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エゴイストとピアニスト
夜、安藤さんの店 その2
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安藤さんに軽く一蹴されたオヤジだが、そんな事を気に掛ける素振りも無く
「亮平。お前は基本的にはソリストやからな。今までそんな事を考える必要もなかったしな」
と何事もなかったように平然と会話を続けた。
「うん」
僕は頷くしか無かった。確かに今まで……いや、器楽部に入るまでは自分の事しか考える必要は無かった……というかピアニストになりたいとも思ってもいなかったので、そもそも『何も考えていなかった』というのがより正確な表現かもしれない。
ただそれだけの事なのだがオヤジのひとことで、僕がここに来るまでなんとなく感じていたわだかまりは、軽い自己嫌悪に陥っていた事が原因だと気が付いた。
瑞穂や小百合が周りの事や器楽部の事や他の部員の事等、色々思いを巡らせている時に僕は自分の事しか考えていなかった。そんな自分に器の小ささや鈍感さに焦りや憤りを感じていたのかもしれない。
オヤジは横目でちらっと僕の表情を窺うと
「ええのぉ……」
とひとこと呟くように言った。
「なにが?」
怪訝な顔をして僕がオヤジを見ると
「いやいや、順調に色んな経験をして色々な事感じて、それなりに悩んどるなぁ……って関心してんのや」
と柔らかな表情で言われた。
その言葉にいつものようなオヤジの棘のある嫌味や揶揄は感じられなかった。
「亮平。あのな。そもそもピアニストはエゴイストなんや。自分の世界の事だけ考えとったらええんや。でもな、そんな奴は色んな経験をして色んな見方を学んで、痛い目にも遭うようになっとんや。で、それでも一周回って、やっぱりエゴイストに戻ってきたらそれは単なるエゴイストではないんやで」
とオヤジの言葉に、僕はいつもと違って熱を感じた。
「どんなエゴイストなん?」
「そんなもん決まっとるやん。ホンマもんのエゴイストや」
と何故か勝ち誇った表情でオヤジは言った。
「なんか真剣に聞いて損した気がする……」
と僕が真剣に聞いた事を後悔しながら、呆れたように呟くと
「アホやなぁ。だから人は感動するんやんかぁ」
とオヤジが僕を哀れむような目で見つめながら言った。
――なんも、そんな目で見んでもええやん――
そんな見下されるような事を僕は言ったのか? それほど鈍感な事を言ったのか? と心配になった。
その時
「それは分かるような気がするなぁ」
と安藤さんが口を挟んでくれた。
僕が安藤さんに助けを求めるように視線を向けると
「お前のオヤジもな、高校時代はエゴの塊やったんや。でもな、だから周りがみんなこいつの代わりに色々と動きよるねん。こいつは意識してないんやけど周りを勝手に動かしてたんや」
と教えてくれた。
予想外な話に驚きながら
「そうなんですか?」
と僕が聞き返すと安藤さんは答えてくれた。
「ピアノに関してだけ言うと、あの時の一平は妥協という事を全くしなかった。とことん自分の音を追及しとったわ。『高校生がここまでストイックにやるか?』と俺らは思ってたぐらいやった……それは狂気に近い執念やたなぁ。あの時の一平のピアノの音を聞いていたら、常識を超越したエゴイストにならな到達できん世界もあるんやと実感したわ。それが伝わるから周りの人間は何か手助けしたくなるのかもしれん……あん時のお前はピアノのこと以外なんも考えてなかったやろう?」
と最後に話をオヤジにふった。
「どうやったかなぁ……もう忘れたわ……でも、安ちゃんのいう通りやったような気もするなぁ……」
とオヤジは記憶を辿るように考えながら答えた。
――オヤジにとってはもうそれは思い出にもならんのか?――
と思ったの同時に
――そこまでエゴイストにならんと、何かを成し遂げられんのか? オヤジに並ぶ事さえできんのか?――
とオヤジの横顔を見ながら僕は考えた。
全く脇目も振らずにやりたい事だけをやり遂げる。他人の目も気にせず、妥協もせず僕はピアノの事だけを考えて毎日生きていけるだろうか?
