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流転編
追放
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◆
王族の三人が地下で密談をしている頃、ルフィーネの部屋には侍医を名乗る男が現われた。
「ルフィーネさまも一歳を迎えられました。そろそろ母乳から離れる頃合ではないかと……」
白髪交じりのメタボリックな中年侍医は、その手に離乳食のトレイを持っている。
後ろに二人のメイドを従えたこの侍医は、さながら院長回診を思わせる雰囲気だった。
ルフィーネは今、豪奢な長椅子の上でだらけるエヴァリーナの膝に乗っている。
「魔法を教えている」ことにして居眠りをするエヴァリーナと、「魔法を習っている」ことにしてエヴァリーナのおぱーいを揉みしだくルフィーネの利害は、何故か一致しているのだ。
なので傍から見れば、実に仲睦まじい少女と幼女の組み合わせだった。
「ぐるる……」
だが、ルフィーネは唸る。
トレイに乗せられた離乳食を見て、絶望を感じたからだ。
「おぱーいにあらざれば、しょくじにあらず」
とは、ルフィーネが勝手に考えた座右の銘である。とにかくルフィーネは、可能な限りおぱーいで育つと心に決めていた。
唸るルフィーネの様子に驚いて、エヴァリーナが眼を覚ます。
(ん? 医師か? だけど、デルフィーノさまの侍医ではないな……誰だろう。それに後ろに立つ二人の女は――む? 隙がない――)
「あんっ……」
ルフィーネが、考えるエヴァリーナの隙をついて胸を揉んだ。
お陰で起き抜けに恥ずかしい声を上げる事になってしまったエヴァリーナは、赤面する。
「お嬢さん、よろしいかな? ルフィーネさまのお食事をお持ちしたのだが――なにぶん、初の離乳食となる――故に、少し姫のお体を拝見したい」
恵比寿のような笑顔を浮かべる医師を見て、ルフィーネは泣き出した。
医師の巨大な手が、今まさにルフィーネの胸元へ伸びている。
ルフィーネにしてみれば、脂ぎった中年に触られるなど冗談ではない。自分だって中年なんだから、これはもはや共食いだ。あってはならない事故が起きてしまう。お医者さんごっこは、是非別の人とやって欲しいと思うルフィーネは、ひたすら首を横に振り続けた。
(まずいな。この医師が魔法に精通していれば、ルフィーネさまに触れた途端、悪魔に気付く――)
この時、ルフィーネを抱きしめていたエヴァリーナは、きゅっと口元を引き結ぶ。
「ところで、そういう貴方は誰です? デルフィーノさまは親バ――」
うっかり親バカと言いそうになったエヴァリーナは、まだ少し寝ぼけている。しかし、急速に思考を巡らせて、ルフィーネが医師に触られないよう回避行動をとった。
立ち上がり、距離をとる。それから席を外していた侍女を呼ぶ。
「――ダーリヤどの! ダーリヤどの!? ああ、ええと――デルフィーノさまは、姫様をとても可愛がっておられる。故に、男の医師に姫を見せようとは、決して考えぬはずなのですが――? なに? ダーリヤどのっ!」
侍女を探すフリをして、エヴァリーナは部屋を歩き隣室への扉を開けた。するとそこで目にしたのは、床に倒れ伏した侍女の姿である。
その瞬間、エヴァリーナは目を細め――早口で攻撃魔法の詠唱を始める。
同時に右手で防御魔法の印を切った。
左腕にルフィーネを抱えたエヴァリーナのマントが、ふわりと持ち上がる。
彼女の周囲に風が発生したのだ。同時に光球が三つほど頭上に輝き、それぞれが八の字を描くようにゆれていた。
魔法の名は「光弾」。
威力は重装歩兵の鎧を容易く破壊する程で、一個の贅肉体と二人のメイドなら、十分に屠れるだろう魔法だった。
エヴァリーナはやる気こそ無いが、冷静に状況を見据えて最善手を選ぶことの出来る戦士なのだ。
それに実の所、近接戦闘さえ苦手ではない。
剣士としても”王狼級”の実力を持つエヴァリーナである。そんな彼女と正面から戦って勝利し得る者は、王国内でもそう多くはない。
そして自身がはっきり負けると分かっている相手ならば把握しているエヴァリーナだから、今は十分に余裕があった。
「撤収」
瞬間――医師の前方に煙幕が張られた。
その後、すぐに院長先生(ルフィーネ目線)は、従えたメイドと共に姿を消す。
ともかく男に体をまさぐられずにすんで、しかも離乳食もうやむやに出来たルフィーネはご機嫌になった。
「きゃはは! エヴァ、エヴァ! ……ゲリヲン!」
「いや、私はエヴァ、リーナ――です、姫……」
「エヴァ! エヴァ! しょごーき! おぱーい!」
「いや、だから――リーナ――」
とりあえずルフィーネを寝床に置いて、気絶していた侍女を起こしたエヴァリーナは、そこで”はっ”と気付く。
(あれ? 私、ルフィーネさまに名前を覚えられたんじゃない?)
