カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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四章

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 女神の御子であるクシナダが冒険者となってから10日ほどが過ぎた。低レベル冒険者用の依頼クエストにも慣れたある日、彼女は相棒のトトと共にベルセンの新市街にある大通りを歩いていた。のんびりと街を歩くクシナダを見上げながら、トトがつぶやく。
「それにしてもユートは災難だったね」
 クシナダがトトを見ると、2本足で歩く猫は苦笑いを浮かべていた。
「仕方ないよトトちゃん」
 半分諦めたようにクシナダも苦笑を浮かべた。街を歩くときはいつも隣で手をつないでくれるユートがいない。
「あんな勢いのジョエルくん、クーちゃん見たことないもん」
「そうだね、リザードマンって怖いね」
 今朝のことを思い出し、2人が顔を見合わせる。
 3人でマンハイムに出勤したところまではいつも通りだった。今日の受付当番であるスザンヌとシンディに挨拶し、彼女にとっては高い場所にある掲示板に向かった。
 背伸びして依頼書を見ようとすると、優しくユートが抱き上げてくれた。残念ながら一足遅かったみたいで、クシナダが受注できる低レベル冒険者向けの依頼クエストは他の冒険者に先を越されていた。スザンヌが申し訳なさそうに、最近増えた新人冒険者達が張り切って受注していったのだと教えてくれた。残念そうに肩を落とすクシナダに、ユートが笑いながら今日は休みにするかと言った時、マンハイムのドアが勢いよく開いた。
「ここにいたのかいスミス君!」
 ユートを呼ぶ声にその場にいた全員が振り向くと、赤い鱗を興奮で真紅に染めたジョエルを先頭に、同じようにテンションの上がった冒険者達が立っていた。
 話を聞くと、ベルセンの西門のすぐ外に大角牛オーロックスの群れが現れたらしい。西門の見張りをしていた衛士隊が確認したところ、その数は80頭。大角牛オーロックスは定期的に餌場を変える習性がある獣だが、ここまで大群で移動するというのは珍しいようだ。オスはその名の通り、人の腕ほどの大きな角を頭に生やしていて気性が荒い。通常の群れは10頭~15頭程度で、特に暴れることも無く通り過ぎていくのだが。
「興奮したオス同士が西門の前で暴れてるんだよ!オーナーから衛士隊を手伝ってやれって念話があって、それでスミス君を探していたんだ。急で悪いけど手伝ってくれよ!」
 大角牛オーロックス以上に興奮したジョエル達が、ユートの抵抗を無視して西門へ引っ張って行ってしまったのである。きっと今頃はジョエル達とともに大角牛オーロックスを討伐していることだろう。ユートのことだ、嫌そうにしていても何だかんだ率先して動くのは目に見えている。
「それに、お肉美味しいってスーちゃん言ってたもんね」
「うん。リザードマンには御馳走なんだってね」
 人並み以上に食い意地の張ったユートのことを思うとため息が出てしまう。帰ってくるころにはきっと、あの底なしの次元鞄ストレージバッグの中に山ほど肉を入れてくるに違いない。
 今回のように突発的な召集の場合は、戦利品は山分けにするのが通例だ。もしかすると、群れを全滅する勢いで頑張っているかもしれない。
 討伐依頼クエストで納品した害獣の死骸は、依頼主が引き取らない場合に限りマンハイムが精肉店や食堂に販売している。よほどの毒が無い限り、討伐された害獣はベルセン内で消費されるのだが、ユートは討伐した害獣を必ず一度は口に入れる。自分が討伐した責任だと言っていたが、あれは多分純粋に食欲に従っているだけなのだろうとクシナダは思っている。だって美味しかった害獣は率先して討伐に向かっているのだから。
 とはいえ、ユートがそれらの食材を使って作る料理が、クシナダの楽しみの一つになっていることを思い出し複雑な表情を浮かべる。不思議そうな顔で見つめてくるトトの視線に気づき、彼女は苦笑した。
「えへへー、トトちゃんお昼ご飯何食べる?」
 昼食にはまだ早いが、誤魔化すように話題を変えて歩き出す。新市街と旧市街を貫く大通りには、屋台や食堂が集まっているとユートが言っていた。彼女が生まれる前に食べ歩きをしたことがあるらしい。あいにく彼女が生まれてからは、いろいろと忙しくて連れて行ってもらう機会がなかった。スザンヌと食事に行くときはマンハイムの周辺の食堂にしか行かないし、買い出しに行くときも新市街だけで用事が済んでしまう。たまにはユートを真似て食べ歩くのも悪くない、彼女は猫を連れて大通りへ足を向けた。