と考えが至った瞬間、
『できるできない』よりも僕はその時『そんな人生を送ってみたい』と思ってしまっていた。
そんな境地まで達してみたいとさえ思った。今の僕と変わらん歳の高校生だったオヤジが、そこまで自分を追い込んでいけたのがとても羨ましかった。
――それに比べたら、今の僕はまだまだぬるいな――
と腹の括り具合がオヤジと全く違う事を、いやというほど認識させられて焦りを感じた。
「あん時、お前、暇さえあったらピアノ弾いていたやろ?」
安藤さんはオヤジに聞いた。
「高校時代かぁ……そうやったなぁ……亮平、お前もそんな感じやろ?」
と唐突にオヤジは僕に聞いてきた。
「亮平。お前は基本的にはソリストやからな。今までそんな事を考える必要もなかったしな」
と何事もなかったように平然と会話を続けた。
「うん」
僕は頷くしか無かった。確かに今まで……いや、器楽部に入るまでは自分の事しか考える必要は無かった……というかピアニストになりたいとも思ってもいなかったので、そもそも『何も考えていなかった』というのがより正確な表現かもしれない。
ただそれだけの事なのだがオヤジのひとことで、僕がここに来るまでなんとなく感じていたわだかまりは、軽い自己嫌悪に陥っていた事が原因だと気が付いた。
瑞穂や小百合が周りの事や器楽部の事や他の部員の事等、色々思いを巡らせている時に僕は自分の事しか考えていなかった。そんな自分に器の小ささや鈍感さに焦りや憤りを感じていたのかもしれない。
オヤジは横目でちらっと僕の表情を窺うと
「ええのぉ……」
とひとこと呟くように言った。
「なにが?」
怪訝な顔をして僕がオヤジを見ると
「いやいや、順調に色んな経験をして色々な事感じて、それなりに悩んどるなぁ……って関心してんのや」
と柔らかな表情で言われた。
その言葉にいつものようなオヤジの棘のある嫌味や揶揄は感じられなかった。
「亮平。あのな。そもそもピアニストはエゴイストなんや。自分の世界の事だけ考えとったらええんや。でもな、そんな奴は色んな経験をして色んな見方を学んで、痛い目にも遭うようになっとんや。で、それでも一周回って、やっぱりエゴイストに戻ってきたらそれは単なるエゴイストではないんやで」
とオヤジの言葉に、僕はいつもと違って熱を感じた。
「どんなエゴイストなん?」
「そんなもん決まっとるやん。ホンマもんのエゴイストや」
と何故か勝ち誇った表情でオヤジは言った。
「なんか真剣に聞いて損した気がする……」
と僕が真剣に聞いた事を後悔しながら、呆れたように呟くと
「アホやなぁ。だから人は感動するんやんかぁ」
とオヤジが僕を哀れむような目で見つめながら言った。
――なんも、そんな目で見んでもええやん――
そんな見下されるような事を僕は言ったのか? それほど鈍感な事を言ったのか? と心配になった。
その時
「それは分かるような気がするなぁ」
と安藤さんが口を挟んでくれた。
僕が安藤さんに助けを求めるように視線を向けると
「お前のオヤジもな、高校時代はエゴの塊やったんや。でもな、だから周りがみんなこいつの代わりに色々と動きよるねん。こいつは意識してないんやけど周りを勝手に動かしてたんや」
と教えてくれた。
予想外な話に驚きながら
「そうなんですか?」
と僕が聞き返すと安藤さんは答えてくれた。
「ピアノに関してだけ言うと、あの時の一平は妥協という事を全くしなかった。とことん自分の音を追及しとったわ。『高校生がここまでストイックにやるか?』と俺らは思ってたぐらいやった……それは狂気に近い執念やたなぁ。あの時の一平のピアノの音を聞いていたら、常識を超越したエゴイストにならな到達できん世界もあるんやと実感したわ。それが伝わるから周りの人間は何か手助けしたくなるのかもしれん……あん時のお前はピアノのこと以外なんも考えてなかったやろう?」
と最後に話をオヤジにふった。
「どうやったかなぁ……もう忘れたわ……でも、安ちゃんのいう通りやったような気もするなぁ……」
とオヤジは記憶を辿るように考えながら答えた。
――オヤジにとってはもうそれは思い出にもならんのか?――
と思ったの同時に
――そこまでエゴイストにならんと、何かを成し遂げられんのか? オヤジに並ぶ事さえできんのか?――
とオヤジの横顔を見ながら僕は考えた。
全く脇目も振らずにやりたい事だけをやり遂げる。他人の目も気にせず、妥協もせず僕はピアノの事だけを考えて毎日生きていけるだろうか?
と考えが至った瞬間、
『できるできない』よりも僕はその時『そんな人生を送ってみたい』と思ってしまっていた。
そんな境地まで達してみたいとさえ思った。今の僕と変わらん歳の高校生だったオヤジが、そこまで自分を追い込んでいけたのがとても羨ましかった。
――それに比べたら、今の僕はまだまだぬるいな――
と腹の括り具合がオヤジと全く違う事を、いやというほど認識させられて焦りを感じた。
「あん時、お前、暇さえあったらピアノ弾いていたやろ?」
安藤さんはオヤジに聞いた。
「高校時代かぁ……そうやったなぁ……亮平、お前もそんな感じやろ?」
と唐突にオヤジは僕に聞いてきた。
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