そう考えると、とんでもない事態に遭遇したことなど忘れて、思わず顔がニヤニヤしてしまうエヴァリーナだった。
彼女は自分でも気付いていないが――実はかなりの子供好きなのである。
――そして、通算三十六年生きてもなお――エヴァに拘るおっさんのことは、そっとしておいてあげた方がいい。触れたらきっと、低温火傷をしてしまうから。
「おぱーい」
結局ルフィーネは、暫くして気が付いたダーリヤのおぱーいを貪るように飲んで、満足するのだった。
◆◆
ルフィーネが”悪魔付き”と断じられたのは、あれから三ヵ月後のこと。
マッティアの送り込んだ医師がルフィーネ暗殺に失敗した後は、まさに暗闘の繰り返しだった。
ちなみに医師は離乳食に毒を仕込んでルフィーネを殺し、その罪を侍女兼乳母のダーリアにきせようとした。しかしエヴァリーナと共にルフィーネがいたため、強行手段に出た――ということらしい。
結局エヴァリーナの戦闘能力を評価して、自らの正体を悟られる前に撤退を決め込んだ医師は、マッティア配下の聖戦士だった。
となると――エヴァリーナの方も運が良かったと言わざるを得ない。
何しろ聖戦士は聖騎士の下位職だが、それでも高い防御力を持ち、回復魔法を操るのだ。そうそう、倒しきれるものではない。
魔力が尽きるまで闘ったならば、あの場で生き残るのがどちらになるか、微妙なところだっただろう。
その後は――デルフィーノ配下の魔法兵共々、エヴァリーナも必死でルフィーネを擁護した。
しかし宮廷魔術師がルフィーネを、「悪魔付き」と断じたことが大きい。
この宮廷魔術師は派閥でいうならば国王派だったのだが、どのタイミングかは分からないが、第一王子派に鞍替えをしたようだった。
こうしてルフィーネは、王国公認の”悪魔付き”と断じられる結果になったのである。
――――
「というわけで、ルフィーネは追放だ」
王国の決定をデルフィーノより聞いたとき、エヴァリーナはルフィーネを抱きかかえ、頭を撫でていた。
ルフィーネは柔らかいエヴァリーナの胸に顔を埋め、
「くひゅ、くひゅひゅ……」
と、気味の悪い声で笑っていたが、幸い小声であった為、誰も気づいていない。
ただ、いつもの豪奢な部屋は主であるデルフィーノを迎えても妙に寒々しく、誰もが沈鬱な面持ちを浮かべていた。
エヴァリーナは、細い眉を軽く顰める。
王国の決定は、当然とも云えるものだ。しかしだからといって、一歳になったばかりの赤子を何処へ追放するというのか。
元々別に正義感に厚いわけでもなく、母性も人並み以下なエヴァリーナでさえ酷い決定だと思う。
だが――といってこれ以上第一王子との暗闘を繰り返せば、いつかルフィーネの命が失われる心配もあった。
「では、ルフィーネさまは今後どのように……」
(私、まだ休みを貰ってないんだけど……ずっと闘ってたんだけど。それっておかしくないですか?)
内心を隠したエヴァリーナは、ルフィーネを下ろそうとした。
しかしルフィーネがぐずる。
「ふぇ……エヴァ……おぱーい」
「はあ……だから私は出ないって言ってるでしょうに……もうっ」
デルフィーノは、僅か三ヶ月足らずの間にこれ程までエヴァリーナがルフィーネをなつかせたのかと思い、感動した。
エヴァリーナも、つぶらな緑の瞳に涙を溜めるルフィーネを、多少なりとも愛しく思っている。
(サキュバスだとしても、まだ子供じゃない――でも、サキュバスっていうことに気付いているのって、もしかして私だけかしら……?)
そう考えてしまえば、純粋な気持ちでエヴァリーナはルフィーネを守ってあげたくなる。
エヴァリーナは、悪魔だから悪いとか、魔族だから気持ち悪いとか――そういった考え方そのものが嫌いなのだ。
それは自身の髪色が銀で――「まるで老人のようだ」と、小さな頃、陰口を言われた事に端を発しているのかも知れない。
しかしルフィーネが今ぐずっているのは、エヴァリーナのおっぱいをもう少し揉みたかっただけのこと。
三十六年生きて、ようやくおっぱい揉み放題券を手に入れたのだから、絶対に手放したくないルフィーネだった。
ちなみにルフィーネはおっぱいがひたすら揉みたくて、エヴァリーナは揉まれれば大きくなると信じているから、需要と供給は一致しているのだ。
「ルフィーネはマルガリータの故郷――アントネスク公国に引き取ってもらう。先方の了承は得ている――だが、それでも私は不安だ」
「不安――と申しますと?」
「誰が、ルフィーネを守ってくれるというのだ? それはアントネスクは我が義兄が治める国。信用しておらぬではないが……」
口ごもるデルフィーノを見て、エヴァリーナは察した。
(私がルフィーネさまを守ると一言言えば、解決かな)
だが、エヴァリーナは迷った。
そもそも、彼女は生来のものぐさである。
普通に生きるのが面倒だから、魔法を覚えた。そして生活する為に魔法兵団に就職したのだから、これを手放す事は惜しい。
だが――ルフィーネはサキュバスだ。
放っておけば、いずれは露見する。露見した後、どうする? アントネスクは悪魔付きや転生者に寛容な国だというが、それも国家の役に立てばこその話だ――。
(といって、私にルフィーネさまを守りきれるだけの力があるのか――否。いや、まてよ……)
「デルフィーノ殿下。私に魔導甲殻を一つ、与えて頂けませぬか? それをもって、アントネスクの軍事顧問にでも任じて頂ければ、万が一の場合にも内親王殿下をお守りする事が出来るかと」
本当は――いざとなれば魔導甲殻を売って一財産。ルフィーネを連れて一生逃げる程度の金には困るまい――などとたわけた事を考えたエヴァリーナは、真剣な眼差しでデルフィーノを見つめる。
デルフィーノは顎に指を当てて暫し考え込んだが、しかしすぐに頷き、微笑を浮かべた。
「最新式とはいかぬが、試作型を一体、やろう。この国は――いや、近隣諸国はこれからきな臭さを増してゆく――アントネスクにも恩は売っておきたいしな――よし、技術提供するという名目をつくる――エヴァリーナ、頼めるか?」
「……はっ、はい。あ、あんっ」
一瞬、変な声が出たエヴァリーナは、自らの胸元に手を伸ばしていたルフィーネを抱きなおす。
結局ルフィーネを下ろす事は諦めて、抱っこを続けていたエヴァリーナ。いつの間にかルフィーネが彼女の胸元をあさり、霊峰の頂に指を絡めていたのだ。
未だ男を知らないエヴァリーナは、生まれて初めて他者に胸の頂を蹂躙され、頬を染めていた。
(そ、それはやり過ぎよ……!)
揉まれるだけなら――と思っていたエヴァリーナは、今、何かを失った気がしている。
一方のルフィーネは、幼児に似つかわしくない笑みを浮かべながらキャッキャと手を叩き、喜んでいた。
「す、すまん、エヴァリーナ。まだルフィーネは、母乳が恋しいのだろう」
デルフィーノはそういったが、ルフィーネが恋しいのはあくまでも「おぱーい」であった。
念願だったエヴァリーナの先端に触れたルフィーネは、今、我が世の春を謳歌していたのである。
――――
生後、一年と三ヶ月。こうしてルフィーネはリヒター王国の南西にあるという、アントネスク公国へ引き渡されることとなった。
これに関しては、断固殺すべきだと主張していた兄のマッティアが折れた形となる。
ルフィーネがアントネスクへ旅立つ日、マルガリータは大粒の涙を零し、デルフィーノは悔しさに拳を震わせていた。
この事件がきっかけで兄弟の仲は急速に悪化、以後、リヒター王国の宮廷内は二つの派閥が競い、魔導甲殻の開発を急ぐのだった。
といっても、開発において常に優位なのはマッティアだ。なぜならマッティアは「火竜の鱗」という強力な甲殻を独占しているのだから。
(親父、サーセン)
出立時、ルフィーネは内心で思っていた。
ルフィーネは自分が「悪魔付き」と言われ、その結果父親に迷惑を掛けて、追放される事を理解していた。
三十五歳ともなれば、その程度のことは雰囲気でわかるものだ。
(ついにバレたか!)
むしろそう思っていた。
なにしろ自分は三十五歳――いや、今と合わせれば三十六歳になる――こんなおっさん、悪魔以外のなにものでもないよな――と、納得をしていたのだ。
もちろんルフィーネは、”悪魔付き”を勘違いをしているだけだった。
その上、今まで幾度となく殺されかけたことも、その度にエヴァリーナが身を挺して守ってくれていた事さえも気付いていないルフィーネは、”悪魔付き”以前の問題で、当代きってのポンコツ姫なのかもしれない。
王族の三人が地下で密談をしている頃、ルフィーネの部屋には侍医を名乗る男が現われた。
「ルフィーネさまも一歳を迎えられました。そろそろ母乳から離れる頃合ではないかと……」
白髪交じりのメタボリックな中年侍医は、その手に離乳食のトレイを持っている。
後ろに二人のメイドを従えたこの侍医は、さながら院長回診を思わせる雰囲気だった。
ルフィーネは今、豪奢な長椅子の上でだらけるエヴァリーナの膝に乗っている。
「魔法を教えている」ことにして居眠りをするエヴァリーナと、「魔法を習っている」ことにしてエヴァリーナのおぱーいを揉みしだくルフィーネの利害は、何故か一致しているのだ。
なので傍から見れば、実に仲睦まじい少女と幼女の組み合わせだった。
「ぐるる……」
だが、ルフィーネは唸る。
トレイに乗せられた離乳食を見て、絶望を感じたからだ。
「おぱーいにあらざれば、しょくじにあらず」
とは、ルフィーネが勝手に考えた座右の銘である。とにかくルフィーネは、可能な限りおぱーいで育つと心に決めていた。
唸るルフィーネの様子に驚いて、エヴァリーナが眼を覚ます。
(ん? 医師か? だけど、デルフィーノさまの侍医ではないな……誰だろう。それに後ろに立つ二人の女は――む? 隙がない――)
「あんっ……」
ルフィーネが、考えるエヴァリーナの隙をついて胸を揉んだ。
お陰で起き抜けに恥ずかしい声を上げる事になってしまったエヴァリーナは、赤面する。
「お嬢さん、よろしいかな? ルフィーネさまのお食事をお持ちしたのだが――なにぶん、初の離乳食となる――故に、少し姫のお体を拝見したい」
恵比寿のような笑顔を浮かべる医師を見て、ルフィーネは泣き出した。
医師の巨大な手が、今まさにルフィーネの胸元へ伸びている。
ルフィーネにしてみれば、脂ぎった中年に触られるなど冗談ではない。自分だって中年なんだから、これはもはや共食いだ。あってはならない事故が起きてしまう。お医者さんごっこは、是非別の人とやって欲しいと思うルフィーネは、ひたすら首を横に振り続けた。
(まずいな。この医師が魔法に精通していれば、ルフィーネさまに触れた途端、悪魔に気付く――)
この時、ルフィーネを抱きしめていたエヴァリーナは、きゅっと口元を引き結ぶ。
「ところで、そういう貴方は誰です? デルフィーノさまは親バ――」
うっかり親バカと言いそうになったエヴァリーナは、まだ少し寝ぼけている。しかし、急速に思考を巡らせて、ルフィーネが医師に触られないよう回避行動をとった。
立ち上がり、距離をとる。それから席を外していた侍女を呼ぶ。
「――ダーリヤどの! ダーリヤどの!? ああ、ええと――デルフィーノさまは、姫様をとても可愛がっておられる。故に、男の医師に姫を見せようとは、決して考えぬはずなのですが――? なに? ダーリヤどのっ!」
侍女を探すフリをして、エヴァリーナは部屋を歩き隣室への扉を開けた。するとそこで目にしたのは、床に倒れ伏した侍女の姿である。
その瞬間、エヴァリーナは目を細め――早口で攻撃魔法の詠唱を始める。
同時に右手で防御魔法の印を切った。
左腕にルフィーネを抱えたエヴァリーナのマントが、ふわりと持ち上がる。
彼女の周囲に風が発生したのだ。同時に光球が三つほど頭上に輝き、それぞれが八の字を描くようにゆれていた。
魔法の名は「光弾」。
威力は重装歩兵の鎧を容易く破壊する程で、一個の贅肉体と二人のメイドなら、十分に屠れるだろう魔法だった。
エヴァリーナはやる気こそ無いが、冷静に状況を見据えて最善手を選ぶことの出来る戦士なのだ。
それに実の所、近接戦闘さえ苦手ではない。
剣士としても”王狼級”の実力を持つエヴァリーナである。そんな彼女と正面から戦って勝利し得る者は、王国内でもそう多くはない。
そして自身がはっきり負けると分かっている相手ならば把握しているエヴァリーナだから、今は十分に余裕があった。
「撤収」
瞬間――医師の前方に煙幕が張られた。
その後、すぐに院長先生(ルフィーネ目線)は、従えたメイドと共に姿を消す。
ともかく男に体をまさぐられずにすんで、しかも離乳食もうやむやに出来たルフィーネはご機嫌になった。
「きゃはは! エヴァ、エヴァ! ……ゲリヲン!」
「いや、私はエヴァ、リーナ――です、姫……」
「エヴァ! エヴァ! しょごーき! おぱーい!」
「いや、だから――リーナ――」
とりあえずルフィーネを寝床に置いて、気絶していた侍女を起こしたエヴァリーナは、そこで”はっ”と気付く。
(あれ? 私、ルフィーネさまに名前を覚えられたんじゃない?)
