壊れた天秤

kimuranoob

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プロローグ「呪われた男」

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「あの方、頭がおかしくなったんですって?」
「なかなかプロポーズしてもらえなくて病んだって話じゃない。」

 まぁかわいそうに。そうは思っていなさそうな声量で噂話を楽しむ女たち。扇子で隠してもその口元は弧を描いている。
 その下品な視線の先には、頬がこけ目はうつろ、白髪交じりの長い黒髪をバサリと降ろした、王宮でのパーティーには不釣り合いな女。

 その横には女を支える男の姿。ヒールを履いた女の頭一個分高い位置から、輝く銀髪を揺らして女の顔を覗き込み、海のような青く美しい瞳でほほ笑んでいる。
 女は力ない目でジトリと男を一瞥して口を開いた。

「・・・優しいのね。」

 男はさらに微笑みを深くして答えた。

「君は僕の生きる意味だからね。」

 男は確かに女を見ていた。だが目が合うことはなかった。


 美しい男が献身的に妻を支える様子は、町の人間の間では話題だった。
 うつむいて言葉を発しない女を気遣いつつ社交をこなす。常に穏やかな笑みを浮かべ、誰の話も楽しそうに聞く。剣術で鍛えた体で、男爵でありながら町の住民の頼みも快く受ける。

 つい最近もみんなを困らせていたスリの少年を捕まえた。どうも男の巾着袋を盗んだらしい。男は何度か殴って叱りつけていた。時には大人の厳しさを見せることも必要なんだと思う。少年は二度と立ち上がらなかった。

 男はどこにいるかすぐに分かる。独り言が大きいから。喋る相手などいないのに。いや、いるのかも。

 男には生傷が絶えなかった。朝起きてみるとそこらに内出血の痕が増えているのだ。男は訳が分からないといった風に聞いてくるが、教えてやってもどうせ信じないのだから意味がない。
 夜中あなたが壁に頭を打ち付ける音やむせび泣く声が聞こえて眠れない。寝不足でこける頬、増える白髪、でも仕方がない。これは禊なのよ。あの時あなたを放してやらなかった罰ね。
 私のせいであなた、気が狂ったのね。
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