59 / 439
クリスマスの頃の物語
オーダー
しおりを挟むメニューを受け取りながら仁美さんは
「プリモピアットはどうするの?」
とオヤジに聞いた。
「スープは要る?」
とオヤジは聞き返した。
「どっちでも良いわ」
と仁美さんは軽く首を振って応えた。
「じゃあ、パスタだけにしとこか?」
「そうね」
この二人が何を言っているのかまるで分からなかったが、どうやらスパゲティにありつけることだけは判った。
僕と宏美のニ人の頭上を、全く意味不明の言語がオヤジと仁美さんの会話が行き交いしているように感じた。
仁美さんは天井を見上げて
「セコンドピアットは決まったっでしょう。内容はミケーレにお任せにするとして……ドルチェは後で注文しても良いわよね?」
「ああ、後でええんちゃう」
オヤジのどうでも良さげな返事に仁美さんは頷くと僕たちに
「他に何か食べたいものはある?」
と聞いてきた。
僕達は二人そろって
「いえ、何もないです」
と首を振った。
聞かれても答えられない。残念な事にオヤジ達の会話があんまり理解できていなかった。
頭の中ではまだアナなんちゃらかんちゃらという言葉が響いていた。
スパゲティ以外には『ピザが食えそうだ』というところまでは理解したが……。
僕達二人は本当にドメスティックな二人だった。
「でも食べ盛りだもんねえ……スープ注文しないからリゾットでも注文しよっか?」
と仁美さんは僕たちの事を気遣って聞いてくれた。
「ああ、それでええんとちゃう。俺も少し食いたい」
と注文には興味が無くなったはずのオヤジが代わりに応えた。それは僕たちの事を気遣って答えてくれた訳ではないという事だけは解った。
「じゃあ、それで決まりね」
仁美さんがカウンターの前に立っていたミケーレさんに向かって
「Scusi(スクーズィ)」とイタリア語で声を掛けていた。
ミケーレさんはすぐに気が付いて笑みを浮かべでテーブルに近づいてきた。
仁美さんのイタリア語を耳にして
「あれはどういう意味?」
宏美が僕に小声で聞いてきた。
当然
「知らん」
と僕も小声で応えた。
それを聞いて
「ちょいとそこのオーナーはん、注文取りにきてぇなって言う意味や」
とオヤジも小声で教えてくれた。
「ちょっとなによ、その変な大阪弁は……」
と苦笑いしながら仁美さんは話に割り込んできた。
そして
「もう、折角、雰囲気出してんのに……」
と笑いながらオヤジを睨んでいた。
「あ、悪い」
とオヤジは謝ったが、全然悪いとは思ってない事は僕にも宏美にも分かった。
仁美さんは注文を取りに来たミケーレさんにメニューを片手にイタリア語で注文していた。
他にお客さんがいないからできる技で、他に居たら『なにをいちびった嫌味な家族なんだ』と思われただろう。
でも、なんだか本当にミラノのバールにいるみたいで、それだけで楽しかった。
イタリア語で注文を出している仁美さんは恰好良かった。とっても自然だった。
「あ、ワインは何にする?」
仁美さんは大切な事を忘れていたという感じ慌ててオヤジに聞いた。
「赤いのなら何でもええわ」
その割にはオヤジの対応はいつも通りのどうでも良さげな砕け散ったオッサンの対応だった。
「じゃあ、大好きなソアーヴェにする?」
「大好きな訳ではない……が確かに嫌いではない」
「だよねぇ……シャブリが飲めない時はこれを飲んでいたもんね」
「嫌味やな。それにそのワインは白や。分かってて聞くな」
オヤジは苦虫を潰したような顔で窓を見た。
オヤジにはこのワインに苦い想い出でもあるのだろうか?
「おや? ソアーヴェがお好みですか?」
ミケーレさんがオヤジに尋ねた。
「いえ、お金がない時はよく飲んでたワインなんです。まあ、僕はこのワインが嫌いではないんやけど……結構、味のばらつきは大きいワインでしたねえ……」
オヤジは昔を思い出す様に話をした。イタリアに居る頃に飲んでいたんだろうか?どうやらそれほど高いワインではない様だ。
それよりもオヤジはいつイタリアに住んでいたんだ?僕はそっちの方に興味が湧いていた。
「近頃のソアーヴェは良いワインも出てきましたよ。味も安定しています。ソアーヴェ・スペリオーレなんかはいいワインです」
ミケーレさんはレシートに注文を書く手を止めてオヤジに言った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる