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夏休みの部活
待ち伏せ
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渚さんのレッスンが終わり僕は自宅に向かって山本通りを歩いていた。
結局レッスンで誤魔化されて、僕は渚さんにあれ以上何も聞けなかった。
大人の女性に体よく話をはぐらかされて、納得できないまま憮然として僕は歩いていた。
ピアノを弾く事以外の全ての人格をお子様扱いされた様な気がした。悔しかったが、少し納得している僕自身にも腹が立つやらあきれるやらの複雑な感情を持ったまま僕は歩いていた。
マンションの前まで来ると入り口に宏美が立っていた。学生服では無かったので家には一度帰っているようだった。
「ど、どないしたん?」
自分のこと以外に何も考えていなかったので、予想外の宏美の姿を見て僕は驚いて声も上ずっていた。
「うん。ちょっと」
そんな僕でも宏美がなにか思い詰めたような顔をしている事だけは分かった。
「俺の部屋に来る?」
こんなところで立ち話もなんだからと、僕は宏美を自分の家に誘った。
「ううん」
と宏美は首を横に振った。彼女はここで話がしたいようだった。
「どうしたん?」
僕はまた同じように聞き返した。
同時にピアノ教室に冴子が居たことを思い出して、それに何か関係でもあるのかと思ったが、宏美の何か切羽詰まったような表情が気になってその事は言えなかった。
「亮ちゃん。私の事、好き?」
宏美は僕の瞳をじっと見つめて聞いてきた。
「はぁ? 何を唐突に……」
そうあまりにも唐突な質問だった。
「ねえ、どうなん?」
宏美の表情は険しかった。こんな宏美の表情は見た事が無い。ここはもう笑って誤魔化せないなと僕も観念した。
「ああ、好きや。大好きや。なんでそんな当たり前のことを聞いてくるんや」
僕も宏美を見つめて言った。
「ホンマに?」
「ああ、ホンマや……俺が浮気でもしてるとでも?」
「ちゃう」
「じゃあ、なんでそんな事を聞くんや」
僕は宏美の真意が全く読めなかった。
「今日、音楽室で冴ちゃんと演奏していたやん」
宏美は僕から視線を外して俯いたまま聞いてきた。
「ああ、それがどないしたんや?」
「冴ちゃんと一緒に弾いている亮ちゃんを見ていたら、なんかむちゃくちゃ哀しくなってきてん」
「なんで? 今まで何度も演奏してきたやん」
「……」
「なんで急にそんな事を言うんや?」
「……」
宏美は顔を上げたが何も言わなかった。
「言わな、分からへんやん」
僕は少しイラついてきているのが分かった。でもそれを宏美に悟られないように気を付けて聞いた。
「……」
「ここまで来てだんまりは嫌やな」
宏美は僕の表情を窺うように上目遣いで見て
「……言うても私の事、嫌いにならへん?」
と聞いてきた。
――ここまで言っておいて今更それを言うか?――
「ならんって」
宏美は僕のその言葉を聞くと少し考えていたが、意を決したように口を開いた。
「なんで、冴子とあんなに楽しそうにピアノ弾けんの?」
「はぁ?」
「音楽室で二人を見ていたら、無茶苦茶悔しくて悲しくてどうしようもなくなってきてん」
「何なん……それ?」
「あれって冴子の告白やん」
目に一杯涙を溜めて宏美は僕を睨んで言った。
「ええええ? なんでそうなるんや?!!」
僕は驚いた。まさか宏美の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかった……が同時に渚さんとの会話も思い出していた。
『あんたは見事にフラれたね』
「あぁ……やっぱり亮ちゃんは気が付いてなかったんや……私もそうやろうなと思っていたんやけど……」
ため息交じりに宏美はそう言ったが、その言葉には何故か安堵のため息も混じっていた。宏美はそっと目を拭った。
「私はね。冴ちゃんみたいにピアノもヴァイオリンも上手く弾けへんし、これと言って何の取り得もないやん。だからいつも冴ちゃんと亮ちゃんの二人のやり取りを羨ましく思っててん」
僕は黙って頷いた。でも宏美は自分で言う程ピアノもヴァイオリンも下手ではない。それなりにちゃんと弾けている。
そう宏美に言ってやりたかったが、それはもう少し落ち着いてからにすればいいと思って敢えて何も言わなかった。
「で、私が亮ちゃんと付き合いだしてから、冴ちゃんの亮ちゃんに対する態度が明らかに変わっているのに気が付いたん」
「そうっかぁ?」
僕には全く身に覚えも無かった。
これが渚さんの言う僕の鈍いところなんだろうか? と僕は自問自答しながら宏美の話を聞いていた。
「うん。多分これは私でないと分からんと思う」
「それって気のせいとちゃうの?」
「ちゃう」
「女の勘?」
「かもしれん」
「そうか……でも別に俺は冴子に口説かれた事も俺から口説いた事もないぞぉ」
「そんなん当たり前やん。亮ちゃんから口説いとったら私はその場でしばく」
「いや、だからないって」
僕は余計なひとことを言ったかと思って少し慌てた。と同時に宏美になら少しならしばかれても良いかも……と不埒な想像をしてしまった。
「冴ちゃんもそんな事言わへんのも知っとう。いつも私たちの事気にかけてくれているから……」
「だったら何の心配もいらんやん」
「ちゃう。冴ちゃんも亮ちゃんの事が好きやねん」
「それは無いわ」
「そんな事無い。あの子も亮ちゃんの事が昔から好きやったはずや。でもそれに本人も気が付いてなかったん。私が亮ちゃんと付き合いだしてから気が付いたんやと思う」
「嘘……」
「多分間違いないと思う。あんたら二人はそういうところ鈍いから……」
――あんたら二人って……俺と冴子は同類項か?……というか、そう言う天然系キャラは宏美だろう?――
宏美は深く息を吸い込んでから話を続けた。
「でもあの子、絶対にそんな事を言うたりせえへんやん。私を裏切ったりせえへんやん。けど私には分かるん……あの子は亮ちゃんの事が絶対に好きやと」
僕はなんて応えて良いのか分からなかった。冴子が僕の事を好きだなんて、全く予想もしていなかった。どちらかと言えば見下されていると思っていた。そもそも冴子の好きなのは僕のオヤジではないかとさえ思っていた。
「今日の二人を見ていたら胸が苦しくなってきてん……」
宏美が音楽室で険しい顔をしていた理由が今やっと分かった。そして帰り道の寂しげな影の意味も理解した。
「これって焼きもちやんなぁ……嫉妬やんなぁ……」
「……そうなん?」
「うん。だから黙っておこうと思ってんけど、悶々として普通でおられへんかってん。我慢できひんかってん……」
そう言うと宏美はまた俯いた。
彼女は今日一日この話を言おうか言うまいか迷いに迷ったのだろう。そしてどうしようもなくなってしまって自分の気持ちをここで吐露したのだろう。
今日という一日で、二人の女性に『鈍い』と罵声を浴びた僕だったが、それぐらいは分かった。
結局レッスンで誤魔化されて、僕は渚さんにあれ以上何も聞けなかった。
大人の女性に体よく話をはぐらかされて、納得できないまま憮然として僕は歩いていた。
ピアノを弾く事以外の全ての人格をお子様扱いされた様な気がした。悔しかったが、少し納得している僕自身にも腹が立つやらあきれるやらの複雑な感情を持ったまま僕は歩いていた。
マンションの前まで来ると入り口に宏美が立っていた。学生服では無かったので家には一度帰っているようだった。
「ど、どないしたん?」
自分のこと以外に何も考えていなかったので、予想外の宏美の姿を見て僕は驚いて声も上ずっていた。
「うん。ちょっと」
そんな僕でも宏美がなにか思い詰めたような顔をしている事だけは分かった。
「俺の部屋に来る?」
こんなところで立ち話もなんだからと、僕は宏美を自分の家に誘った。
「ううん」
と宏美は首を横に振った。彼女はここで話がしたいようだった。
「どうしたん?」
僕はまた同じように聞き返した。
同時にピアノ教室に冴子が居たことを思い出して、それに何か関係でもあるのかと思ったが、宏美の何か切羽詰まったような表情が気になってその事は言えなかった。
「亮ちゃん。私の事、好き?」
宏美は僕の瞳をじっと見つめて聞いてきた。
「はぁ? 何を唐突に……」
そうあまりにも唐突な質問だった。
「ねえ、どうなん?」
宏美の表情は険しかった。こんな宏美の表情は見た事が無い。ここはもう笑って誤魔化せないなと僕も観念した。
「ああ、好きや。大好きや。なんでそんな当たり前のことを聞いてくるんや」
僕も宏美を見つめて言った。
「ホンマに?」
「ああ、ホンマや……俺が浮気でもしてるとでも?」
「ちゃう」
「じゃあ、なんでそんな事を聞くんや」
僕は宏美の真意が全く読めなかった。
「今日、音楽室で冴ちゃんと演奏していたやん」
宏美は僕から視線を外して俯いたまま聞いてきた。
「ああ、それがどないしたんや?」
「冴ちゃんと一緒に弾いている亮ちゃんを見ていたら、なんかむちゃくちゃ哀しくなってきてん」
「なんで? 今まで何度も演奏してきたやん」
「……」
「なんで急にそんな事を言うんや?」
「……」
宏美は顔を上げたが何も言わなかった。
「言わな、分からへんやん」
僕は少しイラついてきているのが分かった。でもそれを宏美に悟られないように気を付けて聞いた。
「……」
「ここまで来てだんまりは嫌やな」
宏美は僕の表情を窺うように上目遣いで見て
「……言うても私の事、嫌いにならへん?」
と聞いてきた。
――ここまで言っておいて今更それを言うか?――
「ならんって」
宏美は僕のその言葉を聞くと少し考えていたが、意を決したように口を開いた。
「なんで、冴子とあんなに楽しそうにピアノ弾けんの?」
「はぁ?」
「音楽室で二人を見ていたら、無茶苦茶悔しくて悲しくてどうしようもなくなってきてん」
「何なん……それ?」
「あれって冴子の告白やん」
目に一杯涙を溜めて宏美は僕を睨んで言った。
「ええええ? なんでそうなるんや?!!」
僕は驚いた。まさか宏美の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかった……が同時に渚さんとの会話も思い出していた。
『あんたは見事にフラれたね』
「あぁ……やっぱり亮ちゃんは気が付いてなかったんや……私もそうやろうなと思っていたんやけど……」
ため息交じりに宏美はそう言ったが、その言葉には何故か安堵のため息も混じっていた。宏美はそっと目を拭った。
「私はね。冴ちゃんみたいにピアノもヴァイオリンも上手く弾けへんし、これと言って何の取り得もないやん。だからいつも冴ちゃんと亮ちゃんの二人のやり取りを羨ましく思っててん」
僕は黙って頷いた。でも宏美は自分で言う程ピアノもヴァイオリンも下手ではない。それなりにちゃんと弾けている。
そう宏美に言ってやりたかったが、それはもう少し落ち着いてからにすればいいと思って敢えて何も言わなかった。
「で、私が亮ちゃんと付き合いだしてから、冴ちゃんの亮ちゃんに対する態度が明らかに変わっているのに気が付いたん」
「そうっかぁ?」
僕には全く身に覚えも無かった。
これが渚さんの言う僕の鈍いところなんだろうか? と僕は自問自答しながら宏美の話を聞いていた。
「うん。多分これは私でないと分からんと思う」
「それって気のせいとちゃうの?」
「ちゃう」
「女の勘?」
「かもしれん」
「そうか……でも別に俺は冴子に口説かれた事も俺から口説いた事もないぞぉ」
「そんなん当たり前やん。亮ちゃんから口説いとったら私はその場でしばく」
「いや、だからないって」
僕は余計なひとことを言ったかと思って少し慌てた。と同時に宏美になら少しならしばかれても良いかも……と不埒な想像をしてしまった。
「冴ちゃんもそんな事言わへんのも知っとう。いつも私たちの事気にかけてくれているから……」
「だったら何の心配もいらんやん」
「ちゃう。冴ちゃんも亮ちゃんの事が好きやねん」
「それは無いわ」
「そんな事無い。あの子も亮ちゃんの事が昔から好きやったはずや。でもそれに本人も気が付いてなかったん。私が亮ちゃんと付き合いだしてから気が付いたんやと思う」
「嘘……」
「多分間違いないと思う。あんたら二人はそういうところ鈍いから……」
――あんたら二人って……俺と冴子は同類項か?……というか、そう言う天然系キャラは宏美だろう?――
宏美は深く息を吸い込んでから話を続けた。
「でもあの子、絶対にそんな事を言うたりせえへんやん。私を裏切ったりせえへんやん。けど私には分かるん……あの子は亮ちゃんの事が絶対に好きやと」
僕はなんて応えて良いのか分からなかった。冴子が僕の事を好きだなんて、全く予想もしていなかった。どちらかと言えば見下されていると思っていた。そもそも冴子の好きなのは僕のオヤジではないかとさえ思っていた。
「今日の二人を見ていたら胸が苦しくなってきてん……」
宏美が音楽室で険しい顔をしていた理由が今やっと分かった。そして帰り道の寂しげな影の意味も理解した。
「これって焼きもちやんなぁ……嫉妬やんなぁ……」
「……そうなん?」
「うん。だから黙っておこうと思ってんけど、悶々として普通でおられへんかってん。我慢できひんかってん……」
そう言うと宏美はまた俯いた。
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