モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

26.ラスボス変更→新しくシナリオ展開します

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 起きたら朝だった。
 それはそうだ、人は朝起きて夜寝る習性の生き物なのだから。
 だが、そういうことではなくて。

「どうやって帰ってきたんだっけ? そもそも今日って何日だっけ?」
「今日は昨日の次の日で、君はウィリアムに御姫様抱っこされて帰ってきたよ」
「それは良くない。レイリーに恨まれる。そういう火種はいらない」
「そうだね。僕も、君が別の男に抱かれて帰ってくる姿は見たくなかったよ」

 独り言に応える人がいる。会話が成立している。おかしい。
 横に目を向けると、ベッドサイドにユリウスがいた。

「どうして勝手に人の部屋に入ってきているんですか。殴りますよ」

 ぼんやりした頭でも、悪態は吐けるらしい。
 拳を握って見せたが、力が入らず、腕はベッドに逆戻りした。

「怖い思いをさせてしまったね。今日は一日、ゆっくり休むといい」

 ノエルの悪態には答えずに、ユリウスが優しく布団を掛け直した。
 その顔にいつもの笑みはない。

 ウィリアムに、あの場の話を聞いたのだろうか。
 そういえば、あの時、ユリウスはどこで何をしていたのだろう。
 他のメンバー、特にレイリーには、どんな説明をしたのか。
 気になることは沢山あるが、今はもっと他に気になることがある。

「あれって、本当に、ただの殺気だったんでしょうか」

 時代劇も書く作家だが、殺気だけでこれほどの後遺症が残るものなのか、甚だ疑問だ。
 心に恐怖が刻まれることはあるだろうが、次の日まで体が怠くて動けなくなる殺気は聞いたことがない。

「ノアは強力な光魔術師だからね。彼の魔法技術はこの国でもトップクラスだよ。おそらく殺気に攻撃魔法を忍ばせたんだろう。あわよくば、あの場で君を殺してしまいたかったんだろうね」

 怖い話を、さっくりとしてくれる。
 つまり、危うく死ぬところだったという訳だ。

(この程度で済んで良かったと思うべきなのか。本当に、もう二度と会いたくない)

 ユリウスの手が、ふわりとノエルの髪を撫でる。

「助けにいけなくて、ごめん。これじゃ、僕が付いていった意味がない」

 ユリウスの顔がいつになく落ち込んで見える。

「先生は、あの時、何処にいたんですか?」
「君たちが出て行ったあと、病院で呪い持ちの患者が暴走してね。あれは恐らくノアの足止めだ。僕がいることも織り込み済みだったんだろう」

 なかなか動き出さない頭で、ぼんやり考える。

「リヨン様を利用して私たちを誘き出したってことでしょうか。私を、殺すために」

 ノエルが呪いから生還し、王族を始めとした貴族が『呪い』について調べ始めた。
 教会にとっては放置できない状況だ。
 大司教という立場にあるノアがノエルを始末しようと考えるのは、不思議でもない。

「全く、とんでもない奴に目を付けられたねぇ。仕方のないだ」

 ユリウスがノエルの前髪を優しく払う。

「ユリウス先生はノア様と、仲が良かったのですか?」

 確かにユリウスとノアは同級生だ。
 だが、ノアが一方的にユリウスをライバル視していただけで、仲の良い友人設定にはしていない。
 ユリウスルートのシナリオでも、ノアへ対応は冷たくあしらう感じで書いていた。

「ただの学院時代の同級生だよ。負けず嫌いで自分が一番じゃないと気が済まない頑固者。今もきっと、そんな感じなんだろう」

 ユリウスの語り口は昔を懐かしんでいるように聞こえる。
 ウィリアムの話を聞いた時も、悲しそうな顔をしていた。

(この世界のノアとユリウスは、私が知っている関係性とは違うのかもしれない)

 すでに展開はシナリオからズレている。
 ノアとユリウス、二人の関係性が変わっている可能性は十分ある。

(ノアと仲が良いとしたら、ユリウスはこの先、どうするだろう)

 この先は確実に教会との対立になる。
 ノアとの対峙も、きっと避けられない。

「今のままだと、私は殺されますか」
「確実にね。ノアは君を認識した。教会は君の存在を放置できない。どんな手を使っても、殺しに来るだろうね」
「はっきり言うのですね」
「遠回しな表現を、君は望まないでしょ。時間を無駄にするのは好きではなさそうだし」

(なんでこの人、私のことよくわかっているのだろう。魔力観測って性格まで見えるのかな。そんな設定、組んでないはずだけど)

 教会が、呪いの生き残りであるノエルを始末するなら、真実を知ってしまったウィリアムは、どうなるのだろう。今ならまだ、引き返せる。だが、リヨンの残した封筒の中身によっては、もう引き返せない。

