っていた。

 祈りを終えると朝餉の時間になる。
 朝は食欲があまりない龍王のために食べやすい粥が運ばれてくる。野菜や肉類、魚介などで出汁を取って味の付いた粥に、漬物や揚げパンを入れて食べるのが龍王とヨシュアのお気に入りだ。時々茶漬けが出て来ることもあるが、それも出汁が効いていて味が工夫されている。夏場は冷やし茶漬けのこともある。

 熱々の粥を吹き冷ましながら匙で掬って食べていると、ヨシュアが龍王に青い目を向けていた。

「春になれば在位百六年目になるな。残りの百九十四年はこの百年のように飛ぶように過ぎていくのだろうか」
「この百年はあっという間だった気がします」

 ヨシュアと出会ってから百年。一年一年、大事に過ごしてきたつもりだが、あっという間に過ぎてしまった気がする。これから生きる年月を考えても百年や二百年はあっという間なのかもしれない。

「残り百九十四年、わたしは賢王と呼ばれるよき王でいられるでしょうか」
「星宇ならば大丈夫だ。おれもそばで補佐する」

 一人だったならばそもそも龍王は賢王と呼ばれていなかっただろう。ヨシュアが嫁いできてくれて、龍王の至らないところを教えてくれて補ってくれたからこそ、在位百年以上経って賢王と認められるようになった。賢王と呼ばれるようになったからと言って決して気を抜いてはいけない。
 政策によってはいつ愚王と呼ばれるようになるか分からないのだ。

 国民のために尽くしているつもりでも、龍王の影響は限りなく、一人でその重責を負わなければいけなかった二十五歳のころまでは、本当に孤独だった。ラバン王国の王弟で王族としてしっかりと教育されたヨシュアが来てくれたからこそ、龍王は賢王と呼ばれるまでになったのだ。

「ヨシュア、わたしが愚王と呼ばれることのないように一番近くで支えてください」
「もちろん、そのつもりだ」

 ヨシュアの答えに安心して龍王は残りの粥を食べてしまった。

 龍王の食事なのに粥というのはあまりに貧相かと思われるかもしれないが、龍王が朝はあまり食が進まないので厨房も我慢して粥をできるだけ美味しくするように工夫してくれている。
 今日は干し貝柱の出汁で作られた粥だった。
 美味しくいただいた後は、歯磨きをして着替えて、政務に向かう。

 龍王の玉座はヨシュアが玉を捧げられて、龍王と同じ地位になってから、ヨシュアと二人で座れるように広い椅子が用意されている。龍王と王配として二人横並びで座って、龍王はヨシュアと政務にあたる。
 魔術騎士団の遠征などでヨシュアがいないときには、龍王一人だけでその椅子に座るのだが、今日はヨシュアと一緒だった。

「バザロフ王国とラーピン王国が新年の祝賀の宴に使者を出席させたいと申し出ています」

 その二国に関しては、ヨシュアと龍王の結婚十年目に、ヨシュアの記憶をなくさせるようなことを呪術師を雇ってさせたので、長らく龍王は二国を許さなかった。その間に二国には食糧支援はしていたが、十年間、志龍王国へ入国禁止の処置を取っていた。それだけでなく、二国には反省をさせるつもりで、長らく志龍王国の宴への出席を禁じていた。

「この百年近くの間に王も代替わりしただろうし、そろそろ二国に慈悲を見せてもいいころなのかもしれない」
「それでは、許可されますか?」
「許すと伝えよ」

 宰相の言葉に龍王が許可を与えると、宰相が書記にそれを記させている。出来上がった書状には龍王の手ずから名前が書かれ、印章が押された。

「龍王陛下の寛大なお心に二国も感謝することでしょう」
「二度とあのような事件は起こしてほしくないものだな」

 ヨシュアの記憶がない間龍王は非常に心配したし、このまま記憶が戻らなければどうしようとも思った。百年近く前なのに、あのときの恐怖は龍王にしっかりと刻み込まれていた。

「我が王配に何かあれば、わたしの命も危うくなる。王配はわたしと同様に敬われなければいけない。そのことは周辺諸国全てに常に行き渡らせるように」
「心得ました、龍王陛下、王配陛下」

 実際にヨシュアが記憶を失っていた間は、ヨシュアが水の加護の祈りができなくてその年の収穫も危ぶまれるほどだった。龍王とヨシュア、二人揃って水の加護の祈りを捧げなければ、志龍王国だけでなくラバン王国や獣人の国まで水の加護を届けることは難しいのだ。
 龍王の体が若返ってしまって五歳くらいになったことがあったが、あのときは龍王に記憶はあったし、水の加護の力も扱えたので問題はなかったが、結婚して十年目のヨシュアが記憶を失くしたときには水の加護の力が危うくなっていたのは確かだった。

「王配陛下は龍王陛下と共に尊いかけがえのない存在であります。それを周辺諸国にもよく周知しておきましょう」

 宰相が言うのに、龍王は頷き、ヨシュアを見た。ヨシュアも僅かに微笑んで頷いていた。

 新年の祝賀の宴には、龍王とヨシュアの二人で出席した。
 バザロフ王国の使者とラーピン王国の使者は深く頭を下げて龍王とヨシュアに挨拶をした。

「前の王朝が犯した罪に龍王陛下のお慈悲を賜ったこと、本当に感謝いたします」
「これからも我が国は龍王陛下と志龍王国の繁栄を願っております」

 挨拶をする使者に龍王はヨシュアの顔を見る。

「王配が記憶を失ったときに、国交を断絶して二度とそちらの国とは交わらないでおこうかと思ったが、心優しい王配が、無関係の国民が飢えるのは見ていられないと言ったから、食糧支援を続け、志龍王国への入国禁止十年で済ませたのだ。自らの記憶を奪われていながらも、二国を庇った王配に感謝し、二度と王配を害することがないように改めて誓うのだ」
「王配陛下には感謝しております」
「二度と王配陛下を害するようなことがないように致します」

 九十年の時を経てようやく許された二国は、それだけ龍王の怒りが深かったことを思い知っているだろう。その期間もきっちりと食糧支援はしていたので国民は飢えていなかったはずだ。それもヨシュアが自分を害した国に対しても、無関係の国民が飢えるのは見ていられないと優しい心を示したからだった。
 ヨシュアの慈悲を強調する龍王に二国の使者は深く深く頭を下げていた。

 宴の最中は挨拶を受けるのに忙しくてほとんどものを食べることができなかったので、宴が終わって青陵殿に戻ってから龍王とヨシュアは軽い夕餉を食べ直した。
 ヨシュアが龍王に取り分けてくれる料理を龍王は美味しくいただく。

「三日後にはヨシュアの誕生日ですね」
「新年の祝賀の行事よりも、星宇はそっちの方が気になってたんじゃないか?」
「当然ですよ。わたしにとっては誰よりも大事なヨシュアが生まれた日ですからね」

 三日後のヨシュアの誕生日をどう祝うか。
 龍王の頭はそれでいっぱいだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

処理中です...