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緊急事態
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「さあ、もう逃げられない。おとなしく捕まりたまえ。あなたには色々と尋ねたいことがあるんだ」
「嫌よ!」
ウィリアムにはルーシェを見逃す気は全くないらしい。
(彼は根はいい人なのかもしれないけど、私の敵だわ! 決して相容れない)
ゆっくりと間合いを詰めるようにウィリアムが近づき、さらに周囲から他の騎士たちも近づいてくる。
でも、このまま捕まるわけにはいかなかった。家族に迷惑がかかるだけではなく、指輪を取り戻さなければ家族の呪いは一生このままだからだ。
今のところ、指輪を探せる可能性があるのは、妖精の協力があるルーシェだけだ。
「みんな助けて!」
『はーい!』
『任せて!』
『みんな、ねむっちゃえ~! 安眠粉雪《ねむねむパラパラ》!』
妖精たちが騎士たちの頭上を飛び回ると、金色の粉がキラキラと彼らの上に降り注ぐ。この粉を浴びれば、一瞬で眠りに落ちるのだ。
でも、今回は様子が違った。
「眠りの粉が来るぞ!」
彼らにも金色の粉だけは見えるようだ。マントを頭から羽織って、粉が掛からないようにしていた。
その結果、誰も床に崩れ落ちなかった。
「そんな!」
「フフフ、何度も同じ手が通用するとは思わないことだ」
マントを外しながら、不敵な笑みをウィリアムは浮かべていた。その表情は、鋭い目つきも相まって恐ろしいほどの凄みがあった。
「ど、どうしよう!?」
ますますピンチな状態にルーシェは道端に捨てられた子猫のように震えることしかできなかった。
『なんてやつらなの!』
『そろそろ奥の手が使えるんじゃなーい?』
『その前に、応援を呼んでみようよ~』
妖精三人は息を一斉に吸い込んだあと、口を大きく開いた。
『『『緊急事態《みんなたすけて》!』』』
妖精たちの声が大きく重なったとき、あちこちから仲間が出てきた。彼らは掛け声を上げて、騎士たちに勇ましい様子で向かっていく。
「いてっ! なんだ? 何が起こっているんだ!?」
大勢の妖精たちが攻撃しているのだろう。彼らが見えない騎士たちが、頭を抱えてパニック状態になっている。
『ルーシェ、今だよ!』
騎士の包囲網がもろくなり、隙間ができていた。そこからルーシェは抜け出し、廊下を走り抜ける。
「皆さん、ごめんなさい!」
「待て!」
妖精の猛攻撃を上手にすり抜けて、怯まず必死に追いかけてくるのはウィリアムだ。
『ルーシェ、ここからにげて!』
『落ちても大丈夫だから!』
『はやく、はやく!』
妖精たちは廊下の窓を開けてルーシェを促してくる。
言われるがままに腰くらいの高さのある窓枠に足をかけるが、一瞬その高さに目がくらんだ。
ここは五階だった。地面がかなり遠くに見える。以前飛び降りた三階の比ではない高さだ。
「ほ、本当に飛び降りて大丈夫なの?」
『いいからはやく!』
妖精の一人が背中に体当たりしてきて、ルーシェの体が宙に浮いた。
「キャー!」
悲鳴を上げて真っ逆さまに落ちていく。
「危ない!」
低い男性の声がしたと思ったら、ルーシェの身体に誰かがぶつかるように勢いよく抱きついてきた。
「やっと捕まえた」
嬉しそうに耳元で囁くのはウィリアムだ。でも、彼までも一緒に落ちている最中だ。
「副団長さん、危ないですよ!」
思わず突っ込みを入れてしまう。
「死んでも離さない」
「ひぃ!」
ウィリアムの執念が、やはり恐ろしかった。
彼はそう言って落下の衝撃から守るようにルーシェをぎゅっと抱きかかえる。さらに、彼が地面側になるように体を捻っていた。
(もしかして、私のことを守ろうとしているの?)
