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突然の求婚
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仕事から家に帰ってきた父が、血相を変えて説明してくれた。
「サミエル伯爵家の令息ウィリアム様から当家に結婚の申し出があったんだ。ルーシェ、彼とどこかで会ったことはあるのか?」
その声はびっくりするほど震えていた。
「いいえ、全くないですわ。お名前も存じません」
ルーシェはウィリアムの副団長という役職を他の騎士から呼ばれていたので知っていたが、名前を聞いたことも教えてもらったこともなかった。
「不思議なことに、その見ず知らずのお方がな、当家の借金の返済を肩代わりしてくれるだけではなく、ブレントの後見人になってくださり、学校の費用を全額負担してくださるそうだ。しかも、この屋敷の建て替えもしてくださるらしい。改築している間は伯爵家に住んでいていいそうだ。こんなに条件のいい話は今後ないと思う。ルーシェにばかり負担をかけて申し訳ないが、この話を受けてはくれないだろうか」
話を聞いて、一瞬頭に思い浮かんだのは、銀髪の副団長の姿だ。
どうしてなのか分からない。恐くて苦手なはずだったのに。
でも、家族のためにすぐに覚悟を決めた。
「お父様、格が上からの結婚の申し込みは、そもそも断りにくいのでは?」
「うん、まぁ、それはそうだが、相手は後継ぎの長男ではなく次男のほうだ。それほどでも……」
父が気まずそうに口ごもる。
「父上! きっと相手は訳ありなんでしょう? 相手は何歳なの?」
話を聞いていた弟が口を挟んできた。どうやら相手は妻に先立たれた男だと思ったらしい。
「二十を少し超えたくらいだ。相手も初婚だ」
爵位は、上から順に王族の血を引く公爵家、家臣の中で一番位が高い侯爵家。次に伯爵となる。これらの上位の爵位は、領地持ちは当たり前なので、王宮から報酬だけもらう宮廷貴族のハイゼン子爵家とは格が違った。
彼の実家に睨まれたら、王宮内で仕事が相当やりづらくなるだろう。
拒否権がない状況のように思われるのに、娘に申し訳ないと慮ってくれた父をルーシェは嬉しく思った。
「お父様、こんなにいい条件なら、何か裏があろうと、喜んでお受けします」
でも、ルーシェと結婚した相手には、貧乏の呪いが漏れなくついてくる。それは何とかしなくてはならない。相手を不幸にさせたいわけでもない。
少なくとも弟が学校を卒業するまでは、没落してもらっては困る。
実は、家族を怖がらせたくなくて、呪いのことも指輪を探していることも話していなかった。全部ルーシェ一人が秘密を抱えていた。
「姉ちゃんが言っているとおり、条件が良すぎて、子供の俺でも怪しい結婚話だと思うなー。一度、相手から詳しく腹を割って話を聞いたほうがいいんじゃないの?」
弟も苦労しているせいか、用心深くなっていた。
「ええ、確かにブレントの言うとおりね。相手の都合を是非お聞きしたいわ。お父様、相手とお会いすることは可能でしょうか?」
「分かった。お伺い立ててみよう」
父は安堵した顔で、うなずいていた。疲れ気味の父の顔の皺は深い。ブラントと同じ黒い髪は年とともに白髪交じりになり、伸ばして後ろで束ねている。新緑を彷彿させる緑の瞳が、優しくルーシェを見つめている。若いときは美貌の青年で多くの令嬢を虜にしていたらしい。亡き母が自慢そうに語っていたのを思い出す。
優しい父を少しでも楽にさせてあげたかった。
§
「サミエル卿は忙しいらしく、なかなか時間がとれないみたいだったが、今日やっと王宮で会って話してきた」
数日後、帰宅した父がそんな情報を仕入れてきた。
「実は、この結婚は訳ありらしい」
「どういう訳なんでしょう?」
「諸事情があり、身を固めたかったようだ」
「その事情は教えていただけなかったのですか?」
「そうだ。だが、サミエル卿が婚約すれば他の家から結婚話は来なくなると言っていたんだ。最近噂では陛下や王女殿下が降嫁先を検討しているから、その関係もあるかもしれない」
「そうなんですね。確かにそれなら不敬になるので説明しづらいですね。では、なぜ当家がサミエル卿の結婚相手に選ばれたんでしょうか?」
「私たちハイゼン家の祖先が、元を辿れば王族で、陛下の傍系の遠い親族であり血筋が良く、下級とはいえ貴族で、支援と引き換えに結婚に条件をつけられ、適齢期の若い女性がいる家といえば当家だったのだ」
「まぁ、そうだったんですね」
「きちんと正妻として遇するが、役割までは求めていないと彼は言っていたが……」
父はとても言いにくそうで歯切れが悪かった。
正妻の身分を与えるから、お飾りでも何も文句を言うなと、言われたようなものだ。
「分かりましたわ。結婚前に教えてくれて、かえって潔くて好感が持てますわ。サミエル卿の求婚、是非お受けしたいと思います。ですが、婚約をしたあと、結婚まではなるべく待っていただきたいのです」
「どうしてだ?」
「なるべく、弟の側についていてあげたいんです」
角の立たない理由をきちんと用意しておいて助かった。
本当の理由は、結婚したら彼までも貧乏になるからだ。呪いなんて、そんな突拍子もない話をいきなり信じてもらえるとは思ってもみなくて、正直に話せなかった。
求婚の話を聞いた直後、妖精たちに相談したら、結婚の約束だけなら大丈夫だと言っていた。
今でさえ何も指輪の手掛かりがなく、探索を始めてから一年経っても全然見つかっていない。
