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第20章 望まぬ対峙
⑥
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光が収まった後、地面に横たわっていたのは整った顔をした男だった。先ほどまで戦っていた相手と姿が違っていたため困惑する。
「今まで戦ってたのって、テミスの局長だったんだ……」
気を失っている男の顔を確認し、ロジャードが目を丸くする。その言葉に改めて男の顔を確認すれば、彼の言う通りそこにいたのはテミスの局長アンヘルだった。戦闘態勢が解かれたことで、普段の姿に戻ったのだろう。
天使の力を持つ男だとは聞いていたが、先ほどの見た目からすれば、それだけではなさそうだ。彼が隠していたことは、ディオスの仲間だったこと以外にもありそうだった。
意図してはいなかったが、俺達は本来の目的を達成していたらしい。その場にいた隊員たちでアンヘルの身柄を拘束する。この後のことは、組織に連れ帰ってから処遇を決めてもらえばいい。
そこまで終わってから、俺はもうひとりの方へ歩み寄った。以前、森で出会った少女。シランスに救ってくれと頼まれた、ルインディアの元へ。
「なぜ、そなたがここに……どうして、私を……」
あの強気な様子はなりを潜め、弱々しい声で問いかけてくる。
この少女も、ディオスの仲間で間違いないだろう。救ってくれと頼んできたシランスもそうだ。彼の願い通り、ルインディアのことを助けることができるのかは分からなかった。少女の身柄は組織に拘束され、然るべき判断が下されるだろうから。組織の一員である以上、俺にも抗えないものはあった。
今後、この少女がどうなるのかは分からない。だが。
『力に縋ることでしか生きられなくなったあの子を、救ってくれ。強大な力の呪縛から、解放してやってくれ』
強大な力の呪縛からの解放。それが、シランスの望みだった。
あいつにとっても、俺は敵だったはずだ。その願いを本当に叶える気があるのかも、本当に叶えられるものなのかも分からない。それでも、あいつはこの少女のために命を懸けた。
俺はどうするべきか、少し考えた後、自分も屈んで膝をつくルインディアと視線を合わせる。
「シランスから、お前のことを救ってくれって頼まれた」
「あやつは、どうした?」
彼の名を出した途端、食い気味にルインディアが詰め寄ってくる。
その問いかけには答えにくかった。実際にシランスがどうなったのか見たわけではないが、別れてからそれほど時間を空けずにデゼルがテミスに現れた。約束通り彼がデゼルの足止めをしてくれていたのだとしたら、シランスの身によくないことがあったのだろうと想像できたからだ。
俺がなかなか口を開かないことから察したのか、少女は力なく言葉を発する。
「……あやつも、私のことを置いていくのだな」
「あいつは、お前のことを凄く心配してた。自分が裏切り者になっても、守ろうとしてたんだ。あいつにとって、お前がそれだけ大切な存在だったんだろ」
「大切……あやつにとって、私が……」
俺の言葉に、彼女はしばらくぶつぶつと呟いていた。
その呟きが止まると、俯いていた少女とようやく視線が合う。そして、少し迷った後、問いを投げかけてきた。
「……私は、あやつにとって、必要であったと思うか?」
「そうじゃなかったら、体張ってまで頼んだりしないだろ」
その答えに、少女の瞳が揺れる。
彼女も、自分の力を認め、必要とされたかっただけなのだろう。きっと、シランスは彼女のことを認め、必要としていた。ディオスのように「利用」していたのではなく、本当の意味で。
けれども、近くに居過ぎたせいで、シランスが彼女のためにかけた言葉や行動が当たり前になり、気がつかなくなってしまっていただけなのだろう。
誰かに認められ、必要とされるためには強い力が必要。それは、勘違いだ。強い力の前に反抗できなくすることは、ただ「支配」しているに過ぎない。認められても、必要とされてもいない。むしろ、ひとの心は離れていく。
