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夏休み
守人親子
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「お前も 守人になるのか?」
「だから……守人ってなんや? 真由美ちゃんも言っていたけど……」
僕は守人という言葉は真由美や裕也からは聞いていたが、何も分かってはいなかった。
何となく理解した様な気になっていただけで、誰かにちゃんと教えてもらいたいと思っていた。
「この家を守る人間の事を守人っていう。本来は代々当主が継いでいた。それをお前の曾祖父さんが逃げたおかげで別になった。」
この 座敷童は相変わらず、無表情のまま話をする。
「それは悪い事をしたなぁ……曾祖父さんに代わって謝っとくわ」
お嬢の説明だけでは全く理解が進まなかったが、これ以上聞くのも面倒になってきていた。どうせその内に分かるだろうっと思い始めた……要するの面倒くさくてどうでも良くなっていた。
「それは良いが、お前も守人としてこの家を見てくれるのか?」
そんな僕の思いも知らずにお嬢は聞いてきた。
「まあ、爺ちゃんも父さんも生きているからなぁ……。たまにお嬢の顔を見に来る位で良いのならまた来るよ」
はっきり言ってどう応えて良いのか分からなかったので適当に応えておいた。
「あいつらは全然、来ん。それにこの家の当主は代々儂といつも話ができた。今の奴はそれができん。おもろうない」
どうやらこの座敷わらし風のお嬢は、話し相手がいなくて寂しがっているだけのようだ。
曾祖父さんが逃げたという事は、もう何十年もまともに話し相手がいない状態なんだろう。たまに爺さんとかオヤジが来るくらいなんだろう。
それは寂しいかも……。
もしかして代々こうやってお嬢に対して適当に聞き流していたのではないだろうか? という思いが湧いてきた。それはちょっとこの守り神に対してひどい仕打ちじゃないだろうか?
「じゃあ、たまにここに来て本家の事をお嬢に聞けば良いんやな」
ちょっとお嬢が可愛そうになって来て僕はそう応えた。
「そうだ。儂がいつもこの家を見ている。禍々しい物が寄って来ぬようにな」
「今は大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
「さすがはお嬢!」
僕は安心してそう言った。
「そうじゃ。さすがは儂じゃ」
「自分でいうか?」
「言ってはならぬのか?」
「別にいいけど……」
と言いながら僕はこの無表情なお嬢に慣れてきた。
「まあ、良い。話は済んだ。お前もこれからは守人じゃ」
「我が名は 八色の 姓を継ぐもの。お主もそうじゃ。我が子孫よ。心するが良い」
と言うとお嬢はまた光の奥へと消えていった。
後には木漏れ日の光を受けた広場にぽつんと立つ僕だけが残された。
「なんだ、お嬢もご先祖様やったんか……」
何故か暖かい気持ちに包まれた。
僕はこの場にもう少し居たいと心惹かれる何かがあったが、それを振り切って元来た道を戻った。
さっき歩いた道を戻るだけなのに景色が違う。
後ろ髪を引かれるとはこの事だなと思いながら母屋の見えるところまで歩いてきた。
後ろを振り返るとそこには木漏れ日が差す 小径が見えた。
「また来るわ」
と僕はその小径に呟いて母屋に帰った。
母屋に帰るとオヤジが縁側でニコニコしながら一人で漬物を肴にビールを飲んでいた。
こんな朝からビールを飲むなんて……どんだけ酒が好きなんだこのオヤジは……と僕は呆れてしまったがオヤジはそんな僕の気持ちなんか全然気にもとめずに相変わらずヘインズのTシャツにハーフパンツを履いたラフな格好で気持ちよさそうにビールを飲んでいた。
オヤジの傍らにはうちわと蚊取り豚……蚊取り線香の香りが仄かに漂っていた。
ああ、田舎の夏だ。そしてオヤジは全く違和感なく田舎のオッサンになっていた。
「縁側で飲むビールは美味いなあ……それも昼間から」
とオヤジは僕の顔を見ると嬉しそうに笑って言った。
本当にオヤジは幸せそうに笑う。
「まだ朝やで。昼間にもなってない」
と僕は言ったが、なんでこの人はいつも笑う時はこんなに幸せそうに笑えるのか不思議だった。見ていて僕も幸せな気分になる。
それと同時にさっきまで見ていた景色とはあまりにも違い過ぎて、一気に現実に引き戻された気がした。
「なんや? 父さん一人?」
「そうや」
「義雄のおっちゃんとかは?」
「さあ? 畑でも見に行ったんとちゃうか?」
「そうなんや」
「お前も飲むか?」
オヤジは僕にビールを勧めた。
「ええわ」
それが本気でない事はすぐにわかった。
「じゃあ、コーラでも貰ってきたるわ」
そう言ってオヤジは「よっこらしょ」と言って立ち上がると縁側から座敷を突っ切り奥の台所へ行った。
「佳代のおばちゃん。コーラ貰うね」
というオヤジの声が遠く聞こえる。
暫くしてオヤジは氷の入ったグラスとプラスティックの瓶に入ったコーラを持って帰って来た、
「ほら」
オヤジは僕にそれを突き出した。
「あ、ありがとう」
僕はそれを受け取ると栓を開けてコップにコーラを注いだ。
薄い茶色の泡がたった。
こぼれないように注意してさらにコップにコーラを注いだ。泡が落ち着いてから一口飲んだ。
「美味い」
そう、僕は結構、喉が渇いていた事に今気が付いた。
僕がコーラを飲んで一息つくと、遠くの空を眺めながらオヤジが聞いてきた。
「会ったか?」
流石にもうオヤジは笑っていなかった。
「……うん」
「……そうかぁ。お前も 守人かぁ。血は争えんな」
オヤジはグラスに入ったビールに視線を落として呟いた。
「父さんも爺ちゃんもお嬢に会ったんやってね」
「そんな話もしたんか……」
オヤジは視線を上げて僕の顔を不思議そうな顔をして見た。
そう、それはオヤジと初めて会った時に感じた表情と同じだった。
「うん。『あいつらは全然会いに来ん』って怒ってたよ」
「そうかぁ……お嬢は怒っとったかぁ……後で会いに行ってやるかな」
オヤジは笑いながらそう応えた。
「さっき、お嬢に聞いたら、まだこの家は大丈夫だって言っていたよ」
「だろうな。俺もそれぐらいは分かる」
「え?そうなの?」
「ああ」
オヤジは少し考えてから話し出した。
「なんで、俺もお前の爺さんもお嬢に会いたがらないか教えてやろうか?」
「うん」
「それはな。お嬢に会うたびに、色々なものが視えてくるようになるからなんや」
「視えるようになる?」
「ああ、普通の人には見えないものが、視えるようになってくるんや」
オヤジは手酌でグラスにビールを注ぎながら答えてくれた。
「もしかして、お化けとか?」
「お化けというより、まあ色んなもんだな。この家に災いをもたらすもんとか……亡くなった親戚とか先祖とか……そうやな、言ってみれば 魑魅魍魎の 類やな。お嬢の能力が移るんやろうな」
「げ? じゃあ。俺も?」
「多分な。でもお嬢に1回位会った程度じゃ、そんなに視えるようにはならんと思うわ。
俺の場合、お前の爺さんが何も言ってくれなかったもんやから、ここに居る間、毎日お嬢に会っていたんでえらい目に遭ったわ。お陰で守人としては俺が一番向いているらしいって事になってもた」
とオヤジは笑いながらそういうとビールを一気に飲んだ。
今度は僕がオヤジのグラスにビールを注ぎながら聞いた。
「父さんは初めてお嬢に初めて会ったのはいつ?」
オヤジは急に嬉しそうに笑った。
「うぁはは。息子に初めてビールを注いでもらったわ」
そして改めて、ニヤッと笑って言った。
「そうやなぁ……会ったのは十六歳の時やったなぁ。ついでに言っておくと爺さんも同じ十六歳やった。何故かは知らんが……だから、お前が十六歳と聞いた時は連れてこなあかんって思ったんたや」
オヤジは僕が注いだビールを一気に飲んだ。
「かぁ! 息子に注いでもらったビールは美味いわ!」
オヤジは本当に美味しそうに飲み干した。
「なんかそれって酷くないか? 分かっていたんやったら最初から教えてくれれば良かったのに」
そう言いながらまたビールを注ごうとしたら、オヤジは手で制して自分で注ぎだした。
「お前、お嬢に会って怖かったか?」
と言ってオヤジはビール瓶をお盆の上に置いた。
「え? ううん。全然。どちらかと言えば懐かしい感じがした」
と正直に自分の感じた事を言った。
「やろ? だから余計な事を言って変な先入観をつけたくなかったんや」
「でもこれから変なもんが見えるようになるんやろう?」
それだけが不安だった。
今更霊能力者にはなりたくない。
「これだけはなぁ……まあ、少しだけな。それもほんの少しだけ。その内慣れるわ」
と苦笑いしながらオヤジは言った。何がほんの少しだけだ!
