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しおりを挟むその言葉通り、それからしばらくの間ロベルトがルドー家に顔を出すことはなかった。
最初は大して気にしていなかったセイラだが、ふとした時に思い出すのはロベルトのことだと思い知り、自分で自分が信じられないようだった。
「私ってこんなに気の多い女だったのかしら?」
別にレインハルドのことを忘れたわけではない。
ルドー家で共に過ごした日々、一緒に使用した部屋や物、すべてが思い出なのだ。
ましてや憎しみあって別れたわけではない。
この邸で過ごした日々は、セイラにとって楽しい日々でしかないのだから。
それでも、日に日にレインハルドのことを考える時間が少なくなっている。
こうして少しずつ忘れることができれば良いと考えていた。
ある日、ロベルトから手紙が届いた。
遠征地から届いたその手紙には、自身の近況と合わせてセイラの様子伺いの内容。
そして『あなたに今すぐ会いたい』と書かれていた。
それを見た瞬間、胸が跳ねるのを感じた。
何度も何度も読み返し、文字をなぞる。
『会いたい』の文字がこんなにも嬉しい。
少し大きめの癖のある文字が愛おしく見える。
セイラは自分の心の変化に戸惑いと喜びを感じた。
急ぎ返事を書くその手が、喜びと羞恥でかすかに震える。
「『あなたのセイラより』と書く、ご無礼をお許しください」
末尾に、そう一言付けたした。
セイラの心は決まった。
ロベルトからの手紙を何度も読み返し、文字をなぞり、会えない日々の自分の心を見つめ返せば、答えは自ずと一つしかない。
『私、ロベルト様を愛しているんだわ』
レインハルドへの想いが消えたわけではない。今も心の奥底で黒い物がくすぶり続けているのも確か。
それでも、今ようやく自分で自分の気持ちに気が付いたこの思いに、蓋をするつもりはなかった。
自分も幸せになって良いはずなのだから。誰の手を取るかは自分で決める。
幸せにしてもらうのではなく、二人で幸せになれば良いのだ。
ロベルトを思う気持ちはどんどん溢れてくる。
それも前向きに。幸せになるための想いが、次々に、次々に。
「早くロベルト様にお会いしたい」
セイラは手紙を胸にポツリとつぶやいた。
それからのセイラは、憑き物が落ちたように晴れやかな顔をするようになった。
今までとは違い弾けるような笑顔をふりまき、声を上げて笑う。
少しずつではあるが、人前にも出るようになった。
さすがに夜会などには恐ろしくて足が向かないが、親戚や従姉妹たちが開く小規模の茶会などには母親とともに出かけるようになる。
何度かロベルトと手紙のやり取りをするうちに、セイラに対する呼び名が変わっていった。
『愛するセイラ』
『私のセイラ』
セイラの名を呼び捨てにし独占欲を露わにするロベルトに、愛する人の唯一になった気がして自然に頬が緩むのだった。
手紙が届く度に前のように明るく前向きになっていく姿を見て、家族も使用人たちも安堵していた。
ロベルトが発ち1か月近くが経った頃、早馬でロベルトの帰還の知らせが届いた。
明後日の昼過ぎには着くとのこと。
明後日の昼過ぎという事は、一旦軍部に戻った後こちらに来てくれるのだろう。
ならば、明々後日になるかもしれないと考えたが、その知らせを一緒に見た両親や執事に、彼のことだからきっと明後日の夜にでも顔を見せにくるだろう。準備だけはしておいた方が良い。と言われ、慌ててお迎えの準備を始める。
準備と言っても茶菓子や、時間が合えば晩餐を一緒にしてもらうくらいで、とりたてて何をどうすることもないのだが、それでも逸る気持ちを抑えることができなかった。
知らせを受けた次の日、セイラはもてなしの準備に余念がなかった。
お茶に菓子、念の為軽食の準備をするよう執事に頼む。
まだ1日あるのだから少し落ち着くようにと両親に言われるも、落ち着いてなどいられない。その日は夕食も喉を通らなかった。
本来であれば婚約もしていない男女がこのようなことがあってはならないのだが、もはや二人の仲は家族も公認のようになってしまったのか、何も言われることはない。
そんな家族や使用人たちの気持ちが温かく嬉しかった。
夕食も終わり湯あみ前に皆でお茶を飲んでいるところに、執事があわてて部屋に飛び込んできた。
「お嬢様!いますぐ玄関へおいでください。ロベルト様の馬が・・・お迎えのご準備を!」
え?まさか?と思いながらあわてて玄関へ向かうと、今まさにロベルトが馬から降りようとするところだった。
「ロベルト様?」
信じられない物を見たかのように、その場に立ち尽くすセイラに
「セイラ!あなたに会いたい一心で隊を離れ一人走って来た。すぐにも戻らねばならない。
ただ、一目会いたくて・・・セイラ・・・」
ロベルトは手袋を外すと冷え切った手をセイラの頬に当てた。
「ロベルト様・・・私もずっとお会いしたくて、声を聞きたくて、この手に触れたかった・・・」
頬に当てたロベルトの手に自分の手を添える。最後はかすれてうまく声にならない。
つーっと頬を伝う涙をロベルトの手が拭うと、そのままセイラの背に回されロベルトの胸に包まれた。
馬を走らせて来た外套は冷たく、夜露で薄っすらと湿っていた。
それでもロベルトの腕の中は暖かく、心休まるようだった。
「コホン」と咳払いが聞こえ、ハッと現実に戻される。
「お嬢様。お客様に失礼でございます。休んでいただいてはいかがですか?」
執事の声に二人は我に返り、身を離す。
「セイラ、私はもう戻らねばならない。明日、改めてお邪魔させていただくゆえ、このまま失礼する無礼を許して欲しい」
ロベルトはセイラの手を取り唇を落とすと、侯爵殿にくれぐれもよろしくお伝えいただきたい。と告げ、馬にまたがると去って行ってしまった。
「お嬢様。ようございましたね。本日はどうぞゆっくりお休みください。
明日はお忙しくなりますよ」
執事の言葉にセイラは黙ってうなずくと、ロベルトが去って行った方角をしばらく見つめていた。
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