香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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溺愛編

あの山里へ3

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「ここにきて、俺のことを思い出してくれていたのか?」
「ここに来ていた時だけじゃないよ。いつでも……。一日に何度も思い出していたよ」

 セラフィンはたまらない気持ちになり、森の清廉とした木々の香りに交じって立ち昇るヴィオの香りを思わず追いかけるように、伸びやかな首筋、滑かな頬、柔らかな目元、そしてふっくらとした唇に口づける。ヴィオうっとりと目を瞑ってその愛情深い接吻に酔いしれた。

「俺も道端で菫の花を見たり、出会った時のヴィオと同じ年頃の子を見るたび思い出していたよ」

 互いの体温を感じられるほど長い間、そのまま静かに二人で抱き合っていた。
 静謐とした森の中、風さえ凪いで足元から何かの虫が涼し気な音色を立てている。日が傾くと気温もぐっと下がり、心細さが増して温みに縋りたい気持ちに拍車がかかった。

(こんなに傍にいるのに少しも離れたくないなんて……)

 ヴィオはそんな自分が恋に溺れているようで愚かだとも思ったが、身じろぎもせずにヴィオを離さぬセラフィンも変わらぬ気持ちなのだろうと安堵の吐息を腕の中でそっとついた。
 このままいつまでもこうしていたかったが、母の形見のショールと同じ程鮮やかな茜色に天頂が染まっていったので愛しい男の胸からゆっくりと顔を起こした。

「セラ、そろそろ行かなきゃ」

 秋の日はつるべ落とし。山の中ではすぐに日は沈む。夜目の利くヴィオであっても完全に日が暮れたらすぐ迷ってしまうかもしれないし、あまり遅いと父が迎えに来るかもしれない。手を煩わせるわけにはいかないだろう。

「そうだな」

 もう一度高潔そうな唇が近づいてきてヴィオをキスをすると、今度はセラフィンが迷うことなく自ら先導してもとの道までヴィオの手を引き歩いていった。

「ヴィオ。香りが大分強くなってきている。抑制剤はちゃんと夜の分も飲むんだよ。俺も飲むから」
「わかったよ」

 どんどん薄暗くなる道の先に少しだけ開けた場所が見えてきた。昏い色合いの木製の小屋が見えてきて、その前に忙しく動き回るアガの大きな影が見える。

「父さん! ごめんね! 手伝うよ」
「中の掃除をしておけ」
「わかった」

 まだ初秋だが、夜にはかなり冷え込むのだ。夏の間、毎年小屋の裏にある薪棚にせっせと集めた薪を積んでいたが、それをアガが手早く割って今晩ストーブに使う分を用意していてくれたようだ。

 そのストーブはとても優れもので、一族の一人で街で大工をしているものが中心となって小屋を作る時に一緒に設置してくれた。真上のフックに鍋を吊るせば煮炊きができる。

 ヴィオは春の初めに来て以来久しぶりの山小屋の中。一族の男たちが手伝ってはくれたが、こまごましたところはアガの手作りのものも多い。

「素敵な小屋だな」
「そうなんだ。ここはね、セラが前に来た時の後にできたんだ。森の学校の先生たちとも泊りに来たことあるよ」

 レイ先生や番の料理上手のカレブ、校長先生も頑張ってここまで歩くといったので、その日は学校をお休みにして教職員皆で泊まりに来たのは良い思い出だ。

 ストーブのある土間になっている部分を中心に木のテーブルと二人掛けのベンチが二脚。両側は一段高くなって木の床が張ってある。荷物を置いてヴィオは壁に掛けてあった箒でさっさとその床の埃を払い、バケツをとってくると同じく吊るしてあった雑巾で床を清めた。立てかけてあった馬毛がみっしり入ったマットを二人で運んでばんばんと埃を叩くと、くしゃみをしては笑いあう。


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