モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

38.欲しがるエゴと拒むエゴ

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 結局、シエナはノエルにイヤリングを渡しただけで仕事に戻って行った。
 早速、学院の結界の修復作業に入るらしい。
 アーロが手伝い要因に駆り出されていくのを手を振って見送る。

(恐れていた事態にはならなかったし、軟禁もされなかった。良かった)

 ほっと一息吐いたノエルとは裏腹に、長椅子の隣に座るユリウスは、ぼんやりとノエルの指輪を撫でている。
 不機嫌というよりは、不貞腐れているように見える。

(イヤリングのデザインが気に入らなかったのかな? 同じブランドだから?)

「この指輪は僕のオリジナルなんだよ。世界に一つしかない、ノエルにしか使わせないための魔道具だ」

 心を読んだような言葉に、びくりとする。
 呟いたユリウスの声は、独り言のような響きだ。

「そうだったんですね。魔道具を一から手作りなんて、ユリウス先生のこだわりは計り知れませんね。センスもいいと思いますし、やっぱり何でもできちゃうんですね」

 指輪をまじまじと眺める。
 元居た世界にもありそうな、綺麗な意匠だと思う。

(自分のデザインを真似されたのが嫌だったのか。そういうの気にしないタイプだと思ってた)

 何人なんぴとがどれだけユリウスの技術を真似ようと、本物以上の物は作れないのではないかと思う。
 本人も、凌駕するものが現れない限り、誰に真似されようと気に留めなそうなのに。
 現にイヤリングより指輪のほうが強い力を感じる。国王の魔力が低いのではなく、汎用性の問題だろう。
 指輪の方が込められた術式が多い上に複雑なのだ。

 視線を感じて振り向くと、ユリウスが目を見開いて、ノエルを凝視していた。
 訳が分からず首を傾げる。
 大きく息を吐いたユリウスが頭を抱えた。

「世界に一つだけの指輪の意味なんて、君は知らないか」

 ノエルは首を傾げた。

(意味? 意味があるのか。これは聞いた方がよさそう、かな)

 そんな設定は作っていないから、知らない。
 この世界に元からある、シナリオとは関係ない意味合いなんだろう。

「それって、どういう……」
「ねぇ、君って、歳はいくつなの?」
「歳、ですか? 十六ですけど」
「ノエルの年齢は知っているよ。そうじゃなくてさ、君の年齢」

(ああ、中身の話か。そういえば、話したことなかったかも。聞かれなかったし、言う必要もないし)

 何故今更と思うが、ユリウスが興味津々なので、とりあえず素直に答える。

「二十四歳でした」
「ふぅん。二十四なら、僕と同じだね」

 ユリウスがノエルの髪をくるくると指に巻き付けて、何気なく言う。
 ノエルの頭に稲妻が落ちた。

(そういえば、そうだ。作った時は年上だったのに! 時の流れとは無常だな……)

 この乙女ゲのシナリオを書いたのは二年前だ。
 あの時はユリウスの方が年上だった。

「ロキのこと、子供っぽく見えない?」

 ちょっと不貞腐れた顔でユリウスがノエルの髪を弄ぶ。

(やけにロキに突っかかるな。さっきのこと、そんなに気に入らなかったのか)

 ロキのことを思い浮かべる。
 先ほどのロキの言葉や行動を思い出すと、慣れない感情が動きそうになる。

(あんなこと言われたのは生まれて初めてだし、嬉しくないわけじゃない。真っ直ぐに自分の想いを相手に伝えるって、すごいな。私には真似できない)

「あんまり、子供っぽく感じないかも。むしろ私より大人っぽい……」

 ロキの年齢設定は、確か十七だったはずだ。

(なんであんなにしっかりしてるの、あの子。いや、よくよく考えたら皆しっかり者だよ。ゲームのメインキャラだからなのか。大人びて作りすぎたか)

 我ながら、愕然とした。

「本当に? 君、本当に二十四歳? 大丈夫?」

 本気で心配されて、イラっとする。

「ユリウス先生にだけは言われたくないです。なんなら先生が一番、子供っぽいです」
「へぇ。なら、子供っぽい僕と、遊んでよ」

 ノエルの髪を弄んでいた手が後頭部に伸びる。
 顎を指で軽くいなされて、すぐに唇が触れた。
 重なるのに慣れた唇を押し退けた舌がノエルの口を開かせる。
 舌と舌が絡まる。

(また……、また、この人に流されてしまう……)

 抵抗する腕はユリウスの長い腕に拘束される。
 離れようとしても、頭を押さえられて、逃げられない。

「ぅん……や、ぁ……は、ぁ……ん」

 吐き出す言葉は吐息に飲まれて、搔き消える。

「ぁ……、ノエル……」

 水音の合間に小さく響いたユリウスの声に、ドクンと心臓が跳ねた。
 ユリウスの腕がノエルを強く抱いて、体がぴたりと密着する。

(前より、熱い)

 頭の芯がぼぉっとして、体が抵抗を止めた。ユリウスに縋り付いて、体温を貪る。

(ダメだ。これ以上、この人に縋っては、ダメなのに)

 求められることに安堵する自分を受け入れてしまいそうになる。
 なけなしの理性で、ノエルはユリウスの体を押し返した。
 ユリウスが動きを止めて、ゆっくりとノエルから唇を離す。

「蕩けて好い顔になったね。僕との遊びは、楽しい?」

 見上げたユリウスの顔がまだ熱を帯びている。今にも食らい付いてきそうな表情だ。
 体にうまく力が入らない。媚薬でも盛られているのではないかと思う。

「……先生は、狡い」

 気付きたくない、気付いてはいけない、これ以上は。
 顔を見ていられなくて、ノエルは睫毛を伏した。
 ユリウスがノエルの体を抱えて膝の上に座らせた。腰に腕を絡ませて、頭を抱く。

「煽ったのはノエルだよ。自業自得。ねぇ、君の本当の名前を、教えてよ」
「嫌です」

 前にも同じ質問をされた。
 あの時も、同じような状況で、同じように断った。

「どうして?」
「呼ばれたくないからです」
「どうして、呼ばれたくないの?」

 何故そこまで、前世の名前に執着するのだろう。
 断ったりしたから、余計に好奇心を煽ったのだろうか。

「前の名前が、嫌いだからです。あの名前を、ユリウス先生に呼ばれたくない」

 親が期待を込めて付けてくれた名前。
 でも自分は親の期待通りの娘にはならなかったし、なりたくもなかった。
 だから、あの名前が嫌いだ。

「呼ばないよ。本当は名前なんか、何だって良いんだ。ただ君を、知りたいだけだよ。僕だけが知っている君を増やして、君を知ったつもりになりたいだけなんだ」

 ノエルの額に口付けて、頬を寄せる。
 彷徨うノエルの手が、ユリウスの手を握った。

「ユリウス先生より、私を知ってる人なんか、この国にいません。だから……」

(だから、これ以上、甘やかさないでほしい。傍にいるのが当たり前だなんて勘違いを、させないでほしい)

 本当は隣にいるべきでない自分が、いつか離れなければいけない時に、すぐに離れられるように。
 そういう距離でいさせてほしい。

「気が向いたら、教えます」

 気持ちとは裏腹な言葉が、口から零れ落ちた。

「うん、わかった。それまでに、君の体にたっぷりと僕を刻み込んでおこうね。この瞳に僕以外を映したくなくなるくらいに。僕から離れる気なんか、おきない程に」

 熱が浮いた指がノエルの目尻を撫でる。
 目を閉じたら、ユリウスの唇が、落ちてきた。
 重なって、離れて、食まれて、深く貪られて、抵抗できない体がユリウスを求める。

(ロキにあんな風に言われて、舞い上がっているだけだ。ちょっと変なんだ、きっと。今日だけ、今だけ、この一度きりで、終わりにしよう)

 自分に言い聞かせて、ユリウスの手を握った。
 指と指を絡めた手を強く握られる。
 ノエルは今だけ、ユリウスの体温に身を預けた。
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