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本編
本編 最終話
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サーレムはハッと目を覚ました。視界に入るのは自分の部屋の見慣れた天井だ。
「え……? は?」
サーレムはシルクのシーツの中で自分の身体を確かめた。昨夜あんなに酷い目に合わされたというのに、手首に一切の跡はなく、違和感も痛みもどこにもない。
「おはようございます、サーレム様。朝のお支度の時間です」
「下がれ! 今日は具合が悪い、誰もここに入ってくるな! お前もだ!」
「は」
サーレムは身の回りの世話をする召使いの男たちを追い出した。彼らが完全にいなくなったのを確認し、慌ててベッドから降りてクローゼットの中に入った。
「ない……! なぜだ、まさか……夢? いやしかし、それなら一体どこからが夢だったんだ……」
「夢じゃねーよ」
「っ!? ジェイバル・レレージュ……!」
いるはずのない人物の声に飛び上がるほど驚いたサーレムは、しかし瞬間的に怒りを抑え込み警戒しながら振り向いた。そこにはやはり、ボサボサ頭に無精ひげの五十絡みの男が立っていた。
「なぜ貴様がここにいる! 衛兵は何をしていた……」
「お前が朝練サボってっからだろ。俺がここに入るのにお前の許可なんざいらねぇし、衛兵にも俺は止められねぇよ」
「くそ……」
サーレムはクローゼットの中にあるアクセサリーケースを背に庇いつつジェイバルを睨みつける。
「だからといって寝室まで入ってくるのはやめてもらおうか。僕は王子だぞ、敬意を払え、敬意を!」
「敬意だぁ? んなもん払ってもらえるようなタマかよ。もう少しマシな言い訳しろ」
「なっ、何が言い訳だ貴様! 馬鹿にしているのか!」
ずいっとジェイバルが一歩を踏み出すと、サーレムはビクリと肩を震わせた。昨夜の陵辱の記憶はまだ鮮明だった。無理やりに押さえつけられ、殴られ、誰にも触れさせたことのない場所を暴かれたのだ。
「……僕に近づくな」
「ほう。きゃんきゃん喚くクセはちゃんと治ったみたいだな」
身を固くするサーレムのことなどお構いなしにジェイバルはズカズカと踏み込んできて、サーレムの目の前に立つ。無言で上から伸びてくる手に、サーレムは首をすくめた。
(殴られる……!)
しかし、その予想に反してジェイバルの大きな手はサーレムの頭をポンポンと優しく叩くだけだった。
「な……」
「お前が勝手に持ち出した『支配の指輪』は、ちゃんとアクィラ厶に返しておいたぜ」
「!」
「お前の処分についちゃ、後から正式な沙汰が来るぜ」
何でもない、日常的な会話をしているときと変わらない口ぶりでジェイバルは言う。サーレムは返事をすることができなかった。口の中が乾いていくのがわかる。いっそ気絶してしまえればいいのに、と細い腕で己の身体を抱いてサーレムは願った。
「まぁそう悲観すんなよ。被害者の俺がピンピンしてて、きっちりやり返したんだ、お前が考えてる罰より千倍は軽いぜ」
「なっ、貴様!」
瞬間、サーレムのすみれ色の瞳に怒りがひらめきジェイバルの厚い胸板に拳が叩きつけられる。痛みも衝撃もほとんど感じなかったが、口だけ王子がそんな行動に出ると思っていなかったジェイバルは驚きに金色の眼を見開いた。
「まさか、父上に昨夜のことを話したのか!?」
「……いや。さすがにそこまでは話しやしねぇよ」
その答えにサーレムは止めていた息を吐き出した。とっくにズタズタにされたプライドでも、まだ守りたい場所はあるらしい。ジェイバルはニッと笑って言った。
「けどよ、サーレム。ひとつだけお前が気に食わねぇことがあるぜ」
「なんだ」
「お前は今後、国を出ることになる。お、覚悟の上って顔だな。しばらくは今までと変わらねぇ生活をしてていいぜ。権限もそのまま維持だとよ」
「……極刑でもおかしくないと脅したくせに、父上に僕の助命を嘆願したのか貴様」
「そう思うなら呼び方を改めろクソガキ」
「痛っ!」
ジェイバルはむっつりとうつむいていたサーレムの頬を摘んで言った。反抗的な瞳がキッと見上げてくるのだが、これまでとは違って罵ったり見下した態度を取ったりするようなことはない。サーレムは一歩引いてジェイバルの出方を窺っていた。
