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二章 ミカエル誕生
7.クラリッサの死を思い出して
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アルベルト様がクラリッサの死を乗り越えられるようになる方法。
それは時間が解決してくれるほかはないのではないかとわたくしは思い始めていた。
わたくしが三歳ということは、クラリッサが死んでから三年経つということになる。三年間ではまだアルベルト様はクラリッサの死を乗り越えられていないが、アルベルト様もまだ十三歳でこれから先の長い人生を生きていく。その間には愛するひとも現れて、アルベルト様の心が癒されることもあるのではないだろうか。
前世で弟のように思っていたアルベルト様に愛する相手が現れると思うと、少し胸がもやもやしてしまうのは仕方がないのだろう。今世でもアルベルト様はわたくしのことを妹のように思ってくれているし、従兄弟同士なのだから、ラファエルお兄様とミカの次にアルベルト様はわたくしに近い存在だと言える。
そんな相手が遠くなってしまうのは寂しいが、これも仕方がないと納得しなければいけなかった。
「アルベルトおにいたま、かなちいおかお」
「わたしが悲しい顔をしていましたか?」
「あい」
わたくしがアルベルト様に指摘すると、アルベルト様は困ったように微笑む。
その微笑みが悲しげに見えて、アルベルト様はまだクラリッサの死を乗り越えていないのだと実感する。
「わたくち、アルベルトおにいたまに、おはなをあげる」
「お花をくださるのですか?」
「ぎゅってちてあげる。なでなでちてあげる」
自分のできることを上げていくと、アルベルト様が小さく笑みを零した。悲しい笑顔ではない。確かに明るい笑顔だった。
「セラフィナは優しいですね」
「わたくち、アルベルトおにいたま、すち」
アルベルト様は今のわたくしにとっては兄のような存在で大好きな相手だった。
素直にその気持ちを口にすると、アルベルト様から抱き上げられる。
「わたしもセラフィナが大好きですよ」
「アルベルトおにいたま、わたくち、だいすち」
「セラフィナがわたしの妹になってくれたらいいのにと何度も考えました」
「わたくち、アルベルトおにいたまのいもと」
「妹のように思っていていいということですか?」
「あい」
アルベルト様が少しでも元気になるのならば、わたくしは妹の地位でも受け入れよう。
前世では弟のように思っていたが、今は妹のように思われていることをわたくしは受け入れることにした。
アルベルト様とティールームで過ごしていると、ラファエルお兄様が婚約式の純白のフロックコートから着替えて部屋に走り込んできた。息を切らせてわたくしを見つけると、抱き上げてくる。
「セラフィナ、今日はありがとう。おかげで最高の婚約式だったよ」
「おにいたま、おめでとうございまつ」
「ありがとう、セラフィナ」
わたくしを抱っこしたままぐるぐる回ってくれるラファエルお兄様に、わたくしは嬉しくてきゃっきゃと笑う。
それを見てアルベルト様がラファエルお兄様に手を差し出した。
「そうするとセラフィナは喜ぶのですね。わたしもしたいです」
「アルベルト、わたしにお祝いの言葉もないのか?」
「ラファエルも、わたしに挨拶がなかったですよ」
ラファエルお兄様とアルベルト様の言い合いにわたくしが笑ってしまうと、こほんと咳払いをしてラファエルお兄様からやり直す。
「アルベルト、今日はよく来てくれたね」
「ラファエル、今日は本当におめでとうございます」
「ありがとう」
やり直しをしてから、アルベルト様はラファエルお兄様からわたくしを抱きとった。
わたくしを抱っこしたままくるくると回ってくれるアルベルト様に、わたくしは楽しくて笑い声が漏れてしまう。わたくしの精神は十五歳のクラリッサなのだが、どうしても三歳の肉体に引きずられてしまうようだった。
「セラフィナ、楽しいですか?」
「きゃーはっはっは! たのちい!」
「もっと回りましょうか?」
「きゃっきゃ!」
笑い声をあげてのけ反るわたくしを、アルベルト様は落としたりしなかった。
たくさんぐるぐる回してもらったわたくしが息を切らせて椅子に座ってミルクティーで喉を潤していると、ラファエルお兄様がアルベルト様に話しかけている。
「アルベルトは婚約しない気持ちに変わりはないのか」
「はい。そのつもりです」
「叔父上も叔母上も心配していると思うのだが」
「父にも母にも理解してもらうつもりです」
アルベルト様の硬い声に、わたくしはミルクティーを飲み込んでラファエルお兄様とアルベルト様の様子を見てしまう。
ラファエルお兄様は言いにくそうに口を開いた。
「亡くなったメイドの件をまだ気にしているのか?」
「まだ、というか、わたしの中で彼女が過去になることはありません」
「メイドの件は気の毒だったと思うけれど……」
「ラファエルがなにを言っても、わたしは彼女を忘れません」
厳しい表情でラファエルお兄様の言葉を遮ったアルベルト様に、ラファエルお兄様もそれ以上言えることはなくなってしまったようだった。
「わたしの大事な従弟を守ってくれた相手だ。そのうち墓参りに行かせてほしい。彼女に花を手向けたい」
「ありがとうございます」
アルベルト様の気持ちに寄り添うラファエルお兄様に、わたくしは小さすぎる自分の無力さを感じていた。いつかラファエルお兄様がクラリッサのお墓にお参りするときには、わたくしも連れて行ってもらおう。
ベルンハルト公爵夫妻が、クラリッサだったわたくしを丁重に葬ってくれたというから、それに感謝する機会を持てたらと思っていた。
アルベルト様が帰ってから、わたくしとラファエルお兄様は子ども部屋に行った。子ども部屋ではミカがお母様にお乳を飲ませてもらっていた。
ミカが飲み終わるのを待っていると、ラファエルお兄様がわたくしを膝の上に乗せて小さくため息をついている。
「アルベルトはセラフィナをかわいがり出してから、明るい表情も見せるようになったと思っていたのだけれどね」
「アルベルトおにいたま、かなちい?」
「まだ悲しい気持ちが残っているみたいだ。それは誰にもどうすることもできない」
アルベルト様のお気持ちをわたくしが少しでも癒せていると思ったのは間違いだったのだろうか。アルベルト様は笑うようになったし、明るい表情も見せるようになった。それでも心の奥底はまだ深く傷付いている。それを見せつけられた気分だった。
アルベルト様の馬車が襲われた日、わたくしは馬車のドアを閉めて、暴漢が入れないようにした。それも時間の問題で、馬車のドアは破られそうになっていた。
御者が助けを呼びに行ってくれていて、護衛たちも必死に馬車を守っていた。
ドアが破られる気配に、わたくしはアルベルト様の体に覆い被さるように抱き締めた。
「クラリッサ、いけない!」
「アルベルト様、じっとしていてください! すぐに御者が助けを呼んできます」
「クラリッサ!」
アルベルト様は暴れようとしたが、わたくしは全身の力を込めてアルベルト様を押さえ込んだ。アルベルト様も怖かったのだろう、その体は震えていた。
「ベルンハルト公爵の嫡男はどこだ?」
「そこか!」
暴漢が馬車に入ってくるのを感じて、わたくしはアルベルト様を抱き締めたままぎゅっと目を閉じていた。
「女、その小僧を渡せ!」
「小僧から離れろ!」
引き離されそうになってもアルベルト様を放さないわたくしに、暴漢は切りかかってきた。
「警備兵が来るぞ! さっさと小僧を連れて行け!」
「やばい! 警備兵だ!」
痛みに耐えながらアルベルト様を抱き締めていると、暴漢が騒ぎ出す。
警備兵が来てくれた。アルベルト様は助かる。
それを確認して、わたくしは意識を手放した。
目が覚めたらわたくしは皇女セラフィナに生まれ変わっていて、クラリッサは死んでいた。
あの日のことは忘れられない。
血まみれになったわたくしは、何とかアルベルト様を守れたのだ。
アルベルト様が泣いていた気がする。
それも朧げな記憶の中で、消えそうな意識であまり覚えていられなかった。
あの日のことを思い出すと全身に痛みが走るような気がして、震えてしまう。
震えているわたくしをラファエルお兄様が抱き締めてくれた。
「怖い話をしてごめんね、セラフィナ。セラフィナは落ち着いているから、つい話してしまう。よくないお兄様だったね。許してほしい」
