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第一章「青の髪紐」
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「オアーーッ!」
べしゃっと情けない音でしりもちをつく男を、チャンスと言わんばかりに煽ってやる。
「おーまえはさぁー、何回同じ手に引っ掛かんのよ」
脳みそ小さいと大変でしゅねぇ、というちょっとライン越えな煽りにも悔しそうに歯をギリギリしてくれるから可愛くてたまらない。
王宮騎士を志すジャン・ブラックは、毎日のように「たのもー!」と稽古を挑んでくるこの男、エルネスト・ブランシャールの相手をしていた。ともに王宮騎士候補生として、ジュスト騎士訓練学校に通っている。
10歳から剣を握っていたジャンとは違い、エルが剣術を習いだしたのは15歳でこの学校に入ってからだった。寮室が一緒だからと教官がいない時間の指導を任されたことがエルとの出会いだ。剣の握り方から人を殺すための振るい方まで、みっちり教えてやった。
ジャンからすれば、何度も何度も果敢に倒されにくるエルは、同い年でも可愛い弟のような存在だ。エルが剣術を習いだして三年経つが、さすがにこの短期間で実力を抜かされるわけにはいかないのでジャンも必死である。
「あ・・・、エルの綺麗な銀髪に泥が・・・」
ジャンはエルの髪の毛先に付いた泥を取り始めた。
エルは銀の短髪にサファイアを埋め込んだような瞳を持った、眺めるだけで金がとれそうな美しい男だ。喋り出すと少々ギャップがあるが。
それに対してジャンはくすんだ赤髪を小さく縛っていて、質素な顔つきをしている自覚があった。美しいのは美しいので大変なことも多そうだから羨ましいとは思わなかった。
ちまちまと集中していると、子ども扱いに気恥ずかしくなったのかエルの耳が少し赤くなっていた。かわいーと言ってやると、エルはやめろとジャンの手を軽くはたいて、赤くて真剣な顔を向けた。
「でもジャン、今日は前回より1分長く持ったぞ」
「ん、ああ。前回が1分だから今回は2分も持ったネ。さすがだネ!エルネストくん!」
「ふぬぬぅ・・・、あーっ!見えない見えない!ジャンどこいったのかなー!」
「てめっ、ほんのちょっと背ぇー高いからって!」
ジャンはエルの胸倉を掴んで揺さぶった。エルとのしょうもない時間は、ジャンの悩みすべてを忘れさせてくれた。
エルがギリギリとメンチを切っていると、ジャンが訓練場の外に目をやった後、チラリとエルを一瞥し、顎でくいっと訓練場の外を指し示した。
その先には輝く長い黒髪を振り乱して、必死に走ってくる女性が。彼女の火照った頬を見てエルはピシリと固まる。
「か、かわいい・・・」
気づかぬ内に漏れたエルのささやきに、ジャンがクツクツと笑っている。
エルネスト・ブランシャールには最近婚約者ができた。エルにとっては初めての彼女だが、それは向こうも同じようで会う度に毎度二人してあわあわしている。訓練場への婚約者の出入りは可能なので、エルに会いたくて見学に来たのだろう。
「はぁっ、エ、エルネスト様!ごめんなさっ、はぁ、私ったら訓練中なのに…」
ヒィ・・・とエルは声にならない声で彼女の可愛さに悶えている。
ぜいぜいと息を上げる彼女・・・。リビア・クレマン、ジャンたちと同じ18歳で、クレマン男爵の一人娘だ。
剣の稽古ばかりしているエルに、ブランシャール男爵が持ってきたお見合いらしいが、こんなに素直で純粋な子が来るとは思わなかったと焦っていた。
「エルネスト様のお顔を見たら、足が止まらなくなって・・・」
「ガッ!」
「恥ずかしい・・・何してるのかしら私・・・」
「ガーーッ!!」
うるせぇよ、とジャンがエルの頭にチョップをして、流れるようにリビアの手を取る。きょとんとするリビアの指先に、軽くキスをして笑いかけた。
「リビアちゃん、ラフなカッコも可愛いね。エルネストになにか用があったのかな?それとも俺?」
微笑んで小首をかしげるジャン。そんなわけないだろっ!とエルが吠える声が聞こえるが無視する。リビアはジャンを直視できない様子で真っ赤になってうつむいた。
「あっ、あの、来週のパーティーの事で、エルネスト様に・・・」
「王宮のパーティーか!招待されたんだね。どんなドレスにしたの?」
「あっ、青の・・・」
「エルネストの瞳の色だね。俺も見てみたかったなぁ、リビアちゃんのドレス姿。」
「そっ!そんな、私なんて!」
「ストップゥ!ジャンそのまま首ひねってやろうか!」
エルがジャンとリビアの手をワシと掴んで引き離す。せっかく盛り上がりそうなところだったのに。リビアはエルに手を掴まれてゆでだこになっている。
「あちあちっ、ヤケドしちゃうよぉ。俺先帰っちゃうね」
「うるさい!早く行け!」
これ以上お熱い二人を邪魔するのも野暮なので、ジャンは手をヒラヒラと振ってその場を後にしようとした。
が、大切なことを伝え忘れていたので二人に向き直る。
「王女には近づくなよ」
ジャンの放った言葉にぽかんとする二人。
「え、ジャンどういう意味――」
「お前バカだから、失礼があっちゃいけないからな。じゃな」
「なーっ!!」
くふふと楽しそうに笑いながら去っていくジャンに、エルは反撃のため開いた口を閉じて小さく笑った。
リビアは二人の友情を可愛らしく思うと同時に、自分の入れない世界があるような寂しさも感じていた。
べしゃっと情けない音でしりもちをつく男を、チャンスと言わんばかりに煽ってやる。
「おーまえはさぁー、何回同じ手に引っ掛かんのよ」
脳みそ小さいと大変でしゅねぇ、というちょっとライン越えな煽りにも悔しそうに歯をギリギリしてくれるから可愛くてたまらない。
王宮騎士を志すジャン・ブラックは、毎日のように「たのもー!」と稽古を挑んでくるこの男、エルネスト・ブランシャールの相手をしていた。ともに王宮騎士候補生として、ジュスト騎士訓練学校に通っている。
10歳から剣を握っていたジャンとは違い、エルが剣術を習いだしたのは15歳でこの学校に入ってからだった。寮室が一緒だからと教官がいない時間の指導を任されたことがエルとの出会いだ。剣の握り方から人を殺すための振るい方まで、みっちり教えてやった。
ジャンからすれば、何度も何度も果敢に倒されにくるエルは、同い年でも可愛い弟のような存在だ。エルが剣術を習いだして三年経つが、さすがにこの短期間で実力を抜かされるわけにはいかないのでジャンも必死である。
「あ・・・、エルの綺麗な銀髪に泥が・・・」
ジャンはエルの髪の毛先に付いた泥を取り始めた。
エルは銀の短髪にサファイアを埋め込んだような瞳を持った、眺めるだけで金がとれそうな美しい男だ。喋り出すと少々ギャップがあるが。
それに対してジャンはくすんだ赤髪を小さく縛っていて、質素な顔つきをしている自覚があった。美しいのは美しいので大変なことも多そうだから羨ましいとは思わなかった。
ちまちまと集中していると、子ども扱いに気恥ずかしくなったのかエルの耳が少し赤くなっていた。かわいーと言ってやると、エルはやめろとジャンの手を軽くはたいて、赤くて真剣な顔を向けた。
「でもジャン、今日は前回より1分長く持ったぞ」
「ん、ああ。前回が1分だから今回は2分も持ったネ。さすがだネ!エルネストくん!」
「ふぬぬぅ・・・、あーっ!見えない見えない!ジャンどこいったのかなー!」
「てめっ、ほんのちょっと背ぇー高いからって!」
ジャンはエルの胸倉を掴んで揺さぶった。エルとのしょうもない時間は、ジャンの悩みすべてを忘れさせてくれた。
エルがギリギリとメンチを切っていると、ジャンが訓練場の外に目をやった後、チラリとエルを一瞥し、顎でくいっと訓練場の外を指し示した。
その先には輝く長い黒髪を振り乱して、必死に走ってくる女性が。彼女の火照った頬を見てエルはピシリと固まる。
「か、かわいい・・・」
気づかぬ内に漏れたエルのささやきに、ジャンがクツクツと笑っている。
エルネスト・ブランシャールには最近婚約者ができた。エルにとっては初めての彼女だが、それは向こうも同じようで会う度に毎度二人してあわあわしている。訓練場への婚約者の出入りは可能なので、エルに会いたくて見学に来たのだろう。
「はぁっ、エ、エルネスト様!ごめんなさっ、はぁ、私ったら訓練中なのに…」
ヒィ・・・とエルは声にならない声で彼女の可愛さに悶えている。
ぜいぜいと息を上げる彼女・・・。リビア・クレマン、ジャンたちと同じ18歳で、クレマン男爵の一人娘だ。
剣の稽古ばかりしているエルに、ブランシャール男爵が持ってきたお見合いらしいが、こんなに素直で純粋な子が来るとは思わなかったと焦っていた。
「エルネスト様のお顔を見たら、足が止まらなくなって・・・」
「ガッ!」
「恥ずかしい・・・何してるのかしら私・・・」
「ガーーッ!!」
うるせぇよ、とジャンがエルの頭にチョップをして、流れるようにリビアの手を取る。きょとんとするリビアの指先に、軽くキスをして笑いかけた。
「リビアちゃん、ラフなカッコも可愛いね。エルネストになにか用があったのかな?それとも俺?」
微笑んで小首をかしげるジャン。そんなわけないだろっ!とエルが吠える声が聞こえるが無視する。リビアはジャンを直視できない様子で真っ赤になってうつむいた。
「あっ、あの、来週のパーティーの事で、エルネスト様に・・・」
「王宮のパーティーか!招待されたんだね。どんなドレスにしたの?」
「あっ、青の・・・」
「エルネストの瞳の色だね。俺も見てみたかったなぁ、リビアちゃんのドレス姿。」
「そっ!そんな、私なんて!」
「ストップゥ!ジャンそのまま首ひねってやろうか!」
エルがジャンとリビアの手をワシと掴んで引き離す。せっかく盛り上がりそうなところだったのに。リビアはエルに手を掴まれてゆでだこになっている。
「あちあちっ、ヤケドしちゃうよぉ。俺先帰っちゃうね」
「うるさい!早く行け!」
これ以上お熱い二人を邪魔するのも野暮なので、ジャンは手をヒラヒラと振ってその場を後にしようとした。
が、大切なことを伝え忘れていたので二人に向き直る。
「王女には近づくなよ」
ジャンの放った言葉にぽかんとする二人。
「え、ジャンどういう意味――」
「お前バカだから、失礼があっちゃいけないからな。じゃな」
「なーっ!!」
くふふと楽しそうに笑いながら去っていくジャンに、エルは反撃のため開いた口を閉じて小さく笑った。
リビアは二人の友情を可愛らしく思うと同時に、自分の入れない世界があるような寂しさも感じていた。
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