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第6章 「僕」の見る世界
僕と教官
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訓練場に行ってみると、うるさいくらい勇ましい掛け声が響いていた。
中を覗いてみると、戦闘部隊の隊員と思しきひとたちが綺麗に列を成して剣の素振りをしている。その間を怒号を飛ばしながら見回っているのは、他でもない。ファスの指導もしていたレオン教官である。
実家に戻ろうとしていた教官を引き止めたのは、元戦闘部隊員だったレオン教官の上司にあたるデモリス隊長だった。
魔法をまったく使用せずに、入隊試験の実技をトップの成績で通過したのは教官くらいのものだという。その実力を買われて、こうして隊員たちの指導を任されている。
教官の号令には秒で反応する統率のとれた動き。さすがはレオン教官。この短期間ですっかり調きょ……指導が行き届いているようだ。
記憶の中の教官より少し覇気がないような気がするのは、彼の抱えていた病のせいだろう。ファスも手伝って薬を見つけてきたようだが、彼の病はそう簡単な話では片付けられない気がする。あいつは気がついていないだろうけど。
あちこちから鬼とか悪魔とか聞こえてくるけど、この程度、最盛期の教官と比べたら準備運動レベルだからね。もし教官が万全の体調であったのなら、今頃デモリス隊長と互角にやり合えるくらいになっていたかもしれない。
訓練が終わり、隊員たちが退き始めたころ合いを見計らって、僕は教官に声をかけた。
教官はすぐに僕がファスではないと分かったらしく、眉を寄せる。ファスと話す時とはまた別の意味で、面倒くさそうな顔になっている。僕から声をかけることなんて滅多にないからね。
「どうも。まぁ、そんな顔しないでよ。君と少し話がしたくてさ」
「記憶の件なら、馬鹿餓鬼から話は聞いてる。改めて話す必要はないぞ」
「それは知ってるよ」
「じゃあ何だ? 疲れてるんだ、さっさとしてくれ」
相変わらずぶっきらぼうではあるが、話は聞いてくれるみたいだね。
組織に来る前の記憶を思い出したことは、ファスが詳しく話している。教官は以前にも何か聞かされていたのか、ファスが過去のことを話した時も特に驚くことはなかったみたい。ファスに訓練をするにあたって、組織から説明はあったはずだからね。
「君にはお礼をしないといけないと思ってさ。記憶を取り戻すきっかけになったから」
「嫌みか、それは」
「分かってて言ったんでしょう、君は。僕がどうして生み出されたのか、その理由には何となく察しがついていたんじゃないの?」
「そうだとしたら?」
「どうもしないよ。今の僕には、あいつの抑止力が大きすぎて、君に手は出せない」
僕の存在は、記憶を取り戻してから急速に不安定なものになっている。少し前まで、どちらが主導権を握るかで争っていたのが嘘のようだ。
今の状態では、僕が少しでも相手に敵意を向ければ、ファスが勘付いて止めにかかるはずである。そうなれば、僕は大人しく引き下がるしかない。
「言いたいことを言っておきたかっただけだから。本当に、ただそれだけ」
「悔いが残らないように、か」
意味ありげな言葉だ。教官には、色々とお見通しなのかもしれないね。僕が、これからどうなる運命なのか。
「その点に関しては、君にも言えたことだと思うけどね。時間、ないんでしょ?」
「ちっ……面倒くさいやつだな、お前は」
「ははは、お気楽なあいつとは違うからね。安心しなよ、あいつには黙ってるからさ。気づいた時のあいつの反応も面白そうだし」
教官の反応を見るに、僕の予想もだいたい合っていそうだ。まぁ、教官もファスには何も言っていないし、僕がわざわざ気を利かせてやることもない。
あいつに教えてやれば面白い反応が見られるかもしれないけど、今の僕はそういう気分になれないからね。
「いい性格してやがるな」
「君にだけは言われたくないね」
むすっとした表情で教官はこちらを睨んでくる。お互い様だよ、と僕も微笑んで返してやった。
「それで、お前は消えるのか」
こういう時、教官は実にストレートだ。その性格は嫌いじゃないよ。
「あの馬鹿餓鬼が生き残るために、お前は生み出された。あいつが自分の力で生きていけるようになったら、お前の存在がどうなるのか考えた事はある。最近、今まで関わりのあったやつらのところを回ってるんだろ? ガレットも、お前がルインディアに会いに来たって言ってたぞ」
面倒だと言いながら、きちんと僕たちの動向を把握しているところは流石だと思う。
「それで、言いたいことは言えて満足か?」
「そうだね、すっきりしたよ」
教官にお礼もできたし、思い残すことはない。
しかし、僕だけを満足させて帰してはくれないのが教官だ。
「お前は、あの馬鹿餓鬼の生への執着そのものだろう。その点に関しては、俺はそれなりに尊敬してた。俺にはないものだったからな。もう少し生きることにしがみ付いてみようなんて、お前がいなかったら考えなかった」
「だから、なに?」