ラファエルお兄様が悪いのではないが、わたくしはしばらくラファエルお兄様に抱き着いて震えが去るのを待っていた。
それは時間が解決してくれるほかはないのではないかとわたくしは思い始めていた。
わたくしが三歳ということは、クラリッサが死んでから三年経つということになる。三年間ではまだアルベルト様はクラリッサの死を乗り越えられていないが、アルベルト様もまだ十三歳でこれから先の長い人生を生きていく。その間には愛するひとも現れて、アルベルト様の心が癒されることもあるのではないだろうか。
前世で弟のように思っていたアルベルト様に愛する相手が現れると思うと、少し胸がもやもやしてしまうのは仕方がないのだろう。今世でもアルベルト様はわたくしのことを妹のように思ってくれているし、従兄弟同士なのだから、ラファエルお兄様とミカの次にアルベルト様はわたくしに近い存在だと言える。
そんな相手が遠くなってしまうのは寂しいが、これも仕方がないと納得しなければいけなかった。
「アルベルトおにいたま、かなちいおかお」
「わたしが悲しい顔をしていましたか?」
「あい」
わたくしがアルベルト様に指摘すると、アルベルト様は困ったように微笑む。
その微笑みが悲しげに見えて、アルベルト様はまだクラリッサの死を乗り越えていないのだと実感する。
「わたくち、アルベルトおにいたまに、おはなをあげる」
「お花をくださるのですか?」
「ぎゅってちてあげる。なでなでちてあげる」
自分のできることを上げていくと、アルベルト様が小さく笑みを零した。悲しい笑顔ではない。確かに明るい笑顔だった。
「セラフィナは優しいですね」
「わたくち、アルベルトおにいたま、すち」
アルベルト様は今のわたくしにとっては兄のような存在で大好きな相手だった。
素直にその気持ちを口にすると、アルベルト様から抱き上げられる。
「わたしもセラフィナが大好きですよ」
「アルベルトおにいたま、わたくち、だいすち」
「セラフィナがわたしの妹になってくれたらいいのにと何度も考えました」
「わたくち、アルベルトおにいたまのいもと」
「妹のように思っていていいということですか?」
「あい」
アルベルト様が少しでも元気になるのならば、わたくしは妹の地位でも受け入れよう。
前世では弟のように思っていたが、今は妹のように思われていることをわたくしは受け入れることにした。
アルベルト様とティールームで過ごしていると、ラファエルお兄様が婚約式の純白のフロックコートから着替えて部屋に走り込んできた。息を切らせてわたくしを見つけると、抱き上げてくる。
「セラフィナ、今日はありがとう。おかげで最高の婚約式だったよ」
「おにいたま、おめでとうございまつ」
「ありがとう、セラフィナ」
わたくしを抱っこしたままぐるぐる回ってくれるラファエルお兄様に、わたくしは嬉しくてきゃっきゃと笑う。
それを見てアルベルト様がラファエルお兄様に手を差し出した。
「そうするとセラフィナは喜ぶのですね。わたしもしたいです」
「アルベルト、わたしにお祝いの言葉もないのか?」
「ラファエルも、わたしに挨拶がなかったですよ」
ラファエルお兄様とアルベルト様の言い合いにわたくしが笑ってしまうと、こほんと咳払いをしてラファエルお兄様からやり直す。
「アルベルト、今日はよく来てくれたね」
「ラファエル、今日は本当におめでとうございます」
「ありがとう」
やり直しをしてから、アルベルト様はラファエルお兄様からわたくしを抱きとった。
わたくしを抱っこしたままくるくると回ってくれるアルベルト様に、わたくしは楽しくて笑い声が漏れてしまう。わたくしの精神は十五歳のクラリッサなのだが、どうしても三歳の肉体に引きずられてしまうようだった。
「セラフィナ、楽しいですか?」
「きゃーはっはっは! たのちい!」
「もっと回りましょうか?」
「きゃっきゃ!」
笑い声をあげてのけ反るわたくしを、アルベルト様は落としたりしなかった。
たくさんぐるぐる回してもらったわたくしが息を切らせて椅子に座ってミルクティーで喉を潤していると、ラファエルお兄様がアルベルト様に話しかけている。
「アルベルトは婚約しない気持ちに変わりはないのか」
「はい。そのつもりです」
「叔父上も叔母上も心配していると思うのだが」
「父にも母にも理解してもらうつもりです」
アルベルト様の硬い声に、わたくしはミルクティーを飲み込んでラファエルお兄様とアルベルト様の様子を見てしまう。
ラファエルお兄様は言いにくそうに口を開いた。
「亡くなったメイドの件をまだ気にしているのか?」
「まだ、というか、わたしの中で彼女が過去になることはありません」
「メイドの件は気の毒だったと思うけれど……」
「ラファエルがなにを言っても、わたしは彼女を忘れません」
厳しい表情でラファエルお兄様の言葉を遮ったアルベルト様に、ラファエルお兄様もそれ以上言えることはなくなってしまったようだった。
「わたしの大事な従弟を守ってくれた相手だ。そのうち墓参りに行かせてほしい。彼女に花を手向けたい」
「ありがとうございます」
アルベルト様の気持ちに寄り添うラファエルお兄様に、わたくしは小さすぎる自分の無力さを感じていた。いつかラファエルお兄様がクラリッサのお墓にお参りするときには、わたくしも連れて行ってもらおう。
ベルンハルト公爵夫妻が、クラリッサだったわたくしを丁重に葬ってくれたというから、それに感謝する機会を持てたらと思っていた。
アルベルト様が帰ってから、わたくしとラファエルお兄様は子ども部屋に行った。子ども部屋ではミカがお母様にお乳を飲ませてもらっていた。
ミカが飲み終わるのを待っていると、ラファエルお兄様がわたくしを膝の上に乗せて小さくため息をついている。
「アルベルトはセラフィナをかわいがり出してから、明るい表情も見せるようになったと思っていたのだけれどね」
「アルベルトおにいたま、かなちい?」
「まだ悲しい気持ちが残っているみたいだ。それは誰にもどうすることもできない」
アルベルト様のお気持ちをわたくしが少しでも癒せていると思ったのは間違いだったのだろうか。アルベルト様は笑うようになったし、明るい表情も見せるようになった。それでも心の奥底はまだ深く傷付いている。それを見せつけられた気分だった。
アルベルト様の馬車が襲われた日、わたくしは馬車のドアを閉めて、暴漢が入れないようにした。それも時間の問題で、馬車のドアは破られそうになっていた。
御者が助けを呼びに行ってくれていて、護衛たちも必死に馬車を守っていた。
ドアが破られる気配に、わたくしはアルベルト様の体に覆い被さるように抱き締めた。
「クラリッサ、いけない!」
「アルベルト様、じっとしていてください! すぐに御者が助けを呼んできます」
「クラリッサ!」
アルベルト様は暴れようとしたが、わたくしは全身の力を込めてアルベルト様を押さえ込んだ。アルベルト様も怖かったのだろう、その体は震えていた。
「ベルンハルト公爵の嫡男はどこだ?」
「そこか!」
暴漢が馬車に入ってくるのを感じて、わたくしはアルベルト様を抱き締めたままぎゅっと目を閉じていた。
「女、その小僧を渡せ!」
「小僧から離れろ!」
引き離されそうになってもアルベルト様を放さないわたくしに、暴漢は切りかかってきた。
「警備兵が来るぞ! さっさと小僧を連れて行け!」
「やばい! 警備兵だ!」
痛みに耐えながらアルベルト様を抱き締めていると、暴漢が騒ぎ出す。
警備兵が来てくれた。アルベルト様は助かる。
それを確認して、わたくしは意識を手放した。
目が覚めたらわたくしは皇女セラフィナに生まれ変わっていて、クラリッサは死んでいた。
あの日のことは忘れられない。
血まみれになったわたくしは、何とかアルベルト様を守れたのだ。
アルベルト様が泣いていた気がする。
それも朧げな記憶の中で、消えそうな意識であまり覚えていられなかった。
あの日のことを思い出すと全身に痛みが走るような気がして、震えてしまう。
震えているわたくしをラファエルお兄様が抱き締めてくれた。
「怖い話をしてごめんね、セラフィナ。セラフィナは落ち着いているから、つい話してしまう。よくないお兄様だったね。許してほしい」
ラファエルお兄様が悪いのではないが、わたくしはしばらくラファエルお兄様に抱き着いて震えが去るのを待っていた。
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