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第10章 夏の日差しと傷痕

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 インダストリア邸でデゼルと対峙し、何事もなく終わるはずの任務がとんだ大事おおごとになってしまった。
 幸い死者は出なかったが、怪我の治療と爆破されたグレイテル・パークの後処理には時間がかかりそうだ。

 そんな事件があった反面、モヤモヤと頭の隅で居座っていた不安はあっさりと取り除かれることとなる。

「また、デゼルに会ったんだって? 怪我は?」

 任務から俺が帰還してみれば、何てことはない。エイドは既に任地から戻って来ていた。
 俺が帰ってくるや否や、すでにデゼルと会ったという情報を耳にしていたらしいエイドに質問攻めにされる羽目になる。相変わらず、過保護ぶりは健在だった。

「俺のことは心配いらない。デゼルの件は、後でちゃんと話す。それよりも、何で手こずってたんだよ」
「ちょっと色々あってさ。……うん、見たところ大きな怪我はしてないみたいだな。でも、疲れてるだろ? ちゃんと身体を休めないと駄目だぞ」

 任務からの帰還が遅れていた理由を聞いても、エイドははぐらかすばかりだった。
 今回ばかりは、と追求してみる。

「何の任務だったんだ?」
「んー……それは言えないかな。だけど、心配するほどのものじゃないよ。別に戦闘任務ではないし」

 言えないということは、何か重要機密に触れているからなのだろう。戦闘任務でないとはいえ、それが安全だとは言い切れない。しかし、こいつをいくら問い詰めたところで、それを教えてはくれないのだろう。

「おーい、エイドー」

 隊員たちの出入り用エントランスで話していると、茶髪の青年が右手を挙げながらこちらに歩いてくるのが見えた。それは、最初にデゼルと対峙した時に会った、運搬部隊のエースであるサナキだった。
 基本的にマイペースなのか、呼び止めてエイドが気づいたことを確認してからも急ぐ様子はなく、ゆっくり時間をかけて歩いてくる。

「今年も参加するだろ? 海岸警備」
「他の任務が被らなければ、そのつもりだよ」

 サナキの問いかけに、エイドは頷く。はて、海岸警備なんて任務があっただろうか。

「ま、お前は参加しなくても金に困ることないくらいには働いてるだろうけどなー」
「それはサナも同じじゃないか。最近、運搬部隊も忙しいって話なのに大丈夫なの?」
「オレは新型飛行機強化のために、ちょっと欲しいパーツがあってさ。こいつがちょっと値が張るんだよなー。午前中だけ海岸警備に参加して、その後すぐに戻れば任務に間に合うからヘーキ。じゃ、とりあえずお前の分も申し込みしとくから」
「相変わらずタフだね。じゃあ、お願いするよ」

 この後も任務があるらしく、サナキはそのまま外へと出ていった。

「海岸警備って、そんな任務あったか?」
「任務じゃなくて、期間限定のアルバイトだよ。とはいえ、参加者の半分くらいはアブソリュートの隊員たちだけどね」

 率直に疑問を述べれば、そんな答えが返ってくる。夏場はそこで稼ぐ隊員たちも多いのだそうだ。

「あいつ任務もあるって言ってたけど、大丈夫なのか?」
「あの様子だとかなりハードなスケジュール組んでるんじゃないかな。まぁ、サナはじっとしてることの方が少ないから苦でもないんだろうけど。休暇でも、どっか出かけてるみたいだし」

 見た目によらず、随分と体力があるんだな。俺も、任務がなければ海岸警備とやらに参加してみようか。久しぶりに「最後の砦」で買い出しもしたい。約束もあるし、看板娘ルルの父バルドのところにも顔を出した方がいいだろう。

 そう考えていると、サナキと入れ替わるようにしてソワンが歩いて来るのが見えた。その表情は、作戦部隊隊長としての至って真面目なものだ。

「エイド、少し話があるの。最高司令官室まで来てもらえるかしら? 」
「母さ……ソワン隊長、分かりました。申し込みしてもらって早々、別な任務でも入るかな」

 ソワンが直々に来るというのは、何か重要な任務関係だからだろうか。

「エイド、あんまり深く関わりすぎるなよ」

 そう忠告しても、エイドは大丈夫だと言って笑うだけだった。

****

 夕食の時間、エイドも話が終わって戻ってきていたため、久しぶりに食堂の同じテーブルについた。
 今月の料理当番は作戦部隊。ソワンが厨房に入っていないことを確認してからカレーライスを注文した。
 食事を始めて少しして、俺は尋ねる。

「それで、どうだったんだ?」
「海岸警備には参加できるよ」

 ハンバーグを食べながら、エイドはそう言った。

「任務の話じゃなかったのか?」
「いや、その話だったけど、少し休暇をもらったんだ。長期の任務に入るから、その準備期間として」
「長期?」

 その単語に、俺はスプーンを止める。エイドも同じく手を止めると、俺の方を見て答えた。

「アイテール城の警備に回ることになった」
「なっ!? いや、でもお前なら任されてもおかしくはないのか」

 思わず大きな声を出してしまい、周囲の視線が刺さる。ここは多くの隊員たちが利用する食堂であることを忘れていた。慌てて声のボリュームを下げる。

 アイテール城は、アイテール王国の首都アイテールにそびえ立つ、この国のシンボルともいえる建造物だ。ここアブソリュート本部が同じ地域に位置しているのも、そこに暮らす王族の警護目的を兼ねているからだった。
 アイテール城の警備を任されるのは組織内でも上位の隊員だけで、それに選ばれるというのは大変名誉なこととされている。

 エイドの力を考えれば、別に驚くことでもないのかと思い直す。
 本人は言わないが、デゼル関係の危険な任務に首を突っ込んでいるのはほぼ確実だろう。それと比べれば、そっちの警備に回ってくれる方が安全かもしれない。

「今、城勤めしてる仲間が任期を終えるから、それと交代でね。その中のひとりはゼロっていう、前に話した入隊試験の時に筆記・実技共に2位だった全属性使いコアマスター。最高司令官の息子だよ」
「え」

 再び食事を続けるために動かした手が止まる。司令官、息子いたんだな。
 聞いたところ、ゼロは作戦部隊に所属しているらしい。

 組織の最高司令官は、作戦部隊から選ばれることが多い。事実、現司令官のネオもそのひとりだ。
 そして、次期司令官の座に最も近いと言われているのは、エイドの母でもある作戦部隊隊長のソワンであるのだが。ソワンが隊長になると決まった時は、現副隊長のヴァイルがその座を狙って騒いだらしいが、ネオに一喝されたらしい。
 彼もいつか、父のようにその座につくのだろうか。

「ちょっと変わってるかもしれないけど、悪い奴じゃないから。ただ、あいつの前で規則違反は絶対するなよ。面倒なことになるから」
「ふーん、分かった」

 厳しいやつなのだろうか。司令官の息子ともなればそうなのかもしれないが。

 食事のあと、俺も海岸警備に申し込むことにした。後から知ったが、ルーテルも仲間たちから誘われて参加するらしい。
 ロジャードは補習に引っかかり、留守番になったが。
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