「喜べ、サーレム。お前は俺が直々に面倒見てやることになった。これからは俺の行く先について回るんだ。世界中だぞ」
「はぁ……、結局そうなるのか」
「なんだ、予測済みだったか」
「ああ。この会話が夢でなく現実なら、そうなるのが妥当だろう。昨夜までに僕が計画してきたものを思えばこそ、な」
サーレムはひと呼吸置いて続けた。
「ジェイバル、お前さえいなくなればと何度考えたか知れない。僕たち家族の間にズカズカ入り込んできて、我が物顔で。デカくて邪魔だし、ズボラだし、何となくみすぼらしいし」
「おいコラ」
「正直、マトモなのは剣の腕前だけだと思っていたが、昨夜、『支配の指輪』の魔力が効かなかったことで考え直した。ジェイバル、お前、人間じゃないな?」
「何言ってんだ、お前」
「神官の占術を欺くことはできない。それが何者であってもだ。お前の名はジェイバル・レレージュで間違いない。それなのに魔法の呪縛を受け付けないのは、お前が人間ではないからだ。何かしら高位の存在に違いない」
ジェイバルはフッと笑った。
「いつ気づいた? さっきは不意打ちで入ってきたってのに。指輪の隠し場所開けてみてビックリしてたじゃねぇか」
「お前の顔を見ながら考えていた」
「なるほどね。俺はてっきり、まだキャンキャン吠えるもんだとばかり思ってたんだが、手間が省けたな」
「お望みのあらばいくらでも馬鹿にしてやるぞ、クソジジイ。お前がどんなに僕を縛り付けようと、心の中までは支配できないんだからな」
フフン、とサーレムはいつもの勝ち誇った顔で笑った。ジェイバルはそんなサーレムの鼻を摘むと、穏やかな声でこう言う。
「それでいい、サーレム。だが、お前自身はその心の中の自由とやらまでを指輪の魔力で奪おうとしたってことだけは忘れるなよ」
「!」
目を見開いて固まったサーレムから身を離し、ジェイバルは踵を返して部屋の入口へ向かう。
「ジェイバル……!」
「あ、あとお前、俺の弟子じゃなくて奴隷だからな。そこんとこよ~く覚えとけよ。んじゃな」
「なっ、どっ……!? この、クソジジイ!」
後ろ手に頭の上で掌を振るジェイバルに、サーレムは腹の底から吠えたのだった。
本編 おわり
「え……? は?」
サーレムはシルクのシーツの中で自分の身体を確かめた。昨夜あんなに酷い目に合わされたというのに、手首に一切の跡はなく、違和感も痛みもどこにもない。
「おはようございます、サーレム様。朝のお支度の時間です」
「下がれ! 今日は具合が悪い、誰もここに入ってくるな! お前もだ!」
「は」
サーレムは身の回りの世話をする召使いの男たちを追い出した。彼らが完全にいなくなったのを確認し、慌ててベッドから降りてクローゼットの中に入った。
「ない……! なぜだ、まさか……夢? いやしかし、それなら一体どこからが夢だったんだ……」
「夢じゃねーよ」
「っ!? ジェイバル・レレージュ……!」
いるはずのない人物の声に飛び上がるほど驚いたサーレムは、しかし瞬間的に怒りを抑え込み警戒しながら振り向いた。そこにはやはり、ボサボサ頭に無精ひげの五十絡みの男が立っていた。
「なぜ貴様がここにいる! 衛兵は何をしていた……」
「お前が朝練サボってっからだろ。俺がここに入るのにお前の許可なんざいらねぇし、衛兵にも俺は止められねぇよ」
「くそ……」
サーレムはクローゼットの中にあるアクセサリーケースを背に庇いつつジェイバルを睨みつける。
「だからといって寝室まで入ってくるのはやめてもらおうか。僕は王子だぞ、敬意を払え、敬意を!」
「敬意だぁ? んなもん払ってもらえるようなタマかよ。もう少しマシな言い訳しろ」
「なっ、何が言い訳だ貴様! 馬鹿にしているのか!」
ずいっとジェイバルが一歩を踏み出すと、サーレムはビクリと肩を震わせた。昨夜の陵辱の記憶はまだ鮮明だった。無理やりに押さえつけられ、殴られ、誰にも触れさせたことのない場所を暴かれたのだ。
「……僕に近づくな」
「ほう。きゃんきゃん喚くクセはちゃんと治ったみたいだな」
身を固くするサーレムのことなどお構いなしにジェイバルはズカズカと踏み込んできて、サーレムの目の前に立つ。無言で上から伸びてくる手に、サーレムは首をすくめた。
(殴られる……!)
