『君が消えた世界で、僕はまだ君を探してる。』

天川 澪

文字の大きさ
2 / 3

第2話:“記録”にない、君の涙

しおりを挟む
イリヤが逃げ去った路地裏には、冷たい空気が漂っていた。
 ソウマは膝に手をつき、肩で息をしながら呟く。

「やっぱり……君はアリサなんだよ」

 彼女の目に宿った“迷い”が、すべてを物語っていた。忘れたふりをしても、魂は記憶している──ソウマはそう信じていた。

 彼は翌日、旧市街の《レコードスパイラル》と呼ばれる記録改ざん専門の闇業者に足を運んだ。そこで働く中年技師・ケイは、写真を一目見て鼻を鳴らす。

「こいつは……珍しいタイプの消去だな。国家管理の上層クラウドから“完全抹消”されてる」

「つまり……?」

「その女の記憶は“誰かの意思”で完全に消された。本人の記憶だけでなく、周囲の人間からも。これは……ただの事故じゃない。消されたってことだ」

 ソウマは、強く拳を握った。誰が、なぜ、アリサを消したのか。そして──なぜ彼だけが、彼女のことを覚えているのか。

「もし……その記録を復元できたら、彼女は思い出すんですか?」

 ケイは少し黙ってから答えた。

「理論上は可能だが、本人の“自発的な記憶反応”が必要になる。つまり、彼女自身が“思い出そう”としなければ無理だ」

 それは難題だった。今のイリヤに、アリサだった自覚はない。
 だが──ソウマは諦めなかった。

 翌週。ソウマは偶然を装い、再びイリヤと出会う。
 この街の小さなパークカフェ。そのテラス席で、ひとり本を読んでいた彼女に声をかけた。

「……また、会ったね」

「……本当に偶然かしら?」

 イリヤは本から目を離さず答える。だがその手は、わずかに震えていた。

「君に──渡したいものがあるんだ」

 そう言って、ソウマは懐から一枚の折れた紙を取り出す。
 写真。二人が笑い合っている、あの日の記憶。

「これを見て……何か、思い出さないか?」

 イリヤの瞳が揺れる。唇がわずかに開き、そして──

 ぽつりと、涙が落ちた。

 彼女は頬を抑えながら、首を横に振る。

「わからない……でも……なんで……涙が出るの……?」

 ソウマはゆっくりとその手を握った。

「それは、君が“君自身”を取り戻そうとしてるからだよ」

 風が吹き抜け、カフェのグラスがかすかに鳴った。
 その音とともに、何かが、確かに“動き始めた”気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

私はあなたを覚えていないので元の関係には戻りません

天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリカは、婚約者のマトスから記憶を失う薬を飲まされてしまう。 アリカはマトスと侯爵令嬢レミザの記憶を失い、それを理由に婚約破棄が決まった。 マトスはレミザを好きになったようで、それを隠すためアリカの記憶を消している。 何も覚えていないアリカが婚約破棄を受け入れると、マトスはレミザと険悪になってしまう。 後悔して元の関係に戻りたいと提案するマトスだが、アリカは公爵令息のロランと婚約したようだ。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

私は本当に望まれているのですか?

まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。 穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。 「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」 果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――? 感想欄…やっぱり開けました! Copyright©︎2025-まるねこ

婚約した幼馴染の彼と妹がベッドで寝てた。婚約破棄は嫌だと泣き叫んで復縁をしつこく迫る。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のオリビアは幼馴染と婚約して限りない喜びに満ちていました。相手はアルフィ皇太子殿下です。二人は心から幸福を感じている。 しかし、オリビアが聖女に選ばれてから会える時間が減っていく。それに対してアルフィは不満でした。オリビアも彼といる時間を大切にしたいと言う思いでしたが、心にすれ違いを生じてしまう。 そんな時、オリビアは過密スケジュールで約束していたデートを直前で取り消してしまい、アルフィと喧嘩になる。気を取り直して再びアルフィに謝りに行きますが……

処理中です...