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魔女(男)とこねこ(虎)たん
55.宝石で起きた事件
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アデーラの正直な気持ちとしては、国王陛下がレオシュと和解できても、できなくても構わない。それはレオシュの決めることであるし、レオシュが国王陛下にされたことを考えれば許せないのは当然だと思っていた。
レオシュの誕生と共にお妃様を亡くして、そのことにばかり囚われてしまって、国王陛下はレオシュとルカーシュの養育を放棄した。
生まれたばかりのレオシュは乳母に育てられたが、首が据わって身動きが取れるようになると暴れ回って手が付けられなくなって、乳母は眠っているときに着替えさせ、食事は離乳食を部屋に置いておくだけで、部屋は食べ物の腐った臭いと排せつ物の匂いがして、ベッドも壁も引き裂かれていた。
ルカーシュの方は3歳から放置されて、父親は会いに来ることがなく、日の光にも当てない乳母と家庭教師に、玩具もぬいぐるみも捨てられて、勉強だけさせられて子ども時代を奪われた。
心を入れ替えて今はレオシュとルカーシュのいる離れの棟に通って来ているとしても、アデーラは国王陛下のことを簡単に許すつもりはなかった。
それでも、アデーラが国王陛下とレオシュの和解に心を傾けるとしたら、それはルカーシュの存在だった。
「ちちうえ、おしごとはたいへんですか?」
「レオシュとルカーシュに会うために終わらせてきたよ」
「ちちうえ……」
3歳までに可愛がられた記憶のあるルカーシュは国王陛下を「ちちうえ」と慕っている。その後に二年近く放置されたのは間違いなかったのに、ルカーシュは父親を愛していた。
健気なルカーシュは、弟のレオシュと父親の国王陛下がいがみ合うことを望んでいない。和解を望んでいるのもルカーシュだった。
気の弱い大人しいルカーシュが意を決して国王陛下にレオシュと仲直りをする方法を解いた日以降、アデーラは渋々だが国王陛下が離れの棟に来ることを許していた。
「アデーラ殿、この宝石なのだが、レオシュとルカーシュの装飾に使えないでしょうか?」
仕事ならば店舗の方で話をして欲しかったが、国王陛下はそんなことにも気付かず、ビロードの箱の中に入った小指の爪くらいの宝石を見せて来た。
「王家に伝わる魔法のかかった宝石で、レオシュとルカーシュに一つずつ使うのはどうかと思っています」
「これは、サファイアですね」
「それと、これはフベルトくんに……」
「エメラルドですね。使い道を考えてみましょう」
アデーラが答えたところで、視線を感じる。ビロードの箱を下からフベルトとレオシュが見上げていた。
「サファイアって、なぁに?」
「エメラルドってなぁに?」
「サファイアは青い宝石だよ。エメラルドは緑の宝石」
「みてみたい!」
「みせてー!」
無邪気に言うレオシュとフベルトに、国王陛下がビロードの箱を差し出して見せていた。レオシュもフベルトも目を輝かせている。
「さわっていい?」
「構わないよ。これはレオシュとルカーシュとフベルトくんのものだ」
「うわー! きれい!」
「きれいだね」
指で摘まんで宝石を3歳児に見せる時点で、アデーラは止めるべきだった。国王陛下はそういう感覚が麻痺しているのかもしれないが、宝石は高価で、特に魔法のかかった宝石はとても貴重である。そんなものを3歳児に持たせていいわけがない。見せるのならば大人が手に持って危険がないように見せなければいけなかった。
アデーラが口を開こうとしたときには既に遅かった。
「あぁー!? れーくん!?」
「びえええええええ!」
レオシュは両手に持ったサファイアを自分の鼻に詰め込んでいた。
「何故、宝石を鼻に詰める!?」
国王陛下が驚愕の声を上げている。
「子どもとはそういうものなのです! こんな小さなものを渡してはいけなかったのです!」
