流浪の国のルフィーネ~残念なサキュバス転生の結果~

芳井暇人

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流転編

竜種の襲撃

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 ◆

 ルフィーネはエヴァリーナと乳母のダーリヤ、それから護衛の六人に守られて旅をしている。

 季節が春になりつつあることが唯一の救いだろうか、リヒターからアントネスクの国境沿い、ブルーギュリア山脈を越える山道は、多少なりとも雪が減っていた。

 それにしても大国の姫君でありながら、この程度の人員しか今のルフィーネには割けないのだから、デルフィーノはさぞ悔しかったことであろう。
 ましてやこの人数で、風竜帝の棲家――ブルーギュリア山脈を踏破させねばならないのだから。

 そうは言っても風竜帝は本来温厚であり、ましてリヒターともアントネスクとも不可侵条約を結んでいる。
 人と竜とは――場合によっては共存もするのだ。故に、剣士の強さを表す位階でいう”竜王級”や”竜帝級”とは、ただ竜を倒すだけではなく、彼らに認められた場合も含まれるのだった。
 もっとも現在、人の身でありながら風竜帝と互角以上に戦える者は、すでに武神と名高いザオ・イウンくらいであろう。それ程に、風竜帝の力は強大なのだ。

 両脇に雪が残る狭い山道を、馬車を中央にして前に三人、後ろに二人の護衛を従えた一行が行く。
 その後方を全長三メートルはあろうかという深緑色の大鎧が静かに進んでいた――しかし、中に居る人物は蒼白な顔をして、手を口元に当てている。

「うぷっ……やっぱり歩いた方がいいかしら。標的ターゲットを馬車に定めておけば自動で追尾してくれるのは便利だけど、吐きそう……」

 大鎧はまるで死んだ貝のように胴体の中ほどから割れて、上半身の半分が上に向けて開いている。
 その中には身ではなくエヴァリーナ・メルカが詰まっているのだが、やはり死んだ貝よろしく、ぐったりとしていた。

(でも、せっかく動かず移動できるのに、疲れたら損じゃない……うぷっ。私、頑張る!)

 どちらかといえば体調が悪くなる方が損だろうに、エヴァリーナの思考はどこかおかしかった。動きたくないから頑張るというのは、努力の方向性が間違っている。
 それに魔導甲殻ソーサルシェルの足元についている車輪は、決して大きくない。となれば走破性も高くないのだから、素直に自動オートを解除して、自力で鎧を動かした方が身体の為にも良いというのに。

(こんな状態で、何かあったら戦えるの? 大丈夫なの?)

 不安を覚えたのは、馬車の中でルフィーネにおっぱいを吸われている乳母のダーリヤである。
 ダーリヤは今年二十二歳になる黒髪の女性で、結婚六年目にして三人の子供を育てる賢母なのだ。とはいえ彼女は中々の美貌で、ルフィーネが絶賛お気に入り中のおぱーいを持っていた。
 彼女はアントネスクまでルフィーネを送り届けた後、六人の護衛と共にリヒターへ帰る予定だ。ルフィーネもそれを知っていればこそ、「吸い納め」とばかりにダーリヤの胸へかじりついているのだった。

(もう、このまったりとして硬く、時として慈愛に溢れたおぱーいを吸えないと思うと……)
 
 その心情はゲスそのものだが、自然と涙が零れるルフィーネである。

「ルフィーネさま……」

 ダーリヤは肩を震わせ、ルフィーネを抱きしめる。
 ダーリヤはこの幼い姫が、不憫でならないのだ。
 どうして一歳の子供が、悪魔付きだからと国を追われねばならないのだろう。

(ましてや、命まで狙われて……)

 国是として悪魔や魔族を認めないといっても、それは建前に過ぎない。事実ダーリヤの知人には、魔族とのハーフだっているのだから、今回の処置は厳しすぎると彼女は思っていた。

(なぜ、デルフィーノ殿下はこれをお認めになったのか――)

 ダーリヤの奥底が、暗く燃えた。
 ダーリヤの夫も、第二王子派に属する魔法兵だ。だから宮廷内の諍いもある程度はわかる。
 それに以前は不覚をとったと言っても、ダーリヤ自身も武門の娘だ。いざとなれば、ルフィーネを命がけで守る決意さえ持っている。
 乳母として、ルフィーネの成長をこれ以上見守れないことが悔しくてならないダーリヤだった。

(そもそもどうして第一王子はルフィーネさまを目の仇になさったの? 自分にお子がいないから? 悪魔付きなんて、王家ならいくらでも隠せるじゃないっ!)

