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貴族社会

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 伯爵はアンリ夫人の変貌ぶりに大喜びだった。

「夫に気持ち悪いぐらい優しくされて、戸惑いましたわ。それにその、昼夜問わずに、もう激しくて……」

「ははは、それは良かったですね」

 アンリ夫人は俺には何でも話をするようになっていたのだが、そんなことまで報告しないで欲しい。

 俺たちは、三ヶ月の美容療法を終えて、伯爵邸に戻っていた。

 美容療法は今も毎日続けているが、接触療法は週に一度程度で、その他は水溶液を服用してもらっている。ここまで来れば、美しさを維持するだけで十分だからだ。

 俺は領地経営があるので週に一度の通いだが、マリアンヌは淑女教育を受けるために、伯爵邸に滞在していた。マリアンヌの社交界デビューが、二ヶ月後に決まっているからだ。

 第一王子の誕生会で、伯爵の養女としてお披露目されることになっている。

 マーガレットと俺の婚約もそこで発表する予定となっていた。

 ちなみにマーガレットもマリアンヌと一緒に淑女教育を受けている。

 俺は伯爵に呼ばれた。マリアンヌのことについて話があるらしい。

「キャス、マリの相手はどうしたい?」

「最終的にはマリの意向を尊重して、マリに決めさせたいですが、変な男には引っかからないようにしたいですね」

「そうだな。君たち兄妹には大きな恩義を受けている。それに君には、娘の夫になり、伯爵家を継いでもらうことになる。マリにもカーネギー家にとっても良縁となる相手を見つけたい、というのが本音だが、何よりもマリには幸せになってもらいたい」

「ありがとうございます」

「だが、貴族社会はくそったれでね。なかなか思った相手に嫁がせることはできないのだよ。カーネギーの力である程度はねじ伏せることは出来るがね」

「要するに強者のところに嫁がされる、ということですか」

「そうだ。マリは美しすぎるから、争奪合戦になることは必至だ。出来れば、社交界デビューはしないで、私たちが選んだ相手に嫁がせた方が安全なんだが」

「それは考えましたし、マリも大人しく従ってくれると思うのですが、俺はマリには感謝しきれないほど世話になっていまして、彼女には本当に好きな伴侶に嫁いで欲しいのです」

「それが出来ないのが貴族社会なんだよ」

「それを出来るようにするのが、俺の役目なんです。マリには社交界で色んな人に出会って欲しい。そして、何者にも縛られることなく、自由な選択をして欲しい。それを邪魔するものを排除するのが俺の仕事です」

「そうか。分かった。カーネギー家の恩人のため、微力ながら、私も手伝うよ。妻からも何でも君の言うことを聞け、と言われているんだ」

「そ、そうですか」

「それと、娘からは、私よりも君の言うことを聞く、とはっきり言われたよ」

「そ、そうなんですね……」

 伯爵が寂しそうに笑っているのが、何だかとても気の毒だ。

「それでは、カーネギーの力では手に負えない大物を挙げる。頭に入れて置いてくれ」

「はい」

「まずは五大侯爵家だ。カーネギーはアードレー侯爵家の派閥に属しているが、場合によってはアードレー家も敵になる可能性がある。もちろん、極力仲間でいるようにはしたいが。キャスのところも、地域的にアードレーだろう?」

「はい、超末端ですが」

「次に王家だが、カーネギーはアードレー家の推す第六王子派だ。だが、王子がマリをご所望された場合には、問答無用で献上しないとカーネギーはあっという間に潰される。そのため、むしろ一番危険な相手だ」

「第六王子はどんな方ですか?」

「聡明な野心家だ。ルックスも極上だ。ただ、マリは御所望されないと思う。王子は結婚も利用するはずだから、結婚してもメリットのないマリには見向きもしないだろう。ただし、キャスの価値に気づいた場合には分からんがな」

「俺の価値ですか?」

「そうだ。気づいているだろう? 自分の価値を」

「うーん、実は微妙なんですけどね。他に強敵はいますか?」

「カーネギーが瞬殺されるのは、今挙げた面々だが、他の貴族たちも協力したり、策略を仕掛けたりして来るから油断は出来ない。それと、マリにとっては、貴族の令嬢たちの方が厄介かもしれない」

「虐めて来たりするのでしょうか?」

「ああ。その辺りは妻から聞くといい。嫉妬ややっかみがメインだが、自分の男を奪われそうになると、実力行使に出てくるから、気をつけた方がいい。手を組まれて、陥れられることもある」

 俺たちとんでもない世界に飛び込んで行くみたいだが、本当に大丈夫なんだろうか。
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