169 / 636
第2章 幼年編
170 トールの秘密(前)
しおりを挟むダンジョン探索に向けての準備期間に入った。
上級生棟にある10傑専用の一室で毎日のように打合せなどをしている。時間は通常の学園生活と同じ、午前の9点鐘から午後の1点鐘くらいまでだ。
いざダンジョン探索に入ったら、長いと3ヶ月は戻れない。
(全学園生の期待を背負って1週間で戻るなんて恥ずかしい真似はしたくないけどね)
これから1ヶ月ほどは学園内外のこともいろいろ忙しくなる。
出発前にやることはたくさんある。
何せ連絡も取れない場所に行くんだから。
連絡も取れないといえば、村の家族、ジャン、アンナにも手紙を書いた。
もちろん心配はしなくてもぜんぜん大丈夫だと書き添えて。
家族にはいつも近況を知らせている。同じように近況を知らせている師匠やシスターナターシャ、モンデール神父様は俺から何も言わなくても家族に口添えをしてくれることだろう。
▼
【 シナモンside 】
ダーリンが武闘祭で10傑の3位になった。
すごい、すごい、本当にすごい!
ウチの姉さんのライラ先輩に勝ったのでさえすごいのに、ウチらが手も足も出ないくらい強い先輩たちを負かして3位になったんだもん。
(でも姉さんのブラを剥いで鼻を膨らませてエッチな顔をしたダーリンは嫌だったけど)
ウチもダーリンに置いてかれないように頑張らないと、アリシアに取られちゃう。あっ、その前にセーラとダンジョンに行くから心配だよー!キー!
あっ、もっと心配なのはマリー先輩だー!キー!
やっぱりダーリンは年上が好きなのかなあ。
武闘祭が終わってからダーリンがダンジョンに行くまでの間。
ハンスとトール、アリシアとキャロルも一緒に、最近は毎日のようにダーリンと教会に行く。
ダーリンは子どもたちが大好きだもん。
(ステファニーたちに変な赤ちゃん言葉を喋るのはちょっぴり気持ち悪いけど)
「シナモン、ちょっとこっち向いてくれ」
「何?ダーリン」
ダーリンがウチの顔や頭のあちこちを触ってきたよ。
クラス分けのあと。
ウチがダーリンと腕を組むようになったときは、すごく恥ずかしそうにしてた(今はめっちゃ嬉しそうだけどね)
だけど、嘘みたいに強引なダーリン。
ウチの顔や頭周りをギュッって触って「かながたのでっさん」とか言ってたけど。
なんだろう?
アリシアが「キー」って悔しがってたから、ウチは勝ったと思ったんだけど。
照れ屋さんのダーリンはまさかみんなのいる前でちゅーしようとしてたのかな。
キャー!ウチ恥ずかしい!
「バザーはシナモンをたくさん焼くからな」ってダーリンが言ってたけど‥。
何かな?何かな?
知らないうちに、ウチやきもち焼かれてるのかな?
もう少ししたら学園ダンジョンの探索に行くダーリンには会えなくなる。だけど、今は午後からも毎日一緒にいるからめっちゃ楽しい!
こんな日がずーっと続かないかな。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「コーエン神父様、俺10傑になりましたから教会のバザーには参加できなくなりました。申し訳ありません。
その代わり‥」
「「えーアレクちゃん来ないのー?だめだよー!」」
領都ヴィンランド教会のコーエン神父様は師匠(ディル神父様)の王都騎士団時代の元部下だ。
10傑になった俺は約束していた教会のバザーには参加できない。
なぜか俺を「アレクちゃん」と呼ぶようになったヴィンランド教会の子どもたちはとても残念がっていた。
(俺も残念だよ!)
