"推したい"婚約者

烏賊

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1章「アンジュ・ブルナーとアルフレート・ランゲ」_1話

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アンジュ・ブルナー。

多感な年頃にアルフレード・ランゲという、同い年の青年に心を奪われた’’私’’のこと。
大陸の西側にあるファラデウス国、その西側を領地とする召喚公・ブルナー家出身で、5人兄弟ー上から長男、長女、次男、3男、次女ーの末っ子。
基本的に温厚で快活。一度決めたことは譲らない芯の強さが、時に自分を傷つけてしまう危うさも持った、貴方の隣にもいるような年頃の女性である。
しかし、特異的な容姿ー真っ白でふわふわな短髪に、血よりも鮮やかな赤い瞳。厚みのある唇から覗く鋭い犬歯に軍の入隊規定ギリギリの低い背丈から、獰猛な魔獣獣の印象を受ける見た目ーに、大精霊クラスの潤沢な魔力量と、巨人種や竜種を一撃で倒せる非常に優れた身体能力と筋力から、多くの人に"化け物娘"と呼ばれている。
それがアンジュ・ブルナーという人間である。



ブルナ一家が召喚公と呼ばれる所以は、精霊や妖精といった別次元の生命体をこの土地に呼び、お互いに契約を結ぶことで力を借りる”遣い手”としての能力が高いからである。
遣い手は世界中に沢山あるが、異世界から直接彼らを呼び出したり、次元を自由に行き来できる人材は数える程度にしかいない。その上、ブルナー当主は代々、大精霊ポエテランジュー十数匹しかいない精霊界の神に値する存在。この世界ではウサギのような長い耳に、純白な毛並みに美しい赤褐色の瞳を輝かせるモモンガに似た姿。"森の母"と呼ばれ、12匹の子供がいるーを相棒に国を護ってきた。
アンジュの兄姉や彼女が6歳の時に亡くなった父親も、パートナーと力を合わせて貢献してきた。幼い彼女も、遣い手になることを目指していたが、その才能が皆無であったこと。そして、ある大事件ー彼女の毎日を一転させた悲しい出来事。後にゆっくりと語るーで大精霊級の魔力を得てから精霊たちと正しく契約を結ぶことが不可能になってしまい、夢を諦めるしかなかった。

夢を諦めた彼女であったが、大切な領地と人たちを守る信念は変わらず、毎日鍛錬に励み続けた。
膨大な魔力量と緻密な魔術技術の高さが評価された彼女は、魔力補助士候補生として無事軍の入隊試験を無事に合格。
入隊後最初の2年間は、軍人として必要な教養・訓練を軍学校で受ける決まりになっている。

その入学式で、アルフレード・ランゲと出会ったのだ。

彼女は恋をした。
初恋であった。

アルフレード・ランゲを一言で紹介するならば"物語の主人公のような"青年である。
容姿、人格、頭脳、身体・運動能力、人望…どれも一線を画した。生き物である以上苦手な事や弱さはあるのだが、むしろアルフレードの魅力となり惹きつけた。彼にはずっと特定の相手がいなかったためその人気はさらに高まり、女性や娘の婿にしたい上官たちからの様々なアプローチが繰り広げられた。
アルフレードは全て断っていたが、難攻不落の態度がかえって熱意を燃え上がらせた。

大火のごとく熱が渦巻く中、アンジュは一度差し入れをした以外遠くから眺めるだけに留まっていた。
彼女には恋を実らせたい願望が全くなかったからだ。
特異的な特徴を他者から強く攻撃される機会が多く、人付き合いを忌避するようになったアンジュにとって、初めて抱いた想いは尚更特別であった。誰にも傷つけて欲しくない。たとえ想いを寄せる本人であっても。アンジュの中で生まれた恋心を綺麗なままであって欲しかった。想い人が自分に話しかけてくる女性たちを、いつも微妙な面持ちでいなす姿を度々見かけたことも、彼女が行動を制限するには十分であった。