 ダーリヤは不憫な姫を、精一杯の優しさを込めて抱きしめた。

「おっぱい、ありがと」

 ルフィーネは、とりあえず今ある語彙で精一杯の感謝を示す。
 沢山揉んだし、吸ったし、舐めた。ありがとう、おっぱい――そう考えていたルフィーネには、悲壮感の欠片も無かった。 

 その時である――ルフィーネ達一行の上空に、無数の飛竜が群がったのは――。

 ◆◆

 御者は馬車を止め、上空を睨む。
 この御者もデルフィーノ配下の魔法兵であり、加えていうなら”大魔法使い”の称号を持ち”王狼級”の剣技を操る。
 つまり彼は飛竜が一匹であれば、十分に戦える実力があるのだ。

「十、十二、十六匹……! 馬鹿な! ここは風竜帝ギリアス・テンペストの支配地! なぜ飛竜どもがこれほどっ! ――まさか風竜帝がっ!?」

 護衛の騎士達も、それぞれに剣を抜き上空を睨む。
 大きな皮膜の翼を持った群青色の飛竜達は、黄色く濁った瞳をぎらつかせて馬車を狙っていた。

 こうなれば、流石のエヴァリーナ魔導甲殻ソーサル・シェルのフタを閉じざるを得ない。
 
「うえっぷ」

 少女に似つかわしくない声を上げつつ、全てを手動に切り替えたエヴァリーナ・メルカだ。
 瞬間、暗く閉ざされた魔導甲殻ソーサル・シェルの内部が輝いた。
 外部の情報を収集し、魔導によって生み出された液晶画面に映像として映し出す。そしてそこには、近接する生命体の戦闘力――いわゆる攻撃性魔力も表示されるシステムだった。

「飛竜の平均攻魔力は――ふうん、百二〇ね。で、騎士達は――って、ぶっ! 百って! 百て! こっちは私と御者を合わせて七人じゃない! どーすんのよ!」

 そして下手に情報が分かってしまうから、慌てふためくエヴァリーナだ。
 とはいえ彼女は勇者に認められ、デルフィーノにお墨付きをもらえる程の才能を持っているから、本当は飛竜如き、敵ではない。
 しかし真面目に魔導甲殻ソーサル・シェルの訓練を積んでこなかったエヴァリーナがそれに気付くのは、もうちょっと後だ。

「圧倒的に戦力不足よ!――即時撤退――これしかないわ! だって、うん〇漏れそうだもの!」

 エヴァリーナの品性は、わりと下劣だ。
 そもそも彼女は、上流家庭などで育っていない。孤児だったのだから、仕方が無いだろう。
 孤児院で魔法の才能を示してしまった彼女は生活の為、給料に目がくらんで軍に入った。そんな感じだから、上品になりようもないのだ。
 エヴァリーナは、少し残念な美少女なのである。

 しかしエヴァリーナはその時、漸く気付く。
 彼我の戦力差を計算するシステムも――彼女の駆る”試作型アストラ”には装備されていた。
 自身の魔力に”アストラ”の魔導核を上乗せした場合の攻魔力――実に二三〇〇――。

「なに――これ? 信じて、いいの? 私、圧倒的に強いってこと?」

 上空から滑るように馬車へ迫る飛竜へ対し、エヴァリーナは決意し、攻撃を仕掛けた。
 大きく口を開いた飛竜から、明らかな攻撃の意志を感じたからだ。猶予もない。

「砲門展開! 対魔防壁――最大っ!」

 エヴァリーナの声に反応した試作型アストラは左右の肩に砲身を展開し、左腕を盾状に変形させた。
 そして次の瞬間、炎の弾丸が飛竜目掛けて飛んでゆく――否――炸裂音と共に、飛竜が爆散した。