何かを破壊し続けなくても、強がらなくても、すでに欲しかったものは手に入っていたというのに。周囲に疎まれながらも、決してひとりではなかった。その姿が、どこか自分と被る。
「俺だって似たようなもんだよ。俺も、力のコントロールができなくて傷つけた人に、居場所をもらった。俺も、お前も、自分自身はどうしようもないやつだけど、周りの環境には恵まれてたんだ」
「私が、恵まれていた?」
「命を懸けてまで、自分と向き合ってくれたひとがいたんだ。十分、恵まれてると思うぞ」
俺も、命を懸けてまで自分と向き合ってくれた人たちがいた。どうしようもない俺だけど、環境には恵まれていたと思う。
今まで自分のことで精一杯で、他のひとのことを考えることはなかった。目を背けていた。自分は危険な存在であるのだから近づくな、近づかせるなと、ずっと思っていた。
だが、それはただ逃げているだけだったのだろう。どうして、危険を冒してまで自分と向き合ってくれたのか。それを、きちんと考えるべきだった。
大切に、されていたんだろう。どれほど突き放しても、突き放されることはなかった。お人好しなひとたちだと呆れることもあったが、それに救われて生きてきたのだ。むず痒い気持ちもあるが、それ以上に温かい。
「だから、今度は俺たちが向き合う番なんだ。今まで、遠ざけることしかできなかったひとたちと」
エイドが何らかの力で操られているのなら、今は敵側に回ってしまっているだろう。
だが、たとえエイドと対峙し、突き放されることになったとしても、俺は最後まで向き合おうと決めた。
****
アンヘルとルインディアの身柄を組織に預けるため、エルフィアと他数名の隊員たちは本部へと帰還していった。
それを見送ってから、俺、ルーテル、ロジャード、タリアは城下町で起こっている暴動を鎮静化させるため、加勢を試みていた。ディオスと直接接触しているであろうデモリス隊長たちの仕事を増やすわけにはいかない。
やはり、こうして町中を駆け回っていると、一般市民に紛れて城の兵士らしき姿も見受けられる。あの兵士たちは、果たしてどちらの味方なのだろうか。
誰が味方で、敵なのか分からない中、暴動を抑え、怪我人を出さないことを最優先にしていた。
路地裏に回ってみると、そこでも数人の男たちが言い争っているようだった。
止めなくてはと一歩足を踏み出したが、その声は一瞬で消える。先ほどまで声を荒げていたのが嘘のように、バタバタとその場に男たちは崩れ落ちていった。
呆気にとられながらも、ひとりの男がまだ立っていることに気がつく。その男の顔を見た俺の口から、自然とその名が零れた。
「エイド……」
やっと、見つけた。
しばらく顔は見ていなかったが、そう簡単に忘れるわけがない。だからこその違和感。確かに彼はエイドに間違いないが、こんな目をしている男ではなかった。名前を呼ぶと、ぴくりと反応してこちらに視線を向ける。
その瞳は虚ろで、こちらを見据えているにも関わらず、俺のことを認識してはいないようだ。俺の後方でエイドの存在に気がついたルーテルたちも、怪訝そうな顔をしている。
「エイド、ずっと探してたんだ。俺だけじゃない、ソワンもアムールも、ルーテルも……みんな、お前のことを心配してる」
「この先へ進む者は排除する」
会話は成立していなかった。もしくは、聞こえてはいても、応える気がないのか。
エイドの後ろに続く道をずっと進めば、アイテール城に辿り着く。やはり、エイドは操られていると考えるのが妥当なのだろうか。自分からディオスの仲間になってしまったのだとは考えたくない。それは、俺の記憶にあるエイドからはかけ離れた姿だったから。
本当にエイドなのだろうかと疑いたくなるような冷え切った声。何より、訓練でもないときに、こうして俺に向かって刃を向けてくることなどなかった。本当に、今は敵側にいってしまっているようだ。
「帰ろう、一緒に」
それでも、俺はそう言った。俺の言葉など、もう届いていないかもしれない。
それでも、俺はエイドに戻って来て欲しかった。他の隊員たちに見つかる前に、俺がエイドを見つけることができたのは奇跡だろう。最悪の事態も考えた。もう、エイドは他の隊員に見つかってしまっているのではないかと。
だが、まだチャンスはあった。俺が連れ戻せれば、まだ。