アンジュはアルフレードへの想いを、ただ秘めることにした。その反動か、誰かと語り合いたい強い欲求を日々募らせていく。アンジュには知り合いでもない異性について話そうと切り出す勇気を持ち合わせていない。そもそも、想いを秘めると決めた以上他人に語る選択肢すら許されない。
ままならない欲を抱え、迎えた長期休み。親友たちにアルフレードへの好意が明かしたアンジュは”推し”を学んだ。彼女にとって実にわかりやすくアルフレードの存在と、自分の感情を結びつけれる概念であった。
アンジュは"アルフレード推し活"を始めることにした。とは言っても想い人は一般人であるため公式アイテムはない。推し活歴の長い親友の指導を受けながら、マナー良く、かつ迷惑にならない応援活動にアンジュは精を出した。
普段は彼の姿を遠くから眺め、心の中で応援する。たまにグッズを自作し、アルフレードを想起させる物の収集ーやりすぎかと思い少しだけーをした。結果的に状況は変わらなかったが、アンジュの生活は彩を増した。その中で同じくアルフレードを推しと崇める同期の1人と仲良くなることができたのは、とても嬉しい出来事であった。

余談だが、さらに半年を過ぎた頃には残る親友2人にも"推し"ができた。彼女たちが開く女子会は、お互いに好きな人や熱中している事を話す時間が増えていき、手紙のやり取りや集まりはより賑やかになった。



さて。季節が巡り学年が1つ上った初めの月。
アンジュは初めてアルフレードに声をかけられた。教官に頼まれ、書籍が詰まった箱を教官室まで運ぶ途中のこと。「手伝おうか?」と手を差し伸べられたのだ。
確かに量さがある荷物だが、力に自信のあるアンジュには簡単な雑務だったため丁重に断った。
初めて間近に推しの姿を見て、胸のときめきが止まらなかった。肌のきめは細かく、水色が少し入ったグレーの瞳は氷のよう。遠くから聞こえていた落ち着いた声もはっきり聞こえ、アルフレードの解像度が一気に上がった。興奮したアンジュは雑務を特急で終わらせ、早速アルフレード推友と親友の元へ向かう。起こった奇跡について話せば、大いに盛り上がった。

(ありがとう奇跡。産んでくれて、育ててくれてありがとうお母さん。兄さんたち、親友たち…とにかく全てに感謝します)

アンジュは全てに感謝を捧げた。ついでに神にも感謝した。
2度と話す機会は訪れないだろう。感慨に耽るアンジュの予測は外れ、後日図書室にいたアンジュの元に再びアルフレードが現れた。そして頭を下げられた。以前も荷物運びの途中に同期に声をかけられたが、その時は特徴的な容姿を揶揄し子供のように扱われた。アンジュが憤慨したことをアルフレードはどこかで聞き、不快にさせてしまったと謝罪してきたのだ。
悪意がある発言が否かは今までの経験から流石にわかる。彼が純粋に申し出たことを理解していたアンジュが全く気にしていない旨を伝えれば、アルフレードは心底安心したように胸を撫で下ろしていた。その時はすぐに別れたが、それから2人は少し話をするようになった。わざわざアルフレードの方から話かけてくれるのだ。

推しからのファンサに喜ばないわけがない。

アンジュは心の中で嬉しさの涙を流した。彼の優しさを噛み締め、会話に集中する。しかし向こうから話してくれるからと言って、馴れ馴れしく話し込まないよう心がけた。
殺伐とした日々の中に起こる幸せを感謝しながら、たまにふりかかる問題を腕力で解決していればあっという間に軍学校生活は終わりを迎えた。



卒業試験もなんとか突破し、正式に軍へ入隊となった。配属先は地元の最西防衛支部のウィリアム・スミス班。
アルフレードは中央総本部、中でも優秀な兵士で構成されるエゼリオ・コロンボ班に配属であった。
西と中央。任務で一緒にならない限り会う機会は少ない配属である。卒業式後、アンジュは一年間わざわざ声をかけてくれた礼を伝えようとアルフレードの元へ向かったが、すでに多くの人に取り囲まれていた。帰りの列車時刻が迫っていたため会うのを諦め、事前にしたためておいた手紙を彼が信頼している友人に託し、実家へと戻ったのだった。

(どうかいつまでもお元気で。もう会う機会はないでしょうが、遠い地から永遠に応援しています!)
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