その代わりと言ってはあれなんだけど、ダンジョン探索までに何度か教会に行ってバザーの下準備(の下準備だけどね)を手伝っている。
なんてったってバザーは教会1番のお祭り行事だし、子どもたちも楽しみにしている行事だからな。
絶対成功してほしい。
俺も本当はめちゃくちゃ行きたかったし。
「アレク君、気にしなくていいんだよ。でも1年生で10傑に入ったのかい!本当にすごいよ。おめでとう。さすがはディル神父様の愛弟子だね!」
詫びる俺にコーエン神父様は「気にしなくて良い」と何度も言ってくれた。
▼
クラスメイトのみんなにも迷惑をかけることになった。
「「「アレク気にせずに行ってこい!」」」
みんな笑顔で応援してくれた。
ハンス、トール、シナモンの3人には屋台の準備全般をお願いした。
「「アレク、私たちに任せてよね!」」
アリシアとキャロルには屋台で魔法を発現できる子どもたちへの支援をお願いした。
みんな快くバザーの準備を手伝ってくれる。
モーリスとセバスも隙を見つけては顔を出してくれるそうだ。
(さすがに教会の雑仕事のあるセロは参加できなくてごめんなと逆に謝られた)
「神父様、バザーの準備にもこの保冷庫を使ってください」
「ありがとうアレク君。この大きな箱のことかい?」
コーエン神父様には、俺が金魔法から錬成して作ったとび箱ほどの大きな保冷庫をプレゼントした。
これは食品が冷えたまま保存できる、大型の犬小屋並みに容量の大きな保冷庫だ。
(さすがに冷蔵庫は作れなかったし、両面扉の業務用冷蔵庫はちょっと悪ノリしすぎかと思ったからね)
かなり保温性を上げてあるから、冷蔵庫の代わりくらいにはなると思う。
バザーが終わっても、夏場には冷たいものを食べたり飲んだりできるからね。
保冷機能には、水魔法で氷を発現できる子が何人かいたので、アリシアやキャロルの指導の下、1日1回氷を入れてもらうようにした。毎日やれば、保冷のついでに魔力も上がるって寸法だ。
魔法を発現できない子たちにはツクネ用のミートマッシャーとたこ焼きの金型を教会の備品としてプレゼントした。
ハンスとトールがたこ焼き作りを最初から子どもたちと練習して一緒に焼いてくれるそうだ。
ヴィンランドの川にも河原の石をひっくり返すとたこ(魔獣 デビルフッター・悪魔の足)がいっぱいいた。
村の時と同じ。悪魔の足を掴むとき、みんな最初はキャーキャー言って怖がってた。
キーサッキーもそうだけど、こっちの人間にはイカやタコの見た目が怖いらしい。
俺、幽霊のほうが絶対怖いよ。
たこ焼きの金型を増やすことも金魔法を発現できる子の練習になるだろうし、土魔法を発現できる子には金魔法とあわせて鋳造してもらえば、これも魔力UPの練習になるだろう。
鋳造用の型も渡して置いた。
たこ焼きやツクネの鉄板の火入れには火魔法を発現できる子の練習になるだろう。
風魔法のドライを発現できる子にはシリアルバーの果実の乾燥を少しずつやってもらう。
漁村からは魔獣キーサッキー(剣先イカ)をサンデー商会経由で送ってもらうよう手配もした。
のちにこのときの縁で、ヴィンランド教会学校もこの漁村で夏合宿をやるようになった。
夏のあいだは、子どもたちの歓声があちこちから聞こえて、村のお年寄りも喜んでくれたそうだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
そして。
今日、初披露のベビーカステラの金型を持って俺は教会に行くのだ。
「シナモン、いよいよ今日は教会で新しいことをやるからお前にその代表を頼むぞ!」
「何、何?新しいことって?」
「シナモンのおかげでできた金型から作る甘くて美味しいお菓子作りだよ」
「かながた?」
「そう。こないだシナモンの顔から作ったんだよ」
俺は今回のバザーのメインにベビーカステラを考えたんだ。
ベビーカステラの型。デフォはお腹からいろんなものを出す未来型ねこ衛門の首に付いてる鈴みたいな、丸くて小さなやつ。
なんだけど、かわいいのがいいかなとデフォルメしたねこの金型を作ったんだ。シナモンの頭からデザインもしっかりと作った俺の自信作だ。