かつて、エイドが俺を生かしてくれたように。今度は、俺が助ける番だ。
「今まで戦ってたのって、テミスの局長だったんだ……」
気を失っている男の顔を確認し、ロジャードが目を丸くする。その言葉に改めて男の顔を確認すれば、彼の言う通りそこにいたのはテミスの局長アンヘルだった。戦闘態勢が解かれたことで、普段の姿に戻ったのだろう。
天使の力を持つ男だとは聞いていたが、先ほどの見た目からすれば、それだけではなさそうだ。彼が隠していたことは、ディオスの仲間だったこと以外にもありそうだった。
意図してはいなかったが、俺達は本来の目的を達成していたらしい。その場にいた隊員たちでアンヘルの身柄を拘束する。この後のことは、組織に連れ帰ってから処遇を決めてもらえばいい。
そこまで終わってから、俺はもうひとりの方へ歩み寄った。以前、森で出会った少女。シランスに救ってくれと頼まれた、ルインディアの元へ。
「なぜ、そなたがここに……どうして、私を……」
あの強気な様子はなりを潜め、弱々しい声で問いかけてくる。
この少女も、ディオスの仲間で間違いないだろう。救ってくれと頼んできたシランスもそうだ。彼の願い通り、ルインディアのことを助けることができるのかは分からなかった。少女の身柄は組織に拘束され、然るべき判断が下されるだろうから。組織の一員である以上、俺にも抗えないものはあった。
今後、この少女がどうなるのかは分からない。だが。
『力に縋ることでしか生きられなくなったあの子を、救ってくれ。強大な力の呪縛から、解放してやってくれ』
強大な力の呪縛からの解放。それが、シランスの望みだった。
あいつにとっても、俺は敵だったはずだ。その願いを本当に叶える気があるのかも、本当に叶えられるものなのかも分からない。それでも、あいつはこの少女のために命を懸けた。
俺はどうするべきか、少し考えた後、自分も屈んで膝をつくルインディアと視線を合わせる。
「シランスから、お前のことを救ってくれって頼まれた」
「あやつは、どうした?」
彼の名を出した途端、食い気味にルインディアが詰め寄ってくる。
その問いかけには答えにくかった。実際にシランスがどうなったのか見たわけではないが、別れてからそれほど時間を空けずにデゼルがテミスに現れた。約束通り彼がデゼルの足止めをしてくれていたのだとしたら、シランスの身によくないことがあったのだろうと想像できたからだ。
俺がなかなか口を開かないことから察したのか、少女は力なく言葉を発する。
「……あやつも、私のことを置いていくのだな」
「あいつは、お前のことを凄く心配してた。自分が裏切り者になっても、守ろうとしてたんだ。あいつにとって、お前がそれだけ大切な存在だったんだろ」
「大切……あやつにとって、私が……」
俺の言葉に、彼女はしばらくぶつぶつと呟いていた。
その呟きが止まると、俯いていた少女とようやく視線が合う。そして、少し迷った後、問いを投げかけてきた。
「……私は、あやつにとって、必要であったと思うか?」
「そうじゃなかったら、体張ってまで頼んだりしないだろ」
その答えに、少女の瞳が揺れる。
彼女も、自分の力を認め、必要とされたかっただけなのだろう。きっと、シランスは彼女のことを認め、必要としていた。ディオスのように「利用」していたのではなく、本当の意味で。
けれども、近くに居過ぎたせいで、シランスが彼女のためにかけた言葉や行動が当たり前になり、気がつかなくなってしまっていただけなのだろう。
誰かに認められ、必要とされるためには強い力が必要。それは、勘違いだ。強い力の前に反抗できなくすることは、ただ「支配」しているに過ぎない。認められても、必要とされてもいない。むしろ、ひとの心は離れていく。
何かを破壊し続けなくても、強がらなくても、すでに欲しかったものは手に入っていたというのに。周囲に疎まれながらも、決してひとりではなかった。その姿が、どこか自分と被る。
「俺だって似たようなもんだよ。俺も、力のコントロールができなくて傷つけた人に、居場所をもらった。俺も、お前も、自分自身はどうしようもないやつだけど、周りの環境には恵まれてたんだ」
