潺の鈴 御庭番怪異禄

霞花怜

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第六章

第六章 真の終焉に、新たな今日が始まる《一》

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 善次郎と長七は、行きと同じ白馬に乗り、先んじて江戸に戻った。

 皓月たちは、未だ目覚めないお鴇の身を守りながら、ゆっくり戻る算段だ。

 空の淵が、白み始めた頃。皓月堂に戻った二人は、支度を整えていた。

「これから、福徳稲荷神社に向かうので?」

 不思議そうにしながら、長七が道具を準備する。善次郎は頷いた。

「死神が去り際に、長いこと彷徨った死霊、と話しておったろう。あれは兄上ではなく、別の死霊だ」

 恐らくは縫殿助の死霊だと、善次郎は直感していた。

 最初に福徳稲荷に行けと諭したのは、あの死神だ。

(今にしてよく思い返せば、あの時の死神は、狛犬が壊されている、ではなく、壊れている、と表した)

 死神は初めから、縫殿助の事情を知っていた。その上で、関りのある御役目を拝した善次郎に話を振ったのだろう。

「遣り手なのは、兄上より、死神だな」

 ふっと、小さな笑みを零す。

 善次郎は、手の中の真新しい鈴に、目を落とした。

(兄上のお創りになった、潺。引き継いだからには、儂が使役し、守る)

 月白の鈴を、ぎゅっと握り、長七を振り返る。

 善次郎の顔を見て、長七が支度の手を止めた。

 長七の前に居直り、礼をする。長七が釣られて居住まいを正した。

「改めて、名乗る。儂は、明楽家四代目当主・明楽善次郎允武。添番並御庭之者を務める御家人だ。御庭番の実の仕事は公方様直々の間諜だ。皓月堂に集う者たちは、儂が使役する間諜・潺という。長七を見込んで頼みたい。儂の力になってもらえぬか」

 長七が、息を飲む。

「そいつぁ、俺に、善次郎様の間諜になれって、話ですかぃ?」

「そうだ。長七の技、人柄、総てを見込んでの頼みだ」

 善次郎が、頭を下げる。

 長七が、黙り込んだ。

 善次郎は、じっと、返事を待った。

「俺ぁ、他の皆さんみてぇに、怨霊やら死霊やらと、やり合う術がねぇ。鏝絵を作るしか能のねぇ、只の職人でさ」

「それで構わぬ。むしろ、だからこそ良い。此度のような御役目は滅多にない。御庭番の本分は、間諜。公方様の耳と目になるのが仕事だ。怨霊を斬るのではない」

「俺ぁ、嘘や隠し事が苦手だ。つい、ぺろっと喋って、善次郎様の足手纏いに、なっちまうかも知れねぇ」

 善次郎は、顔を上げた。

「それも、構わぬ。儂が見込んで誘ったお主の失体は、総て儂の責だ。何より、お主が大事な事実を胸に仕舞っておける男だと、知っておる。儂は信じておる。だから、願い出た」

 俯いていた長七が、顔を上げる。善次郎を見て、顔が綻んだ。

「正直、皓月さんたちが、羨ましかったんだ。俺も、善次郎様のお役に立ちてぇ。もっと近くで、善次郎様を知りてぇ。俺をお傍に置いてくだせぇ」

 長七が、善次郎に向かい、頭を下げた。

 善次郎が、すっと、手を出す。赤い根付を結わえた月白の鈴を、差し出した。

「潺の証となる鈴だ。お鴇に渡した鈴は、兄上のものだが。この鈴には儂の気が籠めてある。それが鳴ったら、儂に力を貸してほしい」

「この鈴にゃぁ、そんな意味があったんですか……」

 真新しく光る鈴を大事そうに握り、長七が善次郎に向き合った。

「俺に何ができるか、わからねぇが。善次郎様の心願に応えられるよう、勤めやす」

 表情を引き締める長七に、善次郎が微笑む。

「斯様に力まずとも、平素の長七で良い。皓月たちを見ればわかる通り、使役する間諜というより朋輩だ。友の心持でおってくれ」

 張り詰めた気が緩み、長七の顔に、笑みが灯る。

「えっへへ。なんだか、照れくせぇや」

 頭を掻く長七に、善次郎が手を差し出す。

「改めて、宜しく、頼む」

 長七が、善次郎の手を強く、握り返した。

「その上で、最初の仕事を頼みたい。福徳稲荷神社の獅子像を修復してくれ。これから共に、社に向かう」

 長七の表情が、引き締まった。

「福徳稲荷の獅子像は、壊れておった。長七が修復すれば御霊が宿る依代となるはずだ。獅子の御霊が戻る場所を、直してやってくれ」

 長七が力強く、頷いた。

「あの社には、黄泉の門を潜れぬ死霊が一人、残っておる。源壽院の怨霊に獅子を宛がったのは、その死霊やもしれぬ。森村縫殿助と名乗る神官。もう一度会い、真相を確かめねばならぬ。多少の危険はあるやもしれぬが、長七の身は儂が必ず守る」

 語尾に力を込める。

「善次郎様が俺を信じてくださるんなら、俺ぁ、善次郎様を信じやす。行きやしょう」

 長七が、月白の鈴を握り締めた。

 明け始めた夜の下、二人は福徳稲荷神社へと向かった。

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