そう考えると、とんでもない事態に遭遇したことなど忘れて、思わず顔がニヤニヤしてしまうエヴァリーナだった。
彼女は自分でも気付いていないが――実はかなりの子供好きなのである。
――そして、通算三十六年生きてもなお――エヴァに拘るおっさんのことは、そっとしておいてあげた方がいい。触れたらきっと、低温火傷をしてしまうから。
「おぱーい」
結局ルフィーネは、暫くして気が付いたダーリヤのおぱーいを貪るように飲んで、満足するのだった。
◆◆
ルフィーネが”悪魔付き”と断じられたのは、あれから三ヵ月後のこと。
マッティアの送り込んだ医師がルフィーネ暗殺に失敗した後は、まさに暗闘の繰り返しだった。
ちなみに医師は離乳食に毒を仕込んでルフィーネを殺し、その罪を侍女兼乳母のダーリアにきせようとした。しかしエヴァリーナと共にルフィーネがいたため、強行手段に出た――ということらしい。
結局エヴァリーナの戦闘能力を評価して、自らの正体を悟られる前に撤退を決め込んだ医師は、マッティア配下の聖戦士だった。
となると――エヴァリーナの方も運が良かったと言わざるを得ない。
何しろ聖戦士は聖騎士の下位職だが、それでも高い防御力を持ち、回復魔法を操るのだ。そうそう、倒しきれるものではない。
魔力が尽きるまで闘ったならば、あの場で生き残るのがどちらになるか、微妙なところだっただろう。
その後は――デルフィーノ配下の魔法兵共々、エヴァリーナも必死でルフィーネを擁護した。
しかし宮廷魔術師がルフィーネを、「悪魔付き」と断じたことが大きい。
この宮廷魔術師は派閥でいうならば国王派だったのだが、どのタイミングかは分からないが、第一王子派に鞍替えをしたようだった。
こうしてルフィーネは、王国公認の”悪魔付き”と断じられる結果になったのである。
――――
「というわけで、ルフィーネは追放だ」
王国の決定をデルフィーノより聞いたとき、エヴァリーナはルフィーネを抱きかかえ、頭を撫でていた。
ルフィーネは柔らかいエヴァリーナの胸に顔を埋め、
「くひゅ、くひゅひゅ……」
と、気味の悪い声で笑っていたが、幸い小声であった為、誰も気づいていない。
ただ、いつもの豪奢な部屋は主であるデルフィーノを迎えても妙に寒々しく、誰もが沈鬱な面持ちを浮かべていた。
エヴァリーナは、細い眉を軽く顰める。
王国の決定は、当然とも云えるものだ。しかしだからといって、一歳になったばかりの赤子を何処へ追放するというのか。
元々別に正義感に厚いわけでもなく、母性も人並み以下なエヴァリーナでさえ酷い決定だと思う。
だが――といってこれ以上第一王子との暗闘を繰り返せば、いつかルフィーネの命が失われる心配もあった。
「では、ルフィーネさまは今後どのように……」
(私、まだ休みを貰ってないんだけど……ずっと闘ってたんだけど。それっておかしくないですか?)
内心を隠したエヴァリーナは、ルフィーネを下ろそうとした。
しかしルフィーネがぐずる。
「ふぇ……エヴァ……おぱーい」
「はあ……だから私は出ないって言ってるでしょうに……もうっ」
デルフィーノは、僅か三ヶ月足らずの間にこれ程までエヴァリーナがルフィーネをなつかせたのかと思い、感動した。
エヴァリーナも、つぶらな緑の瞳に涙を溜めるルフィーネを、多少なりとも愛しく思っている。
(サキュバスだとしても、まだ子供じゃない――でも、サキュバスっていうことに気付いているのって、もしかして私だけかしら……?)
そう考えてしまえば、純粋な気持ちでエヴァリーナはルフィーネを守ってあげたくなる。
エヴァリーナは、悪魔だから悪いとか、魔族だから気持ち悪いとか――そういった考え方そのものが嫌いなのだ。
それは自身の髪色が銀で――「まるで老人のようだ」と、小さな頃、陰口を言われた事に端を発しているのかも知れない。
しかしルフィーネが今ぐずっているのは、エヴァリーナのおっぱいをもう少し揉みたかっただけのこと。
三十六年生きて、ようやくおっぱい揉み放題券を手に入れたのだから、絶対に手放したくないルフィーネだった。
ちなみにルフィーネはおっぱいがひたすら揉みたくて、エヴァリーナは揉まれれば大きくなると信じているから、需要と供給は一致しているのだ。