猫耳がかわいいベビーカステラができるはずだよ。
「お菓子?ダーリン、ウチ甘いの大好き!」
そうでしょう、そうでしょう。でも果物や芋の甘さとは違うものだとは思わないだろうな。
「シナモンのおかげで金型もバッチリ出来たからな。たぶん、これ食べたらシナモンはめっちゃ気にいってくれると思うよ。
あとトール、今日ステファニーとステファンにもできたのを持って帰ってくれよ」
「うん。何かわかんないけどアレクが薦めるんだからきっとステファンたちが喜ぶやつだよね」
「ああ、絶対喜ぶよ」
「ダーリンいったい何を作ってくれるの?」
「みんな大好き、甘いお菓子だよ!」
「「??」」
シナモンもトールもハテナ顔だ。
そりゃそうだ。だいたい甘味自体が限りなく少ないこの世界では、甘いものイコール庶民には手の出ない高級品なのだから。
甘いものといえば果物か蜂蜜くらいしか思い浮かばないだろう。
でも蜂蜜は値段も高いからバザーでは使えないし。
俺もサンデー商会経由で中原のどこかに砂糖は無いか探してもらってるんだけど、サトウキビや砂糖大根はなかなか見つけられない。
でもね、あったんだよな、これが。
しかも今後甘味の原料として一大ブームを作れるものをこの領で見つけたんだ。
今回はそれを乾燥して粉末化にしてあるんだけどね。
作るものは屋台の大人気お菓子、ベビーカステラ。
そう、たこ焼きの金型からヒントを得たものだよ。
水で溶いた粉を金型に入れて両面から焼くだけ。それだけでできるお菓子。金型をかわいく作れば‥。
そう、シナモンを参考にした猫型のベビーカステラなんだよ。
これ、この世界では爆発的に売れるに違いない。
俺は昔、まだ元気だったころベビーカステラが大好きだった。
夏祭りやお正月の神社の初詣とかの屋台で売ってるベビーカステラは欲しい欲しいと催促してた。しかも大袋と小袋があれば絶対大袋をね。
この世界の小麦粉は外皮も挽いた茶色いもの。いわゆる全粒粉だ。もちろん栄養価も高いから白い小麦粉でなくても俺は気にならない。
土地の痩せたヴィンサンダー領とは違ってヴィヨルド領では普通に小麦も収穫できるんだ。価格も思ったほど高くないからバザーでも使用できる。
俺はベビーカステラを作るために、水を足すだけで誰でも作れるようなホットケーキミックスみたいな粉を作ったんだ。
小麦粉、塩、重曹のような脹れ粉、砂糖の代わりの甘味料の粉末を混ぜて袋に入れてもの。
今日持ってきたのは試作品なんだけど、ほぼ期待通りにできたから、あとはギルドで登録してサンデー商会(ミカサ商会)さんの販路にのせてもらえばって思う。
ベビーカステラは型が無いと焼けないけど、ホットケーキなら水さえ入れて鉄板で焼けばできるからね。
粉を入れる容器、袋?
もちろんスライム袋だよ。
でも最近は本当にどこへ行ってもアレク袋って言うようになった。
スライム袋なんて言うのは俺だけになってる。
自分の名前で商品が販売されてるってなんかムズ痒い。
ホットケーキミックス。
今日の試食用には、ある甘味料をドライの魔法で粉末化して入れてある。
バザーの1日だけならいいけど、恒久的にはまだ無理だ。
だから今は砂糖がないから販売用はいっそのこと袋には入れないかな。
砂糖が無いなら無いで考えようによっては、食事用のガレットやお好み焼き的には使えるし。
トールの家の「森の熊亭」にも近々渡すつもり。
「あーそっか、蜂蜜も粉末にしてちょっぴり入れようかな?」
この独り言のような台詞をトールはしっかり聞いていた。
「アレク、あのね、内緒にしてほしいんだけでね、僕蜂蜜はダメなんだ」
「ん?トール蜂蜜は嫌いなのか?」
「違うよ。内緒だよ。蜂蜜酔いって言ってね、熊獣人にときどき起こる先祖返りみたいなものなんだよ。僕は蜂蜜を食べると意識がなくなるんだ」
「えっ!それってシャ、シャ‥‥はうっ!」
うわっ!
急に頭痛がしてきた!
ズキンズキン!
頭イテェーーー!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
47
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる