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【第一章】チューニング
シュガー・グライド 《肉薄》
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「あれ? いっちーどっか行くの?」
「うん、ちょっと~」
教室内からの呼びかけをそれなりに躱し、私は廊下へと出る。
私の頭はもう先ほどの謎の可愛い生命体のことしか考えられなくなっていた。
「おチビ~おチビ~おチビちゃん~……」
奇っ怪なオリジナルソングを口ずさみながら、私はスキップにも似た急ぎ足で軽快に階段を降りていく。
ステップが足元で新たな物語を形作っていくのがわかる。音が踊り、花が歌い、つむじ風が笑っていた。
玄関に入り、私は一度バレエダンサーのようにくるりと体を翻す。
スカートの中で空気が優しく膨らみ、それはやがて生命の歴史そのもののような風の流れを作り出した。
鼻歌交じりに下駄箱を開き、ローファーを床にことんと落とす。それは綺麗に揃いはしない。乱雑に着地したそれらを私は足で適当に直し、適当に履き、そしてささっと学校の外へと躍り出た。
※
「おチビ~! お~い!」
茂みの中、木々の上、砂漠を思わせるグラウンド。
私は全力を尽くしておチビを探した。彼は私にとっては新世界への鍵に等しかった。
「流石におチビだ……全然見つからない」
やがて私はとぼとぼとグラウンドの隅の草むらに腰を落とす。
吹き荒ぶ風を感じながら、私は虚空を見つめていた。
私は己の持つ全神経、全体力をこの休み時間に注ぎ込んだのだ。譲れるものは全て預けた。これを逃したらもう次がないのだと、神に祈りながら懸命におチビを探した。しかし無情にも現実からのキックバックは全くのゼロのようであった。
私は現実という空間に存在する架空の鉄扉を思い浮かべた。私は現実が上手く行かずにいじけるときはいつも鉄扉の想像をするのだ。その鉄扉は限りなく大きく、限りなく重く、そして限りなく冷ややかなのだ。それは確かに扉としての機能を備えているはずなのだが、その実用性は遥か昔のあるタイミングで致命的に損なわれてしまったのである。
私たちは伝説と歴史の残りカスを啜って生きているのだ。それが恐らく現実という世界の在り方なのである。
そんなことを考えていると当然ブルーにはなるが、その代わりにある程度は現実というものに諦めがつくのである。民間療法だ。これはこの世界では実に広く普及している。
キーンコーンカーンコーン……
一角獣たちが檻へと戻る合図だ。
想像力を剥ぎ取られ、丸裸にされる時間だ。
毛皮それ自体に市場価値はつかない。彼らは私たちの暴動を抑えることこそが目的なのだ。
チャイムが繰り返し鳴っている。
「戻らなくていっか……」
私は一人そう呟く。
「戻らなくていいの?」
背後から馴染みのない女性の声がした。
驚いた。聞き分けの悪い一角獣。
「うん、ちょっと~」
教室内からの呼びかけをそれなりに躱し、私は廊下へと出る。
私の頭はもう先ほどの謎の可愛い生命体のことしか考えられなくなっていた。
「おチビ~おチビ~おチビちゃん~……」
奇っ怪なオリジナルソングを口ずさみながら、私はスキップにも似た急ぎ足で軽快に階段を降りていく。
ステップが足元で新たな物語を形作っていくのがわかる。音が踊り、花が歌い、つむじ風が笑っていた。
玄関に入り、私は一度バレエダンサーのようにくるりと体を翻す。
スカートの中で空気が優しく膨らみ、それはやがて生命の歴史そのもののような風の流れを作り出した。
鼻歌交じりに下駄箱を開き、ローファーを床にことんと落とす。それは綺麗に揃いはしない。乱雑に着地したそれらを私は足で適当に直し、適当に履き、そしてささっと学校の外へと躍り出た。
※
「おチビ~! お~い!」
茂みの中、木々の上、砂漠を思わせるグラウンド。
私は全力を尽くしておチビを探した。彼は私にとっては新世界への鍵に等しかった。
「流石におチビだ……全然見つからない」
やがて私はとぼとぼとグラウンドの隅の草むらに腰を落とす。
吹き荒ぶ風を感じながら、私は虚空を見つめていた。
私は己の持つ全神経、全体力をこの休み時間に注ぎ込んだのだ。譲れるものは全て預けた。これを逃したらもう次がないのだと、神に祈りながら懸命におチビを探した。しかし無情にも現実からのキックバックは全くのゼロのようであった。
私は現実という空間に存在する架空の鉄扉を思い浮かべた。私は現実が上手く行かずにいじけるときはいつも鉄扉の想像をするのだ。その鉄扉は限りなく大きく、限りなく重く、そして限りなく冷ややかなのだ。それは確かに扉としての機能を備えているはずなのだが、その実用性は遥か昔のあるタイミングで致命的に損なわれてしまったのである。
私たちは伝説と歴史の残りカスを啜って生きているのだ。それが恐らく現実という世界の在り方なのである。
そんなことを考えていると当然ブルーにはなるが、その代わりにある程度は現実というものに諦めがつくのである。民間療法だ。これはこの世界では実に広く普及している。
キーンコーンカーンコーン……
一角獣たちが檻へと戻る合図だ。
想像力を剥ぎ取られ、丸裸にされる時間だ。
毛皮それ自体に市場価値はつかない。彼らは私たちの暴動を抑えることこそが目的なのだ。
チャイムが繰り返し鳴っている。
「戻らなくていっか……」
私は一人そう呟く。
「戻らなくていいの?」
背後から馴染みのない女性の声がした。
驚いた。聞き分けの悪い一角獣。
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