「オヤジは慣れたん?」
「う~ん。慣れたと言えば慣れたかなぁ……。本当にあのクソじじいが俺に何も教えなかったおかげで、えらい目に遭ったからな。大抵のもんは平気になってもうたわ」
と諦めたようにオヤジは言った。
「俺はそのクソじじいにいつかは会えんの?」
そう言えば、僕はまだ父方の祖父や祖母に会った事が無かった。
「ああ、会わしたるわ。クソじじいも会いたがっているだろうしな」
オヤジは大笑いしながらビールを飲んだ。
多分、オヤジと爺さんはとても仲が良いんだろうな。ちょっと楽しみになって来た。
オヤジは最後の漬物切れ端を口に放り込んで、最後の一杯のグラスを一気に空けると胡坐を組んだ両膝を「パン」と叩いて
「それじゃあ、ちょっくらお嬢に会いに行ってやるかぁ」
と言った。
「お前も来るか?」
とついでのようにオヤジは言った。
「うん」
会うたびに見えるようになるという台詞が気にかかるが、あの空気、あの雰囲気、それともう一度お嬢に会いたかったので、オヤジについて行くことにした。
オヤジは縁側から降りると下駄を履いて、歩き出した。
僕はその後をついて行った。
カランコロンと音がする。
これにチャンチャンコを来ていたら、文句なく鬼太郎だ。
さっきの三叉路で迷う事もなくオヤジは広場の方に向かった。
さっきと同じように木漏れ日の光が優しく小径に届いていた。
オヤジは無言で歩いていく。僕はその後を黙ってついて行く。
広場の真ん中まで来るとオヤジが
「お嬢はいるか? 来てやったぞ!」
と叫んだ。
なんだか、わが父ながら迫力があるなと感心してしまった。
実の親子ではあるが、まだ付き合い浅いし短い。だからなのか日頃のエー加減なオヤジからは想像ができない威厳を感じる時がある。
暫くすると、斜めに差し込んでいる光の向こうからさっきと同じようにお嬢がやって来た。
まるで光のカーテンをくぐり抜けてやってきたみたいな感じだ。
なんか本当に鬼太郎と砂かけ婆の対決みたいな雰囲気だなと思ったら可笑しくなってきた。
――どうせなら猫娘の方が良いかも――
とお嬢に聞かれたら怒られそうな事を思っていた。
お嬢はさっきと同じ無表情な顔で
「今度は二人で来おったか」
と言った。
「親子揃って登場や。文句ないやろ。ところで、今日はうちの息子も守人に引き込んでくれたようやね」
「そうじゃ、お前らしか守人に向いておらん」
「そうなんだよなあ……真澄さんも真一も、ダメなのかぁ?」
「あいつらはダメじゃ。まだ早い。あの家は」
「そうかぁ。まだ認められんのか……」
そう言ってオヤジは諦めきれない様に首を横に振った。
「昔は守人でないと 惣領になれなんだのにの」
とお嬢は寂しそうに言った。無表情だけどなんだか伝わって来た。
「今は時代が違うわ。早く認めてやればいいのに……」
「それはできんの」
「しゃあないなあ……また来てやっかぁ」
オヤジは観念したようにお嬢に言った。
「一平。お前、何年来てなかった?」
「五年いや……十年は経っとるな……」
オヤジはお嬢から視線を外してとぼけていた。本当はもっと長い間会っていなかったはずだ。
「何がまた来るからじゃ」
やはりお嬢に詰められた。
「これからは。ちょくちょく来るって。亮平が……」
とろくでもない言い訳をオヤジはかました。息子を売ってどうする。
「なんで? 俺が?」
僕は思わずオヤジに突っ込んだ。
「どっちでも良い。たまには来い」
お嬢はそう言ったが表情は相変わらず無表情だった。
「へ~い」
とオヤジは母親に叱られた小さい子供のように返事をした。
オヤジも本当はお嬢の事が気になっていた様だ。
「洋介は息災か?」
なんの脈略もなく、お嬢は僕の爺さんの事を聞いた。
「ああ、元気やで。ベランダで野菜を育てて喜んでいるわ」
「そうか。それは良かったの」
心なしかお嬢の目が笑ったように思えた。
「守人の中では一平、お主が一番力がある。それをちゃんと覚えておくのじゃ」
「誰のせいでそうなったのやら……」
とオヤジはお嬢の顔を見ずに呟いた。
「で、他に何か聞いておかなきゃらん事はあるか?」
オヤジはお嬢に向き直り聞いた。
「ない、ない」
とお嬢は首を振った。
そしてオヤジの顔をじっと見つめて
「よい、よい、また来るが良い。たまには元気な顔を見せるのも守人の勤めじゃ」
そう言って頷くとお嬢は無表情のまままた光の奥へと消えて行った。
でも何故か今回はその無表情が暖かく感じられた。
オヤジはお嬢を見送りながら呟いた。
「ありゃ。 和顔悦色施やな。無表情に見えるけど」
「なに? それ」
「ん? 無財の 七施って言ってな。本来は金品以外の布施の事を言うんやけど、お前、お嬢のあの無表情な顔を見て温かい気持ちになったやろう?」
「うん」
「それを和顔悦色施というんや。布施みたいなもんなんや。温かい気持ちを貰ったわけや。ワシはいつもお前らを見ているからなっていう意味なんやろうな」
オヤジが何故そんな事を知っているのか不思議だったが、このオヤジなら知っていてもおかしくないなとその時は思った。
「だから……守人ってなんや? 真由美ちゃんも言っていたけど……」
僕は守人という言葉は真由美や裕也からは聞いていたが、何も分かってはいなかった。
何となく理解した様な気になっていただけで、誰かにちゃんと教えてもらいたいと思っていた。
「この家を守る人間の事を守人っていう。本来は代々当主が継いでいた。それをお前の曾祖父さんが逃げたおかげで別になった。」
この 座敷童は相変わらず、無表情のまま話をする。
「それは悪い事をしたなぁ……曾祖父さんに代わって謝っとくわ」
お嬢の説明だけでは全く理解が進まなかったが、これ以上聞くのも面倒になってきていた。どうせその内に分かるだろうっと思い始めた……要するの面倒くさくてどうでも良くなっていた。
「それは良いが、お前も守人としてこの家を見てくれるのか?」
そんな僕の思いも知らずにお嬢は聞いてきた。
「まあ、爺ちゃんも父さんも生きているからなぁ……。たまにお嬢の顔を見に来る位で良いのならまた来るよ」
はっきり言ってどう応えて良いのか分からなかったので適当に応えておいた。
「あいつらは全然、来ん。それにこの家の当主は代々儂といつも話ができた。今の奴はそれができん。おもろうない」
どうやらこの座敷わらし風のお嬢は、話し相手がいなくて寂しがっているだけのようだ。
曾祖父さんが逃げたという事は、もう何十年もまともに話し相手がいない状態なんだろう。たまに爺さんとかオヤジが来るくらいなんだろう。
それは寂しいかも……。
もしかして代々こうやってお嬢に対して適当に聞き流していたのではないだろうか? という思いが湧いてきた。それはちょっとこの守り神に対してひどい仕打ちじゃないだろうか?
