転生皇女セラフィナ

秋月真鳥

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二章 ミカエル誕生

8.ミカエルの離乳食開始

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 わたくしが三歳になって、ラファエルお兄様は婚約して、学園の二年生になって学園に通っている。
 お母様はミカを産んだ後でまだ公務を休んでいるので子ども部屋に通って来てくれているが、それもミカが離乳食を食べ始める冬ごろには終わってしまう。
 お母様もラファエルお兄様もいない子ども部屋は、以前ならば寂しいと思ったかもしれないが、今はミカがいる。

 お母様がいるときに、わたくしはお願いしてミカをソファの上に寝かせてもらった。

「ミカたん、ねぇねでつよ」
「あー、だー!」
「ねぇね」
「うー」

 顔を覗き込んでわたくしが話しかけると、ミカは金色のお目目をくりくりと動かしてわたくしを見つめてふにゃっと笑う。笑うようになったのが嬉しくて、わたくしも一緒に笑う。
 お母様がそれをしみじみと見つめていた。

「わたくしの娘と息子が尊すぎます」
「とーとい?」
「あう?」

 お母様がなにを言っているのかよく分からなくて首を傾げると、ミカと一緒に抱き締められる。

「本当にかわいいですね。セラフィナはミカエルが大好きなのですね」
「あい。わたくち、ミカたん、だいすち」

 毎日大きくなっていくミカがかわいくてたまらない。
 体重も生まれたときの倍くらいになっているし、手足もよく動くようになっていた。お座りができるようになるのももう少しなのではないだろうか。
 わたくしがこれくらいのころはもどかしくて、もっと動きたくてたまらなかったが、三年経ってもまだ喋るのは安定しないし、体の動きも十分ではなくて、もっともっと大きくなりたいという気持ちは消えていなかった。
 ミカも早く大きくなりたいと思っているのだろうか。

 ミカの好きな擬音の多い赤ちゃん用の絵本を持って来て読んであげると、ミカが金色のお目目で絵本をじっと見つめて真剣に聞いているのが分かる。これくらいのころでも、わたくしは耳はしっかり聞こえていたので、ミカも絵本を読むわたくしの声が聞こえているようだった。

「あわ、ぶくぶく。おみず、じゃーじゃー。おてて、ぴかぴか」

 手を洗う絵本を読んであげると、絵本を読み終わって閉じるとミカが泣き出す。もう一度絵本を開いて最初から読むと、ミカは泣き止んで、絵本を聞いていた。

「セラフィナがミカエルくらいだったころを思い出しますね。ラファエルは何回も何回も同じ絵本をセラフィナに読んであげていました」
「おにいたま、えほん、いっぱいよんでくれた」
「セラフィナ、覚えているのですか?」
「あい」

 赤ちゃんのときの記憶はぼんやりとしているが、ラファエルお兄様が絵本を読んでくれる時間は特に好きだったのでよく覚えている。わたくしが答えるとお母様は驚いたような顔をしていた。

 ミカは絵本を三回読み終わるまで満足しないで、絵本が終わると泣いてもう一回読んでほしいと訴えてきた。わたくしは喉も乾いたし、絵本を支える腕も疲れてきていたが、ミカのために絵本を何回でも読んだ。

 読み終わってわたくしが休憩していると、床に敷かれた敷物の上に寝かされたミカが、手足をばたつかせて、手の届かない位置にあるおもちゃを取ろうとしている。ミカはまだ自分では動けないのでおもちゃを取るのは無理かと思って、わたくしはおもちゃを拾ってミカの元に持って行く。
 おもちゃを受け取ったミカは、わたくしににっこりと笑いかけて、おもちゃを舐めて遊んでいた。

 ミカとの暮らしが毎日続くのだったら、それはそれで楽しい。

 お母様が公務に戻ることになっても、オレリアさんとマティルダさんがいてくれるし、ミカのことは安心して任せられる。

「ミカエルの一歳の誕生日のお披露目のときには、セラフィナも同席できるようにしましょうか」
「わたくち、ミカたん、いっしょ?」
「家族でミカエルのお披露目を祝ってあげたいですよね。セラフィナも一緒に」

 ミカが一歳になるときには、わたくしはまだ三歳だが、特別にお披露目のお茶会に参加させてもらえるようにお母様が取り計らってくれる。それはミカをかわいがっているわたくしにとってはとても嬉しいことだった。

 お母様はラファエルお兄様を産んでから子どもができにくくなっていたようだが、わたくしを産んで、ミカも産むことができた。
 ラファエルお兄様とわたくしは年が離れているが、ミカとわたくしはそれほど年が離れていない。

 お母様がわたくしやミカを産むことができたのだったら、ベルンハルト公爵夫妻は子どもを新しく持つことはないのだろうか。アルベルト様はわたくしを妹のように思っていると言っていたが、実際に弟妹ができれば、心癒されるのではないだろうか。

「アルベルトおにいたま、あかたん、くる?」

 三歳児の無邪気さで聞いてしまってから、わたくしは後悔した。夫婦には色んな形があるし、事情もあるのだから、簡単に聞いてはいけないことだったかもしれない。
 お母様の表情が暗くなって、深刻そうになっている。

「ベルンハルト公爵家に赤ちゃんは来ないのですよ」
「あかたん、こない……」
「ベルンハルト公爵夫人は、アルベルト殿を産むときに非常に難産で、命を落としかけたのです。次に妊娠したら命の危険があるから、アルベルト殿の後に子どもを作ることは望まなかったのです。セラフィナには少し難しいことでしたね。でも、そのお話はアルベルト殿の前や、ベルンハルト公爵夫妻の前ではしないでくださいね」
「あい」

 そんな理由があったのか。
 それならば、アルベルト様が一人っ子である理由も分かる。
 貴族や皇族など、裕福な家庭では、子どもはできただけ産むのが普通である。妊娠や出産に命の危険があるということは分かっているのだが、ベルンハルト公爵夫人がそれほど深刻な問題を抱えていただなんて知らなかった。
 ベルンハルト公爵家で働いていたころも、そういう話は聞いていなかった。

「アルベルトおにいたま、わたくち、いもと」
「アルベルト殿はセラフィナを妹のように思っていると言ったのですか?」
「あい」
「そうですか。弟妹が生まれることのないアルベルト殿にとっては、セラフィナは特別な存在なのかもしれませんね。アルベルト殿がセラフィナをかわいがってくれているのはありがたいです」

 アルベルト様に弟妹が生まれない理由を知ってしまうと、わたくしを妹のように思っているという感情の重みを感じる。アルベルト様にとって、それだけわたくしは特別な従妹なのだろう。
 お父様にはベルンハルト公爵しか兄弟はいないし、アルベルト様には父方の従兄弟はラファエルお兄様とわたくしとミカしかいない。その中でも女の子であるわたくしは特別なのかもしれない。

「おかあたま、いもと、いる?」
「わたくしは妹はいません。兄がいるだけですわ」
「いもと、とくべつ?」
「妹がいたら特別にかわいがっていたでしょうね」

 お母様に聞いても、妹という存在は特別なようだ。
 わたくしには妹はいないが、いたらかわいかっただろうと思う。
 ラファエルお兄様とアンリエットお義姉様が結婚したら、リヴィア嬢とは義理の姉妹になるが、残念ながらリヴィア嬢の方が生まれが半年ほど早いので、義理の姉であり、妹ではない。

 わたくしに妹ができるとすれば、ミカが結婚するときなのではないだろうか。

 ミカはまだ一歳にもなっていない。
 ミカが結婚するときなど長い長い時間があって、わたくしは想像もつかなかった。

 秋が過ぎて、庭の木々の葉も落ちて、初雪が降り始めるころ、お母様は公務に戻って行った。
 一年近くお母様と一緒に過ごしていたので、お母様がいなくなるのは寂しかったが、お仕事なのだから仕方がない。
 お母様がいないことに慣れていないのはミカも一緒だった。

 お母様が来ない日を過ごして、ミカはいつもとの違いに気付いて、最初のころはオレリアさんにずっと抱っこされて泣いていた。お母様が来ないということは、ミカは母乳を飲めないということだ。
 お母様が部屋に帰った後や部屋に来る前は、ミカは哺乳瓶でミルクを飲ませてもらっていたが、お母様の母乳が一番のようで、お母様が来なくなってから哺乳瓶を嫌がるようになってしまった。

 オレリアさんは工夫してスプーンでミルクを飲ませたり、少しでも哺乳瓶で飲んでくれるように長時間抱っこしてミカをあやしていたりしたが、なかなか難しそうだった。
 それでも、ミカは離乳食が始まっていたので、哺乳瓶でミルクをそれほど飲まなくても平気にはなっていた。

「ミカたん、おいちい?」
「う! う!」
「おいちいねー」

 ミカに離乳食をあげるときには、わたくしもテーブルについて、ミカに話しかけていた。頬っぺたを叩いて、美味しいと表現するのだと教えると、ミカはすぐに覚えて、離乳食を食べると、頬っぺたを叩くようになった。

「ミカエル殿下は賢いですね」
「ミカたん、わたくちのおとと! かしこい!」

 感心してお母様やお父様にそのことを伝えるオレリアさんに、わたくしは自分のことのように誇らしく思っていた。
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