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エゴイストとピアニスト
恵子との会話
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その日の放課後、僕はいつものように音楽室のピアノ椅子に腰かけて譜読みをしていた。
部活が始まるまでにはまだ少し時間があるので単なる時間つぶしのつもりで読んでいた。もっとも譜読みは嫌いではない。あれこれと想像を膨らませながら譜面を読むのが案外好きだったりする。
音楽室には僕以外、後輩が数人いて楽器をケースから取り出したり、音合わせをしたりと各々部活の準備をしていた。
「藤崎先輩……今良いですかぁ?」
唐突に声を掛けられた。
見上げるとそこには二年生の水岩恵子が笑顔で立っていた。彩音さんに頼まれて彼女のヴァイオリン教育担当になってから、後輩の中でも恵子とは何かと気軽に話をするようになっていた。
「うん? どないしたん?」
「聞きましたよぉ。今度ダニー先生とプロのオケでやるんですって?」
と何故かいたずらっぽい笑顔を浮かべて聞いてきた。
「ああ、それかぁ……誰から聞いたん?」
「篠さんからです」
と恵子は元気よく答えた。彼女は基本的にいつもはきはきとして元気が良い。
「ああ、拓哉かぁ……そうやねん」
別に彼に口止めをしていたわけではないのだが、思った以上に早く噂が広まった事に少なからず驚いた。
人の噂とは思った以上に早く伝わるものだ。
「もう音合わせとか練習とか始まっているんですかぁ?」
恵子は楽しそうに聞いてきた。プロのオーケストラとの共演に興味津々というところだろう。
「うん。始まっとぉ」
と僕は軽くうなずいた。
「すっご~い。プロのオーケストラと共演って緊張しません?」
恵子はさらに畳みかけるように聞いてきた。彼女の興味は更に増したようだ。
「まあ、ぼちぼちやな。俺よりもオケの人たちの方が緊張しとったなぁ」
「え?」
恵子は意外そうな顔で僕を見た。
「だって指揮棒を振ってんのん、世界のマエストロやで……」
「あ、そっかぁ……そうですよねえ」
と恵子ははっとした表情を見せたかと思うと、すぐに納得したように何度もうなずいた。
この頃当たり前のように指導を受けていて、ありがたみも御威光も感じなくなってきていたが、マエストロは間違いなく世界の巨匠である。
緊張感をなくした器楽部の部員がおかしいのであって、プロのオーケストラの楽団員が巨匠を前に緊張するのは当然の事だった。
もっともダニー自身も口癖のように我々部員に『楽しんで演奏してください』という言葉を繰り返して、部員の余計な緊張を極力排除するように心がけていたのでそのせいでもあったかもしれない。
そんな事を思い出しながら一番緊張感がないと自覚している僕は、読みかけていた楽譜に目を落とした。
これこそが今度ダニーと一緒に演奏するセルゲイ・ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番ハ短調』の楽譜だった。
初めてのオーケストラとの練習の情景がよみがえってきた。
恵子には『ぼちぼち』と適当に答えたが、実は初めての音合わせの時から僕はほとんど緊張していなかった。それよりもダニーの指揮でプロのオーケストラと共演できる喜びの方が大きかった。
ダニーからはこの日以前に演奏用の楽譜も貰い、幾度か個別に指導も受けていたのでそれなりに自分でもこの曲を理解していたつもりだった。
そんな事を考えていたら初顔合わせの情景と思いが僕の脳裏に蘇ってきた。
部活が始まるまでにはまだ少し時間があるので単なる時間つぶしのつもりで読んでいた。もっとも譜読みは嫌いではない。あれこれと想像を膨らませながら譜面を読むのが案外好きだったりする。
音楽室には僕以外、後輩が数人いて楽器をケースから取り出したり、音合わせをしたりと各々部活の準備をしていた。
「藤崎先輩……今良いですかぁ?」
唐突に声を掛けられた。
見上げるとそこには二年生の水岩恵子が笑顔で立っていた。彩音さんに頼まれて彼女のヴァイオリン教育担当になってから、後輩の中でも恵子とは何かと気軽に話をするようになっていた。
「うん? どないしたん?」
「聞きましたよぉ。今度ダニー先生とプロのオケでやるんですって?」
と何故かいたずらっぽい笑顔を浮かべて聞いてきた。
「ああ、それかぁ……誰から聞いたん?」
「篠さんからです」
と恵子は元気よく答えた。彼女は基本的にいつもはきはきとして元気が良い。
「ああ、拓哉かぁ……そうやねん」
別に彼に口止めをしていたわけではないのだが、思った以上に早く噂が広まった事に少なからず驚いた。
人の噂とは思った以上に早く伝わるものだ。
「もう音合わせとか練習とか始まっているんですかぁ?」
恵子は楽しそうに聞いてきた。プロのオーケストラとの共演に興味津々というところだろう。
「うん。始まっとぉ」
と僕は軽くうなずいた。
「すっご~い。プロのオーケストラと共演って緊張しません?」
恵子はさらに畳みかけるように聞いてきた。彼女の興味は更に増したようだ。
「まあ、ぼちぼちやな。俺よりもオケの人たちの方が緊張しとったなぁ」
「え?」
恵子は意外そうな顔で僕を見た。
「だって指揮棒を振ってんのん、世界のマエストロやで……」
「あ、そっかぁ……そうですよねえ」
と恵子ははっとした表情を見せたかと思うと、すぐに納得したように何度もうなずいた。
この頃当たり前のように指導を受けていて、ありがたみも御威光も感じなくなってきていたが、マエストロは間違いなく世界の巨匠である。
緊張感をなくした器楽部の部員がおかしいのであって、プロのオーケストラの楽団員が巨匠を前に緊張するのは当然の事だった。
もっともダニー自身も口癖のように我々部員に『楽しんで演奏してください』という言葉を繰り返して、部員の余計な緊張を極力排除するように心がけていたのでそのせいでもあったかもしれない。
そんな事を思い出しながら一番緊張感がないと自覚している僕は、読みかけていた楽譜に目を落とした。
これこそが今度ダニーと一緒に演奏するセルゲイ・ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番ハ短調』の楽譜だった。
初めてのオーケストラとの練習の情景がよみがえってきた。
恵子には『ぼちぼち』と適当に答えたが、実は初めての音合わせの時から僕はほとんど緊張していなかった。それよりもダニーの指揮でプロのオーケストラと共演できる喜びの方が大きかった。
ダニーからはこの日以前に演奏用の楽譜も貰い、幾度か個別に指導も受けていたのでそれなりに自分でもこの曲を理解していたつもりだった。
そんな事を考えていたら初顔合わせの情景と思いが僕の脳裏に蘇ってきた。
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※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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