鋭く国王陛下を叱責してアデーラがレオシュの鼻の穴を覗き込んで宝石を取ろうとするが、逆に奥に入り込んでしまいそうだった。こういうときのアデーラの行動は早い。エリシュカに白い鳥で連絡すると、すぐにエリシュカが来てくれた。
「レオシュ、鼻に宝石を詰めちゃダメじゃないか」
「びえええええ! ごべんだざいー!」
「じっとして」
泣き喚くレオシュをアデーラが押さえて、エリシュカがピンセットでレオシュの鼻の穴から宝石を取り出す。無事に宝石が取れたレオシュは号泣してアデーラに抱っこされていた。
「ちちーえ、きらい!」
「うん、今回はさすがに国王陛下が悪かったかな」
「すまなかった……私は子どものことがよく分かっていなかった」
項垂れる国王陛下に、フベルトがその足をポンポンと叩いている。
「ふーも、まさかれーくんがおはなにいれるとはおもわなかったもん。おじさん、しかたないよ」
「フベルトくん……」
「小さい子に小さなものを持たせると、鼻や耳に詰めたり、飲み込んだりする危険性があるのですよ。しっかりと学んでください」
「反省します」
国王陛下は深く頭を下げてレオシュの鼻から出て来た宝石をビロードの箱に入れて、厳重に蓋を閉めてアデーラに渡した。アデーラは受け取って、箱を子どもの手の届かない、安全な針箱の中に収納してしまった。
「まっま、れー、おはなにいれて、ごめんなさい」
「心配したんだよ。エリシュカ母さんも来てくれたし」
「えーばぁば、ごめんなさい」
「もうしたらダメだからね?」
「はぁい」
しょんぼりとしながらレオシュもアデーラとエリシュカに謝っている。王家に伝わる伝説の魔法のかかった宝石は、レオシュの鼻の穴に詰められたというエピソードもついてしまった。
アデーラは宝石を綺麗に洗浄してから、ルカーシュとレオシュのポーチの内側に縫い付けた。宝石の守護の力はそれで十分に発揮するだろう。わざわざこの年齢の子どもが宝石で身を飾ることもないと思ったのだ。
フベルトのポーチも作って、中に宝石を縫い付ける。イロナのポーチとヘドヴィカのポーチとヘルミーナのポーチもついでに作った。
フベルトのお誕生日に、アデーラはポーチを手渡した。中に縫い込まれている宝石のことは、ヘルミーナには内緒にしておく。ヘルミーナは自分の息子が国王陛下から獣人の国に伝わる魔法のかかった希少な宝石を賜ったなど聞いたら、卒倒してしまう気しかしない。
「ふーのポーチ、こいぬたん! かわいいなぁ」
「れーのポーチ、こねこたん! ふーくんとれー、いぬとねこだもんね」
「うん、そうだよな」
ポーチを見せ合って意気投合しているフベルトとレオシュに、国王陛下が微妙に首を傾げている。
「レオシュ……レオシュは虎なのだが」
「ふしゃああああああ! れー、こねこたん!」
「いや、レオシュもルカーシュも私もホワイトタイガーなのだ」
「ちがうー! ちちーえ、きらいー!」
今日も嫌いと言われる国王陛下。毎日のように言われているが、ショックを受けていないわけではなさそうだ。胸を押さえている国王陛下に、ルカーシュが慰めに行っている。
「レオシュはじぶんをねこだとおもっているんだよ」
「間違いは訂正しなければいけないのではないのか?」
「レオシュがおもっていることを、ひていしないであげて」
「否定しないことも大事なのか」
ルカーシュに教えられて国王陛下は神妙な顔で聞いていた。
魔法で冷やしたアイスクリームケーキを出すと子どもたちの目が輝く。
「アイスクリームだわ!」
「アイスクリームってなんだ?」
「冷たい甘い、雪みたいなお菓子よ」
イロナが身を乗り出し、フベルトが首を傾げ、ヘドヴィカが説明している。
「ぼくのおたんじょうびも、ぶらんかおばあさまが、アイスクリームケーキをつくってくれたんだ」
「るーくんとおそろいか! うれしいなぁ」
「ふーくん、おめでとう」
「ありがとう、れーくん」
誕生日を祝われてフベルトはにこにことしている。国王陛下と同じテーブルに着くのを遠慮していたヘドヴィカもヘルミーナも、気にせずに席に着くように言って、アデーラはアイスクリームケーキを切り分けた。
甘く冷たいアイスクリームケーキでフベルトのお誕生日は祝われた。
レオシュの誕生と共にお妃様を亡くして、そのことにばかり囚われてしまって、国王陛下はレオシュとルカーシュの養育を放棄した。
生まれたばかりのレオシュは乳母に育てられたが、首が据わって身動きが取れるようになると暴れ回って手が付けられなくなって、乳母は眠っているときに着替えさせ、食事は離乳食を部屋に置いておくだけで、部屋は食べ物の腐った臭いと排せつ物の匂いがして、ベッドも壁も引き裂かれていた。
ルカーシュの方は3歳から放置されて、父親は会いに来ることがなく、日の光にも当てない乳母と家庭教師に、玩具もぬいぐるみも捨てられて、勉強だけさせられて子ども時代を奪われた。
心を入れ替えて今はレオシュとルカーシュのいる離れの棟に通って来ているとしても、アデーラは国王陛下のことを簡単に許すつもりはなかった。
それでも、アデーラが国王陛下とレオシュの和解に心を傾けるとしたら、それはルカーシュの存在だった。
「ちちうえ、おしごとはたいへんですか?」
「レオシュとルカーシュに会うために終わらせてきたよ」
「ちちうえ……」
3歳までに可愛がられた記憶のあるルカーシュは国王陛下を「ちちうえ」と慕っている。その後に二年近く放置されたのは間違いなかったのに、ルカーシュは父親を愛していた。
健気なルカーシュは、弟のレオシュと父親の国王陛下がいがみ合うことを望んでいない。和解を望んでいるのもルカーシュだった。
気の弱い大人しいルカーシュが意を決して国王陛下にレオシュと仲直りをする方法を解いた日以降、アデーラは渋々だが国王陛下が離れの棟に来ることを許していた。
「アデーラ殿、この宝石なのだが、レオシュとルカーシュの装飾に使えないでしょうか?」
仕事ならば店舗の方で話をして欲しかったが、国王陛下はそんなことにも気付かず、ビロードの箱の中に入った小指の爪くらいの宝石を見せて来た。
「王家に伝わる魔法のかかった宝石で、レオシュとルカーシュに一つずつ使うのはどうかと思っています」
「これは、サファイアですね」
「それと、これはフベルトくんに……」
「エメラルドですね。使い道を考えてみましょう」
アデーラが答えたところで、視線を感じる。ビロードの箱を下からフベルトとレオシュが見上げていた。
「サファイアって、なぁに?」
「エメラルドってなぁに?」
「サファイアは青い宝石だよ。エメラルドは緑の宝石」
「みてみたい!」
「みせてー!」
無邪気に言うレオシュとフベルトに、国王陛下がビロードの箱を差し出して見せていた。レオシュもフベルトも目を輝かせている。
「さわっていい?」
「構わないよ。これはレオシュとルカーシュとフベルトくんのものだ」
「うわー! きれい!」
「きれいだね」
指で摘まんで宝石を3歳児に見せる時点で、アデーラは止めるべきだった。国王陛下はそういう感覚が麻痺しているのかもしれないが、宝石は高価で、特に魔法のかかった宝石はとても貴重である。そんなものを3歳児に持たせていいわけがない。見せるのならば大人が手に持って危険がないように見せなければいけなかった。
アデーラが口を開こうとしたときには既に遅かった。
「あぁー!? れーくん!?」
「びえええええええ!」
レオシュは両手に持ったサファイアを自分の鼻に詰め込んでいた。
「何故、宝石を鼻に詰める!?」
国王陛下が驚愕の声を上げている。
「子どもとはそういうものなのです! こんな小さなものを渡してはいけなかったのです!」
鋭く国王陛下を叱責してアデーラがレオシュの鼻の穴を覗き込んで宝石を取ろうとするが、逆に奥に入り込んでしまいそうだった。こういうときのアデーラの行動は早い。エリシュカに白い鳥で連絡すると、すぐにエリシュカが来てくれた。
「レオシュ、鼻に宝石を詰めちゃダメじゃないか」
