カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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一章

ギルド採用試験

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 カウンターの奥にいた人影が俺に気づいて振り返る。金髪ロングヘアーの女エルフだ。クロノリヤで会ったクリスティーネと同年代だろうか。もう1人いるみたいだが、奥で他の仕事をしているようだ。
「はい、いらっしゃい。キミ、名前は?」
「ユート=スミス。身分証を作りにここへ来ました」
「若いわね、1人?」
「ええ。俺1人です」
 1人だとまずいんだろうか?金髪エルフが少し考え込んでいる。
「いいじゃねえか、スー。身分証くらい作ってやっても」
 俺の後ろから声が聞こえた。振り返ると俺より背の高い犬耳の男が立っている。三十路前後かな。
「身分証くらいってドミニクさん……。冒険者登録は試験に合格しないとできないんですよ?あと、私の名前はスザンヌです」
「当たり前だろ、ギルドの役に立たねえヤツは必要ねえからな」
 俺をほっといてスザンヌとドミニクが話し始める。いや、待て待て。
「試験なんかあるんですか?」
 俺の言葉にドミニクが頷く。
「ああ、ギルドの依頼は荒っぽいもんが多いからな。嫌なら商業ギルドにでも行くこった」
 うーん、そうなのか。仕方ない、受けてみるか。ラフィーアコッチでまで営業なんかやりたくないし、できれば冒険者になっておきたい。チコの話だと、冒険者は都市の出入りに関する制約が軽めなんだそうだ。女神の御子を育てないといけないし、可能な限り自由な身分がいい。
「どんな試験なんです?」
「よし、こっち来い、説明してやる」
「ちょっとドミニクさん!?キミも軽く考えないで!」
「いいじゃねえか、冒険者ってのは考える前に動くやつが成功するんだ」
 ……人それを阿呆と言う……。
「よしボウズ、ついてきな」
 ドミニクは俺の肩を掴んで歩き出した。結構力を入れているが、なんのつもりだろう?
「もうっ、分かりましたよ、私も着いていきますっ。マリアちゃんあとお願いね」
「はいはい」
 どうやらスザンヌも着いてくるようだ。
 ドミニクに連れられてギルドの奥へ入ると、かなり広い部屋になっていた。
 吹き抜けの天井で、奥行きがかなりある。床は特殊で、部屋の手前は板張りなのに1メートル先からは土間になっていた。土間部分は正方形で、白線で周囲を囲ってある。壁には武器や鎧が飾られている。
「ユートと言ったな。とりあえず中央へ行きな」
ドミニクが俺の背中をポンと押した。指示に従って中央まで歩く。
「これよりマンハイム採用試験を開始する」
 ドミニクがそう言うと土間の白線が光って結界のようなものが出てきた。もしかして終わるまで出られないってやつ?
「今から行うのは戦闘試験だ。簡単に言やぁお前がどれだけ強いかを見る試験だな。今作動したのは建物が壊れないようにするための結界だ。ヤベェと思ったら出てこい。出るのは自由だ」
 建物を守るためって、何と戦わされんだ!?
「ルールは簡単、これから出てくる敵と戦って倒せば合格……」

 ガシャンッ!

 ドミニクが説明している間に壁に飾られていた全身鎧が音を立てた。
「負けるか結界から逃げ出した時点で失格だ」
動き出した鎧が壁に飾られていた武器を手に取る。片手剣ほどの長さの棒の先にトゲの付いた球。戦棍メイスというやつだろうか。あれ痛そうだな。
「お前の相手は自動人形オートマトン1体だ」
 なるほど、コイツを倒せばいいんだな。でもあの鎧に俺の剣が効くか?
「ドミニクさん質問」
「言ってみろ」
「壁の武器は使ってもいいんですか?」
「ダメだ。手持ちでどうにかするのも冒険者だ」
「……了解」
「キミッ、駄目だと思ったらすぐ逃げるのよ!?」
 心配してくれるスザンヌに右手を振って答える。目線は自動人形に向けたままで。
「よし、始めっ!」
 ドミニクが開始を告げる。自動人形が俺に向かって動き出した。
 案外動きは早い。でも、大山猫ほどじゃないな。
 俺は剣を抜かずにトントンとステップを踏む。
 自動人形が速度をあげて右手に持った戦棍を振りかぶる。
 俺も自動人形に向かって走る。距離3メートル……2メートル。

 ブンッ!

 自動人形が戦棍を降り下ろす。
 俺は左にステップして右に体を向け直し、左足を踏み込んで右足を蹴り上げた。狙いは自動人形の右手に握られた戦棍の柄尻ーーー。

 ガツッ!

 右の爪先が戦棍の柄尻を蹴り上げ、戦棍が自動人形の手から抜けて、真上に浮かぶ。
 右足を下ろし、今度は左足を自動人形の腹めがけてまっすぐ伸ばす。左足の裏で自動人形を捉えた。

 ゴォンッ!

 腹を蹴った音が響き、自動人形が後ずさる。ゆっくりと落ちてくる戦棍を右手で受け止めた。
「武器もーらい」
 やっぱり女神が設定した技能は強力すぎる。特に動体視力の良さは反則だろう。
 相手の動きがゆっくりに見えるから、俺は焦る必要が無い。考えながら動くことができる。
 自動人形から距離を取るために後ろに跳んだ。
 奪った戦棍を両手で握る。左手を下に、少し間隔を空けて右手も添える。
 こんな物使ったことはないが、重さと長さが野球のバットに似ている。右足を軸に戦棍を振りかぶってーーー。

 ビュンッ!!

