恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月九日:捩花3

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「み、見えませんよ!!」

 三浦は大きな声で叫ぶ。
「え~!もっとちゃんと見てくださいよ~。―――あ、やばいやばい喰われる」
 華火が焦りながら走る速度を上げた。
「喰われるってっ……!!まだ平気と言っていたじゃないですか!!」
「まだ人は食べれないと思うんですけど、ものすごく食べようとする意思を感じるんですよね~」
 本能的なものですかね、と華火は首を傾げる。
「そんな曖昧なっ!」
「私だってわからないんです~~!」
 ただ、と華火は続けた。

「今まさに、喰べたくてしかたないんですよ。―――私たちを」

 華火は冷や汗をかいていた。
【キョォォォッォウウウウゥゥオオゥ、ィィィィイイギィィ】
「前に遭った時とはずいぶん姿が変わっていて、見た目は人よりも獣に近いですかね」
 じりじりと後ろに下がる華火に三浦は聞く。
「勝算、とかあるんですよね」
 三浦は小声で聞く。
「このままアレが誰も喰べずに学校まで来てくれれば」
「学校・・・」
 三浦はそれで何かと納得した。
「学校に私を引き留めていたのはこのため、ということですか」
「・・・友達と喧嘩したのは本当、ですよ」
 華火は少しずつ後ろに下がり、真横の路地へダッシュで入り込む。
「千歳さん、悪霊に拳銃は効きますか?!」
「効かないと思います~!」
 華火が後ろをちらりと見ると、ゆっくりと一歩一歩近づいていた。しばらくすればまたあの超ジャンプが来るだろう。
「じゃあ逃げながら学校に戻るしか手はないんですね!」
 というか本当にどうにかなりませんか!このお姫様だっこの状態は……!!
 三浦は心から知り合いに見られないことを祈っていた。
「あの」
 三浦の顔を覗きこむ華火の眼には希望があった。
「三浦さん、一応学校に戻らなくてもどうにかなるかもしれないんですけど、手伝ってもらえたりしませんか?」


 路地を抜けた大通り。三浦は一人立っていた。三浦には悪霊の類は見ることも感じることも出来ない。だが、ここまで地面が凹む、などの物理的な足跡があれば、いることを認識は出来る。つまり距離感を計れる。
「鬼さんこちら、だ!!」
 三浦は走った。
 地面がひび割れる音は心臓に悪い。正直、死を覚悟してしまう。怖い。
 それでも三浦は走る。死にたくないからだ。
 正直あの女子高生が腹立たしい。ほぼ無関係の大人を最初から餌にするために呼び出していたのだ。人の心なんて記憶と一緒に捨てたような所業だ。ちくしょう。
 三浦は走る。
 記憶も人の心も捨てた少女に、生きてお説教をしてやる。こんな無茶は二度としたらダメだと教えてやらなければ。
 前だけを見て走り続ける。
 足はもう棒きれのようだった。だが止まることはなかった。これが本当にかっこいい大人だと見せつけるために。
「くっそ、見てろよ!!!」
 なかなか聞けない三浦の悪態である。
 見えない何かの気配を感じながら、必死に走り続け、角を曲がっては崩れる建物に恐怖する。そして、千歳華火が示したポイント、大通りまで走り抜く。

「見てました。―――ありがとうございます」

 三浦と入れ違いで華火はソレと対面する。堂々と正面から。
「必要なのは陣とティッシュ。それなら、陣は書けばいい」
 華火は柏手を一回鳴らす。
『此方に居わすは弓引く者の代行者 彼方に居わすは汝の瞳を潰す者 土塊 大気 交わるは彼の地』
 華火が詠唱に合わせてソレの足元が光始める。今度は柏手を二回鳴らした。
『遍く光を閉じ込める』
 目線は常に目の前の悪霊へ。
黒鍵拘こっけんこう
 沖峰浄呉だったものはどんどんと地面に吸い込まれて行くようだった。正確には地面に描いた陣の上に一枚被せておいたティッシュに。
【ォウギィイ、ウゥウウゥゥゥゥオウウウオオォオゥ、ギ、ギ、ギ】
 声にならない断末魔だと華火はぼうっと事の終わりを見ていた。
【ゥオウウウオオォオゥ、ギ、ギ、キ、ジィジガ・・・。ウ?ゥウオ】
 断末魔が止まっていた。華火の目に映ったのは、割かれたティッシュが宙を舞っているところだった。そして真っ暗な目が華火を捉えていた。
「っつ、くっそ!」
 華火はかろうじて後ろに思い切り飛んだが、少しだけ遅かった。
「千歳さん!!」
 三浦の声には驚きと焦りがあった。何が起こったのか全くわからない中、一瞬で目の前の千歳華火少女から血が流れていたからだ。
 華火の二の腕が抉られていた。
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