「じゃあ、たまにここに来て本家の事をお嬢に聞けば良いんやな」
ちょっとお嬢が可愛そうになって来て僕はそう応えた。
「そうだ。儂がいつもこの家を見ている。禍々しい物が寄って来ぬようにな」
「今は大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
「さすがはお嬢!」
僕は安心してそう言った。
「そうじゃ。さすがは儂じゃ」
「自分でいうか?」
「言ってはならぬのか?」
「別にいいけど……」
と言いながら僕はこの無表情なお嬢に慣れてきた。
「まあ、良い。話は済んだ。お前もこれからは守人じゃ」
「我が名は 八色の 姓を継ぐもの。お主もそうじゃ。我が子孫よ。心するが良い」
と言うとお嬢はまた光の奥へと消えていった。
後には木漏れ日の光を受けた広場にぽつんと立つ僕だけが残された。
「なんだ、お嬢もご先祖様やったんか……」
何故か暖かい気持ちに包まれた。
僕はこの場にもう少し居たいと心惹かれる何かがあったが、それを振り切って元来た道を戻った。
さっき歩いた道を戻るだけなのに景色が違う。
後ろ髪を引かれるとはこの事だなと思いながら母屋の見えるところまで歩いてきた。
後ろを振り返るとそこには木漏れ日が差す 小径が見えた。
「また来るわ」
と僕はその小径に呟いて母屋に帰った。
母屋に帰るとオヤジが縁側でニコニコしながら一人で漬物を肴にビールを飲んでいた。
こんな朝からビールを飲むなんて……どんだけ酒が好きなんだこのオヤジは……と僕は呆れてしまったがオヤジはそんな僕の気持ちなんか全然気にもとめずに相変わらずヘインズのTシャツにハーフパンツを履いたラフな格好で気持ちよさそうにビールを飲んでいた。
オヤジの傍らにはうちわと蚊取り豚……蚊取り線香の香りが仄かに漂っていた。
ああ、田舎の夏だ。そしてオヤジは全く違和感なく田舎のオッサンになっていた。
「縁側で飲むビールは美味いなあ……それも昼間から」
とオヤジは僕の顔を見ると嬉しそうに笑って言った。
本当にオヤジは幸せそうに笑う。
「まだ朝やで。昼間にもなってない」
と僕は言ったが、なんでこの人はいつも笑う時はこんなに幸せそうに笑えるのか不思議だった。見ていて僕も幸せな気分になる。
それと同時にさっきまで見ていた景色とはあまりにも違い過ぎて、一気に現実に引き戻された気がした。
「なんや? 父さん一人?」
「そうや」
「義雄のおっちゃんとかは?」
「さあ? 畑でも見に行ったんとちゃうか?」
「そうなんや」
「お前も飲むか?」
オヤジは僕にビールを勧めた。
「ええわ」
それが本気でない事はすぐにわかった。
「じゃあ、コーラでも貰ってきたるわ」
そう言ってオヤジは「よっこらしょ」と言って立ち上がると縁側から座敷を突っ切り奥の台所へ行った。
「佳代のおばちゃん。コーラ貰うね」
というオヤジの声が遠く聞こえる。
暫くしてオヤジは氷の入ったグラスとプラスティックの瓶に入ったコーラを持って帰って来た、
「ほら」
オヤジは僕にそれを突き出した。
「あ、ありがとう」
僕はそれを受け取ると栓を開けてコップにコーラを注いだ。
薄い茶色の泡がたった。
こぼれないように注意してさらにコップにコーラを注いだ。泡が落ち着いてから一口飲んだ。
「美味い」
そう、僕は結構、喉が渇いていた事に今気が付いた。
僕がコーラを飲んで一息つくと、遠くの空を眺めながらオヤジが聞いてきた。
「会ったか?」
流石にもうオヤジは笑っていなかった。
「……うん」
「……そうかぁ。お前も 守人かぁ。血は争えんな」
オヤジはグラスに入ったビールに視線を落として呟いた。
「父さんも爺ちゃんもお嬢に会ったんやってね」
「そんな話もしたんか……」
オヤジは視線を上げて僕の顔を不思議そうな顔をして見た。
そう、それはオヤジと初めて会った時に感じた表情と同じだった。
「うん。『あいつらは全然会いに来ん』って怒ってたよ」
「そうかぁ……お嬢は怒っとったかぁ……後で会いに行ってやるかな」
オヤジは笑いながらそう応えた。