(引き返さなくていい、シナリオの展開的には。だけど、私のシナリオのラスボスはリヨンだった。今の流れでは、どう考えてもノアがラスボスだ)

 まさか、こんなにハードモードになろうとは。
 今の主要キャラの実力で、ノアに太刀打ちできるとは到底思えない。
 攻略キャラと主人公が死んだら、残るエンディングは世界の破滅だけだ。
 ユリウスがノエルの指輪をつぃ、となぞった。

「この指輪でも、君を守り切れなかったね。ごめんね、ノエル」

 ユリウスの目が憂いを帯びて見える。

(ユリウスは、こんな顔するキャラだっただろうか。……いや、違うな。キャラじゃない、人なのか)

 数パターンしかないゲームの表情とは違う。生きていれば、幾つもの表情をして当然だ。
 人の心は流動し変化する。人との関わりが、希望や絶望が、人を変える。
 本人すら想像もつかないような顔をすることだってある。
 現実の世界だからこそ、創作したキャラ設定の内になんか収まるはずがない。

「この指輪がなかったら、私は生きていなかった気がします。指輪に込められた先生の魔力があったから、今、ここにいられるんじゃないでしょうか」
「でも、君は傷付いた。体は治癒魔法で癒せても、心までは、そうはいかない」

(ユリウスは気付いているんだ。ノアの殺気と魔力に私が怯えているって)

 気の持ち方が大きく影響する魔法にとって、それがどれだけ致命的であるか。
 優秀な魔術師だからこそ深く理解しているのだろう。
 ノエルは、指輪をなぞるユリウスの指に、指を絡めた。

「先生、私に魔術の訓練をしてくれませんか。闇魔法と光魔法を同時に展開できる技術と、それを維持する魔力量が欲しいです」
「中和術を習得したいってこと? 禁忌術には手を出したくないんじゃ、なかったの?」
「覚えたくなりました。他にも、教えてほしい魔術があります。このまま、ノア大司教に負けたままで、泣き寝入りしたくありません。私はまだ、死ぬ気はないです」

 指はまだ、震えている。心もまだ、怯えたままだ。
 ノアの殺気と魔力を思い出すだけで、今でも冷や汗が吹き出しそうになる。

(だからって、このまま負けっぱなしにできるか。ノアだって、私が作ったキャラなんだ。いくらチート設定でも、付け入る隙は見付けられるはずだ。たとえ創作を超えた世界でも、原作者の私ならシナリオを立て直せる)

 思わず手に力が入る。ユリウスの手を強く握った感じになってしまった。
 ユリウスが小さく笑みを零した。ノエルの震える指を撫でるように指を絡ませる。

「ノエルも、かなりの負けず嫌いだね。一人でノアに勝てると思う?」
「思いません。でも、一人でなければ、何とかなります。それに、勝たなくていいんです。負けなければ、それでいい」
「何か策がありそうだね。もちろん、付き合ってあげるよ」

 ユリウスが絡めた指を深めて、ノエルの手を握る。

「あとでマリアが来るはずだから、治癒魔法をかけてもらうんだよ。今日は無理しないで休むこと。体力が戻らない娘に、訓練はしてあげないからね」

 絡んだ指が離れて、熱が逃げる。少しだけ、心細く感じた。
 ユリウスの背中を見送って、ノエルは改めて考えを纏めることにした。

(今はもう、私が書いたシナリオの流れじゃない。けど、結末には辿り着けるはずだ。ラスボスがリヨンからノアに変わっただけで、『呪い』の解呪って目的は変わってない)

 難易度は格段に上がったが、ここからまた、新しいシナリオを展開すればいいだけだ。

(原作者として、ノエル=ワーグナーとして、この先のシナリオを新しく書き換えてやる)

「そういえば、リヨンが勧めてくれた紅茶は、何か意味があったのかな」

 飲んだ後、ノエルにもウィリアムにも特に大きな変化はなかった。

(ただの紅茶だったのかな。じゃぁ、なんであんなに、飲むように勧めたんだろう)

 ちかっと、部屋の隅が光った気がした。
 重い体を持ち上げて起き上がる。が、体がベッドにリターンした。瞼が思い。急に激しい眠気が襲う。

(何で、急に……。まさか、ユリウスが指輪に何かしたのか)

 左の薬指にから、青黒い気が揺らめき立っている。

『ちゃんと休むようにって、いったよね』

という、ユリウスの声が聞こえた気がした。

(指輪に触れていたのは、細工するためか。おのれ、抜かりない)

 ユリウスへの恨み言をぶつぶつと口の中で呟きながら、ノエルの意識は眠りの深淵へ落ちて行った。
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