しかし、その予想に反してジェイバルの大きな手はサーレムの頭をポンポンと優しく叩くだけだった。
「な……」
「お前が勝手に持ち出した『支配の指輪』は、ちゃんとアクィラ厶に返しておいたぜ」
「!」
「お前の処分についちゃ、後から正式な沙汰が来るぜ」
何でもない、日常的な会話をしているときと変わらない口ぶりでジェイバルは言う。サーレムは返事をすることができなかった。口の中が乾いていくのがわかる。いっそ気絶してしまえればいいのに、と細い腕で己の身体を抱いてサーレムは願った。
「まぁそう悲観すんなよ。被害者の俺がピンピンしてて、きっちりやり返したんだ、お前が考えてる罰より千倍は軽いぜ」
「なっ、貴様!」
瞬間、サーレムのすみれ色の瞳に怒りがひらめきジェイバルの厚い胸板に拳が叩きつけられる。痛みも衝撃もほとんど感じなかったが、口だけ王子がそんな行動に出ると思っていなかったジェイバルは驚きに金色の眼を見開いた。
「まさか、父上に昨夜のことを話したのか!?」
「……いや。さすがにそこまでは話しやしねぇよ」
その答えにサーレムは止めていた息を吐き出した。とっくにズタズタにされたプライドでも、まだ守りたい場所はあるらしい。ジェイバルはニッと笑って言った。
「けどよ、サーレム。ひとつだけお前が気に食わねぇことがあるぜ」
「なんだ」
「お前は今後、国を出ることになる。お、覚悟の上って顔だな。しばらくは今までと変わらねぇ生活をしてていいぜ。権限もそのまま維持だとよ」
「……極刑でもおかしくないと脅したくせに、父上に僕の助命を嘆願したのか貴様」
「そう思うなら呼び方を改めろクソガキ」
「痛っ!」
ジェイバルはむっつりとうつむいていたサーレムの頬を摘んで言った。反抗的な瞳がキッと見上げてくるのだが、これまでとは違って罵ったり見下した態度を取ったりするようなことはない。サーレムは一歩引いてジェイバルの出方を窺っていた。
「喜べ、サーレム。お前は俺が直々に面倒見てやることになった。これからは俺の行く先について回るんだ。世界中だぞ」
「はぁ……、結局そうなるのか」
「なんだ、予測済みだったか」
「ああ。この会話が夢でなく現実なら、そうなるのが妥当だろう。昨夜までに僕が計画してきたものを思えばこそ、な」
サーレムはひと呼吸置いて続けた。
「ジェイバル、お前さえいなくなればと何度考えたか知れない。僕たち家族の間にズカズカ入り込んできて、我が物顔で。デカくて邪魔だし、ズボラだし、何となくみすぼらしいし」
「おいコラ」
「正直、マトモなのは剣の腕前だけだと思っていたが、昨夜、『支配の指輪』の魔力が効かなかったことで考え直した。ジェイバル、お前、人間じゃないな?」
「何言ってんだ、お前」
「神官の占術を欺くことはできない。それが何者であってもだ。お前の名はジェイバル・レレージュで間違いない。それなのに魔法の呪縛を受け付けないのは、お前が人間ではないからだ。何かしら高位の存在に違いない」
ジェイバルはフッと笑った。
「いつ気づいた? さっきは不意打ちで入ってきたってのに。指輪の隠し場所開けてみてビックリしてたじゃねぇか」
「お前の顔を見ながら考えていた」
「なるほどね。俺はてっきり、まだキャンキャン吠えるもんだとばかり思ってたんだが、手間が省けたな」
「お望みのあらばいくらでも馬鹿にしてやるぞ、クソジジイ。お前がどんなに僕を縛り付けようと、心の中までは支配できないんだからな」
フフン、とサーレムはいつもの勝ち誇った顔で笑った。ジェイバルはそんなサーレムの鼻を摘むと、穏やかな声でこう言う。
「それでいい、サーレム。だが、お前自身はその心の中の自由とやらまでを指輪の魔力で奪おうとしたってことだけは忘れるなよ」
「!」
目を見開いて固まったサーレムから身を離し、ジェイバルは踵を返して部屋の入口へ向かう。
「ジェイバル……!」
「あ、あとお前、俺の弟子じゃなくて奴隷だからな。そこんとこよ~く覚えとけよ。んじゃな」
「なっ、どっ……!? この、クソジジイ!」
後ろ手に頭の上で掌を振るジェイバルに、サーレムは腹の底から吠えたのだった。
本編 おわり
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