「さっき、お嬢に聞いたら、まだこの家は大丈夫だって言っていたよ」
「だろうな。俺もそれぐらいは分かる」
「え?そうなの?」
「ああ」
オヤジは少し考えてから話し出した。
「なんで、俺もお前の爺さんもお嬢に会いたがらないか教えてやろうか?」
「うん」
「それはな。お嬢に会うたびに、色々なものが視えてくるようになるからなんや」
「視えるようになる?」
「ああ、普通の人には見えないものが、視えるようになってくるんや」
オヤジは手酌でグラスにビールを注ぎながら答えてくれた。
「もしかして、お化けとか?」
「お化けというより、まあ色んなもんだな。この家に災いをもたらすもんとか……亡くなった親戚とか先祖とか……そうやな、言ってみれば 魑魅魍魎の 類やな。お嬢の能力が移るんやろうな」
「げ? じゃあ。俺も?」
「多分な。でもお嬢に1回位会った程度じゃ、そんなに視えるようにはならんと思うわ。
俺の場合、お前の爺さんが何も言ってくれなかったもんやから、ここに居る間、毎日お嬢に会っていたんでえらい目に遭ったわ。お陰で守人としては俺が一番向いているらしいって事になってもた」
とオヤジは笑いながらそういうとビールを一気に飲んだ。
今度は僕がオヤジのグラスにビールを注ぎながら聞いた。
「父さんは初めてお嬢に初めて会ったのはいつ?」
オヤジは急に嬉しそうに笑った。
「うぁはは。息子に初めてビールを注いでもらったわ」
そして改めて、ニヤッと笑って言った。
「そうやなぁ……会ったのは十六歳の時やったなぁ。ついでに言っておくと爺さんも同じ十六歳やった。何故かは知らんが……だから、お前が十六歳と聞いた時は連れてこなあかんって思ったんたや」
オヤジは僕が注いだビールを一気に飲んだ。
「かぁ! 息子に注いでもらったビールは美味いわ!」
オヤジは本当に美味しそうに飲み干した。
「なんかそれって酷くないか? 分かっていたんやったら最初から教えてくれれば良かったのに」
そう言いながらまたビールを注ごうとしたら、オヤジは手で制して自分で注ぎだした。
「お前、お嬢に会って怖かったか?」
と言ってオヤジはビール瓶をお盆の上に置いた。
「え? ううん。全然。どちらかと言えば懐かしい感じがした」
と正直に自分の感じた事を言った。
「やろ? だから余計な事を言って変な先入観をつけたくなかったんや」
「でもこれから変なもんが見えるようになるんやろう?」
それだけが不安だった。
今更霊能力者にはなりたくない。
「これだけはなぁ……まあ、少しだけな。それもほんの少しだけ。その内慣れるわ」
と苦笑いしながらオヤジは言った。何がほんの少しだけだ!
「オヤジは慣れたん?」
「う~ん。慣れたと言えば慣れたかなぁ……。本当にあのクソじじいが俺に何も教えなかったおかげで、えらい目に遭ったからな。大抵のもんは平気になってもうたわ」
と諦めたようにオヤジは言った。
「俺はそのクソじじいにいつかは会えんの?」
そう言えば、僕はまだ父方の祖父や祖母に会った事が無かった。
「ああ、会わしたるわ。クソじじいも会いたがっているだろうしな」
オヤジは大笑いしながらビールを飲んだ。
多分、オヤジと爺さんはとても仲が良いんだろうな。ちょっと楽しみになって来た。
オヤジは最後の漬物切れ端を口に放り込んで、最後の一杯のグラスを一気に空けると胡坐を組んだ両膝を「パン」と叩いて
「それじゃあ、ちょっくらお嬢に会いに行ってやるかぁ」
と言った。
「お前も来るか?」
とついでのようにオヤジは言った。
「うん」
会うたびに見えるようになるという台詞が気にかかるが、あの空気、あの雰囲気、それともう一度お嬢に会いたかったので、オヤジについて行くことにした。
オヤジは縁側から降りると下駄を履いて、歩き出した。
僕はその後をついて行った。
カランコロンと音がする。
これにチャンチャンコを来ていたら、文句なく鬼太郎だ。
さっきの三叉路で迷う事もなくオヤジは広場の方に向かった。
さっきと同じように木漏れ日の光が優しく小径に届いていた。
