モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

16.ロキと仲良くなりました

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 六月下旬、この世界にも梅雨があるらしく、雨の多い日が続いていた。

 湿気がまとわりつく室内から、ノエルは窓の外を眺めていた。



 あれから二週間近く経つが、相変わらずユリウスの研究室には通っていない。

 学院内では、あまりユリウスの姿を見かけないようになった。



(会いそうな場所に行かないようにしているだけだけど)



 このままマリアとユリウスの親密度が上がってくれれば、アイザックルートのシナリオは順調に進む。仮にアイザックとの恋が成就しなくても、友情エンドに入れる。そうすれば、世界の崩壊は免れる。



(それに、今ならまだ、アイザックにルート固定する必要もない)



 物語は序盤だ。他の攻略キャラに変更もできる。

 マリアは他の面々とも親密度を順調に上げている。誰のルートに入ってもおかしくない。



(もし、ユリウスルートに移行したなら、私は邪魔しちゃいけない)



 マリアが誰のルートを選んでもいいように、他のメンバーとも必要最低限の関わりに留めていた。



「ノエル、取り寄せてもらった資料、受け取ってきたよ」



 ロキの声に振り返る。



「ありがとう。本当に出してもらえるとは、思わなかった」

「この図書室の司書は、元はカーライル家の使用人なんだ。顔見知りだから、融通してくれたんだよ」



(なるほど、カーライル家の草ってことか。さすが王室直下の間諜耳と目。さしずめ徳川幕府の御庭番だ。食指は長く広い)



「他に、探したい本はある? なければ、クラブ室に戻ろう」

「そうだなぁ。自然属性魔法の応用実践書が読みたい」

「それ、ノエルが個人的に読みたいんでしょ」

「うん。でも、ロキにとっても役に立つ本だよ。自然属性全適応者のロキにしかできない魔法があってね。是非試してほしいんだけど」



 ロキがノエルの手を握って歩き出す。



「後でね。ノエルって本当に勉強熱心だなぁ。授業が終わってまで、勉強のこと考えなくていいのに」

「魔法、楽しいのに」



 至極残念な声で、ぼそりと呟く。

 乙女ゲということで、シナリオ執筆時にはこの世界の魔法について、詳細描写まで盛り込めなかった。

 だが、この世界には自分が作った魔法設定がしっかり根付いている。



(つまり、私が使いたかった魔法が使い放題ってことなんだよね!)



 そういう意味では、ノエルが全属性適応者だったことに、心底感謝したい。



「でも、ノエルが俺と同じ自然属性適応者で良かったよ。わからない課題とか、教えてもらえるの、助かる」

「闇特化だけどね。自然属性も伸ばしたいから、この世界の知識を余さず覚えたい」



 ぐっと拳を握る。

 ロキがドン引いた顔で振り返った。



「その熱心さは、どこから来るの? 光魔法に属性がなくて良かったね。ノエルなら、禁忌術にも手を出しそう」

「出さないよ」



 ロキの呆れ顔に、力なく返事した。

 ノエルは学院の登録上、『光以外の全属性適応者』ということになっている。全属性適応者である事実が明るみに出れば、更に有名人になってしまうからだ。そのあたりの守備は総て、ユリウス任せだが。



(『呪い』の生還者に加えて全属性適応者だなんて、とてもモブの設定じゃない)



「今日はウィリアムとレイリーが別の用事で来られないんだって。多分、マリアとアイザックも来ないだろうし、資料は二人で調べようか」

「ウィリアム様とレイリーは、何処へ?」

「生徒会室だよ。副会長と書記を打診されているらしいよ。断るのが大変なんだってさ」

「ああ、なるほど」



 ウィリアムとレイリーは、ゲームシナリオ通りなら生徒会に入る。クラブを立ち上げたばかりに、その設定が消えてしまっているのだろう。



(まぁ、それくらいの設定がなくなるのは、問題ない、よな?)



 生徒会メンバーに重要人物はいなかったはずだ。シナリオ的には問題ないだろう。



「ねぇ、それよりさ、今日のおやつ、チョコとエクレアにしたけど、いい?」

「本当に! 嬉しい! ロキ、ありがとう」



 ノエルはロキを見上げた。

 ロキが微笑み返す。



「やっと笑った。ノエルはチョコレート好きだよね」



 ロキに頬を撫でられる。

 くすぐったくて、目を眇めた。



「私、辛気臭い顔、してた?」

「梅雨のジメジメみたいな顔してた。チョコくらいでノエルが元気になるなら、いくらでも持ってくるよ。あ、でも次はプリンにする?」

「ロキはどうして、私が好きなお菓子を知っているの?」

「見てれば、わかるよ。ノエルって結構、顔に全部出てるから」



 どきっとして、頬に手をあてる。

 自分の表情を気にしたことは、あまりなかった。



「他には、意外とお肉が好きだよねぇ。ランチはよくパスタを選んでいるとか?」

「食べ物ばっかり……。本当によく見てるね」



 ユリウスとマリアを避けている分、ロキと共に過ごす時間が増えたのは確かだ。

 ノエルが一人にならないように気遣ってくれているのだろう。



「食べ物だけじゃないよ。最近のノエルが元気ない理由も、何となく知っているけど」



 ロキがノエルの腰に手を回して、体を引き寄せた。



「でも、それについては協力してあげない。俺はノエルと一緒にいられる今が、楽しいから」

「私も楽しいよ。だから別に、元気ない訳じゃないよ」



 ノエルを見下ろすロキの顔が、降りてくる。額に額が、こつんとぶつかる。

 ロキが悩まし気に息を吐いた。



「こんな分厚い資料、持っていなかったらなぁ」



 恨めしそうに資料に目を落とすロキに、手を差し出す。



「なら、私が持とうか?」



 ぱちくり、と目を瞬かせて、ロキが笑った。



「ノエルが持ったら、意味ないでしょ」



 頭に疑問符が浮かぶ。

 不思議そうにするノエルの腰を、ロキが強く抱いた。



「俺もっと、ノエルのこと、知りたい」



(私は、ロキってキャラを知っている。でも知っているのは、あくまで自分が作ったプロフィールだ。目の前にいるロキ自身じゃない)



 この世界で、生身の人間として生きるロキを、他のキャラたちを、自分は知らない。

 自分が作った性格設定のキャラたちが、どんなことを考えて生きているのか、興味がある。



「私も、ロキのこと、もっと知りたいと思うよ」



 見下ろすエメラルドグリーンの瞳を見詰める。

 ロキの唇がノエルの額にキスを落とした。

 びくっと肩が震える。



「今のは、挨拶ね。俺のこと、もっとたくさんノエルに知ってもらいたいから。だから俺にもノエルのこと、もっと教えてよ」



 ロキが機嫌よく、ノエルの手を引いて、歩き出した。



(びっくりした。挨拶か。貴族階級の挨拶はキスとか普通にするからな)



 ユリウスに毎日口移しされていたせいで、感覚がおかしくなっている。

 あれから触れられていない唇を指でなぞる。

 寒々しい思いが込み上げてくるのを無視して、ノエルはロキの手を握り返した。
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