仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅳ章

第66話 鬼神の本能

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 直桜は、止めた手を見上げた。
 顕現した直日神が、いつもの顔で直桜を見下ろしていた。

「案ずるな、直桜。そのまま見ておれば良い」
「見てろって、あのままじゃ、護が気吹戸を食べちゃうよ」
「試しに食わせてみろ。鬼神の本能の有様がわかる」
「試しにって、どういう意味? 食べられちゃったら、気吹戸いなくなっちゃうよね? 智颯は、どうなっちゃうの? 護は戻れるの?」

 迫る直桜を直日神が抱き寄せた。

「大丈夫だ。吾を信じよ」

 そうこう問答している間に、風の柱の中の護が、手に持っていた玉を自分の口に含んで、飲み込んだ。

「あっ! 気吹戸が、食べられ、ちゃった」

 円の叫びが悲壮に響いた。
   全員が息を飲んだ。
 護が恍惚とした表情で顔を上げた。

「あぁ、神の御力は美味い。神の御姿は、美味い」

 呟いて、抱きかかえる智颯の首元に唇を寄せた。

「ほら、智颯君、霊元を閉じて。ゆっくり閉じながら、俺の中の気吹戸主神を感じて。欲しいと願うなら、返してあげますよ」

 首に顔を寄せているせいで、耳元で囁いているように見える。
 床に座り込んだ護が腰を動かして、自分の上に乗せた智颯の股間を刺激している。

「ぁっ、やっ。閉じ……ます、閉じるから、僕の神力と、気吹戸を、返して。ぅん、ぁんっ」

 懇願する智颯の目が潤んでいる。艶を帯びて、可愛さを増して見える。
 護が智颯の胸に手をあてた。

「まだ閉じていませんね。このまま戻したら神力が枯れて神が死んでしまいますよ。まだ返してあげません」

 首元を強く吸われて、智颯が体を震わせた。

「やぁ! ちゃんと、するからぁ。返して、ください。ぁっ、はぁ、んんっ」

 護の肩に顔を預けたままぐったりと涙を滲ませて、智颯が艶やかな嬌声をあげた。

「なんや、イチャついてるだけみたいに、なってきたけど」

 保輔が呆れ半分に呟いた。

「直日神の助言のせいかもしれねぇけど、俺にもそう見える」

 清人が二人を眺めながら保輔と同じ声音で話した。

「どういう状況か、説明できるんだろうな、直日神」

 忍が、やはり呆れた目を直日神に向けた。
 開が若干慌て気味に直桜と円の肩に手を掛けた。

「二人とも、心中穏やかじゃないだろうけど、とりあえず直日神様の話を冷静に聞こうね」

 よく見ると、円がとんでもない顔をしている。
 普段の緩んだ顔とは違う、鬼気迫る表情で眉間に皺を寄せている。
 気持ちはよくわかる。
 護が智颯を虐める感じは、ベッドで直桜を焦らす仕草そのものだ。多分智颯も、円とシている時のような反応をしているんだろう。やけに可愛い。

「二人とも、気持ちはわかるが、そんな険しい顔をするな。あれは、本能なんだろ」

 閉が辛そうに直桜と円を窘めた。
 どうやら直桜も円と同じ顔をしているらしい。

「智颯の霊元が閉じれば、護は智颯に食らった分の神力と気吹戸を戻すだろう。それまで自分の体に留めて神を守る。神力を受け留めて惟神を守る」

 直日神の説明に、忍を始めとした全員が呆然とした。

「化野の鬼は産土の鬼。あの地が化野と呼ばれるより遥か昔に産土神をその身に宿した鬼だ。産土の鬼は人ではなく神を喰らう。だから神殺しの鬼と呼ばれる。惟神の眷族となった鬼神は、惟神と神を守るために本能を使う。それだけの話よ」

 直日神が何でもないように話す。
 
「つまり化野が神を喰らうのは、惟神のためだと?」

 忍の質問に、直日神が頷いた。

「先ほどは智颯の霊元が開き過ぎて、自分の意志では閉じられなくなった。その危機を護が本能で感じ取ったのだろう。護の鬼の本能は既に目覚めておったからな」
「え? 目覚めてたの? そんな話、護はしてなかったのに」

 言いかけて、直桜は言葉を止めた。
 栃木出張の帰りの車で、護は言葉を濁していた。止めたのは直日神だ。

「なんで、直日は黙ってたの? なんで、護に口止めしたの?」

 直日神が眉を下げて直桜を撫でた。

「桜谷集落が惟神本人に鬼神の本能を秘した理由は、神を喰らうからだ。わかっていても受け入れられるものではなかろう。直桜も、あの姿の護は見たくあるまい」

 神を食うから、というより、他の男を愛おし気に抱く護の姿は見たくない。
 勿論、直日神を食う護の姿も、観たくない。

「上手に閉じられて、偉いですね。智颯君の神様を返してあげますね」

 腕の中でぐったりとする智颯の顎を上向かせて、護がまた口付けた。
 口移しに、金色の玉の姿になった気吹戸主神が智颯に戻っていくのが分かった。
 閉じかけた霊元に智颯の神力が戻っていく。
 
「さぁ、智颯君、ちゃんと閉じて。最後まで閉じないと、もっと気持ち良くして虐めますよ」
「やっ、んっ。閉じる、から。僕の神力、返してぇ、護さ……ん、んぁっ」

 自分から護に吸い付いて、智颯が唇を貪る。
 護が腰を動かして、しきりに智颯の欲情を煽っている。
 もはや円の顔は見られない。
 他の面々が、あんぐりと口を開けてみている様子が、居た堪れない。

「化野くんて、瀬田君と二人の時はいつもあんな感じなの? ギャップ萌えっていうか、化野くんに虐め方教えてほしいなって思っちゃうよ。智颯君、可愛すぎ」
「あんな風に攻められたら、可愛くもなるな。化野くんも、普段からあの色気を振りまいていたら、モテるだろうな」

 開の爆弾発言の後に、閉がとんでもない言葉を口にした。

「俺にスマタしてくれた時の智颯君は、あっこまで可愛くなかったから、安心せぇよ、円。護さんの攻め方がヤバイのやわ」

 保輔が、円にこっそり囁く。
 円にとっては全く安心できない言葉だろうと思う。
 直桜にとっては、全く安心できない。

「なんていうか、円くん、ごめんね。俺もまだ気持ちの整理が付かないけど」
「同じです。この感情を、どこに、もっていけばいいのか、わからない」

 この場で感情を共有できるのは、きっと円だけだと、直桜は思った。

「なんであんなエッチな感じなの? 普通に喰って、普通に返したらいいよね?」

 思わず直日神を見上げる。
 直日神が首を傾げた。

「神力を喰らう時も返す時も、本来なら性交する鬼が多いぞ。それが神殺しの鬼の血魔術、神と惟神を喰らう術よ。護がそこに至らなんだ理由は、そうだな。直桜があるからであろうな」

 直日神が意味深な笑みを向ける。
 話を聞いた瞬間、直桜と円は同じ速さで護と智颯に駆け寄った。
 円がクロスボウの矢を風の柱に打ち込む。
 矢で開いた穴をこじ開けて内側に向かい、神力を纏わせた雷を投げ打つ。風の柱に絡めると、自分の神力で智颯の神力を相殺した。

