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第一章 くんか、くんか SWEET

29 桜咲きますように

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 青葉がものすごく手際よくアイスを巻いて、あっという間に台の上に置かれたから、もっと彼と会話をしてみたかった小野寺は少し物足りなく感じてしまった。
 しかしそんな気持ちも、食べ終わってからフレーバーのコーンに撒かれた紙にかかれた小さなメッセージと桜の花のイラストに気がついて吹き飛んでしまった。

『夢に向かって、桜咲きますように』

 その時アイスクリームの持ち手に撒かれていた紙は、今も大切に手帳に挟んである。
 青葉はきっとその時の学生が自分だとは気がついていない。見た目も今とは大分違うし、むしろ気がついてくれなくても良いぐらいだ。
 あのメッセージだって、きっとあの日受験生だと気がついた人たちの何人かに書いたのだろう。
 だけど小野寺にとって最後まで迷っていた第一志望を今の大学に定めるきっかけになった。陸上の道に進むことは止めて、だが将来やりたい仕事に近づけるように、学びが深められる今の学校を選んだ。もちろん青葉にまた会いたいという下心が少しはあったのだが。
 大学に入り自分も姉も箱押ししているアイドルグループの青年に、小野寺の顔や雰囲気が似ているからと姉も勧められて、直前の活動時期の彼の髪型に合わせて自らのイメージを一新した。
 服装は相変わらずたいしてお洒落ではないが、コーヒーショップで働く他の青年たちから色々アドバイスをもらい、困ったときはとりあえず黒でも着てそれなりに見られるようにした。青葉がたまに視界に入る位置で仕事ができるだけで、最初は大満足だったのだ。
 けれどのんびり構えても居られなくなってきた。
青葉のアイスクリームショップの店員はベータもオメガも美女が揃いなことで有名らしく、それを目当てにこちらの珈琲店に入ってくるものも多いのだそうだ。内心ヤキモキしつつも、流石に男性である青葉のことはその射程圏外だと思っていたのだが……。

「こっち、ちらちら見てきて、可愛い笑顔で手を振ってくれるのとか、癒される!」
「高校生の頃から、平日はいつもワンオペやらされて、十人ぐらい並んでてもずっとにこにこ笑顔で接客してて偉い」

 などと、意外にもこちらの店舗の男女問わず、小野寺同様、青葉の隠れファンが多いことが分かった。
 その上、むこうのお店の娘と仲良くなった者から「青葉君、オメガらしいぞ」などと噂が回ると、男性人気がうなぎ上りになってしまったのだ。
 推しを眺めて日々の英気を養い、そっと見守り続ける。
 そんな当初の小野寺の誓いと目論見は音を立てて消え失せ、うかうかしていると誰かに出し抜かれるかもしれないとの危機感からついに奮起した。
 一般にスマートでチートなアルファ男性にしてはどうにもたどたどしくも、アプローチを始めて見ることにしたのだ。そしてやっと、今週末お出かけができそうだと約束をとりつけるまでやってきたところに、この発情。

「青葉! 戻ったよ」
「っ……!」
(すごく甘い香りだ……)
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