恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月九日:捩花5

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 華火は右目で現在を、左眼で少し先の未来を視ていた。
 実際に未来が見えているわけではなく、予測ではあった。だがたった一瞬先の予測でも、今の華火にとっては、未来をつかみ取っているような、そんな全能感があった。
 それは極限状態が引き出したものか、素質か、化物としての残滓か。千歳華火は函嶺が使っていた未来予測を、無意識に行っていた。たった一瞬、時間にして一、二秒、そんな一瞬先の未来を、絶えず、予測し続けていた。

 華火は絶妙にソレの腕を躱しながら、誘導する。左眼に写るソレをなぞるように。
 華火はじりじりと押されていた。そう見えるよう・・・・・、仕向けた。
 ソレの腕を躱すように、大きく飛んだ。再び、柏手を一つ鳴らす。
 抉られた二の腕が死ぬほど痛い。涙が出てくる。
 だが、今だった。ソレの注意が上に向いた。この場所で。この状況を作りたかったのだ。

『此方に居わすは弓引く者の代行者 彼方に居わすは汝の瞳を潰す者 土塊 大気 交わるは彼の地』

 再び華火の詠唱とともに、地面が黒く染まる。先ほど失敗した時とは比べられないほどの、力を感じた。

『遍く光を閉じ込める』

 この場所、学校という敷地内は特別だった。函嶺という神様が居つき、千歳華火と忍冬矜が終わった場所。

『黒鍵拘』

 神様の後押しを受け、千歳華火の抜け殻である私は、本来以上の力を引き出せる。

 先ほどよりも綿密に組まれた陣は、より力強く、華火も手ごたえを感じた。小さかった筈の陣が大きく広がり、奴を飲み込む。このまま黒いキューブ状のものが出来上がって終わりだと、思えた時だった。

「千歳さん!!!」

 三浦の声にハッとした。沖峰浄呉だったものは自らの手から爪のようなものを出していた。そして、ソレは術を割いていた。

 華火より三浦の方が気づくのが早かった。華火は術式の光によって一瞬、目くらましを食らったような状態であった。遠目で見ていた三浦は、空気が蠢き、術により封じられる瞬間、化物の姿が見えた。幻のように、揺らめいて見えた。その揺らめきが校庭の砂を弾いたように見えたのだ。

 しかし気づいたときにはもう遅かった。三浦と華火は距離が離れていた。ろくに視えない三浦。
 沖峰浄呉だったものの目が、大きな口が、しっかりと華火を捕える。
 華火は死んだと思った。大きな牙が腹に食い込んだ瞬間に全てを覚悟した。既に華火の眼も元に戻っており、立っているのも限界だった。

 ・・・祭ちゃんに結局謝れなかったな。

 転ぶとき、一瞬時間がゆっくりになる、ということがあると言うが、今の華火はまさにその状態だった。三浦の顔も何故かしっかりと見る余裕さえあった。

 三浦さんの顔、余裕なさ過ぎて面白いことになってる。

 死んだと思った。
【ォォオ、ボクノ、カミ、ィィィッィ、キョウ、イッショ】
 もう駄目だと観念した。
 それでも、喰い込んだ牙が本当に華火の肉を貫くことはなかった。
 気づけば沖峰浄呉だったものは真っ二つに割かれ、火柱と共に、上半身は宙へ、下半身は立ったまま血のようなものを吹き出していた。
「え・・・」
 華火は今の状況が理解できなかった。沖峰浄呉だったものの上半身から大量の血のシャワーが空から降り注いでいる。
 気づけば、目の前でソレの身体をちぎり、喰う者がいた。
「なんだ、ただの悪霊かと思ったが、生霊との混合種か。面白いな」
 知っている声だった。

「面白いが、あまり美味いものではないな」

 大人びた話し方に合わない、かわいらしい声だった。
 声に負けない可愛らしい顔立ちだった。
 そして私立函嶺高校の制服を着ていた。

「また会ったな。お前も、面白いな」
 恋ノ晴奈都。なっちゃん。
「なっちゃん・・・?どうして。・・・助けて、くれたんですか?というか、いつからここに・・・」
 そもそも、貴女は一体・・・。
 華火の心情を知ってか知らずか、なっちゃんと呼ばれた女は考えるような素振りをしながら食事を続けた。ガツガツと、まるでフランスパンをかじるように。
 落ち着けば、顎に手を当てて考える素振りをする。
 ふむ、と。

「私は昔から人を驚かすのが好きなんだよ」
 ―――よしなに。
 真っ赤な血を被りながら、とても楽しそうに笑う女だった。

 遠くからその様子を見ていた三浦は驚いていた。
 千歳華火と話している少女がどうにかしてくれたようだったが、そのことに驚いているわけではない。その少女を、三浦は知っていた。否、見たことがあった。須永縛が渡してきたデータに映っていた少女。須永でさえ避けている少女。
「・・・なるほど」
 須永は最初からこの事件の真相を知っていたのだ。知った上で自分に手を引けと言ってきたのだ。それは友人としてのおせっかいだったのだろう。誰が想像できようか、超人的な力を持つ少女と出会い、視えないものに殺されそうになり、最後は火柱を出す少女まで現れることを。
「こんなことになるなら、本当にお前の言うことを聞いておくべきだったかもしれませんよ」
 考えることを放棄した三浦は、高校を卒業してから約十五年振りに校庭に座り込んだ。スーツが校庭の砂で汚れることなど、微塵も考える余裕などなかった。
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