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始まりのバレンタイン
雪のバレンタイン ⑥
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「待ってね。もう少し時間をちょうだい」
「ああ……」
立てと言われて立ったはいいが、お姫様はもう何度目になるのかも分からないくらい目の『待ってね』を口にする。
もう何分くらいこうして『待ってね』と『ああ』を、俺たちは言い合っているのか。
「……まだ?」
「まだ! もうちょっと……」
「ま──」
「──もう少し時間をちょうだい!」
ま、しか言ってないのに止められた。硬直を打開しようと、違うこと言ってみただけなのに。
しかし、この剣幕では黙るしかない。お姫様には、俺が雪だるまになる前にはなんとかしてほしい。
お姫様。ずっとそう呼んできた彼女は、ルシアというらしい。
だが、いきなりルシアと呼びもできないし、思えもしない。急にも簡単にも切り替えられない。
これから少しずつやっていくしかない。
ただね、女の子を名前で呼ぶのって抵抗ないすか?
俺は女の子を幼馴染しか呼び捨てにできない。妹は例外だ。
そんな俺が、お姫様をルシアと呼べるのかは、どうか温かい目で見守ってほしい。
どうしてこんな事を言うのかと言うとな……どうやらバレンタインを巡る俺の物語は、そろそろ終わるようだからだ。
ルシアが何をしたいのか、やらかすし、鈍いし、ふし穴の目を持つ俺でも分かった。
「待って。もう少しだけ……」
何故なら、俺はこんなことをしていた女の子を、ずっと見てきた。この時間は女の子にとって、必要不可欠なものなんだろう。
勇気を出すのは時間がかかるのだ。この間、男の俺に出来るのは待つことだけ。
今になればその勇気を理解できる。
チキンの俺なら心臓は飛び出るんじゃないかと思うほど速く脈打ち、最後はきっと飛び出すと思う。
それでも、バレンタインにチョコレートを渡すのだから、この行為は特別なのだ。女の子にとってはな。
直接の場合、その場の勢いで誤魔化すか、雰囲気で誤魔化すかはそれぞれだと思うが、今はどちらもない。
流れは完全に止まってるし、俺から何かできることもない。普通なら沈黙は金だが、状況が状況だから。
「「……」」
この沈黙を破るのは俺の役目ではない。したがって、待つしかないということだ。
邪魔してはいけないのだ。絶対に。
「──よし!」
時間はかかったが覚悟が決まったのだろう。
ありったけの勇気を振り絞って、彼女は自らに気合いを入れる。
演じていたものを失ってなお万人に好かれ、控えめに言ってガチなドラゴンを蹴りで倒し、少しだけ手が出るのが早い女の子。
世間知らずかと思えばそうでもなく、かといって世間を知っているというわけでもなく。けど、人としてちゃんとしていたお姫様。
「義理よ。いちおう世話になったし、そのお礼。それだけよ! 勘違いしないでよね!」
そのルシアは見たことがないくらいに、顔を真っ赤にして早口で喋り、何かをこちらに差し出す。
綺麗な包みに入った物を俺にくれるらしい。
「……」
「……なんか言いなさいよ」
「これ、チョコレートか?」
俺はすでに中身の分かっている包みを受け取り、ニヤケそうになるのを必死に堪えて、この台詞を言うので精一杯だった。
「そうよ、悪い」
もうその手にチョコレートを持っていないルシアは、やり遂げた感からかいつもと変わらない様子に、俺からは見える。
内面がどうなっているのかは不明だけどね。
「嬉しい。これ、作ったのか?」
「──当たり前でしょ! 別にあんたの為じゃないから! みんなにあげてるから!」
このテンプレのツンデレ台詞は照れ隠しだ。しかし、──ちくしょう。可愛いじゃないか!