そう思ったのは、今にも地面とぶつかる直前だった。
覚悟して目を閉じたときだ。
ものすごい衝撃があると思ったら、以前のように地面に弾力があり、体が沈み込んだ直後、弾き返されるように体が浮き上がった。
それを何度か繰り返したあと、地面は元通りに戻って、二人の身体は動かなくなった。
「あはははは! 本当にあなたは不思議な人だ」
ルーシェの下敷きになって倒れているウィリアムが、普段は気難しそうな顔をしているのに相好を崩して大笑いしている。
その彼の意外な様子に思わず上に乗ったまま見とれてしまった。でも、互いに目が合った瞬間、我に返って慌てて逃げようとしたら、急に視界が急転する。何が起きたのかすぐに理解できなかった。
「いつもながら、その瞳は宝石みたいだな。こんな暗い中でも、星空のように輝いている」
彼に押し倒されている格好になっていた。食い入るように顔を見つめられている。聞き慣れない歯の浮くような褒め言葉だが、危機的な状況なだけにブルブル震えて全くときめくことはなかった。
「今日こそ、その顔を見せてもらう」
先ほどまでの砕けた様子が嘘のように彼の顔が真剣なものになっている。
彼の手が素早くルーシェのマスクに伸びていた。あっと思ったときには取られてしまい、慌てて顔を両手で隠す。
見られたかもしれない。どうしようと思ったとき、急に上半身に何か落ちてくる感触があった。よく見たら、ウィリアムがルーシェの上に倒れていた。安らかな寝息が彼から聞こえるので、どうやら妖精たちが眠らせてくれたようだ。
『あぶなーい!』
『ギリギリ間に合ったわね』
『さあ、はやく逃げよう!』
ルーシェはマスクを取り戻すと、ウィリアムの下から這い出て、侯爵家から無事に逃亡した。
彼に顔がバレたかと不安だったが、次の新月まで日数があるので、コソコソと家族に隠れて妖精たちの服を作っていた。
実は巷では、『屋敷妖精が現れると、幸運が訪れる』という風評も流れていた。
ルーシェは人々の気のせいだと思っていたが、実のところ噂は本当だった。
服を着て機嫌の良くなった妖精たちが、屋敷の住人たちに親切になったからだ。
そんな良い影響を及ぼしているなんて露知らず、ルーシェは怯えながら不安な日々を過ごしていた。ところが、ウィリアムとそのあとに一度鉢合わせしたが、特にルーシェの顔について話題に出すことはなかった。どうやら顔はギリギリ見られていなかったらしい。
やっと安堵していた矢先、なんとルーシェのハイゼン子爵家に結婚の申し込みがきたのだ。
「嫌よ!」
ウィリアムにはルーシェを見逃す気は全くないらしい。
(彼は根はいい人なのかもしれないけど、私の敵だわ! 決して相容れない)
ゆっくりと間合いを詰めるようにウィリアムが近づき、さらに周囲から他の騎士たちも近づいてくる。
でも、このまま捕まるわけにはいかなかった。家族に迷惑がかかるだけではなく、指輪を取り戻さなければ家族の呪いは一生このままだからだ。
今のところ、指輪を探せる可能性があるのは、妖精の協力があるルーシェだけだ。
「みんな助けて!」
『はーい!』
『任せて!』
『みんな、ねむっちゃえ~! 安眠粉雪《ねむねむパラパラ》!』
妖精たちが騎士たちの頭上を飛び回ると、金色の粉がキラキラと彼らの上に降り注ぐ。この粉を浴びれば、一瞬で眠りに落ちるのだ。
でも、今回は様子が違った。
「眠りの粉が来るぞ!」
彼らにも金色の粉だけは見えるようだ。マントを頭から羽織って、粉が掛からないようにしていた。
その結果、誰も床に崩れ落ちなかった。
「そんな!」
「フフフ、何度も同じ手が通用するとは思わないことだ」
マントを外しながら、不敵な笑みをウィリアムは浮かべていた。その表情は、鋭い目つきも相まって恐ろしいほどの凄みがあった。
「ど、どうしよう!?」
ますますピンチな状態にルーシェは道端に捨てられた子猫のように震えることしかできなかった。
『なんてやつらなの!』
『そろそろ奥の手が使えるんじゃなーい?』
『その前に、応援を呼んでみようよ~』
妖精三人は息を一斉に吸い込んだあと、口を大きく開いた。
『『『緊急事態《みんなたすけて》!』』』
妖精たちの声が大きく重なったとき、あちこちから仲間が出てきた。彼らは掛け声を上げて、騎士たちに勇ましい様子で向かっていく。