 思いっきり振り抜く。使えそうだな。
 素振りを終えると体勢を整えた自動人形が、再び俺に向かって来た。武器は俺が持っているので丸腰だ。
 俺も戦棍を構える。両手で構えたままで、自動人形に向かって歩く。
 距離が縮まる……俺は地面を蹴って自動人形の右手に回った。
 自動人形が向きを変えようとするが、俺の戦棍の方が早い。力一杯振り抜く。

 ベキャッ!!!
 ガラランッ!

 金属が裂ける音がして、自動人形の上半身が地面に転がった。
「……そ、そこまでっ!」
 ドミニクの声が響き、自動人形が停止する。立っていた下半身も地面に転がった。
「……嘘。魔法も使わずに……?」
 小さくスザンヌの声が聞こえた。
「……久しぶりだな、自動人形がぶっ壊されたのは」
 感心したようにドミニクが言う。周囲の結界が霧散した。
 俺は壁の空いているところに戦棍を掛けながら聞いてみる。
「まずかったですか?」
 ドミニクが笑い、スザンヌがキョトンとしたあと控えめに笑った。
「いや、問題ない。合格だボウズ」
 俺は土間に転がる鎧を左右それぞれの手に掴み、2人の元へ向かう。鎧は空洞で思ったより軽かった。
「……何してんだ?」
「いや、片付け……」
 ドミニクが不思議そうに聞いてくるので、俺も不思議そうに返す。
「邪魔でしょ、普通に」
 俺がそう言うとスザンヌが笑った。
「……キミ、変なヤツだね」
 失敬な。
 片付けは当番の職員が後でやってくれるらしい。散らかしてごめんね。
 3人で事務所の方に戻る途中、ドミニクが俺に話しかけてくる。
「やけに落ち着いてたな。あんな新人ルーキーなかなかいないぞ?」
「目はいいんで」
 それしか言いようがない。女神に感謝……なんかするかバカヤロウ。いくらなんでも強すぎる。
「目がいいにしてもだ。あとお前、魔法は使えないのか?」
「……使えますよ?」
 魔法で戦うイメージがイマイチ湧いてないだけで。
「見ます?」
「おう、後で見せてくれ」
「あ、私も見たい」
 いや、今でもいいよ?
「2人に洗浄ウォッシュ!」

 ピカッ!

 一瞬2人が光る。光が収まると2人とも呆然としている。
「お前、こんなもん使えるのか?」
「クロノリヤでリザードマンが教えてくれました」
「教えてくれたって……魔力が多くないと使えねえぞ」
 そう言えばコレットさんもそんなこと言ってたな。あれ?スザンヌが顔を真っ赤にして震えてる?
 スザンヌが黙って自分の服に顔を巡らせ、シャツの首を指で引っ張り胸元を覗き……。
「キャアーーーッ!」
 悲鳴を上げて走っていった。
 ドミニクが俺の頭に軽くげんこつを当てる。
「ギルド内での魔法使用は禁止だ」
「……はい」
 そういうことは先に言っといてほしい。
 ドミニクと一緒に事務所に戻ると、スザンヌが赤い顔のままカウンターで待っていた。
「キミね、女の子にいきなりあんなことしないの」
「その言い方誤解されますよね?」
 俺がそう返すとスザンヌの後ろから笑い声がした。ドミニクは壁に貼られた掲示板を見に行っている。
「あはは。でもキミも悪いよー。スーちゃんわざわざトイレまで行って下着まで確認してたもの」
「マリアちゃん、余計なことは言わないの」
 スザンヌが後ろを睨み付ける。カウンターの奥から人影が姿を見せる。
「ユートです。よろしく」
「私はマリア。よろしくねー」
 のんびりした感じでマリアが言う。二十歳くらいかな?
 スザンヌがため息をつきながら俺に向き直る。
「とにかく、あんなこともうしないでね。試験は合格だから、身分証ライセンスを作るわね。キミ、字は書ける?ちょっとこっちに来て」
 カウンターに近づくと、スザンヌが用紙を1枚出して筆記具を渡してきた。瓶にペン先をつけて書く、いわゆるつけペンだ。
 書類に目を通すと、氏名や年齢など、詰所でシュルツに聞かれたことと似たようなことが書いてある。これと同じ字で書けばいいってことかな?
 ちょいちょいとペン先にインクをつけて、練習がてら氏名を記入する。
「そうそう。その調子で全部埋めてね」
 俺の手元を見ながらスザンヌがそう言ったので、そのまま書き進める。ペン先が鋭いのでたまに用紙に引っ掛かるが破れずに済んだ。書き終わって筆記具を置く。
「じゃあ処理するから、キミは少し待ってて」
「了解」
 とりあえず空いている椅子に座る。ぼーっと窓の外を眺めていると、後ろからハスキーな声がした。
「あら。このコが新人クンかしら?ドミニクったらひどいわね、かわいいコが来たら知らせてって言ってるでしょ」
「あんたそう言って、若いヤツ見つけるといつもセクハラするじゃねえか」
 悪寒を感じて振り返ると、ドミニクと長身の女が近づいてきていた。
「アタシはタチアナ=ブレナー。マンハイムのオーナーよ。よろしく」
「ユートです。どうも」
 ウェーブがかった長い黒髪、切れ長の目。ドミニクと同じくらいの長身で、8頭身。モデルだと言われてもおかしくないスタイルだ。しかもハスキーボイス。歌劇の男役にもなれるんじゃないだろうか。
「アタシのことはタチアナかオーナーって呼んでね」
 なんて言いながらにこりと笑って右手を差し出してくる。
「……はあ」
 気後れしながら右手を差し出して握手すると、タチアナは妖艶に微笑んだ。
「ユートちゃん、アナタなかなか面白い魔力をしてるわね」
 理由はわからないが、寒気がする。ドミニクが顔をしかめながら教えてくれた。
「ボウズ、気を付けろよ。オーナーはこう見えて男だぞ」
 ……お願い、手を離して。
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