こんなことをされたら、ころっと騙される。す、好きになってしまうかもしれなくもなくもないかもしれない。
「けど、いつこんなの用意したんだよ? まったく分からなかった」
「日曜日よ。ルイのとこに行って教えてもらって作ったの。ラッピングも教えてもらったの」
そうか、あの日の挙動不審はこれを隠すため。
ルイの台詞はこのことを言ってたのか! まったく分からなかった……。
そしてイケメンが貰っていたチョコレートのラッピングは、お姫様が教えたやつ。いろいろとつじつまが合うわ。
ここで問題なのは、ルシアがチョコレートをあげた相手の中に、イケメンクソ野郎がいるのかいないのか。
いた場合は……──いや、やつは貰ってない! そうに違いない! きっと王様とか、おっさんたちにあげたに決まってる!
けど、おっさんたちが貰っていた場合は、イケメンも貰っているというわけで……──いや、王様もおっさんたちも貰ってなくて、ミルクちゃんだけが貰っているに違いない! きっとそう!
「ねぇ、零斗。知ってる。お返しは10倍返しよ。なんと言っても、あたしの手作りチョコレートよ! お返し。10倍したら何が返ってくるのかしら。今から楽しみ!」
「──目的はそれか! お返し目的でチョコレートを配ってる……」
「あら、悪い。ただ貰うだけなんて悪いと思うでしょう? だからお返しをするんだから。期待してるわよ」
この態度は照れ隠しと、本当にお返しに期待が半々と見た。しかし、聞いても言わないだろうから、期待には応えようと思う。
俺の他に誰が貰っていようと関係ない。確かに俺はルシアからチョコレートを貰ったんだから。
「あぁ、チョコレートを貰ってしまったからには仕方ない。なら次はホワイトデーか」
「それが次のイベントね?」
「イケメンをお返し地獄に叩き込む、地獄のホワイトデーを企画しよう。10倍返しは基本だと知らしめてやる! くくく……見てろイケメン……」
「……こういうところがなかったらいいのに……」
しばらくはこのようにイベントを重ねていこう。このつまらない世界を面白くプロデュースしよう。
俺には当たり前も、ここでは全部が新しい。ここを俺たちの世界くらいにはしてやろう。
──終わり!
はい、終わりだと思った素直なキミ。もう少しだけ続きます。本当にもう少しだけ。
ヒントは、今日は異世界で14日ということだ。実際には、俺の現実としては明日が14日だ。
──バレンタインは続く!
「ああ……」
立てと言われて立ったはいいが、お姫様はもう何度目になるのかも分からないくらい目の『待ってね』を口にする。
もう何分くらいこうして『待ってね』と『ああ』を、俺たちは言い合っているのか。
「……まだ?」
「まだ! もうちょっと……」
「ま──」
「──もう少し時間をちょうだい!」
ま、しか言ってないのに止められた。硬直を打開しようと、違うこと言ってみただけなのに。
しかし、この剣幕では黙るしかない。お姫様には、俺が雪だるまになる前にはなんとかしてほしい。
お姫様。ずっとそう呼んできた彼女は、ルシアというらしい。
だが、いきなりルシアと呼びもできないし、思えもしない。急にも簡単にも切り替えられない。
これから少しずつやっていくしかない。
ただね、女の子を名前で呼ぶのって抵抗ないすか?