 剣を抜き、馬車を守ろうとしていた騎士達も唖然としている。

 飛竜を一人で倒せるようになれば、剣士としては”翼竜級”といわれ、一流と認められるのだ。その上、攻撃魔術で”魔術師”の称号を持っていれば”黒騎士”の称号も得られるし、治癒魔術に精通していて”療法師”の称号を持つ者ならば”聖戦士”となれる。
 つまり今のエヴァリーナは、”黒騎士”級といっても過言ではない――ということだった。
 もっとも、容易く飛竜を屠ったのだから”黒騎士”など通り越して、魔導甲殻ソーサル・シェルを駆るエヴァリーナは”暗黒騎士”と同じレベルで強いのだ、と騎士達は考えた。

「姫を守り参らせよっ!」

 俄然奮い立った騎士達は、次々に襲い来る飛竜を迎撃する。
 エヴァリーナも巧みに魔導甲殻ソーサル・シェルを操って、飛竜達を屠っていた。
 
 しかし絶望は、突如としてやってくるものだ。

 一瞬――辺りは巨大な雲に覆われたかと思われた。
 しかしそれは、雲ではなく――ただ、巨大すぎる竜だった。
 巨大な竜は、三体の大きな竜を従えている。

 エヴァリーナの脳裏に、古い伝承の言葉が甦った。

「――風竜帝ギリアス・テンペストと三竜王の鉄槌――」

 それはかつて悪魔に支配されたリヒターの街を、ものの数秒で灰燼に帰したという伝承だ。
 リヒター王国にとってそれは、僥倖であった。
 しかしそれは即ち――風竜帝が悪魔を嫌っているという事に他ならない――。

(攻魔力は――?)

 それでもエヴァリーナは絶望しない。
 この”試作型アストラ”があれば――そう思ったからだ。

(十……十万……? 嘘……竜王でさえ、一万……? なんなのよ……なんなのよ、この化け物たち……)

 無論、数値に間違いは無い。
 ギリアス・テンペストは、全竜帝の中でも最強クラスだ。風竜王達でさえ他の属性ならば、竜帝を名乗る程の実力を誇っていた。

『何の故あって、この地に悪魔を連れ込んだ――人の子等よ』

 この時、この場に居るすべての者に、竜帝の声が響いた。
 護衛の騎士達は剣を下ろし、歯を食いしばって恐怖に耐える。
 エヴァリーナも、圧倒的な戦力差に震えた。しかし彼女は最後に盾となるべく、”試作型アストラ”を馬車へと近づけた。
 飛竜達は上空へ舞い上がり、風竜帝の背後に控える。
 皆が皆、風竜帝の威にひれ伏し圧倒されていた。

 しかしその中で唯一、状況を読めない愚かな人物がいる。
 ――誰あろう、悪魔と呼ばれた、その本人だった。

「あーうー?」

(うるっせぇなぁ。おぱーい飲んだら、気持ちよく寝たいんだよっ! いくら中身が三十五歳でも、それだけで悪魔呼ばわりはないだろうっ! 時の流れには逆らえませんっ!)

 相変わらず自身が悪魔と呼ばれる理由を勘違いしているが、その方が本人にとっては幸せなのだ。
 おっさんなのにサキュバスになってしまった事を知ったら、

(男が男を誘惑してどうするんじゃぁあああ! 意味あるんかいいいいい!)

 と、ルフィーネは発狂するだろう。

「ダーリヤ、おんもっ!」

(断固、抗議してやる!)

 馬車の中でつぶらな目をうっすらと開いたルフィーネが、ダーリヤの服を引っ張った。
 もちろん、寝ぼけた頭で強気になっているだけの、中身おっさんなルフィーネだ。
 多分きっと、ギリアスの姿をみたらお漏らしをすること必定だろうが、今はオムツも完璧に装備中だから問題はない。

 こうしてダーリヤはルフィーネの緑眼に決意を見出し、震える体に鞭を打って馬車の外に出る。
 もちろんその腕には――悪魔ことルフィーネを抱いて――であった。
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