「いてっ! なんだ? 何が起こっているんだ!?」
大勢の妖精たちが攻撃しているのだろう。彼らが見えない騎士たちが、頭を抱えてパニック状態になっている。
『ルーシェ、今だよ!』
騎士の包囲網がもろくなり、隙間ができていた。そこからルーシェは抜け出し、廊下を走り抜ける。
「皆さん、ごめんなさい!」
「待て!」
妖精の猛攻撃を上手にすり抜けて、怯まず必死に追いかけてくるのはウィリアムだ。
『ルーシェ、ここからにげて!』
『落ちても大丈夫だから!』
『はやく、はやく!』
妖精たちは廊下の窓を開けてルーシェを促してくる。
言われるがままに腰くらいの高さのある窓枠に足をかけるが、一瞬その高さに目がくらんだ。
ここは五階だった。地面がかなり遠くに見える。以前飛び降りた三階の比ではない高さだ。
「ほ、本当に飛び降りて大丈夫なの?」
『いいからはやく!』
妖精の一人が背中に体当たりしてきて、ルーシェの体が宙に浮いた。
「キャー!」
悲鳴を上げて真っ逆さまに落ちていく。
「危ない!」
低い男性の声がしたと思ったら、ルーシェの身体に誰かがぶつかるように勢いよく抱きついてきた。
「やっと捕まえた」
嬉しそうに耳元で囁くのはウィリアムだ。でも、彼までも一緒に落ちている最中だ。
「副団長さん、危ないですよ!」
思わず突っ込みを入れてしまう。
「死んでも離さない」
「ひぃ!」
ウィリアムの執念が、やはり恐ろしかった。
彼はそう言って落下の衝撃から守るようにルーシェをぎゅっと抱きかかえる。さらに、彼が地面側になるように体を捻っていた。
(もしかして、私のことを守ろうとしているの?)
そう思ったのは、今にも地面とぶつかる直前だった。
覚悟して目を閉じたときだ。
ものすごい衝撃があると思ったら、以前のように地面に弾力があり、体が沈み込んだ直後、弾き返されるように体が浮き上がった。
それを何度か繰り返したあと、地面は元通りに戻って、二人の身体は動かなくなった。
「あはははは! 本当にあなたは不思議な人だ」
ルーシェの下敷きになって倒れているウィリアムが、普段は気難しそうな顔をしているのに相好を崩して大笑いしている。
その彼の意外な様子に思わず上に乗ったまま見とれてしまった。でも、互いに目が合った瞬間、我に返って慌てて逃げようとしたら、急に視界が急転する。何が起きたのかすぐに理解できなかった。
「いつもながら、その瞳は宝石みたいだな。こんな暗い中でも、星空のように輝いている」
彼に押し倒されている格好になっていた。食い入るように顔を見つめられている。聞き慣れない歯の浮くような褒め言葉だが、危機的な状況なだけにブルブル震えて全くときめくことはなかった。
「今日こそ、その顔を見せてもらう」
先ほどまでの砕けた様子が嘘のように彼の顔が真剣なものになっている。
彼の手が素早くルーシェのマスクに伸びていた。あっと思ったときには取られてしまい、慌てて顔を両手で隠す。
見られたかもしれない。どうしようと思ったとき、急に上半身に何か落ちてくる感触があった。よく見たら、ウィリアムがルーシェの上に倒れていた。安らかな寝息が彼から聞こえるので、どうやら妖精たちが眠らせてくれたようだ。
『あぶなーい!』
『ギリギリ間に合ったわね』
『さあ、はやく逃げよう!』
ルーシェはマスクを取り戻すと、ウィリアムの下から這い出て、侯爵家から無事に逃亡した。
彼に顔がバレたかと不安だったが、次の新月まで日数があるので、コソコソと家族に隠れて妖精たちの服を作っていた。
実は巷では、『屋敷妖精が現れると、幸運が訪れる』という風評も流れていた。
ルーシェは人々の気のせいだと思っていたが、実のところ噂は本当だった。
服を着て機嫌の良くなった妖精たちが、屋敷の住人たちに親切になったからだ。
そんな良い影響を及ぼしているなんて露知らず、ルーシェは怯えながら不安な日々を過ごしていた。ところが、ウィリアムとそのあとに一度鉢合わせしたが、特にルーシェの顔について話題に出すことはなかった。どうやら顔はギリギリ見られていなかったらしい。
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