俺は女の子を幼馴染しか呼び捨てにできない。妹は例外だ。
そんな俺が、お姫様をルシアと呼べるのかは、どうか温かい目で見守ってほしい。
どうしてこんな事を言うのかと言うとな……どうやらバレンタインを巡る俺の物語は、そろそろ終わるようだからだ。
ルシアが何をしたいのか、やらかすし、鈍いし、ふし穴の目を持つ俺でも分かった。
「待って。もう少しだけ……」
何故なら、俺はこんなことをしていた女の子を、ずっと見てきた。この時間は女の子にとって、必要不可欠なものなんだろう。
勇気を出すのは時間がかかるのだ。この間、男の俺に出来るのは待つことだけ。
今になればその勇気を理解できる。
チキンの俺なら心臓は飛び出るんじゃないかと思うほど速く脈打ち、最後はきっと飛び出すと思う。
それでも、バレンタインにチョコレートを渡すのだから、この行為は特別なのだ。女の子にとってはな。
直接の場合、その場の勢いで誤魔化すか、雰囲気で誤魔化すかはそれぞれだと思うが、今はどちらもない。
流れは完全に止まってるし、俺から何かできることもない。普通なら沈黙は金だが、状況が状況だから。
「「……」」
この沈黙を破るのは俺の役目ではない。したがって、待つしかないということだ。
邪魔してはいけないのだ。絶対に。
「──よし!」
時間はかかったが覚悟が決まったのだろう。
ありったけの勇気を振り絞って、彼女は自らに気合いを入れる。
演じていたものを失ってなお万人に好かれ、控えめに言ってガチなドラゴンを蹴りで倒し、少しだけ手が出るのが早い女の子。
世間知らずかと思えばそうでもなく、かといって世間を知っているというわけでもなく。けど、人としてちゃんとしていたお姫様。
「義理よ。いちおう世話になったし、そのお礼。それだけよ! 勘違いしないでよね!」
そのルシアは見たことがないくらいに、顔を真っ赤にして早口で喋り、何かをこちらに差し出す。
綺麗な包みに入った物を俺にくれるらしい。
「……」
「……なんか言いなさいよ」
「これ、チョコレートか?」
俺はすでに中身の分かっている包みを受け取り、ニヤケそうになるのを必死に堪えて、この台詞を言うので精一杯だった。
「そうよ、悪い」
もうその手にチョコレートを持っていないルシアは、やり遂げた感からかいつもと変わらない様子に、俺からは見える。
内面がどうなっているのかは不明だけどね。
「嬉しい。これ、作ったのか?」
「──当たり前でしょ! 別にあんたの為じゃないから! みんなにあげてるから!」
このテンプレのツンデレ台詞は照れ隠しだ。しかし、──ちくしょう。可愛いじゃないか!
こんなことをされたら、ころっと騙される。す、好きになってしまうかもしれなくもなくもないかもしれない。
「けど、いつこんなの用意したんだよ? まったく分からなかった」
「日曜日よ。ルイのとこに行って教えてもらって作ったの。ラッピングも教えてもらったの」
そうか、あの日の挙動不審はこれを隠すため。
ルイの台詞はこのことを言ってたのか! まったく分からなかった……。
そしてイケメンが貰っていたチョコレートのラッピングは、お姫様が教えたやつ。いろいろとつじつまが合うわ。
ここで問題なのは、ルシアがチョコレートをあげた相手の中に、イケメンクソ野郎がいるのかいないのか。
いた場合は……──いや、やつは貰ってない! そうに違いない! きっと王様とか、おっさんたちにあげたに決まってる!
けど、おっさんたちが貰っていた場合は、イケメンも貰っているというわけで……──いや、王様もおっさんたちも貰ってなくて、ミルクちゃんだけが貰っているに違いない! きっとそう!
「ねぇ、零斗。知ってる。お返しは10倍返しよ。なんと言っても、あたしの手作りチョコレートよ! お返し。10倍したら何が返ってくるのかしら。今から楽しみ!」
「──目的はそれか! お返し目的でチョコレートを配ってる……」
「あら、悪い。ただ貰うだけなんて悪いと思うでしょう? だからお返しをするんだから。期待してるわよ」
この態度は照れ隠しと、本当にお返しに期待が半々と見た。しかし、聞いても言わないだろうから、期待には応えようと思う。
俺の他に誰が貰っていようと関係ない。確かに俺はルシアからチョコレートを貰ったんだから。
「あぁ、チョコレートを貰ってしまったからには仕方ない。なら次はホワイトデーか」
「それが次のイベントね?」
「イケメンをお返し地獄に叩き込む、地獄のホワイトデーを企画しよう。10倍返しは基本だと知らしめてやる! くくく……見てろイケメン……」
「……こういうところがなかったらいいのに……」
しばらくはこのようにイベントを重ねていこう。このつまらない世界を面白くプロデュースしよう。
俺には当たり前も、ここでは全部が新しい。ここを俺たちの世界くらいにはしてやろう。
──終わり!
はい、終わりだと思った素直なキミ。もう少しだけ続きます。本当にもう少しだけ。
ヒントは、今日は異世界で14日ということだ。実際には、俺の現実としては明日が14日だ。
──バレンタインは続く!
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