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第一章 くんか、くんか SWEET

12 ゼロ距離感

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「ごめん、怪我無い?」

 囁かれた普段より低い声が耳元をくすぐる。なんというか、胸キュンボイスとはこのことだろうか。ぞくぞくっと首筋の産毛が立ってしまう。

(うわああ、近っ! いい匂いするぅ。ナニコレ、ナニコレ。いきなりゼロ距離感。心臓口から飛び出そう……。ドラマかよ。こんなドキドキすることってある?)

 思わぬ近い距離感に青葉は驚き目を白黒させながら、緊張で柄にもなく身を強張らせた。
 
「だいじょうぶ。俺こそごめん、です。話しに夢中になってて車が来たの気がつかなかった」
「……そっか。それは嬉しいな。雨に濡れないように……。このままでいい?」
「……うん」

 傘の中、その車がゆっくりと立ち去るまで二人はかなり密着したまま路上に佇んでいた。

(すごくいい香りがする。なんだろ、香水かな? こんなとこも、お洒落だな)

 このまま凭れ身を任せてもきっとびくともしないほど、青葉の肩を抱く腕は逞しく太く力強い。同時に漂ってきた甘く心地よい香りを感じ、その薫香を密やかに吸い込んだら、今まで味わったことのない胸の高鳴りを覚え、青葉はそんな自分に戸惑いを覚えた。

(俺、濡らさないように傘こっちばっか差し掛けてるのも、車との間に盾になってくれてんのも、守りの体勢がいちいち、さりげなさ過ぎ。大事にされてるような錯覚起こす。これは勘違い製造機だ。恐ろしい奴め。はあ、顔がいいと、男相手でも胸をときめかせられるのか)

 高校の初めまでは自分はベータだと思っていたこともあり、男性相手にこれほどドキドキとしたことなどこの時が初めてで……。
 いやもしかしたら、彼とたまに会話をかわしたり、眼差しが絡み合った時など、同じように、とくんとくんと優しく波打つ胸の鼓動に心が引き絞られるような不思議な感覚を味わっていたかもしれない。

「行こうか」

 肩から外された腕を先を促すように優しく背中に宛がわれ、覗きこんできた小野寺の仔犬みたいに澄んで可愛い瞳に思わず見惚れてしまう。そんな自分にまた照れて青葉は赤くなった顔を見られないようにやや俯き加減になって頷いた。
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