「うわぁ、一瞬で消えたねぇ」
「俺たちの術は総て弾かれたのにな」

 開と閉が感心した声をあげる。
 その隣に立って眺めている清人の顔がやけに呆れていたが、今はどうでもいい。

「直日神が護に口止めした理由って、一番は血魔術だろ。性交しながら喰らうとか、直桜が聞いたら激昂間違いねぇもんな」

 抱き合ったまま気を失っている護と智颯を、円と二人で引き離した。
 神も神力も、ちゃんと返し終わったらしい。

「まさか、斯様なきっかけがあろうとは思わなんだ。吾もまだ先読みが甘いようだ」

 清人にそう返す直日神は、どこか楽しそうにも見えた。

「化野の本能が目覚めたきっかけは智颯の霊元だとわかったが。智颯の霊元は何故、あそこまで開いたんだ? むしろ膜で包んだのだろう?」

 忍が不可解な目を保輔に向ける。
 保輔も、わからない顔をした。

「なんでやろ。円と同じようにしただけなのやけど」
「霊元を覆った膜は、保輔の血魔術か?」

 直日神の問いかけに、保輔が素直に頷いた。

「血魔術の煙で膜を作ったよ。それで霊元を覆ったのやけど」
「なるほどな。保輔の血魔術で智颯の霊元が溶けたか」

 得心した直日神とは裏腹に、保輔が蒼褪めた。

「え? なんで? 円は平気やったやん。なんで智颯君だけ溶けんのん?」
「伊吹山の鬼の血魔術は惟神にも効果がある。伊吹山の鬼の酒で、惟神は酔う」

 直日神の言葉に、正月の瑞悠を思い出した。
 保輔の酒で、瑞悠は男に姿を変えていた。

「惟神には毒も薬も呪詛も効果がない。だが、酒には酔う。直桜だけではない」
「それって、惟神全員? 伊吹山の鬼の血魔術が酒だから、効果が出るの?」

 護を抱えたまま、直桜は問う。
 直日神が頷いた。

「伊吹山の鬼もまた、守人だ。悪いようにはならぬはずだが、溶ければ霊元が開くような細工をしなかったか?」

 直日神に問われて、保輔は頷いた。

「そら、そうや。今日の訓練は霊元を開くんが目的やし。膜を壊したら溶けて霊元に沁み込んで、自力で開きやすいように強化術掛けたわ」
「だから、膜を壊した後は、簡単に、開いたんだね」

 性交の言葉を聞いてから円の霊元が突然、開いたのは直桜も気が付いた。
 凄い速さで霊元を開き、鬼力の矢で風の柱を射抜いていた。
 あの辺りは、どちらかというと円の自力というか、執念だったと思う。

「その術が智颯には強く効果を発揮したのだろう。智颯と瑞悠には強い酒のようだな」

 直日神の目が面白そうに笑んだ。

(だとしたら、正月の瑞悠も秋津が神力を抑えたんじゃなくて、普通に効果が出ちゃっただけだったのか。惟神なら浄化も出来るけど、効果も出ちゃう酒、か)

 何故、速秋津姫神が保輔を瑞悠のパートナーに迎えたがったのか、少しだけわかった気がした。
 慎重な女神様は、伊吹山の鬼が敵になる自体を避けたかったのかもしれない。
 惟神の守人でいてくれれば、強力な血魔術は味方になる。
 それは、神殺しの鬼である護も同じだ。

(産土の鬼が守人の鬼神じゃなかったら、惟神を守るためじゃなく、殺すために神を食うのかもしれない)

 鬼とはそういう二面性を持った存在なのかもしれないと、直桜は実感した。
 
「保輔の血魔術は、惟神には様子見ながら使わねぇと、危ねぇな」
「俺、別に、悪い気持ちで使ぅてへんけど」
「いや、そういうんじゃねぇよ」

 清人が保輔を慰めるように頭を撫でる。

「しばらく、俺で実験するか。何がどんくれぇ効果あんのか、知りてぇし」
「え、二人で?」
「嫌かよ」
「いや、そうやないけど」

 保輔が清人から、そっと目を逸らした。

「霊元開く訓練はまだ続くからな。その間、お前は俺と遊んでればいいだけだ」

 ぽんぽんと言い聞かせるように頭を撫でられて、保輔が微妙な顔をしていた。
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