オヤジは無言で歩いていく。僕はその後を黙ってついて行く。
広場の真ん中まで来るとオヤジが
「お嬢はいるか? 来てやったぞ!」
と叫んだ。
なんだか、わが父ながら迫力があるなと感心してしまった。
実の親子ではあるが、まだ付き合い浅いし短い。だからなのか日頃のエー加減なオヤジからは想像ができない威厳を感じる時がある。
暫くすると、斜めに差し込んでいる光の向こうからさっきと同じようにお嬢がやって来た。
まるで光のカーテンをくぐり抜けてやってきたみたいな感じだ。
なんか本当に鬼太郎と砂かけ婆の対決みたいな雰囲気だなと思ったら可笑しくなってきた。
――どうせなら猫娘の方が良いかも――
とお嬢に聞かれたら怒られそうな事を思っていた。
お嬢はさっきと同じ無表情な顔で
「今度は二人で来おったか」
と言った。
「親子揃って登場や。文句ないやろ。ところで、今日はうちの息子も守人に引き込んでくれたようやね」
「そうじゃ、お前らしか守人に向いておらん」
「そうなんだよなあ……真澄さんも真一も、ダメなのかぁ?」
「あいつらはダメじゃ。まだ早い。あの家は」
「そうかぁ。まだ認められんのか……」
そう言ってオヤジは諦めきれない様に首を横に振った。
「昔は守人でないと 惣領になれなんだのにの」
とお嬢は寂しそうに言った。無表情だけどなんだか伝わって来た。
「今は時代が違うわ。早く認めてやればいいのに……」
「それはできんの」
「しゃあないなあ……また来てやっかぁ」
オヤジは観念したようにお嬢に言った。
「一平。お前、何年来てなかった?」
「五年いや……十年は経っとるな……」
オヤジはお嬢から視線を外してとぼけていた。本当はもっと長い間会っていなかったはずだ。
「何がまた来るからじゃ」
やはりお嬢に詰められた。
「これからは。ちょくちょく来るって。亮平が……」
とろくでもない言い訳をオヤジはかました。息子を売ってどうする。
「なんで? 俺が?」
僕は思わずオヤジに突っ込んだ。
「どっちでも良い。たまには来い」
お嬢はそう言ったが表情は相変わらず無表情だった。
「へ~い」
とオヤジは母親に叱られた小さい子供のように返事をした。
オヤジも本当はお嬢の事が気になっていた様だ。
「洋介は息災か?」
なんの脈略もなく、お嬢は僕の爺さんの事を聞いた。
「ああ、元気やで。ベランダで野菜を育てて喜んでいるわ」
「そうか。それは良かったの」
心なしかお嬢の目が笑ったように思えた。
「守人の中では一平、お主が一番力がある。それをちゃんと覚えておくのじゃ」
「誰のせいでそうなったのやら……」
とオヤジはお嬢の顔を見ずに呟いた。
「で、他に何か聞いておかなきゃらん事はあるか?」
オヤジはお嬢に向き直り聞いた。
「ない、ない」
とお嬢は首を振った。
そしてオヤジの顔をじっと見つめて
「よい、よい、また来るが良い。たまには元気な顔を見せるのも守人の勤めじゃ」
そう言って頷くとお嬢は無表情のまままた光の奥へと消えて行った。
でも何故か今回はその無表情が暖かく感じられた。
オヤジはお嬢を見送りながら呟いた。
「ありゃ。 和顔悦色施やな。無表情に見えるけど」
「なに? それ」
「ん? 無財の 七施って言ってな。本来は金品以外の布施の事を言うんやけど、お前、お嬢のあの無表情な顔を見て温かい気持ちになったやろう?」
「うん」
「それを和顔悦色施というんや。布施みたいなもんなんや。温かい気持ちを貰ったわけや。ワシはいつもお前らを見ているからなっていう意味なんやろうな」
オヤジが何故そんな事を知っているのか不思議だったが、このオヤジなら知っていてもおかしくないなとその時は思った。
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※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
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