 ベルセンという街は、農地と民家の広がる旧市街と、マンハイムを含むギルドや貸店舗テナントが集まる新市街に分かれている。パルジャンス王国が建国して間もないころは、隣国からの攻撃を受けて街が破壊されることもあったようだ。隣国からの攻撃を受けやすいのは国境に面している東側になる。ベルセンの東側は幾度も破壊されて、その都度復興し新市街となった。破壊されることの少なかった西側は旧市街と呼ばれ、ベルセン建設当時の意匠を強く残している。
 そんな経緯からかベルセンの居住区は旧市街寄りに作られていて、スザンヌも毎朝居住区にあるアパートから新市街を抜けてマンハイムに通勤していると言っていた。ユートもいずれ居住区に家を借りるつもりのようだ。スザンヌの家の近所がいいとクシナダが言うと、ユートとスザンヌが優しく笑っていた。
「お嬢さん、少しいいかな?」
 いっそくっついちゃえばいいのに、そんなことを考えながら歩くクシナダを長身の男が呼び止める。ユートよりも頭一つ背が高く、彫りの深い顔立ちだ。
「なあに?」
 クシナダが振り返ると、男は白い歯を見せてにこやかに笑った。クシナダの頭に生えた2本の角が微かに光る。ユートとの約束で、何かあったら魔力探知をすることになっていた。そして、魔力が赤ければ走って逃げるようにとも言われている。クシナダの前に立って警戒するトトに、彼女は優しく声をかけた。目の前の男の魔力は青だ。
「トトちゃん、大丈夫だよ」
「そうみたいだね」
 トトも警戒を解いて男を見上げる。ドミニクと同じくらいの年齢に見えるその男は、旅装で武器も身に着けていない。
「ああ、いきなりですまなかったね。実は道に迷ってしまってね、マンハイムというギルドはどこにあるのかな?」
 軽く頭を下げながら男が困ったように笑っている。クシナダは右手で胸をぽんと叩いて頷いた。
「案内したげる!クーちゃんはね、マンハイムの冒険者なのよ!」
「これは、可愛らしい冒険者殿だな」
「えへへー、おじさん、マンハイムはこっちだよ」
 クシナダとトトは通りで出会った長身の男を連れてマンハイムへと引き返し始めた。もともと暇つぶしに散歩に出たようなものだし、昼食にはまだ早い。誰かさんのように人助けもいいだろう。
「おじさん、どこから来たの?」
「ああ、テオロス帝国というところだよ」
「知ってる!戦争をしかけてきたけど、張本人は別にいたって御主人マスターが言ってたのよ。だからテオロス帝国は悪くないって」
「ははは、そのマスターというのは随分優しい物言いをするのだね」
「うん!クーちゃんの御主人マスターは優しいのよ!」
「もしかして、マスターも冒険者なのかな?」
「そうなの!」
 クシナダと長身の男が会話するのを、トトが観察するように眺めている。どうやらこの長身の男は悪人では無いようだ。こうして会話をしている間も青い魔力に変化はない。
 しばらく歩くとマンハイムが見えてきた。マンハイムに近づくにつれて、別の方向から騒がしい冒険者達の話し声が聞こえてくる。
「いやあ、さすがスミス君だ!まさかこんなに討伐できるとは思わなかったよ」
「それはいいけど、もうこういうのは勘弁だからな」
「ユートお前、ちゃっかり分け前もらっといて何言ってんだよ」
「うるさいな、言っちゃなんだが結構働いたぞ、俺」
「そりゃ働いてもらうために連れてったんだからよ」
「まあまあ、みんな。美味しい大角牛オーロックスが手に入ったんだから」
 クシナダが声の方に顔を向けると、ユートとジョエルを先頭にした冒険者達が視界に飛び込んでくる。彼女は笑顔を浮かべて走り出した。
御主人マスター!」
 ユートもクシナダに気づいて笑顔を浮かべる。クシナダがユートに抱きついているのを見て、長身の男も笑顔を浮かべた。
「久しいな、ユート殿!」
 長身の男が右手を挙げて声を上げる。名前を呼ばれたユートが声の主に視線を送り、呻くようにつぶやいた。
「げ……将軍!?」
「嬉しそうな顔をされると照れるな」
「あんたこんなとこで何してんだ!?」
「あれ?御主人マスター知り合い?」
「まさかそんなに大きな娘さんがいるとはな。利発で可愛い子じゃないか」
「……いや、まあ、うちの子ですから」
「えへへー」
 心底嫌そうな顔をするユートに、テオロス帝国将軍トロイアーノが歩み寄っていく。戦場で顔を合わせたことがあるジョエルが目を丸くし、他の冒険者達は訳が分からず呆然とたたずんでいた。トトが慌ててユートの足元に滑り込んで、右足の影からトロイアーノを見上げる。
「実は折り入って頼みがあるのだが」
「ああ、まあ、とりあえず……中へどうぞ」
 戸惑いながらユートがマンハイムのドアを開け、トロイアーノが礼を言いながら室内に入る。ユートと他の冒険者たちもそれに続いた。
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