キューピッドと歩兵銃

うにおいくら

文字の大きさ
49 / 59
~残された時間・I never lay down under my distiny~

エーリスの宮殿

しおりを挟む
その頃、キューピッドはハーデース住まうのエーリスの宮殿にいた。

 そこは冥府の宮殿ではあるが暗くよどんだ空気が漂う陰鬱な宮殿ではなく、オリンポスの宮殿ほどではないにしろ絢爛と荘厳を併せ持った輝きに満ちた宮殿であった。
流石、冥府の神でありながら豊穣の神。そしてオリンポスの十二神と同格の神でもあるハーデースの宮殿である。

 その宮殿の広間にはドーリア式の柱が両側に規則正しく並んでいた。その玉座に続く見上げるように高い天井の広間をキューピッドは大股で歩いていた。赤い絨毯が玉座まで続いている。

 ハーデースは宮殿の玉座に座っていた。まるでここにキューピッドが来る事を予想していたかのように。
ハーデースの玉座に横には三つの頭を持つ冥府の番犬ケルベロスが座っていた。

 ひな壇を上がり玉座の前まで来ると
「今日は冥府の入り口ではなく、ここにいたのか?」
とケルベロスの3つの頭を交互に撫でながら蜂蜜と芥子で作られた甘いクッキーを与えた。
ケルベロスは気持ち良さそうな表情でキューピッドの手からお菓子を食べた。ケルベロスはこのお菓子に目が無い。

「おお、クピドではないか?どうしたのじゃ」
とハーデースはキューピッドを彼の愛称で呼んだ。

「何が『どうしたのじゃ?』だよ。まったく……わざわざサリエルを遣わせておいて……」
と呆れたように言った。

「ああ、その事かぁ……お主にしては珍しく一人の女に執着しているようじゃのぉ」
と意外そうな顔をしてキューピッドを見た。

「そんなことはない」

「ほほぉ、その割には余計な事をぺらぺらと話して居るようではないか?」
とハーデースはキューピッドを詰めたが、その言葉に怒気は全く含まれていなかった。

「あれはちょっと口が滑っただけだ。ただ、少し気になっているのは事実だ」
とキューピッドもハーデースの前では正直に話した。

「ふむ……お主が人間の女に固執するのは久しぶりじゃな」

「だから今回は違うと言っているだろう。そういうものではない。サリエルから聞いていると思うが、彼女は本当に綺麗な命の持ち主だ。それは判るよな」

「うむ。そんな事はお主に言われるまでもない事じゃ」
 ハーデースはそう言いながらも小気味良さげだった。冥府の神という立場からなのか地味にとらえられがちな神だが、本来はゼウスやポセイドンにも勝るとも劣らない実力者だ。
しかし、元々も温厚な性格からか彼も物腰はいつも柔らかい。それにもまして彼はキューピッドに対してはいつも気にかけているようだった。

「時間が余りないから単刀直入に言おう。彼女の寿命を延ばしてもらいたい」
キューピッドはハーデースの瞳をじっと見据えて言った。


「ふむ。やはりそう来たか」
そういうとハーデースは目を閉じ玉座の背もたれに体重を預けた。

 キューピッドはじっとハーデースを見つめていた。
彼は何かを考えているように目を閉じたまま黙って座っていた。
豊かに蓄えられた口ひげが微かに揺れている。

 ゆっくりとハーデースは目を開けると
「しかし……それはならんな」
とひとことだけ言った。

「何故?」

「お主の頼みじゃからな聞いてやりたいのはやまやまじゃが、それは出来ん」

「不死にしろと言っているんじゃない。少しだけ寿命を延ばしてもらいたいと言っているんだ」
キューピッドは引き下がらなかった。

「それは判っておる。分かっておるが出来んモノは出来ん」

「だから何故!? 実は……ペルセポネーの事を根に持っているのか?」


「そんな事ではない。そもそも、その件に関しては感謝する事さえあれ、恨む理由などない」

「そうなのか……」

「お主がワシを例の弓で射抜いてくれたからこそ、ワシはコレ―と一緒になれたのじゃからな」
とハーデースは妻ペルセポネーをコレ―という愛称で呼んだ。

 ペルセポネーがハーデースの妻となったきっかけは、母親アプロディーテーの悪ふざけの命を受けた息子のキューピッドがハーデースに射た矢のおかげであった。
矢を受けたハーデースはいつもの温厚な神ではいられなくなった。

 その時ペルセポネーはニューサの野原で妖精(ニュムペー)たちと供にのどかに花を摘んでいた。するとそこにひときわ美しい水仙の花が咲いているのを彼女は見つけた。
もちろんこれは既に射貫かれていたハーデースが用意したものだったが、ペルセポネーがそれを知る訳はなかった。彼女がその花を摘もうと妖精たちから離れた瞬間、急に大地が裂け黒い馬に乗ったハーデースが現れ彼女を冥府に連れ去った。

 このアプロディーテの悪ふざけが、結果として冥府の女王として君臨するペルセポネーを誕生させた。

 ハーデースはこの事実を後で知ったのだったが、無口で愚直な彼にとってはキューピッドに矢でも射抜いてもらわない限りそもそも妻を娶る事などできる訳もなく、それを誰よりも知る彼はキューピッドに対しては好意的であった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

処理中です...