「それだけだ。言いたいことが言えて、すっきりした」
まったく、この人は。最後の最後まで、やっぱり気に食わないよ。
中を覗いてみると、戦闘部隊の隊員と思しきひとたちが綺麗に列を成して剣の素振りをしている。その間を怒号を飛ばしながら見回っているのは、他でもない。ファスの指導もしていたレオン教官である。
実家に戻ろうとしていた教官を引き止めたのは、元戦闘部隊員だったレオン教官の上司にあたるデモリス隊長だった。
魔法をまったく使用せずに、入隊試験の実技をトップの成績で通過したのは教官くらいのものだという。その実力を買われて、こうして隊員たちの指導を任されている。
教官の号令には秒で反応する統率のとれた動き。さすがはレオン教官。この短期間ですっかり調きょ……指導が行き届いているようだ。
記憶の中の教官より少し覇気がないような気がするのは、彼の抱えていた病のせいだろう。ファスも手伝って薬を見つけてきたようだが、彼の病はそう簡単な話では片付けられない気がする。あいつは気がついていないだろうけど。
あちこちから鬼とか悪魔とか聞こえてくるけど、この程度、最盛期の教官と比べたら準備運動レベルだからね。もし教官が万全の体調であったのなら、今頃デモリス隊長と互角にやり合えるくらいになっていたかもしれない。
訓練が終わり、隊員たちが退き始めたころ合いを見計らって、僕は教官に声をかけた。
教官はすぐに僕がファスではないと分かったらしく、眉を寄せる。ファスと話す時とはまた別の意味で、面倒くさそうな顔になっている。僕から声をかけることなんて滅多にないからね。
「どうも。まぁ、そんな顔しないでよ。君と少し話がしたくてさ」
「記憶の件なら、馬鹿餓鬼から話は聞いてる。改めて話す必要はないぞ」
「それは知ってるよ」
「じゃあ何だ? 疲れてるんだ、さっさとしてくれ」
相変わらずぶっきらぼうではあるが、話は聞いてくれるみたいだね。
組織に来る前の記憶を思い出したことは、ファスが詳しく話している。教官は以前にも何か聞かされていたのか、ファスが過去のことを話した時も特に驚くことはなかったみたい。ファスに訓練をするにあたって、組織から説明はあったはずだからね。
「君にはお礼をしないといけないと思ってさ。記憶を取り戻すきっかけになったから」
「嫌みか、それは」
「分かってて言ったんでしょう、君は。僕がどうして生み出されたのか、その理由には何となく察しがついていたんじゃないの?」
「そうだとしたら?」
「どうもしないよ。今の僕には、あいつの抑止力が大きすぎて、君に手は出せない」
僕の存在は、記憶を取り戻してから急速に不安定なものになっている。少し前まで、どちらが主導権を握るかで争っていたのが嘘のようだ。
今の状態では、僕が少しでも相手に敵意を向ければ、ファスが勘付いて止めにかかるはずである。そうなれば、僕は大人しく引き下がるしかない。
「言いたいことを言っておきたかっただけだから。本当に、ただそれだけ」
「悔いが残らないように、か」
意味ありげな言葉だ。教官には、色々とお見通しなのかもしれないね。僕が、これからどうなる運命なのか。
「その点に関しては、君にも言えたことだと思うけどね。時間、ないんでしょ?」
「ちっ……面倒くさいやつだな、お前は」
「ははは、お気楽なあいつとは違うからね。安心しなよ、あいつには黙ってるからさ。気づいた時のあいつの反応も面白そうだし」
教官の反応を見るに、僕の予想もだいたい合っていそうだ。まぁ、教官もファスには何も言っていないし、僕がわざわざ気を利かせてやることもない。
あいつに教えてやれば面白い反応が見られるかもしれないけど、今の僕はそういう気分になれないからね。
「いい性格してやがるな」
「君にだけは言われたくないね」
むすっとした表情で教官はこちらを睨んでくる。お互い様だよ、と僕も微笑んで返してやった。
「それで、お前は消えるのか」
こういう時、教官は実にストレートだ。その性格は嫌いじゃないよ。
「あの馬鹿餓鬼が生き残るために、お前は生み出された。あいつが自分の力で生きていけるようになったら、お前の存在がどうなるのか考えた事はある。最近、今まで関わりのあったやつらのところを回ってるんだろ? ガレットも、お前がルインディアに会いに来たって言ってたぞ」
面倒だと言いながら、きちんと僕たちの動向を把握しているところは流石だと思う。
「それで、言いたいことは言えて満足か?」
「そうだね、すっきりしたよ」
教官にお礼もできたし、思い残すことはない。
しかし、僕だけを満足させて帰してはくれないのが教官だ。
「お前は、あの馬鹿餓鬼の生への執着そのものだろう。その点に関しては、俺はそれなりに尊敬してた。俺にはないものだったからな。もう少し生きることにしがみ付いてみようなんて、お前がいなかったら考えなかった」
「だから、なに?」
「それだけだ。言いたいことが言えて、すっきりした」
まったく、この人は。最後の最後まで、やっぱり気に食わないよ。
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