「ルフィーネはマルガリータの故郷――アントネスク公国に引き取ってもらう。先方の了承は得ている――だが、それでも私は不安だ」
「不安――と申しますと?」
「誰が、ルフィーネを守ってくれるというのだ? それはアントネスクは我が義兄が治める国。信用しておらぬではないが……」
口ごもるデルフィーノを見て、エヴァリーナは察した。
(私がルフィーネさまを守ると一言言えば、解決かな)
だが、エヴァリーナは迷った。
そもそも、彼女は生来のものぐさである。
普通に生きるのが面倒だから、魔法を覚えた。そして生活する為に魔法兵団に就職したのだから、これを手放す事は惜しい。
だが――ルフィーネはサキュバスだ。
放っておけば、いずれは露見する。露見した後、どうする? アントネスクは悪魔付きや転生者に寛容な国だというが、それも国家の役に立てばこその話だ――。
(といって、私にルフィーネさまを守りきれるだけの力があるのか――否。いや、まてよ……)
「デルフィーノ殿下。私に魔導甲殻を一つ、与えて頂けませぬか? それをもって、アントネスクの軍事顧問にでも任じて頂ければ、万が一の場合にも内親王殿下をお守りする事が出来るかと」
本当は――いざとなれば魔導甲殻を売って一財産。ルフィーネを連れて一生逃げる程度の金には困るまい――などとたわけた事を考えたエヴァリーナは、真剣な眼差しでデルフィーノを見つめる。
デルフィーノは顎に指を当てて暫し考え込んだが、しかしすぐに頷き、微笑を浮かべた。
「最新式とはいかぬが、試作型を一体、やろう。この国は――いや、近隣諸国はこれからきな臭さを増してゆく――アントネスクにも恩は売っておきたいしな――よし、技術提供するという名目をつくる――エヴァリーナ、頼めるか?」
「……はっ、はい。あ、あんっ」
一瞬、変な声が出たエヴァリーナは、自らの胸元に手を伸ばしていたルフィーネを抱きなおす。
結局ルフィーネを下ろす事は諦めて、抱っこを続けていたエヴァリーナ。いつの間にかルフィーネが彼女の胸元をあさり、霊峰の頂に指を絡めていたのだ。
未だ男を知らないエヴァリーナは、生まれて初めて他者に胸の頂を蹂躙され、頬を染めていた。
(そ、それはやり過ぎよ……!)
揉まれるだけなら――と思っていたエヴァリーナは、今、何かを失った気がしている。
一方のルフィーネは、幼児に似つかわしくない笑みを浮かべながらキャッキャと手を叩き、喜んでいた。
「す、すまん、エヴァリーナ。まだルフィーネは、母乳が恋しいのだろう」
デルフィーノはそういったが、ルフィーネが恋しいのはあくまでも「おぱーい」であった。
念願だったエヴァリーナの先端に触れたルフィーネは、今、我が世の春を謳歌していたのである。
――――
生後、一年と三ヶ月。こうしてルフィーネはリヒター王国の南西にあるという、アントネスク公国へ引き渡されることとなった。
これに関しては、断固殺すべきだと主張していた兄のマッティアが折れた形となる。
ルフィーネがアントネスクへ旅立つ日、マルガリータは大粒の涙を零し、デルフィーノは悔しさに拳を震わせていた。
この事件がきっかけで兄弟の仲は急速に悪化、以後、リヒター王国の宮廷内は二つの派閥が競い、魔導甲殻の開発を急ぐのだった。
といっても、開発において常に優位なのはマッティアだ。なぜならマッティアは「火竜の鱗」という強力な甲殻を独占しているのだから。
(親父、サーセン)
出立時、ルフィーネは内心で思っていた。
ルフィーネは自分が「悪魔付き」と言われ、その結果父親に迷惑を掛けて、追放される事を理解していた。
三十五歳ともなれば、その程度のことは雰囲気でわかるものだ。
(ついにバレたか!)
むしろそう思っていた。
なにしろ自分は三十五歳――いや、今と合わせれば三十六歳になる――こんなおっさん、悪魔以外のなにものでもないよな――と、納得をしていたのだ。
もちろんルフィーネは、”悪魔付き”を勘違いをしているだけだった。
その上、今まで幾度となく殺されかけたことも、その度にエヴァリーナが身を挺して守ってくれていた事さえも気付いていないルフィーネは、”悪魔付き”以前の問題で、当代きってのポンコツ姫なのかもしれない。
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