結婚までの猶予期間は、長いほど良かった。
「そうだな。仕事で私が不在がちだからな。サミエル卿にそのように要望を伝えておこう」
「お父様、よろしくお願いします」
「サミエル伯爵家の令息ウィリアム様から当家に結婚の申し出があったんだ。ルーシェ、彼とどこかで会ったことはあるのか?」
その声はびっくりするほど震えていた。
「いいえ、全くないですわ。お名前も存じません」
ルーシェはウィリアムの副団長という役職を他の騎士から呼ばれていたので知っていたが、名前を聞いたことも教えてもらったこともなかった。
「不思議なことに、その見ず知らずのお方がな、当家の借金の返済を肩代わりしてくれるだけではなく、ブレントの後見人になってくださり、学校の費用を全額負担してくださるそうだ。しかも、この屋敷の建て替えもしてくださるらしい。改築している間は伯爵家に住んでいていいそうだ。こんなに条件のいい話は今後ないと思う。ルーシェにばかり負担をかけて申し訳ないが、この話を受けてはくれないだろうか」
話を聞いて、一瞬頭に思い浮かんだのは、銀髪の副団長の姿だ。
どうしてなのか分からない。恐くて苦手なはずだったのに。
でも、家族のためにすぐに覚悟を決めた。
「お父様、格が上からの結婚の申し込みは、そもそも断りにくいのでは?」
「うん、まぁ、それはそうだが、相手は後継ぎの長男ではなく次男のほうだ。それほどでも……」
父が気まずそうに口ごもる。
「父上! きっと相手は訳ありなんでしょう? 相手は何歳なの?」
話を聞いていた弟が口を挟んできた。どうやら相手は妻に先立たれた男だと思ったらしい。
「二十を少し超えたくらいだ。相手も初婚だ」
爵位は、上から順に王族の血を引く公爵家、家臣の中で一番位が高い侯爵家。次に伯爵となる。これらの上位の爵位は、領地持ちは当たり前なので、王宮から報酬だけもらう宮廷貴族のハイゼン子爵家とは格が違った。
彼の実家に睨まれたら、王宮内で仕事が相当やりづらくなるだろう。
拒否権がない状況のように思われるのに、娘に申し訳ないと慮ってくれた父をルーシェは嬉しく思った。
「お父様、こんなにいい条件なら、何か裏があろうと、喜んでお受けします」
でも、ルーシェと結婚した相手には、貧乏の呪いが漏れなくついてくる。それは何とかしなくてはならない。相手を不幸にさせたいわけでもない。
少なくとも弟が学校を卒業するまでは、没落してもらっては困る。
実は、家族を怖がらせたくなくて、呪いのことも指輪を探していることも話していなかった。全部ルーシェ一人が秘密を抱えていた。
「姉ちゃんが言っているとおり、条件が良すぎて、子供の俺でも怪しい結婚話だと思うなー。一度、相手から詳しく腹を割って話を聞いたほうがいいんじゃないの?」
弟も苦労しているせいか、用心深くなっていた。
「ええ、確かにブレントの言うとおりね。相手の都合を是非お聞きしたいわ。お父様、相手とお会いすることは可能でしょうか?」
「分かった。お伺い立ててみよう」
父は安堵した顔で、うなずいていた。疲れ気味の父の顔の皺は深い。ブラントと同じ黒い髪は年とともに白髪交じりになり、伸ばして後ろで束ねている。新緑を彷彿させる緑の瞳が、優しくルーシェを見つめている。若いときは美貌の青年で多くの令嬢を虜にしていたらしい。亡き母が自慢そうに語っていたのを思い出す。
優しい父を少しでも楽にさせてあげたかった。
§
「サミエル卿は忙しいらしく、なかなか時間がとれないみたいだったが、今日やっと王宮で会って話してきた」
数日後、帰宅した父がそんな情報を仕入れてきた。
「実は、この結婚は訳ありらしい」
「どういう訳なんでしょう?」
「諸事情があり、身を固めたかったようだ」
「その事情は教えていただけなかったのですか?」
「そうだ。だが、サミエル卿が婚約すれば他の家から結婚話は来なくなると言っていたんだ。最近噂では陛下や王女殿下が降嫁先を検討しているから、その関係もあるかもしれない」
「そうなんですね。確かにそれなら不敬になるので説明しづらいですね。では、なぜ当家がサミエル卿の結婚相手に選ばれたんでしょうか?」
「私たちハイゼン家の祖先が、元を辿れば王族で、陛下の傍系の遠い親族であり血筋が良く、下級とはいえ貴族で、支援と引き換えに結婚に条件をつけられ、適齢期の若い女性がいる家といえば当家だったのだ」
「まぁ、そうだったんですね」
「きちんと正妻として遇するが、役割までは求めていないと彼は言っていたが……」
父はとても言いにくそうで歯切れが悪かった。
正妻の身分を与えるから、お飾りでも何も文句を言うなと、言われたようなものだ。
「分かりましたわ。結婚前に教えてくれて、かえって潔くて好感が持てますわ。サミエル卿の求婚、是非お受けしたいと思います。ですが、婚約をしたあと、結婚まではなるべく待っていただきたいのです」
「どうしてだ?」
「なるべく、弟の側についていてあげたいんです」
角の立たない理由をきちんと用意しておいて助かった。
本当の理由は、結婚したら彼までも貧乏になるからだ。呪いなんて、そんな突拍子もない話をいきなり信じてもらえるとは思ってもみなくて、正直に話せなかった。
求婚の話を聞いた直後、妖精たちに相談したら、結婚の約束だけなら大丈夫だと言っていた。
今でさえ何も指輪の手掛かりがなく、探索を始めてから一年経っても全然見つかっていない。
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