「私が、恵まれていた?」
「命を懸けてまで、自分と向き合ってくれたひとがいたんだ。十分、恵まれてると思うぞ」
俺も、命を懸けてまで自分と向き合ってくれた人たちがいた。どうしようもない俺だけど、環境には恵まれていたと思う。
今まで自分のことで精一杯で、他のひとのことを考えることはなかった。目を背けていた。自分は危険な存在であるのだから近づくな、近づかせるなと、ずっと思っていた。
だが、それはただ逃げているだけだったのだろう。どうして、危険を冒してまで自分と向き合ってくれたのか。それを、きちんと考えるべきだった。
大切に、されていたんだろう。どれほど突き放しても、突き放されることはなかった。お人好しなひとたちだと呆れることもあったが、それに救われて生きてきたのだ。むず痒い気持ちもあるが、それ以上に温かい。
「だから、今度は俺たちが向き合う番なんだ。今まで、遠ざけることしかできなかったひとたちと」
エイドが何らかの力で操られているのなら、今は敵側に回ってしまっているだろう。
だが、たとえエイドと対峙し、突き放されることになったとしても、俺は最後まで向き合おうと決めた。
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アンヘルとルインディアの身柄を組織に預けるため、エルフィアと他数名の隊員たちは本部へと帰還していった。
それを見送ってから、俺、ルーテル、ロジャード、タリアは城下町で起こっている暴動を鎮静化させるため、加勢を試みていた。ディオスと直接接触しているであろうデモリス隊長たちの仕事を増やすわけにはいかない。
やはり、こうして町中を駆け回っていると、一般市民に紛れて城の兵士らしき姿も見受けられる。あの兵士たちは、果たしてどちらの味方なのだろうか。
誰が味方で、敵なのか分からない中、暴動を抑え、怪我人を出さないことを最優先にしていた。
路地裏に回ってみると、そこでも数人の男たちが言い争っているようだった。
止めなくてはと一歩足を踏み出したが、その声は一瞬で消える。先ほどまで声を荒げていたのが嘘のように、バタバタとその場に男たちは崩れ落ちていった。
呆気にとられながらも、ひとりの男がまだ立っていることに気がつく。その男の顔を見た俺の口から、自然とその名が零れた。
「エイド……」
やっと、見つけた。
しばらく顔は見ていなかったが、そう簡単に忘れるわけがない。だからこその違和感。確かに彼はエイドに間違いないが、こんな目をしている男ではなかった。名前を呼ぶと、ぴくりと反応してこちらに視線を向ける。
その瞳は虚ろで、こちらを見据えているにも関わらず、俺のことを認識してはいないようだ。俺の後方でエイドの存在に気がついたルーテルたちも、怪訝そうな顔をしている。
「エイド、ずっと探してたんだ。俺だけじゃない、ソワンもアムールも、ルーテルも……みんな、お前のことを心配してる」
「この先へ進む者は排除する」
会話は成立していなかった。もしくは、聞こえてはいても、応える気がないのか。
エイドの後ろに続く道をずっと進めば、アイテール城に辿り着く。やはり、エイドは操られていると考えるのが妥当なのだろうか。自分からディオスの仲間になってしまったのだとは考えたくない。それは、俺の記憶にあるエイドからはかけ離れた姿だったから。
本当にエイドなのだろうかと疑いたくなるような冷え切った声。何より、訓練でもないときに、こうして俺に向かって刃を向けてくることなどなかった。本当に、今は敵側にいってしまっているようだ。
「帰ろう、一緒に」
それでも、俺はそう言った。俺の言葉など、もう届いていないかもしれない。
それでも、俺はエイドに戻って来て欲しかった。他の隊員たちに見つかる前に、俺がエイドを見つけることができたのは奇跡だろう。最悪の事態も考えた。もう、エイドは他の隊員に見つかってしまっているのではないかと。
だが、まだチャンスはあった。俺が連れ戻せれば、まだ。
かつて、エイドが俺を生かしてくれたように。今度は、俺が助ける番だ。
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