「びえええええ! ごべんだざいー!」
「じっとして」
泣き喚くレオシュをアデーラが押さえて、エリシュカがピンセットでレオシュの鼻の穴から宝石を取り出す。無事に宝石が取れたレオシュは号泣してアデーラに抱っこされていた。
「ちちーえ、きらい!」
「うん、今回はさすがに国王陛下が悪かったかな」
「すまなかった……私は子どものことがよく分かっていなかった」
項垂れる国王陛下に、フベルトがその足をポンポンと叩いている。
「ふーも、まさかれーくんがおはなにいれるとはおもわなかったもん。おじさん、しかたないよ」
「フベルトくん……」
「小さい子に小さなものを持たせると、鼻や耳に詰めたり、飲み込んだりする危険性があるのですよ。しっかりと学んでください」
「反省します」
国王陛下は深く頭を下げてレオシュの鼻から出て来た宝石をビロードの箱に入れて、厳重に蓋を閉めてアデーラに渡した。アデーラは受け取って、箱を子どもの手の届かない、安全な針箱の中に収納してしまった。
「まっま、れー、おはなにいれて、ごめんなさい」
「心配したんだよ。エリシュカ母さんも来てくれたし」
「えーばぁば、ごめんなさい」
「もうしたらダメだからね?」
「はぁい」
しょんぼりとしながらレオシュもアデーラとエリシュカに謝っている。王家に伝わる伝説の魔法のかかった宝石は、レオシュの鼻の穴に詰められたというエピソードもついてしまった。
アデーラは宝石を綺麗に洗浄してから、ルカーシュとレオシュのポーチの内側に縫い付けた。宝石の守護の力はそれで十分に発揮するだろう。わざわざこの年齢の子どもが宝石で身を飾ることもないと思ったのだ。
フベルトのポーチも作って、中に宝石を縫い付ける。イロナのポーチとヘドヴィカのポーチとヘルミーナのポーチもついでに作った。
フベルトのお誕生日に、アデーラはポーチを手渡した。中に縫い込まれている宝石のことは、ヘルミーナには内緒にしておく。ヘルミーナは自分の息子が国王陛下から獣人の国に伝わる魔法のかかった希少な宝石を賜ったなど聞いたら、卒倒してしまう気しかしない。
「ふーのポーチ、こいぬたん! かわいいなぁ」
「れーのポーチ、こねこたん! ふーくんとれー、いぬとねこだもんね」
「うん、そうだよな」
ポーチを見せ合って意気投合しているフベルトとレオシュに、国王陛下が微妙に首を傾げている。
「レオシュ……レオシュは虎なのだが」
「ふしゃああああああ! れー、こねこたん!」
「いや、レオシュもルカーシュも私もホワイトタイガーなのだ」
「ちがうー! ちちーえ、きらいー!」
今日も嫌いと言われる国王陛下。毎日のように言われているが、ショックを受けていないわけではなさそうだ。胸を押さえている国王陛下に、ルカーシュが慰めに行っている。
「レオシュはじぶんをねこだとおもっているんだよ」
「間違いは訂正しなければいけないのではないのか?」
「レオシュがおもっていることを、ひていしないであげて」
「否定しないことも大事なのか」
ルカーシュに教えられて国王陛下は神妙な顔で聞いていた。
魔法で冷やしたアイスクリームケーキを出すと子どもたちの目が輝く。
「アイスクリームだわ!」
「アイスクリームってなんだ?」
「冷たい甘い、雪みたいなお菓子よ」
イロナが身を乗り出し、フベルトが首を傾げ、ヘドヴィカが説明している。
「ぼくのおたんじょうびも、ぶらんかおばあさまが、アイスクリームケーキをつくってくれたんだ」
「るーくんとおそろいか! うれしいなぁ」
「ふーくん、おめでとう」
「ありがとう、れーくん」
誕生日を祝われてフベルトはにこにことしている。国王陛下と同じテーブルに着くのを遠慮していたヘドヴィカもヘルミーナも、気にせずに席に着くように言って、アデーラはアイスクリームケーキを切り分けた。
甘く冷たいアイスクリームケーキでフベルトのお誕生日は祝われた。
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